キメ学自鬼小説 『放課後アソーテッドスノー』 ──ゴールド、グリーン、ピンクとアクア。キャンバス疾る平行線、交差するのは角を曲がったあのお店。
普段の授業なんてものは正直、まともに受けたためしがない。頭の中で、執筆中の構想を練りながら適当にやり過ごす。窓際の一番最後の席。考え事をするにはもってこいのこの席で、学生らしからぬ不健全な妄想を企て頭に花を咲かせる。締切も近いし、早く仕上げなければならない。そんな様子に気付いたのか、先生が時折指名して来るけれど何ら問題はない。文字を考えるのが私の仕事のようなものだから、黒板の問いを読み解いて上手く言葉を紡げば良い。今日も悔しそうに着席を促す先生の顔を、内心嘲笑してやりながらスカートを整えつつ席に座る。この下らない授業が終われば、やっと自由の身だ。やっと本当の私になれる。窓の外を見ると、グラウンドが白く染まって銀色の非日常があった。年に数回、降るか降らないかの土地柄だから物珍しさに視線が勝手に吸い取られていく。幸いにも、しんしんと降り積もる雪は止んで何とか放課後集まれそうだ。ホームルームで担任が「足元に気を付けるように」なんて当たり前の事を言う。もう少しまともな言葉を考えられないのか、いや、仮にそうだとしたらこんな職には就いていないか。悪態を吐いて相変わらず窓の外を眺めていると思いの外暇潰しになったらしい、チャイムが鳴って生徒達が一斉に下校し始めた。読み掛けの本を机から引っ張り出して鞄に入れながら席を立つ。コートを羽織ってマフラーを巻いていたらクラスの女子数人に、お茶でもどうかと誘われた。生憎今日は先客が居る、こんな雪の中でも会いに行きたい程の先客なのだ。目の前の彼女達には悪いけれど丁重にお断りし、いつになるのやら分からない“また今度”をして教室を後にする。冷え込んだ廊下は、普段よりも賑わっていて歩きづらい。部活動のバックを背負った生徒がチラホラ見えて、成る程流石にあのグラウンドでは中止になったのだと悟る。一階の下駄箱まで辿り着き、自分の扉を開けると色取り取りにラッピングされたお菓子やら雑貨やらが御出ましになって中々靴を取らせてくれない。
(またか……正直困るのよね……)
小説を読んでくれた子達だろう、感想のお手紙と共にプレゼントが入っている事が頻繁にあった。感想は何よりも嬉しいけれど、毎回こんなに物を頂くのでは気が引けてしまう。それも間接的だから顔と名前が未だに一致せず、仕方がないので手紙を頼りに下駄箱へお返しをしている始末。せめて直接渡してくれれば、そう考えた後すぐに首を横に振る。できる訳ない、恥ずかしい。本当なら直接お礼を言いたい所なのに、人見知りな性格も相俟ってそれが出来ない。何度か試そうともした、けれどやっぱり耐えられなくって電柱に隠れるばかりで駄目だった。下駄箱を覗くとカラフルな銀紙に包まれたハートのチョコがあって、手作りでも無さそうだから大丈夫だろうと鞄の中へ入れて靴を履く。つま先をトントンと二回ノックして、寒空の下へ身を晒し縮こまる。
校舎の一歩外を出れば銀世界が広がっており、余りの白さに圧倒されては照り返しに目を細めた。登校時とは全く別の場所に来てしまった錯覚を起こしながら、踏み込むとまだ柔らかい地面に行き先の跡を残し集合場所へと急ぐ。三人の学校からちょうど中心地点のコンビニ。生憎の天気だから、まだ来ていないと良いのだけど。
(身体が冷えてきた……あの角を曲がれば到着ね!)
手を擦り、息を吹き掛けながら四角いお店を見遣ると、触手の生えた奇妙なリュックを背負ったロングヘアの女の子が佇んでいた。
「あ、むらちゃーん! お待たせ」
「ううん、私も今来たところ」
此方を振り返り、そう答えてくれたのはピンクと水色のオッドアイが特徴的なむらちゃんだった。双方に宿るその瞳は宝石のようで眩しく、ピンクのメッシュが青み掛かった黒髪とよく合っている。これでもっとお化粧をすれば元々綺麗な顔立ちの彼女の事だ、其処らのアイドルよりよっぽど人気が出るだろうに。
「そっか、寒くない? 狂蠱ちゃんは……まだみたいね。お店の中で待ってよっか」
「うん」
自動ドアを抜け、店内へ入ると暖房がしっかりと効いていてコートとマフラーを脱ぐ。
暖かさに全身が溶けてしまいそうだった。
「ほわ〜、あったかい……」
心の声がそのまま聞こえて来て、手を擦りながら綻んだ表情の彼女にもっと温もりをあげたくなって擦り合わせる両手に私の其れもそっと重ねる。
「わっ、冷たい! もしかして冷え性?」
私もその部類に入るとはいえ、ここまで冷たくなる事はごく稀だ。カイロでもあげたいのに、家に置いてきてしまった。
「昔からそうなの、温めてもすぐにこれで……」
切なげな表情を浮かべてほろりと笑うその姿は、いつか知らずに消えてしまいそうで繋ぎ止めておきたくなる。
「それじゃあ冬場は大変よね。そうだ、何かあったかい物でも買ってあげる」
「え!? いいよそんな……!」
遠慮する彼女を半ば無理やり引き連れていた時だった、背後から
「お待たせー!! 遅くなってごめん! ……ってあんた達何してるの?」
軽快な声が聞こえて振り向くと左右黒と金のツートン、狂蠱ちゃんが仁王立ちしていた。先程まで髪を結えていたのか、クラゲヘアの真ん中辺りが跡になっている。
「お疲れ狂蠱ちゃん。いや、むらちゃんの手がキンキンに冷えてて可哀想だからあったかい物でもと思ってね」
「ふーん、てっきり無理やり手相でも見てるのかと思ったわ」
どうしたらそんな思考に至るのか私にはさっぱりだけれど、占い好きな彼女らしい言葉だった。
「雪の中、大変だったでしょう? 転ばなかった?」
「子供じゃないんだから平気よ。それより聞いてよー! 気温が下がり過ぎたのか、部室のパソコン調子悪くってさー、バックアップ復元させてたらこんな時間よもう!」
ぷんぷんしながらメガネの鼻をクイっと上げる様は、子供っぽくて思わず吹き出してしまいそうだ。それでも、私とは真逆の分野が長けている彼女を陰ながら慕っていた。パソコン部の部長だなんて、きっと頭の作りが根本的に違うのだろう。
「うっふふ、夜は長いんだから大丈夫。お疲れの狂蠱先生、肩でも揉んで差し上げましょうか?」
「私も! 揉むの得意だからいっぱいしてあげる」
“揉む”と言うワードに目の色を変えたむらちゃん。心なしかリュックの触手が揺れたような……気のせいか。
二人掛かりで肩を揉みしだこうと詰め寄ると、まだ触れてもいないのに身体をビクビクさせて必死で抵抗する姿に嗜虐心を煽られる。
「やめっ……来ないで……! ひゃあっ!?」
首の付け根、鎖骨の上辺りを軽く指圧しただけでこの叫び様。隣のむらちゃんも、慣れた手つきでマッサージを施していく。
「ひいいぃぃっ!? ひゃひゃひゃひゃ!!」
「ちょっと、肩の力抜いて? 亀みたいになっちゃってるわよ」
「狂蠱ちゃんよわぁーい♡」
首を窄めて必死に逃げ惑う姿はコミカルで実に愉快だったけれど、これ以上続けたらお店に大迷惑なので渋々引き下がる。呼吸を荒げて恨めしそうに私達を見るものだから、
「ごめんね? 狂蠱ちゃんにも何か買ってあげるから、許して?」
ご機嫌取りの常套句を使ってみせる。もうこれで何度目だろうか、大抵の事はこの魔法の言葉で一発解決だ。各々欲しい物を探しながら、店内を見て回る。新刊が出ている事に気付き、月日が経つのは早いなとおばあちゃんみたいにしみじみ思う。これから先、学校を卒業して社会に出て自立して、家庭を持ったり守る物が増えたりして、果たしてこの三人でまたこうやって笑い合う事が出来るんだろうか。ささやかなこの時間、他愛もないこの時間。目の前のガラスに映る自分は、黒いジャンパースカートに緑のリボンなんか付けてまだまだ子供みたいだ。待ち構える将来の不安だとか、行き先の見えない人生設計をたった三年で決めなければならない理不尽だとか地面を駆け足で進まないと追いつかない日常の中で、この時間だけは誰にも渡したくない。絶対に。
「みんな何買うか決まった?」
外に出て、駐車場を前に屯しながらカップに口をつける。抹茶の豊かな香りが広がってほっこりしてしまう。狂蠱ちゃんはブラックコーヒー、私は抹茶ラテ、そしてむらちゃんは肉まんに舌鼓を打っていた。視界に入るその姿は、ただ食べているだけだと言うのに双方の豊満な果実に見えて来てしまって何かこう、いけない物を覗き見している気分になる。ほんのちょっとでいいから私の絶壁にも分けて欲しいくらいだ。無念。
(あ、そうだ。これ分けちゃお)
「ねえねえ、二人とも手出して?」
鞄の中に入れていたハートのチョコを取り出し、銀紙の色で振り分ける。金色と赤色は狂蠱ちゃん、ピンクと水色はむらちゃんに。そして、私は緑色をひとつまみ。
「貰い物だけど、良かったら」
「へー、ありがと!」
「あ……私も良かったらこれ……」
触手リュックの中から出て来たのは、哺乳瓶の入れ物に入った飴だった。ミルク味と信じたいが、白濁として大変怪しい代物である。
(どうしよう……まさかこれ……いや考え過ぎよね、最近そういうお話書き過ぎなのよ……。でも口に含んだら最後な気がする……断る? いやいやいや、凄い綺麗な目で見て来てるんだからそれはダメ!)
瓶の蓋を開けて「どうぞ……?」なんて宝石みたいな輝きの眼差しを向ける彼女の善意を無下にするなんて到底出来なかった。恐る恐る飴玉を一つ取って空の銀紙に包む。
「ありがとう、飲み終わったら大事に舐めるわね」
「これ何味?」
(狂蠱ちゃん……!!)
まさかの直球に背筋が凍り付き、寒空の下がアイススケートになってしまいそうな勢いだ。これ以上、体温を下げるのはやめて欲しい。
「んー、ひみつ♡」
口元に人差し指を当てて、そう答えるむらちゃんはアイドルの片鱗を見せていた。
「気になるじゃない、勿体ぶらずに教えてよー。まあ、私も後で食べるわね。そういやこの後どうする?」
いつもこの三人で集まっては、放課後適当に遊ぶのがお決まりの流れだ。今日は雪だし、室内のあったかい所で過ごしたい。
「喫茶店で読書でもどうかしら?」
「コーヒー飲んじゃったし、また今度がいいわね〜。そうだ! せっかくの雪だし公園で雪合戦しよ!」
「却下」
なんで期待を裏切らず真逆の発想になるんだろう。手袋すらしていないこの状況でそんな所業、拷問に近いし手荒れどころの騒ぎじゃない。断固拒否だ。
「えー、適当に軍手でも嵌めて投げ合えば絶対楽しいと思ったのになあ……。じゃあ占い行こ!」
どうやら彼女なりに考えての提案だったらしい。確かに、今でしか味わえない体験だから少しばかりやってみるのも良いなと思えてきた。ただ人数的に誰か一人は審判役に回らなければならないし、じっとしているから体調を崩しそうで尻込みしてしまう。因みに占いは二週間前に行っている。
「この前行ったばっかりでしょう? 頻繁にやるものでもないし、バチが当たるわよ」
「この間は恋愛運だったから金運を占って貰うのよ! ヒナギクちゃんだって興味津々だったくせにぃ〜」
「っ……!」
今まで占いなんてものは迷信に過ぎないと思っていたけれど、実際に触れてみて奥深さというか、理に適った面白さを実感してしまった。まるで女子高生のそれみたいだから、気恥ずかしくて早く話を逸らそうとむらちゃんに振る。
「むっ……むらちゃんは何処か行きたい所とかある?」
今まで私達の小競り合いを楽しそうに眺めていた彼女は、ちょっとだけ戸惑いながらも上目遣いに唇を開く。
「じゃあ……カラオケ行かない?」