それはたった1つの▼▼▼
「シロちゃん…ここは一体何処…」
「うーんとね…ここは桃源郷だよ!」
視線を足元から前に向けると最初に見えたのは、何となく見覚えのあるような、あたり一面に咲き誇る桜。
真っ暗な世界で目覚めてから数時間。「シロ」と名乗る生き物に出会い、大切な人のいる場所を目指して旅に出た僕達は記憶を取り戻すために色々な場所を巡ることになり、やってきたのが、ここ桃源郷だった。
「というかシロちゃんて犬だったんだね。全然気付かなかったよ」
抱えた時にかなり重たく感じたので、どんな生き物だろうかと思っていたらまさかの犬。それも桃太郎と鬼を倒したという犬。信じ難い話だったけれど、どうやら事実らしい。
「白澤様?何か言ったー?」
しかし当の本人は聞こえてなかったらしい。真っ白なボディのあちこちに桜の花びらを着けて走ってくると「どうしたの?」と首を傾げた。
「何でもないよ。それよりここには何の用があるんだい?」
「それはついて来れば分かるよー!」
「ちょっとシロちゃん!?」
そう言って走り出したシロちゃんを慌てて追いかけて行くと、ぽつんと建っている一軒家が見えてきた。
「っは…シロ…ちゃん…ここ…は」
「ここはね。白澤様のお店だよ」
肩で息をしながら自分の店だと言われた建物に視線を移す。横開きの扉の横に掛けられた「極楽満月」という看板や白塗りの壁に若竹色の屋根。
とても懐かしい感じがした。
「ねぇ、シロちゃん…「えっ、白澤…様…?」
声を遮るようにして扉から出てきたのは、桃の描かれた頭巾に日本の昔話に出てくるお爺さんのような格好をした太めの男。
どうやらシロちゃんは知っているようで、尻尾を振りながらその人物に飛びついていった。
「白澤様、紹介するね。この人が桃太郎だよ!」
「白澤様に代わって極楽満月の店主をしています。桃太郎です。よろしくお願いします」
「桃…太郎…?っ⁉」
ズキン、と頭に痛みが走った。
ダメだ、思い出してはいけないと脳が警鐘を鳴らす。
「あっ…」
ズルリ、と記憶の蓋が開くような感覚と共に視界が真っ暗になった。