10年付き合って結婚するまでのリョ三その②前編 あの後、髪を乾かしきる前にソファで寝落ちてしまった三井は、翌日には頭痛を訴えた。正確には何となく気まずい宮城に自分からは言い出せず、珍しく頻繁に溜息をつく様子と、時折こめかみをグリグリと押す様子を見た宮城が問い詰めた結果わかったことだった。
寝れば治る、と言って割と一日のんびりと過していたが、大して改善された様子もなく、その日は2人でお互い背を向けたままだったが同じベッドに入った。
明け方、背後で頻りに寝返りを打つ気配を感じた宮城がごろん、と振り返ると、近付いた背中から異様な熱気を感じた。疑問によって覚醒した宮城は、上体を起こし背を向けている三井を覗き込んだ。まだ室内が暗くて表情はよくわからないが、浅く湿った呼吸。もぞもぞと、また寝返りを打つ。
「寿さん、大丈夫? 熱ある?」
反応のない三井の肩に手を置くと相当な熱を感じる。ぐい、と肩を押して振り向かせると、ゆっくりと顔がこちらを向き、うっすらと瞼が開く。目が合うことなくすぐに閉じられてしまうそれに慌てて声をかける。
「寿さん、ねぇ、大丈夫? すごい体熱いけど」
寝ぼけているのか朦朧としているのかわからない怪しい呂律で返事が返ってくる。
「あたまいてぇ、し、さみぃ……ねたい……」
「体温計ある? 熱計ってみようよ。いやもうこれ計んなくても絶対あるか」
反応の鈍い三井に、半分話しかけるような半分独り言のようなテンションで声をかける宮城。ひたすらに肩を浅く上下させながら呼吸をする三井を跨いでベッドを降りると、薬箱を探す。白み始めている空のおかげで、電気をつけなくてもなんとなく部屋の中がわかる。ソファ横の時計を見ると、4時半を過ぎていた。
「ねぇー、薬箱ないのこの家」
目は微かに開いているが、返事は返ってこない。あまり物のないこの家をゴソゴソ思いつく限り漁ってみたが、怪我の時に使うのであろう応急処置のグッズは見つけたがその中には鎮痛剤しか入っていない。薬箱らしきものはなく、勿論体温計も見当たらなかった。心身の不調が腹に来る宮城だが、三井は発熱に繋がりやすい。いちいち発熱する度に解熱剤を飲んでいたらここぞという時に効き目を出せなくなるのでは、ということから、三井は多少の発熱では解熱剤を服用しない。それは以前に聞いたことがあったのだが、薬置いとくくらいしろよ……と呆れつつ、とりあえず応急処置グッズにあった氷嚢に水と氷を入れ、それを手に寝室へ戻る。朝イチで薬局が開いたら買いに行こう。それまでこれで我慢してもらうしかない。
寝室に戻ると、先程と全く変わらずぐったり横になっている三井の首元に氷嚢を当てる。特に反応はなく、宮城は手を添えた氷嚢の中の氷が、三井の熱さにジュワ、と溶かされるのを感じた。熱のせいか全身がしっとりと湿っている感覚。寝間着として着ているTシャツが肌に張り付いている。短く切りそろえられた前髪や襟足も、汗で束を作っている。その前髪を軽くほぐすと、先程寒いと言っていたのを思い出し、こんなに熱いのにまだ熱が上がるのか?と心配になりながら腹辺りにかかっていたタオルケットを肩まで引き上げてやる。
あ、と思いついて再びリビングを通り、キッチンまで戻る。箱で常備してあるスポーツドリンクを小さめの水筒に移し、買い物先でもらい、使わなかった箸やらスプーンやらが溜めてある引き出しからストローを1本取り出す。それを水筒に挿して寝室に戻ってくると、口元に持って行ってやる。軽くストローは咥えたが、吸い込んでいる様子がない。めっちゃ汗かいてるよ、一口でいいから飲んで、と右手に持っていた水筒を左手に持ち替え、空いた右手で頬を包み親指で目の下を撫でると、一旦ストローから口を離してふぅ、とため息をついた。吐ききった所にストローを唇に当ててやると、吸う息と共に少しだけ吸い込んだ。
再度三井を跨いでベッドの奥に戻ると、三井の背後から首元に氷嚢を当てる体制になり、起きるにはまだ早い時間を思ってそのままの体制で自分も目を閉じた。
翌朝、予定の起床時間より大分早くベッドを出た宮城は、寝ながらも三井の首元に当て続けていた氷嚢の中身が、跡形もなく水だけになっているのを確認し、もう一度朦朧とする三井に一口スポーツドリンクを飲ませ、簡単に身だしなみを整えてから静かに家を出た。
近くの薬局の開店を待って、風邪薬と解熱剤、体温計を購入し、また部屋にもどる。
薬飲もう、解熱剤も買ってきた、と、横向きに寝ている三井の体温計を脇に挟ませて、肩をさするついでに上から腕を押えてやる。ピピッとなった体温計を引き抜いて、今まで自分では叩き出したことの無い数字にえー……と声が漏れる。三井の体質上発熱すること自体は二人とも慣れていたが、ここまでのは珍しい。
なんだってこんな日に、いや、今回は俺も悪いよな、ん?俺悪いか?と心の中でブツブツと言いながら、宮城は三井の首元を撫でる。
「寿さん、ヤスに連絡しようか? さすがに今日は無理じゃない?」
そう、宮城の今回の帰国は、今日のためのものだった。親友である安田靖春の結婚式。以前に相手の写真を見せてもらった時は優しそうな人だなと思ったが、意外と尻に敷かれているらしい。そんな安田が、プロバスケ選手であり国外在住の人間が自身の招待客に多いことから、日程だけは自分の意見を通したのだと聞いた。それ以外は、全て相手の希望を聞いたとも。
そんな日に。自分が行かない訳には行かなかった。勿論、三井も。そんなことはわかりきっているが、さすがにこれでは無理すぎる。そう思っての提案だった。
「やだ」
元々甘え気質のある三井だが、眠い時、疲れている時、体調の悪い時は人一倍だ。
「やだっつったって、起きらんないでしょ。スポドリも飲めねーし」
そういうと、今まで力なく閉じられていた瞼を重そうに持ち上げ、じっと宮城のことを見つめた。
「一生に一度しかねーんだぞ、今日という日は」
そりゃそうだけど……いや今どき一生に一度かはわかんないじゃん、と縁起でもないことを思いながら、三井のこういう少し古いというか硬いというか、そういうところを改めて思い出す。勿論親友としては、安田に二度目がないことを心の底から祈るばかりだが。
「座席に穴は、空けたくねぇ、そんな失礼なこと、できねぇよ」
「いやでも絶対最後まで座ってらんないよ今の寿さん。そんなら俺だけ行くのは? ちゃんと御祝儀渡してくるし」
「……やだ」
もうダメか。とりあえず今日は何を言っても多分ダメだ。正直、未明に確認した時と相変わらずシャワーを浴びた後かのように汗で濡れた前髪、泣いた後のような真っ赤に充血した瞳、スムーズに会話が出来ないほどに上がる呼吸を見ると、どう考えてもこのまま寝かせるか病院に連れていくのが正解な気はするが。
「あーはいはい、んじゃとりあえず解熱剤とスポドリ飲も」
「解熱剤って何時間持つんだ」
突然頭を回した会話を始めた三井に、思わず薬を取ろうと立ち上がったところから振り返る。
「は?」
なんでそんなことを聞いてきたのかの察しがつかず、間抜けな返事を返してしまった。
「切れる前に、また飲む。それも切れたら、また飲む」
あー……なるほどね、はいはい。そこまでするのか?とも思うが、若干意地になって言ってるのがわかるので、4時間くらいかな、とテキトーに答える。多分、そのくらいのはず。
「今飲んだら、家出る頃にもっかい飲めるから、とりあえず飲もう」
はい、とシートから2錠押し出して、ストローの刺さった水筒と共に目の前に差し出す。さすがに薬は起き上がって飲んでね、と言うとものすごく緩慢な動きで上体を起こし、ベッドのヘッドボードにもたれかかった。
「朝方と今と、なんか変わった?」
「まださみぃし、ちょっと目回る」
おぉ……だいぶ重症だな。と思っていると、薬を口に含んでからストローを咥える。何度か喉仏が動いたが、なかなかストローを離さない。薬を飲み込めていないのだろう。
「上、向いてみたら?」
子供の頃、なかなか飲み込めない錠剤やカプセルを飲み込むのに使っていた小技を伝えてみるが、微かに頭が横に動く。ぎゅ、と目を閉じた後、再度喉仏が動く。ようやく飲み込めたらしく、ぷは、と息を漏らしながらストローを離す。
「目回って上向けねんだよ」
あーなるほど。
「じゃあとりあえずシャワー浴びる? めちゃくちゃ汗かいてるからさすがにまずいっしょ。俺が髪乾かしてあげるから」
1人で立ち上がれない三井を一旦寝室に残し、湯船に湯を張る。その間に着替えやら何やらを用意し、自分も入れる準備をしてから、三井を迎えに行く。
三井を湯船に入れたまま髪を洗い、簡単に体も洗ってやる。正直そういう気持ちにならなくもなかったが、いや今はマジでそんな場合じゃない、とひたすらに自分に言い聞かせて用事だけ済ませる。実際、本当にフラフラと体制が安定せずふぅふぅ肩で息をする三井はあまりにも可哀想で、その現実を目の当たりにすると、心配が勝ってそれどころではなかった。
先に自分が出てから三井をあげて、体を拭いて服を着せる。身体を拭いてやっている間も洗濯機の蓋に手をついてなんとか立っているようだった。
リビングのソファに座り、その下に座布団を置いてやり、そこに座らせる。膝の間に座らせて足で三井を固定する。こてん、と左膝に濡れた頭が乗せられ、着ているスウェットにシミを作っていたが、とにかく体制を保っていられないようでグラグラしているので仕方がない。目が回るとまだ言うので、なるべく頭を揺らさないように髪を拭いていく。タオルドライよりも、ドライヤーをあてながら髪を梳いてやる時間の方が長かった。
入念に乾かしてから、床に座り込んだままの三井の元へ、つい一昨日着ていたスーツをハンガーから外し持ってきてやる。あーぁ、なんかやな思い出になっちゃった、と思いながら昨日手洗いしてアイロンがけをしたワイシャツも乗せる。
「寿さん、俺も着替えるから着替えちゃってね」
床に座ったままソファに頭を乗せてもたれかかる三井は、手だけを伸ばしてシャツを手に取った。ボタンは全部外しておいてやったから、Tシャツを脱いで羽織ればいい。それがなかなか出来ず、手が止まったままだ。チラチラとそんな三井の様子を気にしながら着替えていた宮城が、あとはジャケットを羽織るだけ、の状態になってもまだシャツを手に取ったままの状態でいる三井を見兼ねて助けてやる。
「はい、ばんざいしてー」
と子供の着替えを手伝うように一つ一つ進めてやる。Tシャツを脱いだ途端フワッと熱気が溢れる。シャツを着せながら触れた指先から感じる熱も、全ての動作の度に大袈裟に吐き出される吐息も熱すぎて驚く。瞼を持ち上げるのもしんどいらしく、限りなく閉じているかのように伏せられている目も、ずっと涙で濡れている。薬はまだ効かないのだろうか。用量、合ってたよな。
「髪は自分でやる?」
自分がそうであるように、三井にもこだわりはあるはずだから、と一応問いかける。んー……と曖昧な返事が返ってくる。三井の整髪剤は洗面所にあるから、とりあえず洗面所まで連れていけばいいか、と脇に手を差し入れ少し強引だが立たせると、そのまま腰を抱いて洗面所まで歩かせる。
「出来たら教えて、また迎えに来るから」
と、目と鼻の先のリビングに戻る。先程まで三井が着ていたTシャツとハーフパンツを手に取る。風呂から上がって髪を乾かす間しか着ていないはずだが、心做しかしっとりしていて、また汗をかいていたとわかる。戻ってきたらスポドリ飲ませよう、と宮城はコップにスポーツドリンクを注ぐ。どんなに冷やしていても氷を入れたがる三井のために氷も入れたが、もしかしたら今はいらなかったかも、と思いながら、今さら抜けないのでとりあえずそのままで。
コップの中の氷がカラン、と音を立て、宮城はハッとする。明け方に1度起きてから、二度寝をしたと言っても深い眠りではなかったため、少し眠気に負けボーッとしていた。氷が溶けるほどの時間。さすがに時間がかかりすぎている。寿さーん?大丈夫ー?と洗面所を覗くと、冷たい床に座り込んで俯いている。一応手の中に整髪剤を持っているので、やろうとはしたが、立っていられなくて座り込んでしまいそのまま、と言ったところだろうか。もう、呼んでくれればいいのに。
「なんか、テキトーに俺がセットしちゃっていい?」
「いい、お前がやるなら」
着るものにあまりこだわりがないのか、割とシンプルめな服ばかり着ている三井が、普段から自分のことをお洒落だなんだと言ってくれるのを、正直茶化しているのかと宮城は思っていたが、今の一言は、本気で思ってくれているということでいいのではないだろうか、と宮城は完全に都合のいいように受け取りつつも内心ニヤけていた。
ちょっと気合い入れすぎたかな、と、苦笑いしつつも、三井のヘアセットをさせてもらえたことに満足した宮城は、出る時間になったら起こすから、とリビングのソファーに三井を座らせる。横になってていいよ、というと、宮城がセットした頭を気にしながらも、緩慢な動きでそのままソファーに横になった。
「まだ寒い?」
「ちょっとマシ」
ソファーの端にぐちゃぐちゃになって丸められているブランケットを広げてかけてやる。家を出る予定の時間までに少しだけ余裕があるので、脱ぎっぱなしの自分のTシャツを洗濯機に入れ、テーブルの上を確認する。あ、そうだった、スポドリ用意してたんだった。宮城が部屋の中であちこち歩き回るのを、ふうふうと呼吸音をさせながらもぼんやり目を開けて追っている三井を振り返る。
「ごめん寿さん、これだけ飲んどいて」
三井が起き上がるまで待つ。渡す瞬間に、あっストロー挿し忘れた、と思った宮城だったが、そのまま受け取りコップの縁に口をつけた三井を見て、朝方よりはマシなのかも、と少し安心した。
当初の予定では、酒を飲むだろうということで電車で式場まで向かうつもりであったが、電車でもし座れなかったことを考えると厳しいし、どのみちこれでは二次会に参加することも無理だろうと思い、車で向かうことにした。三井は自分が運転すると言い張ったが、さすがにそれは危ないだろ、と断って、宮城が三井の車を運転する。日本で運転するのが久し振りで宮城は少し自信がないため、少し余裕を持って家を出ることにした。早く着いたら車の中で寝てればいいし、とスポーツドリンクを入れた小さい水筒を持って車に乗り込む。助手席に三井を乗せるために、背もたれを倒してやり、少しでも足が伸ばせるように座席を最大限後ろに下げてやる。いいよ、と声をかけると、ん、と一言返事をしてからゆっくり乗り込む。乗り込むなりそのまま横になった三井は、ギュッと腕を組み、微かに肩が震えている。後部座席のドアを開け、先日アンナが忘れていったブランケットをかけてやる。ネイビーのカチッとしたスーツを着た大男に、キャラクターもののピンクベースのブランケット。アンナも成人して少し経つが、ふざけてわざとキャラクターものを選ぶ癖がある。
やはり効果が切れてきたのか、と予定通り2回目の解熱剤を飲ませて、なるべく車体が揺れないように、まず操作の方法を確認してからゆっくり発車させる。隣の三井にいちいち聞けないので、念入りにあちこち確認して。
途中祝儀袋を用意していないことに気付いた宮城がコンビニに寄り、商品棚を覗いている際に名前を記入するペンも持っていないことに気付き余計に購入した。
会場に到着してスマホを開くと、高校バスケ部時代の先輩である木暮公延から連絡が入っており、もう到着しているという。三井の支度を終えて出発時間を待つまでの間、三井と同じチームにアスレティックトレーナーとして所属している木暮に、三井の現在の状態を連絡していた。本日のための意味もあるが、一応同チームの選手の健康状態としての意味も込めて。自分達はギリギリまで車内で時間を潰すことを伝えて、運転席と助手席の窓を少し開けてから車のエンジンを切る。眉根の寄った赤い顔はこちらに傾けている、助手席の三井の顔を覗き込む。朝起きた時と同じように、上げた前髪にうっすら汗をかいているような気がする。家を出る前にきちんと整えたはずだが、やはり寝苦しかったのかもぞもぞと体制を変えたせいでワイシャツが乱れている。ジャケットは脱がせておいてよかった、と湿った額を撫でる。
「寿さん、今どんな感じ?まだ寒い?」
一瞬の沈黙の後、んー、とどっちとも取れない返事だけが返ってくる。話すのもしんどいのだろうと、イエスかノーかで答えられる質問をいくつかするが、どうも状態はあまり良くないらしい。
「やっぱりさ、今日は帰ろうよ。また別の日に飲みに誘ってあげたりすれば? 俺御祝儀だけ置いてくるからさ」
普段は割と1歳しか違わないくせに年上らしく、感情的になりやすい宮城に対して冷静に、そして上手く諭すことの多い三井だが、三井が弱っている時は完全に立場が逆転する。普段割と自分自身に対して大雑把な正確な三井は、こういう時に繊細な面が出がちになる。決定的な理由を述べて式に参加したい三井の気持ちを否定しても、ただただ機嫌を損ねるだけになり、それどころか更に反発心が生まれてしまうだろう。こんな時宮城はいつものように饒舌には話せない。なるべく間違えないように言葉を選んで話すからだ。なんと言ったら三井が落ち込まないか、なんと言ったら三井が悲しまないか、なんと言ったら三井が傷つかないか。めんどくさい性格、と思いつつも、普段めいっぱい自分に気を遣ってくれていることに気付いているから、こんな時くらい返したいと思う。そういうの考えるの俺が1番苦手なやつ……と思いながらも三井の表情を窺う。
「俺も、ちゃんと祝いたいから……」
このまま帰るのは嫌だ。宮城がこの後なんと言うだろうか、と三井もまた宮城の様子を窺っているような話し方だった。自分でもわかっているのだ、式の終わりまでもたないかもしれないと。でも大事な後輩、可愛い後輩の結婚式だから。安田から今日のことで連絡をもらった後、すぐに三井に電話をかけた。俺も聞いた!と元気のいい返事を聞いて、嬉しそうに破顔する三井の顔が見ずともはっきり思い浮かべられた。楽しみだな、と何度も言う三井に、宮城も結婚についての話を切り出そうと決めたのだ。
「わかった、じゃあそろそろ行こう」
ここ数日の色々を思い出して溜息をつきそうになるが、今このタイミングで溜息をつけば三井に勘違いをさせてしまうと思い飲み込む。運転席から降りて、後部座席に置いていた自分のジャケットと三井のジャケットを引っ張り出す。その間に助手席の方からパタン、と控えめにドアが閉まる音がする。あ、半ドア、と思った瞬間、ドアを閉めた張本人の三井から舌打ちが聞こえる。いつもは大きすぎるほどの音を立ててドアを閉めるため、もっと優しくやりなよ、なんて言っているのだが。ドアを閉める力を入れるのすらしんどいのだろうと思い代わりに閉めてやろうと思ったが、すかさずもう一度開けてから閉める音が聞こえたので、黙ってジャケットを羽織る。助手席側に回って三井にジャケットを手渡すと、朝と同じく緩慢な動きで羽織る。
御祝儀持ったし、鞄も持ったし、と宮城が持ち物を確認している間も、俯いてなかなか歩き出せないでいる三井に大丈夫?と声をかけて腰に手を回そうとすると、やんわりと振り払われる。
「いけるぜ」
短く息を吐き出すと顔を上げた。三井は外で恋人らしい触れ合い方をされるのを嫌がる。今の宮城はそういうつもりではなかったが、そうだと言われれば確かにそうと思われるような行動だったな、と気付く。先程までと打って変わりスーツの似合う広い背を伸ばして歩き出した意外と気遣い屋の三井に、スイッチ入れたな、と口元だけ笑った宮城が着いていくのだった。