「ずるいひと」「私に、そんな資格はありませんから……」
苦笑混じりにそう答えた直後、キャメルはその大柄な体を、柔らかなラグの上にいとも容易く転がされた。
「えっ……えっ!? あ、赤井さん……!?」
生まれつき白い肌が上気する程度に酒が回っている頭でも、見上げた彼の様子に異変が起きたことはわかる。
いや、正直に言って見た目にはわからない。尊敬する捜査官である赤井秀一は、冷静な表情で、切れ長の鋭い目つきで、しかし知性と穏やかな色を含んだ眼差しで――いつも通りの様子でキャメルを見下ろしている。そう、いつも通りだ。自分を押し倒して、容易には起き上がれないようにのしかかってくる以外は。
自身の太い手首に絡む、しなやか且つ硬くしっかりとした指は、キャメルを傷つけるような意志はなく、だが抵抗を許さない力強さがあった。
キャメルが憧れてやまない、彼の強さ。敵を仕留める時は容赦なく、仲間を守る時は頼もしく――けれど、自分に向けられているのは、そのどちらでもないように思う。
鼓動が高鳴るのも、体が熱いのも、アルコールのせいだけではない。
彼の低い声が、キャメル、と呼んだ。
「お前は、まだそんなことを言うのか?」
鋭くて、知的で、けれど穏やかな彼の瞳は、今、少しの憂いを帯びてキャメルを見つめている。
彼の薄く形のいい唇の動きから、目が離せない。
「俺は、お前が欲しいだけだ」
その低く深い響きに、体の芯から震えてしまう。
(い、いけない)
目を逸らす。これ以上、目を合わせながら声を聞いていたら……。
「赤井さん……あんまりからかわれると、困ります……」
「俺は本気だ。それは、お前も承知だと思っていたが」
「だ、だって、その話は、もう」
「わかってるさ。俺はお前に一度、フられている」
「そんな、フるだなんて……」
ずるい言い方をする。己がひどく身の程知らずに思えて、畏れ多さのあまりに――
受け入れるべきではないかと、思ってしまう。彼の言葉を。いや――
彼を。
確かに、赤井からのいわゆる告白、のようなものを、キャメルが一度、断っているのは事実だ。
彼のような男が、スマートながらも真正面からアプローチしてきたことが意外で。そもそも自分にそんな感情を抱いていたなんて、思いもしなくて。よもや、秘めていた淡い想いを見抜かれていたのかと、混乱して――
わけがわからないまま、ごめんなさい、と頭を下げていた。
それきり。それ以上、彼からその件に関して掘り返されることもなかったし、普段と違う態度をとられることもなかった。だから、あれは夢だったのではないかと思っていたほどだ。
だから今日も彼に誘われるまま、何の疑問も身構えもなく、自宅での晩酌に付き合っていたのだ。
「自分に未練のある相手と、こうも簡単に二人きりになるなんて……無防備もいいところだぞ?」
鼻先が触れそうなほど顔を寄せられて、視線を合わせざるをえない。
からかうように囁くけれど、その目つきは本気で。
(いけない、いけない)
「未練なんて、そんな……私に、そんな価値は……資格は。だって」
それでも、キャメルはきつく目を瞑って、踏み止まろうとする――罪悪感という名の、最後の砦で。
「私は……私のせいで、貴方の大切な人が……だから、」
キャメル、と彼の声がまた呼ぶ。
ただその一言で、口を塞がれてしまう。
「何度でも言おう。彼女のことは、お前だけの責任じゃない。守りきれなかったのは、俺だ」
“彼女”のことを彼の口から聞くたびに、胸を刺すものが何なのか――罪悪感の他に許されるはずがない。
それなのに。
「だが、それでも……お前が、どうしても自分を許せないのなら――償ってくれ」
償いという、求めるものをちらつかされて、つい抗えず、そっと目を開いてしまう。
間近に見つめてくる彼の瞳は、キャメルの心の底まで見透かすようで。
「もう、俺を独りにしてくれるな」
寂しげな表情。
なのに、力強い声。
息を呑む。呼吸が上手くできない。
早鐘を打つ鼓動は、全身を駆け巡る熱は、酒の酔いでも夢でもない。
もう逃げ場はないのだと、キャメルは悟る。
(嗚呼、嗚呼……彼は、彼はなんて、)