今年はじめての…… 取り皿に盛った美味しい料理は綺麗に平らげてしまった。ぼくは皿をローテーブルに置き、代わりにグラスを持ち上げる。星奏館の共有ルームで元日の夕方から行われている新年会。未成年が多いため酒は提供されていない。アップルソーダを喉へ流し込みながら室内へ視線を巡らせた。
みなビュッフェスタイルの食事を楽しみつつ、和やかに談笑している。ぼくだって先程まではグラス片手に共有ルームを一周して、出席者全員に挨拶をしていた。このくらいのことは社交界のパーティーでの経験もあるし、慣れたもの。まぁ社交界のものよりはずうっと気楽で楽しいけれど。でも癖で会場全体を常に視界に捉えているから、相方の動向だってだいたい把握している。
相方――ジュンくんはといえば、談笑の合間に年下の子たちに食事を取ってあげたり、グラスが空の人に声をかけたりと気を配っている。食べ物が足りなくなりそうかと思えば厨房へ行き、恐らくはニキくんを手伝っているのだろう。長いこと戻ってこない。
まったく……ジュンくんは新年会を楽しめているのかねぇ。戻ってきたら、少しは座って食事をするように引っ張ってこようか。
「追加のローストビーフきましたよぉ〜!」
にこにこの笑顔で戻ってきた様子を見て、余計なことを言うのはやめた。「おおっ!」と歓声があがり、集まってきた何人かと笑って冗談を言い合う。その様子が楽しそうだったからね。
「ジュンくーん! ぼくにも持ってきて〜!」
「セルフサービスですよぉ〜」
一時間ほど経って、ひと通りみなに食べ物と飲み物が行き渡りお開きとなった。殆どがそのまま残っていて食事を続ける者、会話を楽しむ者、ゲームや双六に興じる者とばらけはじめた。
ぼくはジェ〇ガの誘いを断わり、どの輪にも属さずにまたソファからぼうっと室内を眺めていた。
ボスンと衝撃があって、ソファの左側が沈んだ。身体が傾くに任せ、隣人の肩に体重を預けた。
「重いですよぉ〜?」
「……きみ、ちゃんと食べた?」
「食べましたよ。厨房でも椎名先輩とたくさんつまみ食いしてましたし。ローストビーフなんてみんなの五倍の厚みに切ってくれて、こんくらい」
肉の厚みを指で示して、ジュンくんはへへっと笑った。ぼくもつられて笑ってしまう。
「ふふっ……お疲れ様、ジュンくん」
「うす」
それきりジュンくんは黙ってしまう。腹の前で手を組み合わせたまま項垂れた。やがてコク、コクと頭が不安定に船を漕ぐ。
「ジュ……?」
昨日までだって年末年始の特番の撮影に歌番組の生放送と大忙しだったのだ。そこへきて気を使って立ち働き、体力も気力も使い果たしたのだろう。ぼくの隣にきて緊張を解いて居眠りするとはね……、なんて厚かましくて――かわいい恋人だろうね。
「ジュンくん、お部屋に帰って寝たほうがいいね」
「ん……、」
「風邪を引いてしまうね」
「でも……おひいさんが……」
まだ楽しい雰囲気に身を置いていたいのか、ジュンくんは頭を振って留まろうとしている。
「ほら立って。ぼくが送っていってあげるから」
「はい……」
ジュンくんが自分のお部屋に一歩入って、ドアの前に立つぼくを振り返った。
「おやすみ、ジュンく――」
「あの、ちょっとだけいいすか?」
「なぁに?」
ドアが閉まったのを合図のように、ジュンくんはぼくの手を引いてスタスタと歩く。
「えっ、えっ!?」
ジュンくんがベッドに勢いよく腰掛け、そのまま仰向けに寝転んだ。手を繋がれたままのぼくは、バランスを崩してジュンくんの上にうつ伏せに倒れ込んでしまう。
「わっ……!」
「ぐえぇっっ……!」
「なんか失礼だね!?」
「おもい、……のほか衝撃が……」
「ジュンくんのせいだよね!?」
「……だってさっさと帰ろうとするから。あんたもオレと二人きりになりたくて送ってくれたんだと思ったのに」
言いながらぼくの後ろ髪を撫で、背中に腕が回る。その優しい手つきに、不満はあっさりと萎んでしまった。ジュンくんの胸に頬をつけて目を閉じた。
……もちろんぼくだって二人きりになりたかったね。だからきみの動きを気にしていたし、ゲームに誘われても断った。ジュンくんがぼくのところへ来てくれなかったら、きっとぼくのほうからきみを連れ出していたと思う。
「ジュンくん眠そうだったからね」
「冷たいすねぇ。オレたち、今年まだ一度も二人きりになってなかったんすよ?」
「そうだね……まだ元日だしね? ……ふふ」
ぼくが笑えばジュンくんの胸も笑いに震えた。
「今年初の二人きりとハグですねぇ〜」
「ハグの次は? 今年初の……?」
顔をあげて、ぼくは顎を突き出し唇を尖らせる。ジュンくんも懸命に頭を浮かせてぼくに顔を近づけた。チュッと微かな音を鳴らして唇が一瞬だけ触れ合う。新年最初のキスは、短くて不格好でほのかなアップルソーダの味。
「あははっ、ジュンくんプルプルしてたね!」
「もう〜笑ってねぇで、ちゃんとしましょうよぉ」
「うん、」
ぼくは起き上がって頬に落ちる髪を耳にかける。ジュンくんの顔の横に手をついて、ゆっくり顔を寄せていった。
「今年もよろしくね」
二度目のキスはさっきよりもアップルソーダの味を感じられる、深くて長いキスだった。唇を離せば名残惜しげにジュンくんの唇が追ってきてもう一度。
「今年もよろしくお願いしますね」
「うん」
ジュンくんに腕枕されるように、二の腕に頭を乗せて横になる。すぐにジュンくんの不埒な手が、ぼくのニットの裾をたくし上げ侵入してきた。
「ちょっ! ジュンくん!?」
「なんもしませんて。ちょっと腹触るだけですから、ね?」
そうは言ってもジュンくんの指先が脇腹を這うだけで、ゾクッと震えてしまう。
「おひいさん、好き……」
耳元で囁かれれば、たちまち鼓動は速く、身体は熱くなってくる。ジュンくんの熱い手のひらがぼくの臍の下まで到達して、くるりと円を描くように撫でた。
「……ジュンっくんっ……!」
そのままジュンくんの手はぼくのお腹の上で――――動かなくなった。耳元ではすぅすぅと穏やかな寝息が聴こえだす。
「……うそでしょ」
ぼくをこんなにドキドキさせておいて寝てしまったっていうの!? 顔をあげてジュンくんのお顔を見る。
「……もう……」
眉や目元が緩んで安心しきった、しあわせそうな寝顔。年齢よりもずっと幼く見える。ぼくの表情もつられて緩んでしまった。こんなかわいい寝顔を見たら、もう文句なんて言えないね。
ぼくはね、悔しいけれどジュンくんの言葉や仕草に苦しいくらいドキドキさせられてしまう。もちろんジュンくんだってぼくにドキドキしていてほしいね。
でもぼくの傍がきみにとっての安らげる場所になっているのなら、やっぱりとても嬉しいことだと思う。ぼくがそうであるようにね。
ふぁっ……と欠伸をひとつ。さして触り心地の良くないジュンくんのお腹に手を伸ばした。ピクンとジュンくんの身体が跳ね、眉間に皺が寄る。
「ふふ……」
これは起きてからのジュンくんに取っておこうと思ったんだけれど。愛しさで胸がいっぱいになって、言わずにはいられなくなってしまうね。
「ジュンくん、ぼくはきみのことがとても好きだね」
今年初めての「好き」は夢のなかのきみへ。