「なぁおい。いい加減、ラムに会わせろよ」
ラムからの連絡事項を伝えている最中にそう催促されて、キュラソーはオッドアイを丸くした。
ピンガは作業中だったPCのキーボードを叩く手を止め、デスクに頬杖をついてキュラソーを見上げている。その顔は見事な仏頂面だった。
「何か頼みでもあるの? それなら、私から伝えておくから――」
「そうじゃねぇ。俺も、もっとお近づきになりたいって言ってんだ」
キュラソーの短く整えた眉が、ぴくりと跳ねた。
「顔を拝めたのは辞令受けて以来じゃねぇか。いつも命令はあんたが伝えてくるばっかりでよ。俺だってラムの直属って立場のはずだが?」
「……当然でしょう、彼の存在自体が機密扱いなんだから。会える相手は限られている。たとえ直属だろうとね」
さも分別があるような淡々とした物言いにも、ピンガは引き下がらない。
「ふうん……さすが、右腕のあんたは特別ってわけか、キュラソー?」
問いかけとも皮肉とも聞こえる物言いに、キュラソーは直接は答えなかった。眦の切れ上がった目を細めながら、逆に質問する。
「そんなにあの人に近づきたいのかい?」
当たり前だろ、とピンガは軽く肩を竦めた。
「ラムに気に入られれば出世間違いなしだ。あんたは面白くないだろうが、お気に入りの座を独り占めってのは関心しないぜ?」
野心を隠しもしない態度に、キュラソーは溜め息をつく。
しかし、ほつれた髪の筋を耳に掛け直しつつ、頷いた。
「いいわ。一応、伝えといてあげてもいい」
「おっ、話がわかるじゃねぇか」
「ただし」
しめたとばかりに厚い唇の端を歪めるピンガを遮って、キュラソーが歩み寄る。
デスクに手をつきながら身を屈める。すらりと身長の高い女に覗き込まれて、ピンガは頬杖から顔を上げ、たじろいだ。
そして、ぎくりとする。
見下ろしてくる青い瞳と透明の瞳には、カミソリのように研ぎ澄まされた光が宿っていた。
「あの人に近づいて、おかしな真似したら……殺すよ」
確かに女の声であるにも関わらず、腹に響くような低い声だった。
脅しではない、とピンガは直感して、黙って頷いた。
素直な態度が功を奏したのか、キュラソーはふっと目つきを和らげて、わかってるならいい、と告げた。
そうしてピンガに背を向け、ひとつにくくった銀髪を揺らしながら立ち去ろうとする彼女を、思わず呼び止める。
「あんた……ラムの女なのか?」
キュラソーがぴたりと立ち止まる。
我ながら不用意な質問なのはわかっていたが、この際、ハッキリさせておこうと思った。
ラムとキュラソーが共にいるところを見たのは一度きりだが、二人の間にはなんとも言い難い空気感があった。その正体はわからなかったが、間に何人も立ち入らせない雰囲気を覚えている。
だから、そういうことだろうと、元から当たりをつけてはいた。
キュラソーは振り返り、ピンガを見下ろすと……どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ラムが私のオンナなんだよ」
は? と気の抜けた声がもれた。
おんな。オンナとは。
ピンガなりに頭をフル回転させる。
キュラソーは紛れもない女で、ラムは疑いようもなく男で。
しかしこの場合のオンナとは、会話の流れとニュアンスを考えれば、好き勝手されるほうということでは。
……いや、組織No.2相手にそんな真似ができるものか?
そもそも好き勝手って、ナニを?
しかし、そういえばこのキュラソーという女は、勝気とか男勝りとかいう言葉では片付けられない勇ましさがある。
対して、ラムはいかめしい外見に反して、その物腰は誰にでも丁寧で柔らかい。どことなく、女性的とさえ感じる時もある。
だから、つまり……つまり??
ははは、と軽やかな笑い声が転がり落ちてきて、ピンガは我に返る。
「悪い悪い。お前にはまだ早い冗談だったわね、坊や」
キュラソーは機嫌良く揶揄を寄越しながら、ひらひらと片手を振って去っていった。姿勢のいい後ろ姿も、さっそうとした歩みも、様になっていた。
取り残されたピンガは、なんだかわからないが、とにかく妙に悔しかった。