坐花水月「義家殿〜、ご一緒して良いですか?」
宴もたけなわの頃。ひっきりなしに呑み比べを挑んでくる郎党たちを尽く潰して外に出てきた俺の元に、これまた抜け出してきたのだろう清衡が徳利片手に訪れた。
一人のんびりと呑んでいたところだが、こいつならまあ良いか。
無言ながら傍らの床板を叩いてやれば、いそいそと隣に収まってきた。軽く乾杯を交わすと、徐に清衡が話しだす。
「そういえば、さっき良いこと聞いたんですよ」
「良いこと?」
「そうそう、禅語とやらを教わりまして。頭良さそうでしょ?」
「最後を言わなければな」
まあまあ、と赤い顔でけらけら笑い飛ばす清衡。何だこいつ、相当酔ってそうだ。抜け出したというか、逃げてきたのかもしれない。
「何て言ったっけな、ざ…ざ…そうだ、坐花水月」
「ざかすいげつ」
「はい。花咲く処に腰を下ろし、月を眺めて酒を楽しむ!や~、なかなか雅なもんですよねぇ。心が穏やかになりそうな」
それはまた、何と言うか風流な。禅語…今をより良く生きるための何ちゃら、みたいな感じだった気がするが、まさか酒の呑み方にまで言及する言葉があるとは。
清衡の言葉を脳内で反芻していると、ふとむず痒い視線を感じて目をやってみる。
清衡が穏やかな、それでいてぎらついたような目でこちらをにこにこ見つめていた。赤らんだ顔も相まってか、どうにも熱っぽく見えていたたまれなくなる。
「俺にとっての花は義家殿ですね。で、月は〜…そのお目目」
「…何言ってんだか」
「どんな月より綺麗な月ですよ。今宵は最高の月見酒っす」
「小っ恥ずかしいこと言いやがって。そんな口説き文句は、どこぞの姐さんにでも言ってやれ」
「義家殿以外には言うつもりないんですけどねぇ。俺が口説きたい花は義家殿だけですよ、って痛たたた!」
「酔ってるなら寝ろ」
一体誰だ、こんなことを清衡に吹き込んだ輩は。脳内に浮かび上がるのは、栗色に波打つ髪が特徴的な隻眼の色男。清衡の顔面を鷲掴みながら、後で絶対吊し上げてやろうと心に決めた。
大体、誰が花だ。柄じゃないにも程がある。
「も〜、照れ隠しが乱暴なんだから。綺麗な花には棘があるってことですか?…痛っ」
「うるさい寝ないならさっさと呑め」
「は〜い頂戴します。へへ、好いた相手に注いでもらうと美味さも一入ですね。義家殿に惚れて良かったなぁ」
…よし、こいつも酔い潰してやろう。明朝、二日酔いの頭で後悔するがいい。
何やら顔が熱いのは、きっと酒のせいだ。