「花なんか別に好きじゃなかった」
ぷつり、ぷつり、ぷつり。
「だからそうやって、千切って遊んでいるのか」
ひ、ふ、み。
「これは、まじないだ」
ひら、ひら、ひら。
「まじない?」
フウガの手の中で可憐に咲いていた白い花は、挟んだ指に引っ張られ花弁を摘み取られていく。
モクマは見ていた。里に下りてきたフウガが先程、里に住む少女からこの花を差し出され、笑いながら受け取っていたのを。確かにあの時、フウガは笑っていた。目鼻立ちが整った美しい少女と、フウガ。並んだ姿がよく似合っていると息を呑んだほどだった。
里の者達と手を振り別れたフウガは、常紅樹が生い茂る森の中へ花を手にしたまま入っていった。モクマもその後に続いた。ついて来いと命じられたから。
少し森の中を進むと、フウガは木の根元に腰掛け、徐に花弁を千切り始めた。その理由が、まじないだと知りモクマは眉を顰めた。フウガがそのような眉唾事を口にすると思っていなかった故、驚きも多少なりとも含まれていた。
ぷつぷつと音を立てて千切られていく花と、どこか心ここに在らずなフウガを見ながら、可哀想だとモクマは思った。花も、花を渡した少女も。どうしてこのようなことをするのだろうか。モクマはどこかフウガを責めるように、咎めるように、その背に問うた。
「意中の相手が己に好意を抱いているか否かを見分けるまじないだ」
フウガは花弁を千切る指を止めない。
「そんなことができるの?」
モクマは首を傾げ、再度問う。
「どうだろうな」
フウガはどこか他人事のように嘯く。花弁は残り僅か。
「フウガ、好きな人が居るの?」
その問いに、フウガは答えない。沈黙が二人の間に横たわる。風が吹かない。息が詰まるような息苦しさを覚えた。
「……好きな人がいるからって、花が好きじゃないからって、もらった花を千切るのは良くないよ」
沈黙を裂くようにモクマが再度口にする。咎めるような口調になった。このまじないは、良くない。誰も喜ばない。フウガも、少女も、花も。
「おぬしには分からぬ」
フウガの指が止まる。花弁がフウガの足下に散らばっていた。血だまりのようだと思った。それは花を渡した少女の心か、フウガの心か。それとも、花の心か。
「それで、意中の相手は……フウガのこと好きなの?」
モクマは問う。フウガは鼻で笑って、花弁が全て摘み取られた花の残骸を指で挟み、回す。フウガはモクマを見上げる。
「……っ」
蛇のように鋭い視線がモクマを捕らえ、反射的に背がゾクリと震えた。フウガは茎に残った萼を千切ってその場に落とし、茎も、捨てた。
「さあ、どうだったかな」