医務室の静寂 雨上がりの朝、しっとりとした空気が医務室の障子の隙間から流れ込んでいた。湿った土と新緑の香りがほのかに漂い、時折、遠くで鳥の囀りが響く。
そんな中、瑞は机に腰掛け、丁寧に薬草を仕分けていた。彼の白髪が揺れるたびに、光を柔らかく反射している。
「先生、この薬草は砕いて使うのでしょうか?」
瑞が手にしたのは、乾燥させた葉の束だった。カトリーネは机に肘をつき、蝶のような瞳を細めながら答える。
「煎じて使うのが一番いいだろうね。でも傷に直接貼るなら、少しすり潰したほうが効き目が早いかもしれないよ。」
「そうですか。では、少し細かくしておきますね。」
瑞は手際よく薬草を刻み始めた。
「相変わらず几帳面だねぇ。保健委員代理も板についているんじゃないかい?」
「そうでしょうか。私はまだまだ勉強中ですけど……でも、先生のもとで学べるのは楽しいですね。」
瑞は控えめに笑った。カトリーネは、ふっと微笑みながら、瑞の手元を見守る。
「ふふ、そうかな。それなら何よりだね。」
障子越しに差し込む陽の光が、瑞の横顔を穏やかに照らしている。
「先生は、ずっとここでこうして薬を調合してきたのですか?」
「そうだねぇ。私はこの医務室が好きだからね。戦があろうと、忍務があろうと、ここだけは変わらない。そういう場所があってもいいだろう?」
「……そうですね。」
瑞は少し考えるように視線を落とし、それから薬草をすり鉢に移した。
「私も、ここは好きです。戦いがなくても、傷つく人はいる。でも、ここに来れば誰かが手当てをしてくれる。そういう場所って、大事ですよね。」
「その通りだよ。」
カトリーネは優しく頷いた。その表情には、長い年月を生きてきた者の静かな貫禄があった。
「……先生。」
瑞は手を止め、ゆっくりとカトリーネを見上げた。
「これからも、ここにいてくれますか?」
カトリーネは一瞬、驚いたように目を瞬かせ、それから穏やかに微笑んだ。
「そうだねぇ。それはどうだろうね。」
はぐらかすような口調だったが、その瞳はどこか優しげだった。瑞はそれ以上何も言わず、小さく微笑むと、また手元の作業に戻った。
医務室には、刻まれる薬草の音だけが静かに響いていた。