春のバカンス真っ赤な顔、おぼつかない呼吸、潤んだ目が乞うようにおれを見つめている。
「いちまつ、たすけて……も、げんかい……!」
好きなヤツからこんなに必死に縋られたら、そりゃあいろんな意味でドキドキするだろう。
はくはくと呼吸を繰り返す唇が濡れて光っているのが目に毒だ。
「ふぁっ」
「っ、変な声出すなって」
「らってぇ」
ぐしゅぐしゅと鼻を啜りながら、おれの肩に縋りつく指に力がこもる。
「ふぁ、っあ……! も、らめ……っ」
カラ松はぎゅっと目を瞑るとその体を震わせた。
「……っっくしょい! ぶえっくしゅ! えくしゅ!! ……ぇっ」
「あーあーあー」
盛大なくしゃみと共に鼻水やら唾液やらで汚された服を見下ろし、おれはため息をついた。
ドラゴン研究家のカラ松は常に世界中を飛び回っており、毎年この時期にはドラゴンの渡りに付き合っている。
ただ、このドラゴンの主食であるシーダという草の花粉が、カラ松にはどうもダメらしい。
つい十日前に症状を抑えるための薬をウチで大量に買っていったばかりだった。
渡りの調査は箒に乗る必要から眠くならない量で調整したが、調査が終わっていないのに来たということは、多分薬が効かなかったんだろう。
今後のためにも薬の種類や魔法など、見直しが必要そうだ。
「とりあえず顔拭けば」
湯で絞ったタオルを渡してやると、気持ちよさそうに「ー……」と返事が返ってきた。
「おっさんくさ……」
「いちまつもやるだろ!?」
心外だと不満そうなカラ松を適当にいなし、花粉症に効くと言われているお茶を置いてやる。
「今年は花粉の飛散量が多いって……ぐしっ!!」
「まだ服についてんのかも、先に風呂入ってこい」
「う゛ぅ……」
ズビー! と鼻をかみ、カラ松はおとなしく部屋を出て行った。
「なんだこのにおいは……」
風呂から出てきたカラ松に、煎じたばかりの薬湯を渡してやる。
「いつもより症状がきついんでしょ、効くから」
「……前にもこんなことあったな」
数年前のことを覚えていたらしい。効果が分かっているからかマズそうな顔をしつつも素直に飲み干している。
「あの時のより効くけど眠くなるから、しばらく箒に乗るのは禁止だよ」
カラ松からコップを取り上げついでに今後の予定を尋ねれば、シーダの時期が終わるまで休みを取る事にしたらしい。
一松の薬がないとまともに生活できないし、と当然のように言われてカッと体が熱くなる。
「おれは医者じゃないし薬も万能じゃない。ここより病院の方が近いんだから、そっちに行った方が良かったんじゃないの」
信頼が嬉しいのを誤魔化すように言えば、とろりと眠そうな目でカラ松が答える。
「オレはお前を信じてるからな」
「……けっ、休みたいだけのくせに」
おれの憎まれ口に、カラ松はますますふにゃふにゃしまりのない顔になった。
「オレが渡りに行けるのは、お前がここに居てくれるおかげなんだ」
「は……何言って」
「オレが帰ってくる場所はいちまつのとこなんだろ」
昔、足を失うほどの大けがしたカラ松に怒鳴った言葉が柔らかくおれに返ってくる。
真意がいつの間にか届いていたらしい。
「……そうだよ、おかえり」
まだ言ってなかったかとクソ松は笑って「ただいま」とおれの頬に口づけた。