家族になりませんか「お、おわらねぇ……」
師走とはよく言ったもので、年末進行のこの時期は次から次へと締め切りが迫ってくる。部数が落ち込んでいた頃を思うと、ありがたいことではあるが。
ガタガタとキーを叩き続けること、八時間。休憩をはさみながらではあるが、そろそろ集中力が途切れてきた。
「……ちょっと、休むか」
ハァとため息をつき、椅子から立ち上がる。クキ、パキ、と小さく関節が鳴った。
部屋のドアを開けると、小さな友達にニャアニャアと纏わりつかれ、あまり構えなくてごめんと謝りながら頸をくすぐったり頭を撫でたりしていると、ささくれた心が幾分落ち着いてくる。
いつまでも撫でていたいが、今日中が締め切りの文芸誌への短編寄稿が残っている。
終わったらいっぱい遊ぶから、もう少しだけ待っててと頼めば、代わる代わるウニャウニャ文句を言われたが、何とか許してもらえた。
台所へ足を向けると、テーブルの上にラップにくるまれたおにぎりが置いてあった。ポットにはお湯と、インスタント味噌汁と椀の用意もある。
「……来たなら、声くらいかけてけよ……」
すれ違ってばかりの恋人に、がっくりと肩を落とした。
まあ、あちらも忙しい中時間を作って、おれと友達の飯の準備をしていってくれたのは、本当に助かるけど。
営業職兼アシスタント兼恋人の松野カラ松は、自分の写真集を営業してしまうせいでやっかいもの扱いされており、割合としてアシスタントの比重が一番重い。もちろん書店営業の仕事もしているが、どちらかと言えば雑務が多い。おれの生活サポートが今じゃ主な仕事になっているくらいだ。
とは言え、十二月と言えばどの業界も猫の手も借りたいくらい忙しく、営業回りで今日は行けない、なんて申し訳なさそうなメッセージが届くことも増えてきた。
おれだって、あいつを構えるほどスケジュールに余裕があるわけじゃない、けど……。
「何日、顔見てないんだろ……」
腹が立つことだって山ほどあるが、あの笑顔におれは何度も救われて来た。会いたい。顔を見たい。文字の羅列より声を聞きたい。
世界のすべてに背を向けていたおれが、顔を上げられたのはあいつがいてくれたからなんだ。
――この時のおれは、かなり疲れていたんだと思う。
なんだか急に何もかも嫌になって、まだ仕事中かもしれないのに、気が付けば電話をかけていた。
『……先生、急にどうしたんだ。何かありましたか』
誰かと一緒にいるのかもしれない。いつもより、よそ行きのカラ松の声がたまらなく寂しくて、気づけば口が勝手に動いていた。
「カラ松、おれと結婚してください」
この時のことは、カラ松から文字通り死ぬまでからかわれた。