subject鷲上源一郎×朝日奈唯
子供の頃、母が作った俺のアルバムを見ながら、親戚の大人たちはどれも同じ顔で写る俺を見て、目を丸くしていた
感情がない訳ではないが、確かに人よりも表情に出にくい性質だとは自覚している。
そのせいだろうか、家族以外で俺にカメラを向ける者はほとんど居なかった。
──カシャ、カシャカシャ
小説を読んでいると横でシャッターを切る音が響き、源一郎が顔を上げるとスマホの画面を見ながら口元が緩んでいる唯の顔があった。
「あ、ごめんね源一郎君、読書の邪魔だったよね」
「いや構わない、ちょうどお茶でも淹れようと思っていたところだ、君も一緒にどうだ?」
読みかけのページに栞を挟むと、源一郎はそう言って立ち上がった。
「また俺を撮っていたのか?」
唯にマグカップを渡しながら源一郎はその隣に腰をおろす。
「うん、そうだけど……あ、もしかして写真撮られるの嫌だった?」
「いやそんな事はないが、君は俺の写真を良く撮っているから珍しいと思ったんだ」
「う〜ん、そう言われると確かに最近、源一郎君の写真ばっかりかも」
スマホの画像フォルダをスワイプしながら、そこに映る源一郎の姿に唯は照れ臭そうにえへへと笑った。
「俺はあまり表情が変わらないから、代わり映えしないだろう」
そう言って源一郎が覗き込んだ画像フォルダには、ほとんど表情が変わらない自分の写真が並んでいた。
「う〜ん、でもほらこれなんてちょっと眠たそうだし、あ、ほらこれ、レアなくしゃみする前の源一郎君だよ!」
唯が楽しそうに選んだ画像を見せてくれるが、自分の事ながら源一郎には大した違いが分からなかった。
「君は本当に楽しそうな顔をするんだな」
唯の、感情に真っ直ぐな姿勢は源一郎にとって、眩しく美しいもので
初めて彼女の音楽を聴いた時に胸の内に湧き上がった感情は、御門のオーケストラを聴いた時の衝撃を思い出されるものだった。
「やはり君は、美しいな」
思わず溢れた本音は、唯の顔を真っ赤に染めるには十分過ぎるものだった。
御門邸を訪れた唯は、浮葉に中庭が見える客間に通された。
「申し訳ありません、源一郎を訪ねてくださったのでしょう、小間使いに出ておりますがすぐに帰ってくると思いますので」
「すみません、お気遣いいただいて」
女中さんが出してくれたお茶請けは、食べるのがもったいないくらい繊細な砂糖菓子だった。
「そう言えば、あなたは良く源一郎の写真を撮るそうですね」
「え、どうしてそれを?!」
「源一郎が言っていましたよ、よほど珍しいと思ったのかあるいは……」
言いかけた言葉を思わせぶりに引っ込めて浮葉はたおやかな笑顔を浮かべた。
「ふふ、よろしければ私にも見せていただけませんか?」
「もちろんです」
唯がそう言ってスマホのフォルダを開き、浮葉がその手元を覗き込んだ時、客間のふすまが静かに開いた。
「浮葉様、只今帰りました……ッ、コンミス?」
お使いから帰って来た源一郎の声が上擦る。
スマホに視線を落としていた唯はその表情に気づいていなかったが、浮葉はくすりと笑って彼女の手元から顔を上げた。
「お帰り源一郎、朝日奈さんがお待ちですから後は家の者に任せてお前もこちらに来なさい」
「承知いたしました、コンミスすまない、少し待っていてくれ」
「うん、大丈夫だよ源一郎君」
足早に客間を後にした源一郎の背中を唯は笑顔で見送った。
(先程の源一郎の顔、彼女にも見せて差し上げたかったですね)
忠実な従者が初めて見せた表情を思い出して、浮葉は一人楽しそうに目を細めるのだった。
─了─