クリスマス「は?」
「お帰り、降谷くん。夕食かな」
「はあ」
提げているのはコンビニの袋。気分だけでもと、何となく唐揚げ弁当にした。庁舎に戻ると、玄関前に赤井がいた。警備なんてなしで、もうこいつを立たせておくだけで十分なんじゃないか。
(……いや、そうじゃなくて)
「なん、で」
「五年前の約束を果たしにきた。忘れてしまったかな」
「五年前……」
クリスマスイブ、五年前。スコッチと三人で……。
「あの時に何か?」
「ふむ。やはり眠っていたのかな、君は」
赤井の脳裏に浮かぶのは、テーブルに突っ伏して、かわいい声で呟くバーボンだ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「僕が殺しても生きてろ、ライ……」
「物騒だな」
「バーボン、何言ってんだよお前」
「やくそく、しろよぉ……」
「わかった」
「え、しちゃうんだ。約束」
「それで、五年後にまた三人でパーティーしような……」
「それも約束する」
「お前、ほんと……こいつに甘いのな」
その自覚はあった。まっすぐな暴れん坊。大事にしてやりたい。
「五年後か……俺たち、その時はどこに飛ばされてるんだろうな」
スコッチは、寝ているのか酔っているだけなのかわからない金髪の頭を、大切そうに見やった。
「少なくとも、魚の頭に見つめていられたくはない」
「ハハッ。お前、そんなにこれ苦手なんだ?」
肩をすくめてみせると、ますます笑われた。
何の因果か、故郷にほど近い地域で聖夜を迎えることとなった。イギリスっぽいもの食おうぜ!と張り切って、スコッチが買ってきたのは、フィッシュアンドチップスにスターゲイジーパイ。子供の頃に父が作ってくれたのだが、どうにもこれだけは苦手だった。幼い弟に至っては泣き出してしまった。母は「子供にはわからないのよ。務武さん、私が半分いただくわ」と言い、ぺろりと平らげていた。
「じゃあ、俺がとびっきりうまいの作ってやるよ。五年後に」
「じゃあ、の意味がわからん」
それでまた、彼は笑った。バーボンは「ん〜……」と声を漏らし、こてん、と顔の向きをこちらに変えた。エキゾチックな肌、今は閉じている真っ青な双眸。彼が天使なら、すべてを告白して許されたいと思った。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
あれから、ちょうど五年。地球よりも重い感情を赤井に対して抱いている降谷は、腕をつかみ、自宅に連れ帰った。働き過ぎの上司を心配していた風見は、「下で赤井に会った。また明日な」というメッセージに、思わず頬をほころばせた。
赤井が仕入れてきたシャンパンと、忘れてはいけない酒。唐揚げ弁当は半分こし、冷凍ピザやサラダ、作り過ぎた筑前煮などを並べると、なかなか豪華な食卓になった。
「しばらくこっちにいる。こき使ってくれ」
「へえ……いいな、それ」
スコッチを飲みながら、嬉しそうにはにかむ降谷。その横顔があまりにも美しくて、「しばらく」とは「死ぬまで」であることは、もう少しあとで教えようと思った。
「………ふーん。まあ作れそうだな」
見蕩れているうちに、降谷は端末で何やら調べていた。
「何をだ?」
「これ」
「……」
画面の中から、いくつもの魚の頭が赤井を睨みつけていた。
次の年は、二人で例のパイを作った。赤井が目を閉じて食べるのを、降谷は笑いをかみ殺して見ていた。テーブルには、スコッチ。亡き友を想い、明日を想う。
桜が咲き初める頃から、二人は身も心も預け合う間柄となっていた。このイブの夜も熱烈に愛され、日付が変わってしばらく経った頃、ようやく小休止となった。少し眠そうな恋人の様子に、愛おしさが込み上げてくる。赤井は慎重に、「クリスマスプレゼントと言えるかどうか、わからないが……」と切り出した。
「なに……?」
「しばらくこっちにいると言っただろう?」
「うん……」
「あの『しばらく』というのは、『死ぬまで』という意味なんだ」
「は?聞いてない………待て、どこから問い詰めたらいいか……」
「大した問題ではないさ。君に殺されない限り俺は死なんよ。……それに、たとえ君に殺されても生きている約束だ」
「うん……」
見つめ合い、誓いのように厳かなキスを交わす。
自分より体格のいい男の体に、降谷は腕をまわしてぴったりと寄り添った。プレゼントを抱きしめて離さない子供のように。
「でも……ひとつ問題が」
「何かな」
「僕はもう、あなたを殺せない……」
「ならば……二人で生きようか、零くん」
天使は、こく、と頷いた。
赤井はまだ知らない。夜が明けたら、「ライフルバッグの中身、今日のうちに見ておいた方がいいですよ。年末年始、何が起こるかわからないので」と言われることを。そこに、青い石をはめ込んだ、金の指輪があることを。
Merry Christmas!