無いとは言わせない「コンミスは黒子が好きなのか?」
「へ?!」
ずい、と大きな一歩を詰めて問う彼の顔は真剣だ。近すぎる距離から見上げる首が緊張で震える。彼――鷲上源一郎が穏やかで丁寧な性格をしていることを知っていてなお、このような真剣な顔をされると朝日奈は一瞬ぎくりと身構えてしまう。そんな朝日奈の動揺を察したのだろう。源一郎は怒ったり気に障ったりしたのではないということを示すかのように、やんわりと朝日奈の手を取る。大きく暖かな手と、意図して下げてくれたであろう目元に、縮こまった心がゆるゆるとほどけていく。そうだ、彼は単純に、興味から、質問をしているのだろう。
「ほくろ……ってあの黒子??なんで??」
「成宮と話をしているのを聞いた」
「……! ああ!」
そういえば、そんな話をした。かの後輩の、普段は見えないところにある黒子。下級生が話題にしていたのを耳に挟んで、自分も見てみたいなと思ったのだ。彼の黒子は鎖骨にあって、なんでもさぞ魅惑的だとか。彼とは寮で何度も顔を合わせていたし、襟ぐりの空いたラフな格好をしていたこともあった。けれどもそんなところ、注目していなければ覚えていない。どんなだったっけ?気になって見せてくれとせがんではみたものの、結局成宮は見せてはくれなかった。それがまた、朝日奈の興味を誘うことを、彼はきっと計算していたのだろう。見せて、嫌です、いいじゃない減るものじゃないし……そんな応酬を、源一郎もどこかで見ていたらしい。
「好きっていうか…うーん……見てみたいなあって思っただけ。見えないところにあるって言われて、見せてくれなかったから気になっちゃった、みたいな」
「そうか…」
考え込むようにして黙った源一郎を見上げる。変な女だと思われて引かれてしまっただろうか。源一郎の感性は、いまだ朝日奈にはよくわからない。寝起きのぼんやりした顔も源一郎にかかれば「朝の陽ざしより眩しい」だし、お弁当を忘れて凹んでいても「愁いを帯びた顔をされると俺に何かできないかと心配になる」そうで。源一郎があまりにも美しく語ってくれるものだから、彼の前では本当にそういう自分であればいいのに、なんて思ってしまう。源一郎くんに幻滅されたくないなあ。黒子の話なんて、しなきゃよかった。そう思っていた、その時だった。
おもむろに、源一郎が学ランを脱ぎ始めた。
「俺の黒子は、ここと、ここと、あと……」
「待って、待って待って!!源一郎くん、ちょっとストップ!!!!」
下に着ていたシャツを捲って、腕を示している指を押し留める。うわあ、源一郎くんって肌すべすべ、それに結構色が白い、さすが東北出身。秋田美人って言うけど青森も日照時間が短いから…じゃなくて!
「何??!急にどうしたの?!」
「君に興味を持ってもらえるのがうらやましいと思って。でも……そうか、教えないほうが、興味を持ってもらえるのだったか」
そう呟くように言いながら、源一郎は捲っていた裾をくるくるともとに戻し、脱いでいた学ランを着てボタンを留めた。普段見えていないところが見えると魅惑的だ、そう言っていた後輩の声が朝日奈の耳によみがえる。かっちりと学ランを着こみ、元通りになった源一郎。そうか、この真っ黒の制服の下にはあの白い肌やごつごつとした手首があるのか。朝日奈はさっきの一瞬の光景がフラッシュバックして気恥ずかしくなる。なるほど、確かにこれはだいぶ心臓に悪い。さっきまで黒子の話なんてしなきゃよかったと思っていたのに、もう一度あの腕が見てみたいなあなんて思ってしまった。
頬を赤らめながらうつむく朝日奈に、源一郎はほんの少しだけ唇を持ち上げて口を開いた。
「見えないところにあるものも、君にいつか知ってもらえると嬉しい」
爆弾発言すぎる。
「源一郎くん……それはどういう…ごめん、いい!やっぱもう何も言わなくていい!!!!!」
「? 興味なかったか?」
見えないところ?それってどこ?いつか知ってもらいたいって何?!一瞬にして源一郎の言葉の意味を一生懸命考えてしまった朝日奈の頭は、「興味無いです」とは言えないほどに源一郎のことでいっぱいになってしまったのだった。