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    なさか

    たぶろいどぬまにずっぽり
    ☆正規ルート=ストーリーに準拠
    ★生存ルート=死なずに生き延びる話
    無印は正規ルート(死ぬまでの間)の話

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    なさか

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    ※トリガー♀×タブロイド
    ★生存ルート

    We'll be alright.★生存ルートです
    ※トリガーが女性です
    ※かなりタブロイドに執着しています
    ※癖強です









    今日また一人、罪人が送られてくると聞いた。連れてきた輸送機の機体が陽の光を強く反射していて眩しい。タブロイドも多少興味はあったが、興味を持った他の囚人たちをかき分けてまで見に行こうとは思わなかった。
    そうするうちにすぐに風で噂が流れてきた。なんでも罪状は『ハーリング殺し』。これまたすごいことをやらかしたな、とタブロイドは思ったがそれだけだった。次いで流れ着いたのは罪状にそぐわぬ人物像。どうやら女性で小柄で華奢、ほんとにこいつがか?とは教えてくれたやつの感想だった。タブロイドもそれでよくやってこれたな、と思うと同時に、ここでやっていけるのか?とも思ったが余計なお世話か、とそれ以上考えることはやめた。

    また命を無駄に奪われそうな任務を終えて地上に戻る。今日も無事だったな、と自分に言い聞かせた。無線しか聞いてはいないが例の『ハーリング殺し』の腕はいいらしい。ならここでも生きていけるな、程度にしかタブロイドは思わなかった。
    タブロイドは何故か今回の人物の件に関しては全く興味がわかなかった。他のメンバーの中ではいい話の種になっているのにも関わらず、だ。多少不思議に思ったがそういう気分なのだろう、と納得した。



    「一緒に酒でも飲まないか?」

    こちらもまたお騒がせな整備オタク、エイブリルが声をかけてくる。なんとなく、取引をもちかけられている気がした。酒を飲んで好き勝手喋っていれば諦めるかもしれないな、とタブロイドはその話に乗った。
    だが彼女は思ったより強かだった。すぐに聞き出そうとはせず、タブロイドの話を相槌をうって聞いていた。これはさすがにかわしきれないな、とタブロイドはいつ彼女が取引───酒の件ではもう成立してしまったが───を持ちかけてくるのかを待っていた。まさにその時。

    「なぁ、トリガーって大馬鹿野郎知ってるか?」

    意外と言えば意外、妥当と言えば妥当。そんな問いを投げかけてきた。タブロイドはさてどう答えようかと思いをめぐらす。正直彼女のことはほとんど知らない。流れてくる噂は真実味に欠けるため信じてはいない。そんな状態では知ってるとは答えられない、とタブロイドは思った。

    「残念だ、わからない」
    「わからない?」
    「あぁ。顔も知らない」
    「顔もか?」

    呆れたやつだ、とエイブリルは言ったがそれが真実だ。どうしようもない。嘘をつくようなことでもなし、曖昧に答えるようなことでもなし。タブロイドは自分に正直だった。

    「本当に何も、か?」
    「本当に何も。ハーリング殺しの罪でここへきて、小柄な女、ってことくらいか。あと腕は良さそうだ。これは分かる」
    「ほとんどなにも知らないのか」
    「あぁ。正直興味がないんだ。それより、女同士なんだ、直接会えるだろう?」
    「お前たちの方が近しいだろうに」

    だから聞いたのに。エイブリルはぶつくさ何かを呟いている。光源の乏しい薄暗い部屋の中でタブロイドはグラス替わりのカップの底に少しだけ残った酒をゆらゆら揺らしたあと一息で飲み干した。



    敵襲がなければ任務擬きもない。ぼろぼろになった滑走路の修繕をさせられるだけだ。誰かと連む気がなく、タブロイドは一人、手を抜いて作業に従事していた。どうせまた狙われる。真面目にやるだけ無駄だ。
    今日も相変わらず太陽の光が熱を伴い燦燦と降り注ぐ。ぼやっと太陽を仰ぐ。タブロイドは目を殺られる前に視線を地上に戻した。
    視線の先に小柄な姿。あそこまで小柄な人物をタブロイドは知らなかった。小柄な、女?それなら噂に聞いた『ハーリング殺し』だろう、彼女もまたタブロイドと同じく一人で、誰からも離れて作業をしている。なんでまたそんなことになったんだか、とタブロイドは目を細めてトリガーを眺める。と、その瞬間、その体が傾ぐ。タブロイドは咄嗟に駆け出した。すんでのところで抱きとめる。

    「大丈夫か、トリガー?」
    「え、あ、うん」

    危うく地面とキスするのは免れた。意識もしっかりしているようでタブロイドは、ほ、と息をついた。とりあえずしっかりと立たせる。頽れるかもしれないと手を添えてやったが無用な心配であった。
    顔色は多少悪く、疲れがにじみ出ていて、無理をしていたのが簡単に知れる。だが自分の足でしっかりと立ち直した。これならまぁ、もう危ないことは無いだろうとタブロイドは判断した。
    それにしても、外見については噂は本当だった。小柄な女、その上華奢。力もそう強そうでは無さそうだ。それでいて空の上では人並み以上。空にあがりさえすればよく出来た人間だろう、とタブロイドは評した。性格はどうだろうか。よく見なくともおどおどとして視線を下に落としている。性格としては及第点と言ったところか。空に上がった時、陸に縛りつけられてる時、こんなに差があったら生きにくかろう。多少なりとは面倒を見てやるか、とタブロイドは思った。

    「こういうのは適度にサボらないとここではやっていけないぞ」
    「……うん」
    「今日はもう影にでも隠れとけ。また倒れたくなかったらな」
    「……わかった」

    高く澄んだ声はタブロイドの言葉に素直に従う。どうやら素直でもあるようだ。たまたまかもしれないが。
    タブロイドは自分のとっておきの隠れ場所をひとつ手放し、トリガーに与えた。

    「あそこなら見つからないだろう、が時間はよく見ておけ。守らなかったらどうなるかはなんとなくだがわかるだろ」
    「うん……ありがとう」
    「いいから早く行け」

    タブロイドはトリガーの背を押す。些か乱暴だったかと思ったがトリガーの足取りはしっかりしていたし、気にも留めてなかったようなのであとはゆっくり休めればいい。タブロイドは背を向けてほんの少しだけ真面目に職務に取り組む。トリガーが抜けた分だけ。そしてタブロイドは知らない。その背をトリガーが何となく嬉しそうに見ていたことを。



    「ねぇ、エイブリル」
    「なんだ?」
    「あのさ、痩せ気味で、背はちょっと低くて、目は緑色で、髪は栗色で、口ひげとあごひげを生やしてる人の名前、知ってる?」

    何を聞いてくるやら、とエイブリルは思ったが、なんとまぁ人探しでしかも当てはまるのは一人しかいないほどに簡単で、かつわかりやすいものだった。
    その探し人の方はトリガーに興味がまるでないのに対し、トリガーの方はまさに興味津々なその様子を面白い、とエイブリルは思った。さて果たしてこれでどうしたいのだろうか。エイブリルはトリガーのことをあらかた調べてそこそこ知っているが、逆にタブロイドのことはあんまり、だった。政治犯野郎でいつも何を考えているのかよく分からない顔でにこにこしている。だからそれ以外は酒と本が好きな事くらしいか、知らない。まぁ、名前がわかれば、あとは自分でどうにかしてもらえばいい。そいつはな、と前置きしてエイブリルは情報をくれてやった。

    「タブロイドっていう奴だ」
    「タブロイド……うん、覚えた!」

    それがとても嬉しかったようで、何度もタブロイドの名を呼ぶトリガー。ふわふわ夢見心地にも見えるトリガーを呆れた目で見つつも、そんなことで喜べるほどであるなら、ここでもこの先やって行けそうだな、とエイブリルは思った。

    「それでさ、エイブリル」
    「なんだい」

    灯されたランプの火がジジ、と音を立ててゆらゆら揺らめいている。まだ聞きたいことがあるのかとエイブリルがトリガーを見やると、どこか落ち着きがなく、もじもじとしていて一体何が言いたいんだ?と不審に思った。タブロイドについてはもう情報がない。他には、と聞かれてももうなにもないのだ。困ったな、とエイブリルは思ったが言いたいことはどうやら違う事だったらしく、エイブリルの度肝を抜いた。

    「それでね、あの、タブロイドと会ってみたいんだけど」

    あまり他人とは関わりたくないように見えたトリガーがまさかの。しかも相手はタブロイド。会ったとて話すことなど上辺だけのものだろう。タブロイドとて初っ端から馴れ馴れしい付き合いはしない。笑いながらもそこには壁を作るような男だ。何がそんなにトリガーの気を引くのだろう。

    「……うろうろしてれば会えるんじゃないか」
    「でもあんまり見かけないよ」

    あんまり見かけないと自分で言ってトリガーは目に見えてしゅんとした。この前の件で嫌われてしまったのだろうか。はたまた最初から嫌われていた?自分はハーリング殺しだから。それとも女だから?色んなことがトリガーの頭を巡る。どの件もトリガー自身ではどうにも出来ないことなのだから仕方が無いが、その仕方ないことで避けられてしまえばもうどうしようもない。まだタブロイドの性格や行動なんて理解しているはずもない。どうすればいいのか途方に暮れたトリガーを見兼ねてエイブリルがしょうがないな、あたしがお膳立てしてやるよ、と持ちかけた。

    「おそらく酒で釣れば釣れるよ。まぁあんただと無理だろうからあたしがやってやるよ」
    「おねがい!」

    喜びに小躍りしながらトリガーはエイブリルの腕を掴み上下に振った。これがあの大馬鹿野郎だとは。空と陸じゃここまで人間変わるのかとエイブリルはすこし残念なやつだな、とひっそりと思った。

    「わかったわかった。でも失敗しても文句言うなよ」
    「うんわかった」

    かくしてタブロイド釣りあげ作戦がエイブリルによって行われることになった。そしてすんなりタブロイドは釣れ、それはそれでいいのか?という疑問を抱かせた。また情報をよこせと言われるかもしれないのに良くもまぁそう、簡単に釣られるもんだとエイブリルは呆れた。まぁ、結果的にはオーライなので、その件には触れないでおく。

    「トリガー、タブロイドが釣れた」
    「え、本当?」
    「本当だ。いとも簡単に釣れたもんだから唖然としたね」
    「タブロイドって気さくなのかなぁ」
    「さぁな。とにかく今晩ということになってる。何をする気かは聞かないが、あれでも犯罪者だ。気をつけろよ」
    「うん。でも大丈夫だと思う。何となく、だけど」
    「お前も大概お人好しだな」
    「そうかな」

    よかった、そう言ってはにかむトリガーに褒めてないぞと突っ込もうとしてやめたエイブリルは今晩一体どうなることやら、と嘆息した。タブロイドが危険人物な訳では無いが初めてと言っても過言では無い人物にどう言った態度をとるか、それだけが気がかりであった。

    日が高くなり、落ちていき、完全に落ちて残照が見える。その度トリガーはそわそわと落ち着かない様子でその時を待ちわびていた。エイブリルが落ち着け、と諭して、うん、とは言ってもすぐそわそわする。お前は芸能人にでも会うつもりなのか、と呟けば芸能人よりいい人だよ、と返ってきた。

    「少なくとも、私にとってはとてもいい人だよ」
    「犯罪者だが?」
    「私も犯罪者だもん、変わらないでしょ?」
    「……わかったわかった。せっかくお膳立てしてやったんだから上手くやれよ。気を引かないと話に乗ってくれない」
    「わかってるよ!」



    そうしてトリガーが待ち望んだ夜がくる。ほとんど誰も訪れない、物置めいた部屋で、タブロイドの来訪を待ち侘びていた。
    今日は満月なのか、鉄柵で区切られた小さな窓から微かに差し込む光が当たりを照らし、色んなものの影が浮かぶ。トリガーのものと、エイブリルのものと。タブロイドは生憎とまだ来ていない。
    まだかな、来てくれるかな、とトリガーは浮き足立ってそわそわとしている。そんな折、とんとん、と控えめなノック音がした。タブロイドだ、とトリガーは確信していた。

    「やぁ、遅くなってすまなかったなエイブ、リル……?」
    「あぁすまんな。急に呼び出して」

    呼び出されたタブロイドは、目を瞬かせた。呼んだ本人がいるのは当たり前だが、もう一人いたことに驚いたのだ。何せその人物はある意味時の人と言うやつで、誰にも寄り付かないタイプだと思っていたからだ。現に初めて顔を合わせた時は一人でひっそりと身を隠すようにそこに居た。てっきり誰にも懐かないまま過ごすのか、とタブロイドは思っていたのだがそういう訳ではなかったらしい。だからと言って警戒はする。何せ相手のことをほとんど知らないからだ。なんの情報を聞き出す気だ?タブロイドは目を細めてトリガーを見た。

    「トリガー?お前、エイブリルの酒飲み友達だったのか。呼ばれたから来たけど……」

    俺は必要ないと思うが?タブロイドは素直な気持ちをそのまま口にする。女二人と男一人。居心地は悪そうだ。エイブリルに言い募られたらどうなることか。そもそも女同士の会合になぜ自分が呼ばれたのかも分からない。タブロイドは尚更警戒して、俺は帰るよ、と告げると、トリガーは必死な顔をして首を横に震る。ついタブロイドもお前大丈夫か?と心配するほどであった。

    「そんなことないから!帰らないで!」
    「……本当に?」
    「いいから、ほらお前も座れ!」

    タブロイドはエイブリルに肩を抑え込まれ着席させられる。椅子がぎし、と軋んだ。いつもながらに乱暴だとぼやくがひと睨みされれば黙る他無かった。
    タブロイドが完全に腰を下ろしたのを見てトリガーはほっと一息、安心した。これからは自分の言葉で話を進めなければならない。真剣に向き合わなければ話を聞いて貰えないのだろう。エイブリルは何も言わないぞ、とばかり腕を組んでトリガーを見ていた。大丈夫だ、と視線で返せば微笑んでくれた。
    さて、戦場ではないこの場所で、戦いのような駆け引きが始まる。勝てるかどうかは分からないが、イーブンにまでは持っていきたい。トリガーは意気込んで口を開いた。

    「あの時はありがとう」
    「あの時?」
    「私が倒れそうになった時、支えてくれたでしょう?」
    「いや別に俺は何も特別なことしたわけじゃない」

    ただ危なかったところを助けただけで、それは普通のことだとタブロイドは言った。けれどトリガーにとってはそうではなかった。もしかしたら、の話はしてもしょうがないが危ないことになっていたかもしれない。そんなトリガーを見ていたのはタブロイドだけで、助けてくれた上に気遣ってくれたのが、その時のトリガーにはとてもありがたかった、と思うのだ。

    「あの時助けて貰えなかったら死んでたかもしれないし」
    「……まぁ」

    確かにそれは否めなかったが、とは思ったがタブロイドははっきりした答えを出さなかった。
    たまたま見ていて危ないと思ったから助けた。その後のことが心配だったから隠れ場所を与えてやった。それだけだ。それだけなのにこんなに感謝されてもむず痒いだけでどうすればいいのかタブロイドにはわからなかった。その上トリガーはまだ何か言いたそうであった。エイブリルに視線でどうすればいいか問うも、ツンと顔をそらされた。この場を設けたのはエイブリルだと思っていたがどうやら違かったらしい。トリガー直々の申し出だったのだろう、だからトリガーがこんな話をするのだろう。これは勝ち負けのない駆け引きになりそうだとタブロイドは思った。

    「……それに私を『ハーリング殺し』とも『三本線』とも呼ばなかった。ちゃんと名前で呼んでくれた。それが嬉しくて、だから会ってお礼をしたくて」
    「何もそこまで」

    何度も言うがタブロイドの行動は善意のものではなかった。ただ危険な目に合わせるのは違う、という、それだけの理由だった。
    名前で呼んだのもそれは普通のことだから、だと思っている。あんなところでハーリング殺しだの三本線だの咄嗟に出てくるはずもなく、出てきたのがそれだっただけだ。
    そんなことにまで礼を言われるほどタブロイドは人間ができているとは思ってはいない。正直、礼を言われても困る。なんとも思っていない人間の感謝ほど困るものは無い。そんな気など更々なかったのだから。トリガーがそんな目に合うことがなかったら、今でも興味もなくただ遠くからなんの感情もなく眺めているだけだっただろう。それでもトリガーは辞める気はなかったようで。

    「したかったの!」
    「……そうか、ならわかった」

    どうしても、とまで言われればあしらう事も出来ず、トリガーが本気でそう思っているのなら仕方が無い、と諦めてありがたく頂くことにした。
    それがどうやら嬉しかったようで、トリガーはニコニコ笑っている。タブロイドの中でトリガーは変わったやつだと位置づけられた瞬間である。そしてそれがまた胡散臭く、警戒感を強めるべきか、とタブロイドは考えていた。
    タブロイドはさてこんな話は終わりでお開きか?と思ったがトリガーはまたまた何か言いたそうであった。いい加減部屋に戻りたい。戸惑ってばかりの会話で疲れ果てていた。しかしエイブリルも顎でトリガーを見ろと促す。これ以上何があるというのだろう。謝られた件以外でトリガーとの接触はなかったはずだ。そしてこれからもそうそう会うことも話すこともないだろう、と思い始めた矢先。

    「それと!」

    言うや否やトリガーはぐん、と身を乗り出してタブロイドに迫る。タブロイドはその勢いに身を引いた。 そんなにするほどの何があるというのだろう。タブロイドはさっぱりだった。エイブリルはわかっているようだったが。

    「う、うん?」
    「仲良くしてほしい!」
    「え?」

    一体どういうことだろう。タブロイドにはすぐに理解出来なかった。仲良くとはなんだ。友達みたいなものだろうか。いや、でも、しかし、そんな関係なんてここでは存在しないものだ。良くて悪友、大概は餌。他人を餌にしていいとこ取りをする、そんな連中しかここにはいない。タブロイドだって比較的穏やかな性格ではあるが、悪友はいないし、やはり餌だ。周りと必要以上は関わらないようにしている。何かに引っかかって馬鹿を見るなんて真似はしたくなかったからだ。
    トリガーは確かにこんな所に置いては稀有な存在ではあるが、それにしたって仲良く、とはなんだろうか。こんなところで聞くような言葉ではない。仲良し、と言った関係性は無いに等しい、いや、ない。
    ここの連中に散々な言われ方、仕打ちをされたと言うのに、だ。タブロイドは混じっていなかったが大体は一括りに見られるものだ。それなのになぜ、とタブロイドは思案する。
    トリガーはここには不釣り合いな存在だろう。純粋すぎるのかもしれない。タブロイドとは真逆で。そんな存在は時には逆に危険をもたらす場合があることを、タブロイドは知っていた。
    そんな純粋な気持ちを持っている人間に対してひどい仕打ちかとは思うが、その願いは聞いてやれない、と、悪いけど、と言葉を漏らした時だった。必死な声でトリガーが訴えかける。紫色の右目、緑色の左目。人間としては珍しい、オッドアイのその視線は冷めることの無いほどの熱量を湛えていた。

    「ここの人達、私の事バカにするけどタブロイドはバカにしない。だったら仲良くしてくれるかなぁって」

    そんな理由で、とタブロイドは呆れた。まぁ、そりゃ、意味もなく他人を馬鹿にするやつの方が馬鹿だ。自分はそんなに馬鹿じゃない、それに変に人をいじるのもタブロイドは好まなかった。それが普通で、真っ当なことだとは思っても、世の中そう綺麗なものでは無い。
    そこで論点を元に戻すと、それでもやっぱりそういうのはどうか、ということしかタブロイドは思えなかった。

    「……エイブリルがいるじゃないか」

    そうだ、同じ女性のエイブリルがいる。それだけで十分じゃないか。女は女同士、男は男同士、その方が上手く「仲良く」行く筈だ。だから、とタブロイドは今度こそ説き伏せようと思ったが、やはりその熱さを持つ視線と目が合うと、強く出ることは出来なかった。

    「エイブリルはもう友達!でもタブロイドとも仲良くしたい。だめ?」

    だめかと問われればだめだと答えた方がいいのは分かるし、そうした方が後々のためにもなるとは分かるがそこまで言われてしまえばもう今更Noとは言えない状況になってしまったようだ、とタブロイドは小さく嘆息した。

    「いや、ダメじゃないけど……」
    「ダメじゃなければ、いい?いいんだよね?」
    「トリガーがそれでいいならな」
    「もちろん!そうじゃなきゃ呼んでもらわないよ!」

    そこまで言われるほどの何が自分にあったのか、タブロイドが知る余地は無いが、トリガーにとっては大きな一歩だった。知人から少しアップして顔なじみくらいにはなったろうか。本当はもっと近づきたいが急にそれでは嫌がられるだろうとトリガーはひとまず安堵した。さてこれからはどこまで「仲良く」なったのか、トリガーは気にし始めるのだった。賭けは上手く行きイーブンより少しマシになったことにトリガーは気づかなかった。



    それからはタブロイドからは稀であったが、トリガーから話しかければちゃんと聞いてくれた。それだけでもありがたいとトリガーは思った。他の連中からは相変わらずでトリガーはうんざりしていたが、タブロイドがいるおかげでそこまで気にする事は無くなった。
    タブロイドといるだけで下世話な噂も流れたが、二人とも清廉潔白なので二人はどこ吹く風、揶揄が飛んできても気にすることは無かった。
    たまにエイブリルを混じえて飲み会だってする。エイブリルがいるからこそタブロイドに近づけるようになったことをトリガーはとても感謝している。だからこそ三人での会合はそれなりにあった。二人でいるとなにか仕出かすかもしれない、という気持ちあったし、ほんの、ほんの少しの恥ずかしさもあったからだった。



    「スペア隊。急を要するミッションが入った」

    それからすぐ、急を要するミッションが入った。急だろうがなかろうが任務は任務。自分のやり方でこなすだけ。トリガーは他のメンバーとは違い、幾分落ち着いていた。ちら、とタブロイドを見やるとなんとも言えない表情をしていた。本当はこういうことは嫌いなのかもしれない。そう思うとタブロイドの全てを引き受けてやりたいと、そう思ってしまった。それはただのお節介だ。口を挟むな手を出すな、と言われてしまったら立ち直れない。そんなこと言われてもいないのに勝手に落ち込んだトリガーはのそのそと自分の機体へ足を向けた。

    「目標は敵のレーダー施設と対空火器」

    対地ミッションか、トリガーはならまだいいか、と思った。攻撃はしてくるが動かない分だけ潰すのは楽だ。地形や天候が悪いのには目を瞑ろう。そんなおり、別部隊の通信が入った。なんでこんな時に?トリガーは不思議に思えた。自分たちは懲罰部隊で、正規部隊には知られていないと聞いていた。タブロイドがそう教えてくれた。だから俺たちは赤い腕章を付けさせられるのだ、とも。それなら尚更なんでなのか分からなかった。タブロイドならわかるのだろうか。

    「第444航空基地飛行隊、こちらサイクロプス1。サイクロプスとストライダーの二小隊で現在七機。我々の編隊もまもなくその空域に到着する」

    もうすぐで合流するのか。さて鬼が出るか蛇が出るか。トリガーは気を引きしめた。そして通信で聞こえた声。

    「この天候で対地攻撃とは、いやはや」

    タブロイドだ。初めて聞く砕けた口調。トリガー相手にはまだそこまで及んでいなかった。まだそこまでは打ち解けていないのだという事実にショックを受けたが今はそれどころでは無い。指定された目標物を一基、また一基と潰していく。真面目にやることがひいてはタブロイドのためにもなるからだ。できることならタブロイドに危険が及ばないようにしたい。そして自分にはそれができる、とトリガーは思っていたし、確実にそうだと言い切れる実力が備わっていた。

    「目標施設の破壊を確認。よく死ななかったな。うちの部隊には雲の中でも目が見えるやつがいるようだ」

    それが誰のことかは分からなかったが、トリガーは何となく自分のことかと感じた。とにかく目標破壊を一刻も早く、と雲の中も飛んだ。それが危険で、もしかしたら死ぬことになるかもしれなかったとしても。

    「目標全て破壊、オールグリーン」
    「警戒!敵機インバウンド!UAVが出てきたぞ」
    「ラインを踏んだか」

    そうこうしてるうちに今度はUAVが出てきた。そしてあろう事か偵察部隊に食いついた。縦横無尽に飛びまわり、偵察部隊を端から食おうとしてるそれを、防がねばならない。

    「偵察部隊は対空兵装を持っていない。放っておけばやられるぞ」

    そう言われてもトリガーはまだUAVに慣れてはいなかった。タブロイドたちもそうだろう。だからといってやられる訳には行かない。翼を翻しUAVを追う。

    「444全機、絶対に彼らを帰還させろ。一機たりとも墜とさせてはならん」

    そんなこと言われなくてもわかっている。そんなのは本意では無い。UAVが偵察部隊に食いつく前にこちらが食いつく。そうして一機ずつ墜としていく。そうするうちに一機、また一機と離脱していく。とはいえ全部を追い墜とすのは骨が折れる。他のメンバーも手を焼いているのだろう、余裕があるような会話はなされていない。トリガーも言葉を発することは無かった。タブロイドは、無事なのか。

    「オーバーシュートさせられない!」

    そこに流れ込むタブロイドの声。彼もまた苦戦をしいられているようだ。助けに行きたいがそこにそんな感情を持ち出すことはさすがにできないことはトリガーとて分かっている。でもどうしても気になってしまうのだ。

    「トリガー以外は自分の命を守るだけで精一杯だ」

    トリガーはその言葉にゾッとした。それは自分は生き残れないかもしれない、という意味にも取れ、ならば全部自分がやってやる、とばかりにトリガーは操縦桿を強く握り直した。
    一機ずつ確実に墜としていく。そして偵察部隊を離脱させていく。この調子なら何とかなる。自分も、他のメンバーも、タブロイド、も。

    「スペア15周辺のUAVの全機撃墜を確認した」

    バンドッグの言葉にトリガーははっ、と大きく息を吐いた。上手くいった。これで済んだ。自分も、タブロイドも無事だ。トリガーの頭の中はそれだけで占められた。しかしそう簡単に行くはずもなく。

    「スペア隊、任務は完了したRTB……いやまて」

    バンドッグがそう言った途端、敵機が三機飛来してくるのをトリガーは視認した。そしてあっという間に、仲間を、偵察部隊を喰らい、落としていく。なんということだ、今までの苦労が水の泡だ。トリガーは知らず舌打ちをした。

    「怪物の相手をしろスペア15!お前がやらなければ味方被害が止まらん!」

    いわれなくとも、とトリガーは思った。味方をやられてそれですんなりと納得するほど愚かではなかった。向かってくる三機を迎え撃つ起動をとる。

    「一部444の機がアウトバウンドしている。どういうことか?」
    「見捨てる気だくそったれ!」
    「損傷した機体を離脱させただけだ。使えるやつだけ残す。スペア15、スペア11、エレメントを組んで殿に入れ」

    エレメント、を?あまり経験ないことであるからトリガーはあまりいい気がしなかったが、相手がタブロイドだと知り、それならやれるのではないか、と期待をした。ありがたいとさえ思った。タブロイドになら恐らく合わせられるし、合わせてくれるのでは、という安易な考えだった。しかしタブロイドはそうは思ってなかったようだった。

    「無理だ……」

    タブロイドの答えはNoだった。自分では役立たずなのか、もしかしたら嫌なのか、とトリガーは酷く落胆した。一緒に空にあるのなら共に飛びたい、と思うのはいけないことだったろうか。タブロイドとのエレメントなんなこの先もうずっと無いだろうと思えばこのチャンスを逃したくなかったのだ。

    「化け物相手はトリガーだ。お前は護衛機を引きつけろ」

    しかしバンドッグが指示を飛ばす。タブロイドにはどうせお前にはあの化け物じみた機体の相手など出来ないと思っているようで護衛機を引きつけることを命じた。その後にフルバンドがタブロイドもここまでか、と呟いた。そんなことあってたまるか。かと言ってタブロイドばかりに気にしてられるほど追う機体の相手は簡単ではない。むしろ今まで出会ったことの無いタイプ。そしてその機体にくっつくように着いてくる護衛機。やりにくくてしょうがない。

    「くそっ!わかった、それでいく」

    それを見たのかはたまたまバンドッグに臀を叩かれたからなのかタブロイドはようやっと決断したようだった。これでトリガーの相手は一機だけ。護衛機はタブロイドに任せて、自分は残りの、以前世話になった機体を狩りに行く。

    「トリガー!チャンプを墜としたやつはお前がやってくれ!俺じゃ無理だ!」
    「了解」

    タブロイドが切羽詰まった声で叫ぶ。タブロイドが協力してくれるなら、それを叶えることは可能だ。派手な軌道で飛ぶ機体を追いつ、追われつしつつ交戦する。雲の中に入れば自らも入る。落雷にあっても必死で追い続けた。こいつは放っては置けない。トリガーの中の何かが警鐘を鳴らす。
    互いにミサイルを放ち被弾してもやむことの無い戦闘。もう少し、もう少しだ、とそうお思った矢先、その一機は護衛機を連れて撤退して行った。ちくしょう!トリガーは己の太ももを思い切り叩いた

    「敵機は撤退していく。どうにか生き残ったな」

    生き残れたのはまぁいいが、敵機をやりきれなかったのだけが悔しくてならない。タブロイドもあの機が墜とされるのを望んでいたのに。
    それとは別に、なぜタブロイドが最初、自分とエレメントを組むのを嫌がったのか、そちらの方が気になって仕方なかった。トリガーは自分の中の落ち度を探そうとしたが全てが全てそう思えた。結局知るのはタブロイドのみで、わかることといえば、彼にしか分からないなにかがあるということだけだ。
    色々考えても結局は分からない。モヤモヤとした気分のまま滑走路に降りる。エレメントを組んでいた二番機のタブロイドは遅れておりてきた。駐機場に機体を滑り込ませ、タラップをおり、ヘルメットを脱ぐ。その顔は複雑そうな、疲れた顔をしていた。チャンプが墜とされた。敵を逃した。トリガーとエレメントを組まされた。それらが関係しているのだろうか。
    降りたら、声をかけてみようと思っていたが今は出来そうもなく、トリガーは肩を落とした。

    タブロイドと話をしたいのに顔を合わせるのは辛い。そんな矛盾がトリガーの中に渦巻いていた。どんな顔をして会えというのだろう。笑顔は気を悪くさせるかもしれない。かと言って悲しそうな顔や苦しそうな顔は、逆に心配させるだけであって無意味なものだと思っていた。
    しかし表情はわざわざ作るものではなくその時の感情によるものだろうとトリガーは気づく。作った顔で話されたってタブロイドはいい気がしないだろう。ならば素の自分で会いに行くのが賢明だろう。
    トリガーは早速タブロイドを探しに行く。そう簡単には見つからないかもしれないがそれでも探し出すのだ。それさえ出来ないのならタブロイドのそばにいる資格なんぞ微塵もないだろう。
    とはいえ部屋へ、なんて無理な話だ。食堂や前に教えてもらったところ、そんな雰囲気のところ色々巡ったがタブロイドは見つからなかった。やっぱり自分はタブロイドといることは無理なんだとトリガーは思いながら、最後にここしかない、と思う場所へと足を向ける。会う時は大概ここで、というところ。物置めいた、狭いながらも何人かで屯することはできる。そんなとこながら意外と人は来ず、ゆっくりと過ごすことが出来る場所。そして、初めて、タブロイドと出会った場所。ここがなかったらタブロイドとは会話さえできなかっただろうな、と思いながらトリガーはそのドアを眺める。あとはそのドアノブを握り、回し、中を覗くだけだ。けれどそこにタブロイドがいなかったら?そう思えばトリガーの手はノブを握る寸前で止まる。お願い、いるって言って。信じもしない神に祈るように天を仰いだ。
    ノブに手をやり、回し、押す。そこに光源はなく真っ暗であった。だが衣擦れの音がした。間違いなく誰かはいる。しかし誰かは分からない。だからトリガーは名を呼んだ。いて欲しい人物の。

    「……タブロイド?」
    「……トリガーか。わざわざ俺を探しに?」

    そうでなければこんなところには来ないだろう、とタブロイドは決めつけていた。まさか見つかるとは思わなかったが、トリガーもこの場所は知っていたので当然かと皮肉めいた笑みを浮かべた。トリガーにはその表情は見えない。けれどあまりよく思われてないのはなんとなくだがわかった。

    「うん、少し、話をしたくて」
    「今じゃなきゃダメなのか?」

    その言葉は今のトリガーの来訪を拒否する言葉だった。今は誰とも話をしたくない、そんな雰囲気を醸し出していた。トリガーとてタブロイドの嫌がることはしたくない。本来ならまた今度、と引き下がりたいところではあったが、それより気にしていることの方の重要さの方が勝った。
    嫌われているのなら、それもしょうがない。だが嫌われていると知らずに能天気に話しかけたりする馬鹿にはなりたくなかった。だから、どうしても、今のうちに、真実を明らかにしたかった。

    「……うん。どうしても聞いておきたいことがあって」

    タブロイドは溜息をひとつ吐いた。トリガーの肩がびく、と震える。話をすることすら嫌なのだろうか。話を聞いてもらうことすら出来ないのだろうか。あんまりだとトリガーは唇を噛み締めるのと同時にタブロイドは口を開いた。

    「……わかったよ」

    疲れを見せながらそれでもタブロイドはYesと答えた。うつむき加減だったトリガーはパッと顔を上げた。タブロイドと話が出来る。今のトリガーにはそれだけで十分だった。その話の結果については何一つ考えていなかったが。

    「あのね、タブロイド。実は私とエレメント組むの、嫌だった?」

    タブロイドとしてはもうちょっと込み入った話をされるのだろうと思っていたらしく、はて、と呟いた。なんでそんな事を聞かれるのか、全く分からないと言った様子ではっきりとは見えないトリガーの顔を見やる。

    「なんでだ?」

    タブロイドの答えは至極最もで話をしたい、と言ったトリガーの方が面食らった。だってあのときタブロイドは、

    「……無理だ、って言ってたから」

    あぁそうか、そういう意味か、とタブロイドは納得した。確かにあの時そういったことは覚えていた。けれどその後の出来事に翻弄されてそんなこと気にもしていなかった。だがトリガーはそれをずっと気にしていたのだろう。見当たらない自分を探し出して話を聞いて欲しいとせがむまでに。それならば仕方ないか、とタブロイドは話を聞いてやることにした。

    「あー……いやそういう意味じゃない」
    「じゃあどういう!」

    どういう、もなにも。タブロイドは思ったまま言ったまでだ。別にトリガーのことについて言った訳ではなかった。一瞬のうちで悟ったのだ。あの敵機は、危険だと。だからこその言葉だった。勇敢と無謀を履き違えてはならない。だから初めから「無理」だと言った。無意識からの言葉でもあった。

    「なんでそんなに必死なんだ?」

    それだって必死すぎる。正直エレメントなんか組まなくてもトリガーはやっていけただろう。それほどの実力はあるとタブロイドは認めている。むしろ自分は邪魔になるとさえ思っていた。だからこそ出てきた言葉かもしれない。いや、きっとそうなのだ。

    「嫌われたのかと思って」

    真剣に考えていたというのにトリガーの次の言葉にタブロイドは驚く他なかった。多少変わっている、とは思っていたが、多少どころではなかった。戦闘のことについての話なのかと思いきや、それがなぜ「嫌われた」かどうかの話に?タブロイドはもう最早何の話をしているのか分からなくなってきていた。聞かれたことを聞かれたままに答える他無さそうだ。

    「そんなわけないだろ。……ただあの敵機には俺は敵わないだろうと思ったのさ」
    「じゃあ私が嫌だったわけじゃない?」

    何をそう気にすることがあるだろうか。嫌だとか嫌じゃないとか、そんなのは関係ないことだとタブロイドは思っているが、トリガーはそこに意味があるようだった。必死に食いついてくる様は空でも陸でも同じなんだな、と新しい発見をしたことにタブロイドは感心していた。

    「そうだな、そうなるよ」
    「よかった!」
    「……なんで?」
    「なんでも!」

    最後のひと押しとして改めて否定をするとトリガーは先程までの必死な表情から元の温和な表情に戻っていた。
    良かった、と漏らしたトリガーの心中をタブロイドは察することは出来ないが、本人がそれでいいのなら自分もいい選択をしたのだろうと少し気分がいい。多少自棄になってこの部屋に篭ったが、トリガーのおかげで少しだけマシになった気がする。ならばもう少し、今度は自分につきあってもらおう、とタブロイドはトリガーを向かいの椅子に座らせ、話をしだす。トリガーはそれを嫌だとは思わない様子で、楽しそうな雰囲気。暗闇、光源のない中での話は長く、直ぐに終わることは無かった。



    それからタブロイドはトリガーには積極的に話かけるようになった。さすがに政治的な話はしないがお互いに興味のあるものの話をしていた。トリガーに至ってはタブロイドの興味のあることしか聞いていない。他の奴とは上手くいっているか、とタブロイドはたまに問うが、別に他のメンバーについては興味ないから、と切って捨てていた。つくづくトリガーのことはわからない、とタブロイドは思った。

    「興味無い、ってお前な。一応仲間だぞ」
    「仲間は罵詈雑言浴びせたりなんかしないよ」
    「……まぁ、確かに」

    トリガーの言うことは全くもって事実だったのでタブロイドも認めざるを得なかった。タブロイドとて手を焼く人間がごまんといる。いちいち相手にしていたら気が狂うかもしれないな、と独りごちた。



    また新しい任務の命がくだった。敵の燃料プラントを破壊しろとの事だった。動かない敵ほど楽なものは無い。石油タンクや船、手当り次第何もかも壊して回った。他の皆は憂さ晴らしのごとく次々と攻撃をしていく。

    「バンドッグの言う通りだ。まともな軍隊じゃない」
    「自分を棚に上げるなよタブロイド」
    「あぁ俺もさ。トリガー、お前はもっとだ」
    「タブロイドが言うならそうなんだね」
    「いや否定はしろよ」

    手を動かしつつ、口も動かして次々と目標を消していく。バンドッグがイネッサ2の到達が近いことを告げる。それまでに済ませなければ任務は失敗だ。あとは────

    「トリガー、なんでこんなクソみたいな戦争が続くと思う?」

    タブロイドの急な問い。トリガーは戦闘のことは知っていても、戦争という大元のそれについては全く知りはしない。なにか答えなくては、タブロイドに呆れられると思った矢先、そんなことを気にする風でもなく流れるように言葉を紡いだ。

    「それは国なんてものがあるからだ。なーんて触れ歩きながら石を投げたらここに入れられたがな」

    トリガーは戦争云々よりもタブロイドが444に来た理由の方が重要だと思った。
    戦争なんかクソ喰らえだ、とトリガーも思っていたがそれが無ければタブロイドと出会えなかったのも事実なので無関係とは言い難い。タブロイドはそれを行動に移してしまったから連れてこられたわけでタブロイドには悪いがそういう思想でいてくれてよかった、とトリガーは思った。

    そんなことを考えているうちに目標物はほぼ殲滅出来たようだったが、今度は燃料を詰んだタンクローリーが逃げ出そうとしていた。次はそれを潰せとの事だったがサンドクラウドが視界を奪い、なかなかターゲットを見つけられない。それでも根気よく潰していく。

    「目もいいようだなトリガー」

    タブロイドが感嘆の声を上げた。トリガーは何か、褒められたようで嬉しかった。タブロイドに褒められたりすると、嬉しい。だからもっと頑張らねば、とトリガーは奮起する。タンクローリーはまだいる。どうせなら全部自分で殲滅してしまえ。

    そして残りのタンクローリーを探す。居た。その瞬間バンドッグが敵の来襲を告げる。以前と同じ、UAVだ。クソ、こんな時に。行儀の悪い言葉だとは知りながらどうせ誰も聞いていない。タブロイドもおそらくは聞いてないだろう。聞かれていたら後で何か言われるかもな、と思いつつ、タンクローリーの殲滅が先だ、とバンドッグが言うので目標は変えずにタンクローリーを狙う。
    味方機も、UAVも入り乱れた空を飛ぶ。一個潰しては胸が高鳴る。全部潰したらタブロイドは何か言ってくれるだろうか?

    「思ったより残った者が多かったな。トリガーについていくんだ。生き残れるぞ。俺がそうだったんだ」

    タブロイドは随分と自分を買ってくれているようだ、とトリガーは感極まる。最初こそ胡散臭そうだったり、嫌だと言われたりしたものだったが自分でもよく分からないこの腕はタブロイドにとってはすごいと言わせるものだったらしい。ならば自分のため、ひいてはタブロイドのためにフルに活用するべきものだと認識した。

    「黒煙が上がった、誰がやった」
    「トリガーだ!」
    「トリガーその調子だ!」

    またタブロイドが声をかけてくれた。それだけ信頼されているのだろうと思うと、やはりここは全て自分がやる、とトリガーは決めた。
    UAVが蝿のように五月蝿いが、まずはタンクローリーを、と思った時、タブロイドが不意に声をあげた。

    「タンクローリー狙えば背中がお留守になるね。トリガーを狙ってる敵をやらせてもらうかな」

    まるで守ってくれるかのようなその言葉にトリガーは素直にありがたい、と思った。蝿を払い除けながら、蟻を潰すなんてできない訳では無いと思うが骨が折れてしょうがない。蝿を払ってくれるなら蟻を潰すだけでいい。タブロイドはやさしい。こんな自分にも目をかけてくれるのだから。ならばそれに完璧に応えてこそ、だ。トリガーはもう背中に関しては何も心配することは、やめた。
    バンドッグからRTBの声が聞こえ、皆々帰投体制をとる。トリガーもそうだし、タブロイドもそうだった。
    今回はトリガーの独壇場みたいなものだった。とにかくその活躍は目まぐるしく、タブロイドの言う通り、ついて行けば皆生き残った。以前より帰投できている機体が多いのはまさしくそのおかげであった。

    「トリガー、今回もよくやったな」
    「そんなつもりじゃなかったんだけど……」
    「それであれか」

    じゃあ天性の才能だな、とタブロイドはトリガーを褒めたが、すぐに違うとトリガーは言った。それが上手くいったのはタブロイドのお陰だ。まるで鼓舞するように声をかけてくれたり、背中を見ていてくれたりと、感謝でいっぱいだった。

    「ちがうよ、タブロイドのおかげだよ」
    「ん?俺?」
    「そう。褒めてくれたし、私の背中を守ってくれた」
    「んー……そうだったかなぁ」
    「そうだったんだよ」

    気づいてなくてもね

    それがどれだけ嬉しく、ありがたいことだったのか後でたくさん聞いてもらわないと気が済まない。やっぱりタブロイドは特別なのだ、と再認識して、タブロイドに早く帰ろうと急かした。



    敵レーダー施設を破壊せよ。

    それが今回の任務だった。敵は上から見ている。雲の中かそれ以下なら見つからない。ちょっとやりにくい任務だが、やってやれないことはない。どうせやらねばならないのだし口を動かすより手を動かす。早く終わらせれば、タブロイドが褒めてくれるかもしれない。トリガーにはそんな打算があった。

    「レーダーサイトの破壊を確認した。だがまだ全てのレーダーを破壊したわけじゃない。衛星の監視は続いているぞ」

    まずは一基。比較的簡単に潰すことが出来た。だがバンドッグの言う通り残りはまだまだあるし監視は続いている。気を抜くなど愚の骨頂。トリガーは次の獲物を探しに翼を翻した。
    目指す所にレーダーサイト。こちらも難なく潰す。このペースなら比較的早めに切り上げられるだろう、とトリガーは単純にそう思った。だがタブロイドはそうは思ってはいないようで声を張り上げていた。

    「くそ、俺たちは何かをさせられている。だが何を?任務は危険だが目隠しで地雷原を走らされるような無謀さは無い」

    何かをさせられている。トリガーにはその言葉の意味さえ理解できなかった。任務は確かに無理矢理やらされている感じではあるが、「させられている」という気持ちはなかった。自分が知らないだけでタブロイドや、他の皆は何か勘づいたりしているのだろうか。それは危険なことでは無いかと思ったがタブロイドは「無謀さは無い」といった。なら気にかけることは無いのでは、とトリガーは片をつけた。

    「レーダーサイトを破壊した。最後の一基もうち漏らすな」

    最後の一基。それさえ壊せば終わるだろう、早く終えて帰投したかった。ここは長居する場所では無い。なぜだか、そう思ったのだ。
    早く、早く、と急くあまりトリガーは飛行ルートを確認することを怠っていた。否、そんなもの気にもしていなかった。目的さえ成せばそんなものはどうでいいとさえ思っていた。だから雲の中で行動せよ、とのバンドッグの指示を無視して雲から出てはロックオンされる。それでも被弾しないのはトリガーゆえなのだろう。けれど危ない橋ではあった。

    「そこは衛星から丸見えだスペア15!雲のある場所に戻れ!」

    怒鳴るように発せられたその言葉を、トリガーはまたも無視した。そんなこといちいち気にしていられないとばかりに自分勝手な起動を取り、ターゲットに向かおうとする。あまりの無茶ぶりにバンドッグが再び怒鳴りつけようとするより先に他から声が上がった。

    「トリガー!雲に入れ!」

    タブロイドが警告するように怒鳴りつけると、トリガーはその声に素直に従うかのようにすぐに雲の中へと機体を滑り込ませた。バンドッグの警告は聞きもしないくせに自分のは聞くのか、と不思議に思いつつ、それを見届けてタブロイドもまた雲の中へと消えた。
    トリガーは腕が良ければ運も良い、とタブロイドは思っているが、必ずしもいつもそうだとは限らない。まして命令無視。何かあったらいい笑いものだ。何故そこまで任務即完了に拘るのか、問い質したいところではあるが今はそれどころでは無い。自分の方が危険であることはわかっている。腕はないと評されるし、運もない。死ぬとしたら自分の方が早いだろう、とタブロイドは皮肉げに笑った。



    「全ての作戦目標を破壊した。破壊を計画したレーダーサイトはこれで全てだ」

    これでやっと終わった、危険もないはず、とトリガーは息をついた。大して被害もなかった。そして自分も、タブロイドも無事だ。それならいいのだ。タブロイドが無事であるならば、自分がダメだったとしても。どうしてそこまでするのか、トリガーはまず気づきもしなかったし、それが正しいと思い込んでいた。
    しかしそう簡単には済ませてくれるはずはなかった。バンドッグが不思議そうに話しかけた正規軍がどうやらIFFを偽装した敵機だった。

    「オーシア軍機攻撃をやめろ!くそっ!こいつらは味方機じゃない!」
    「IFFに関する情報は機密情報のはずだ。偽装とは信じられん」

    タブロイドは明らかにおかしいと疑問を呈す。確かにそんなことは簡単に出来ることでは無い。タブロイドは少し押し黙って考えた後、全機に向かってちゃんと聞こえるようにと大声で叫んだ。

    「全機、俺、いやトリガーの周りに集まれ!」

    タブロイドの突然の言葉にトリガーは困惑した。俺の、と言いかけてなぜ自分を選んだのか。何か策があるのは感じとれるが、自分は他の面子に好まれている訳でもなし、自分も好んで一緒にいたい、と思うような面子では無い。それなのに自分の周り、とは。

    「バンドッグ!トリガーとその周囲の輝点を味方として識別登録できるか?」
    「……可能だ」
    「よし全機トリガーの周りに集まれ!編隊飛行だ!」

    普通は嫌がるはずだろうとトリガーは思ったがタブロイドの言葉に素直に従うように皆トリガーの周りに集まってきて編隊を組み始めた。その様子を確認するとトリガーからみて左後方についたタブロイドが次の指示をバンドッグへとばす。

    「よし、バンドッグ頼む」
    「フルバンドお前はどこにいる?」
    「最後尾だ!」
    「了解した……新たな識別情報を送った。これで敵は敵と表示される」

    そんな方法で識別する方法を見つけるとは、トリガーは驚いた。自分は飛ぶばっかりでそんな戦略的なことなど全く、だからだ。機転が利かないとよく言われるがそれは自分の感に頼っていてその上それが外れないからだ。だから機転も何もあったものではないのだ。それが良いことなのかは別として。

    「やれ!全機撃墜しろ!」

    とにかく今やるべきは敵機の掃討だ。ターゲットを見つけては追いかけ回すトリガーは傍から見ればある意味異様であった。
    そんなおりのバンドッグの警告は突然で、理解しきれないが、それがとても危険なことは勘でわかった。

    「飛翔体が高速で接近中!この速度は航空機じゃない」

    航空機ではないならなんだろうか、撃ち落とせるものだろうか。それならいいのだけれど、とトリガーは軽く考えていた。まさかそれが自分も仲間も、タブロイドも危険な目に合わせるものだと言うことにに気づかなかったことをのちのち思い出してトリガーは嘆くことになろうなどとは微塵も思いはしなかったが。

    「5 4 3 2 1、まもなく到達!」

    バンドッグのカウントダウン終了と同時にまるで機体が空中分解してしまうのではと思うほどの衝撃を感じた。これはまともに食らったらまずい、原因が分からぬまま右往左往するのは他の皆も同じだった。情報は錯綜し、まともな情報がどれなのか判別出来ずにいる。

    「司令部より入電。攻撃の正体はコードネーム「ヘリオス」!アーセナルバードに搭載された長距離ミサイルだ」
    「アーセナルバード!?」

    それが何か分かりきってないトリガーは首を傾げたが、タブロイドは知っていたようだ。素っ頓狂な声を上げて繰り返すが返事はない。タブロイドも、その周りの連中も、また、トリガーも、だれも理解しきれていないのだから。

    「飛翔体をレーダーで確認。5 4 3 2 1」
    「このまま飛んでても全滅だ……トリガー!大丈夫か!?」
    「……大丈夫。タブロイドは?」
    「俺も何とか!だが生きて還れるかは分からない」
    「そんなこと言うな!私が何とかするから、タブロイドも還る!」
    「そんなこと言ったって」

    タブロイドの声に焦りが見える。たしかに今は最低最悪の状況だ。誰しも焦りも感じているだろうがトリガーは違った。焦りなんか感じたってなんの足しにもならない。それならやるべきことをやるだけだ。

    「飛翔体をレーダーで確認!……まもなく着弾!」

    それにしてもこの「ヘリオス」とやらはタチが悪い。見えないところから撃ってきて、それでもこちらを一掃できるほどの力があるとは。自分とて危ないがタブロイドの方がきっと危ない。タブロイドをそんな目に遭わせるのは、トリガーにとって到底許せないことであった。

    「ターゲット残りわずかだ」

    トリガーはその言葉に一安心した。何せひとつの厄介事が無くなるのだから。きっとタブロイドも無事だ。なんとなくだがわかった。タブロイドは自分には力がない、とたまに漏らしていたが、それだってすぐ死ぬほどは悪くない。それならそれでいいのだ。生きてさえいてくれるのならば。

    「カウント残り一機だ。確実に撃墜しろ」

    最後の一機はカウントの獲物となった。やってくれるなら誰でもいい。自分はもうそれなりにやっただろう。残りの残りくらいは他でやってくれ、とばかりにその場から少し離れた。
    タブロイド機は見えない。どこか離れたところにいてくれればいいが。トリガーは先程からタブロイドのことしか興味がなかった。せっかく仲良くなれたのにこんなクソくだらない戦争に巻き込まれて死なせるなんて最悪以外の何物でもない。もしそんなことがあったなら単機でも敵地に乗り込むつもりであった。今のところその予定は無さそうだが。

    「はいよ、これで終わりだ。よーし最後の一機は俺がしとめた!」
    「畜生!畜生!どうして俺」

    その瞬間ノイズが飛びフルバンドからの通信はオフラインになった。何があった?皆はざわざわと情報を求める。どうやらカウントが最後に墜とした一機がフルバンドだという事実が広がる。なぜ?という事実の真実はタブロイドによりもたらされた。

    「……フルバンドの識別情報が、敵機扱いになってたんだ」

    その事実はタブロイドを打ちのめした。そこまで親しい仲ではなかったが、その死に方は悲惨すぎた。トリガーとてやりすぎだと思うくらいであったが、それだけだった。ここは戦場。何があるかはよく分からない世界。運がなかっただけだとトリガーは思った。

    そうして任務は済んだとバンドッグが帰投を命令する。合間合間にカウントの怒鳴る声が聞こえる。大人気ないと思ったが、それがもし自分だったらどうだろう。しかも相手がタブロイドだったら?そう思うと途端恐怖が押し寄せてきた。誰が好き好んで親しい人間を自らの手で殺したいと思うものか。トリガーはカウントに心の中で謝りながら自分じゃなくて良かった、と最悪な事だと知りつつほっとしていた。

    帰投後、トリガーはどうしてもタブロイドに会いたかった。いや、合わなければならなかった。聞きたいことや言いたいことがたくさんあった。トリガーはそれらがタブロイドにとって好ましくないことであることだと思いつくことは無かった。もし気づいていたとしても辞めることは無かっただろう。
    以前みたいに隠れられたら困る、と機体から降りて直ぐにタブロイドの元へ駆け寄る。タブロイドは前よりいっそう厳しい顔をしていた。

    「おかえり」
    「……ただいま」

    自分もその場にいて同じく還って来たのに、トリガーがタブロイドにかけた言葉は自分もかけられておかしくは無い言葉だった。そしてタブロイドはそれに素直に応えた。表情はひとつも変わらなかったが。

    「あの」
    「なんだ?」
    「こんな事聞くのは、ほんとはいけないことだと思うんだけど」

    そうだ、わかっているのに、それを聞くのだ。自分のためでもあり、タブロイドのためでもあるという思い込み。それに気づけるほどトリガーはまだ経験が足りなかった。

    「なんだ?別にいいさ、言ってみろ」
    「……フルバンドのこと、大丈夫? 」
    「……あぁ。あれはバンドッグのせいだろう。だからわざと位置を聞いた。最初からフルバンドを消す気だったんだろう」

    恐らく漏らしてはいけない情報を持ってたんだろう。そう呟いてタブロイドは口を噤む。トリガーはフルバンドとの関係は長くない。それに小馬鹿にしてきたし良いイメージは無い。だがタブロイドは恐らく長い付き合いだっただろう。良いイメージがなくとも思うところはあるはずだ。タブロイドが精神的ダメージを受けている可能性は高い。それを発散させてやりたいとトリガーは思ったが、唇を噛んで耐えるしか無かった。そしてそんなトリガーを見て察したのか、タブロイドはあっけらかんとした様子でトリガーに語りかけた。

    「俺のことは気にするな。大丈夫だ。これからのこともあるし、気にしていられない」

    タブロイドはトリガーの顔も見ずにどこか遠くを見ていた。気にするな、大丈夫。その言葉は心の底からのものではなく、上辺だということはトリガーにもわかった。現にいつもの作られた笑みさえ浮かべない。そんなタブロイドは見たことがなかった。
    遠くを見ていたタブロイドが急にトリガーに顔を向けた。その顔は険しく、その顔もまた、トリガーは見た事がなかった。何がタブロイドをそうさせているのだろう。けれど自分も少なからず関係があるのはわかった。トリガーはそれが何か、聞こうと思ったが、それより先にタブロイドが口を開いた。

    「それにお前もお前だ。なぜバンドッグの警告を聞かなかった?雲の外は危ないとわかっていただろう」

    出てきた言葉はトリガーを咎めるもので、トリガーは一瞬何が起きたのか、分からなくなった。タブロイドはいつだって温厚で、優しくて……自分を気遣ってくれた。それなのに今は厳しい顔でトリガーを見ている。自分はそんなに悪いことをしたのだろうか、と慌てるが後の祭り。けれど言い分はこちらにもある。聞いてもらうくらいいいはずだ。

    「早く済ませたかったし……大丈夫だったでしょ?」
    「思い上がるな。お前一人でそれができるとでも思っているのか?」

    トリガーは正直、本音では、できただろう、と思っていたりするがそれをタブロイドに知られたらじゃあ一人でやれとばかりに放り出され、もう二度と気にもしてくれないのだろう。日常生活でももう付き合いきれないとばかりに口を聞いてくれないかもしれない。そんなのはごめんだった。せっかくここまで一緒に来たのに、また一人に、タブロイドと離れることになるのは嫌だった。悪いのは、自分だ。ならば謝らなければ、とトリガーは拳を握り締めて言葉を選ぶ。

    「……ごめんなさい。でもどうしても一人でやりたかったの」
    「なぜ?」
    「……私が頑張れば皆無事に還れると思った」
    「……本当に思い上がりだな」
    「ごめんなさい、もうしない」
    「……そういう理由じゃ俺も怒れないな。いいか、でも次からはそういう考えは捨てろ。そりゃ仲間は大切かもしれないが、当の本人になにかあったら意味が無い」
    「わかった。……許してくれる?」
    「俺にはそんな権利はないよ」

    そう言ったタブロイドの顔は困ったような笑顔だった。真実、トリガー対して怒りの感情はあったが、自分のためだけに、という訳ではなく他の連中のためにも、と言われれば強くは言えない。いつの間にか苦手な連中のことも気にするようになるとは、随分成長したものだとタブロイドは感心した。その中の一番重要なのが自分だとは知らずに。



    次の任務が決まった。先の作戦により武功を上げた自分たちと基地司令が転属になるようだ。司令官の護衛が任務なんてクソ喰らえだと思いながら、それでもこれからは正規軍として扱われることについては素直に嬉しいと思った。
    「ハーリング殺し」についてはようやっと冤罪になったようだ。今までのような仕打ちはもう受けないだろう。それだけでもありがたいと思った。トリガーがそれを一番に伝えたのはタブロイドで、彼はとても喜んだ。

    「良かったじゃないか。これでお前は自由だ」
    「うん!これからもよろしくね!」

    トリガーは無邪気に、信じてやまないことを口にしたが、タブロイドは少し困ったように眉じりを下げた。これからはそうはいかない。タブロイドはそれを知っていたが、トリガーにとってはその未来は、朝日が昇り、夜日が暮れる、といったように当たり前に決まっていることで、そうでないとはひとつも思っていないようだった。

    「無理だよトリガー。残念ながらもうお別れだ」

    そう、告げられトリガーは目をぱちくりと瞬かせる。無理ってなんだ。残念ってなんだ。……お別れってなんだ。その単語、どれもこれもがトリガーには理解できないものであった。なぜ今そのような単語がタブロイドの口から出てくるのか、理解できないし、了承も出来ない。巫山戯てるのだ、冗談なのだ、とその緑の目をのぞき込むとそこにそういったものはなく、ただただ真剣な視線だけが返ってきた。

    「え……なんで?明日一緒に行くんでしょ?」
    「明日はお前とカウントのふたりだけだ。俺たちは陸を行くよ」
    「やだ……そんなのやだ!」

    トリガーは半ば喚くようにタブロイドの言葉を否定する。そんなことをしたところでタブロイドの気持ちが変わるでもなし、変わったとて今度は状況が変わるでもなし、まるで出口のない迷路に迷い込んだかのように無駄に焦ってしまう。必ず未来は開かれるのだと思い込んでいたのに気づいたら未来への扉は締まりかけていた。人一人も通れないほどに。トリガーはその先には行けない。タブロイドがいる、その先に。

    「嫌でもなんでも決まったことなんだよ、トリガー。それに何も一生会えない訳でもない。そう落ち込むな」
    「でも……」
    「トリガーにはトリガーにしか出来ないことがある。それをすると戦争も終わるかもしれない、と俺は思うんだ。だから、一人でも頑張れ。お前にならできる」

    タブロイドはふわ、と自然な笑みをトリガーに見せた。本人は気づいていないだろう、けれどどこか安心させるような、そんな笑みだった。トリガーもつられて笑う。タブロイドが言うのなら、きっとそうなのだろう。そうなら全てが上手くいく。全てが上手く行けば、またタブロイドに会える。それならそれで十分だった。

    「……わかった。これが終わったらまた会ってくれる?」
    「もちろん。トリガーが望むのなら」
    「もちろん!」
    「俺も楽しみにしてるよ」

    職業柄、本来なら今生の別れとばかりに対する場面であろうがこの別れは、和やかに穏やかにすまされた。信じてさえいれば、きっと大丈夫、二人はそう言い合って、別れた。



    正規軍に戻り、戦いを続けて行くうちに、カウントとだんだんと息が合うようになり、仲間も増え、周りは賑やかになっていった。トリガーはそれを昔とは違い好ましく思うようになったが、そこにはタブロイドは居ない。それを認識してしまうと、寂しくてたまらない。最後に見せてくれたあの笑みを思い出しては己を奮い立たせていた。一戦終わらせる度にあと少し、あと少し、と自分に言い聞かせ、自分に出来ることは全てこなした。



    無人機を二機、きっちり撃墜したつもり、だった。しかし一機だけ完全に仕留め損ねたようで海底トンネルに逃げ込まれる。あれを逃せば終わりだ。
    トリガーは他に何も考えることなく迷わずその後を追った。背後にはカウント。必ずやあの一機をこの手で墜としてやるという強い思いはあったが、もし何かあれば彼がどうにかしてくれるだろう。最悪なことは免れる。もちろんそうさせない為に最大限の努力はする。そう、思わせてくれるカウントの存在は、今やトリガーの中で大きなものとなっていた。
    トンネル内、細い通路をこちらを小馬鹿にするように軽やかに飛ぶ無人機を、トリガーもまた危うげもなく飛び、追う。通路を通過し終えると背後の扉が閉まる。退路は与えない、というわけか、とトリガーは笑った。
    最後の通路を抜けると一際広い空間。無人機が悠々と旋回をし、データを送信し始めようとしていた。させるわけないだろう、とトリガーは即引鉄を引いた。放たれたミサイルはトリガーの思うように飛び、無人機を墜とした。よし、これで帰れる。しかし途中無人機に狙われたカウントは被弾していてそちらが心配でならなかった。一人で帰っても意味が無い。彼も一緒に帰らねば、悲しむ人が必ずいるのだから。けれど無線で飛んできた言葉は一人で帰れ、という言葉。

    「いけ!お前なら出来るはずだ!俺は胴体着陸を試みる」
    「そんな」
    「行くんだ!外の連中が待ってる!」
    「……じゃあ、いく。でも私はカウントのことを待ってる。必ず、帰ってきて」
    「……はいよ!」

    カウントは詐欺師だ。きっと死神にあっても騙して生きて帰れるだろうと、そんな冗談めいたことを思いながら風防を垂直に上がっていく。体にかかるGがきつい。ここを抜けた先は……ダークブルー。無事に抜けきったようだ。トリガーの口から、は、とひとつ吐息が漏れる。

    「……終わった」

    無線から歓声や色々な声が聞こえる。自分は、きちんとやれたのだ。いつの間にか上がっていた呼吸を落ち着かせるためぼうっとダークブルーを漂う。あとは帰投して、カウントを待つ。彼は確実に帰ってくる。勘でも予想でもなんでもなく、トリガーの中ではもう、決定事項だった。だから無駄な心配はしない。
    さすがにトリガーとてこれで全てが済んだとは思わないが、心のうちでは自分の仕事はもう全てやりきった、と思っていた。あとは、そう、帰ってタブロイドに会いたい。ただ、その思いだけだった。タブロイドは今、何をして、何を思っているだろう。やはりこちらも無事だとしか思っておらず、会える日はいつかなどと考えては心が踊る。その日のことを考えるとつい微笑んでしまうがまだまだ先だ、と頭を振って、早く降りてこい、との地上からの無線に応え、機首を帰投ポイントへと向けた。



    あの日、全てが終わったあとから、タブロイドに会いたい、と常に思いながらも、英雄に祭り上げられたトリガーはもう半ば拘束と言っていいほどのスケジュールが立てられていた。やはり約束通り無事に帰りついてくれたカウントがそばにいてくれ、色々気を利かせてくれてはいるが、少しも空き時間がない。あってもタブロイドを探しに行く暇も、居場所を聞く暇もなかった。けれどそれも仕方の無いことだと理解はしているから不平不満は口には出さない。────心の中では罵詈雑言の嵐だが────。
    タブロイドは何をしているだろう。そして自分のことを、あの約束を、覚えていてくれているだろうか。気は急くがやはり自由な時間は寝る時のほんのこれっぽっちしかなく、トリガーは盛大な溜息をついた。



    忙しなくすぎていく日々は早く、三ヶ月程たとうとしていた。最もトリガーとしてはそんなことを気にしている余裕もなく気づいたら、という風であった。一ヶ月程で開放されるのでは無いか、との考えは甘かったようで現在もまだ拘束されている。とはいえさすがにこれはひどい、とトリガーとカウントが声を上げ、丸々一日などとは行かないが多少の休みは貰えるようになった。そうした時間はもう何をする気もなく、体と精神をただひたすらに休めるために費やしていた。
    けれどそんな時間には必ずタブロイドのことを思いだしてはいつになったら会えるのかと嘆いていた。未だにタブロイドの現在についても聞けていない。何をしているかどころか何処にいるのかさえも知らない。もしかしたら忙しくて自分のことなど忘れ去られているのではないか、という考えさえも頭をよぎる。これっぽっちの時間では会いに行くことは出来ない。連絡をとろうにもなんにも情報がないのではやはり無理である。
    しかしそろそろ居場所くらいは知りたい。かと言って誰を頼ればいいのか分からず、思い当たるただ一人、この長い時をほぼ共にすごしたカウントに代理を頼むことにした。

    「ねぇカウント。タブロイドが今どこにいるか、誰かに聞いて貰えない?」
    「あ?なんだ突然」
    「全部終わったら会いに行こうと思ってたんだけど、わかるでしょ?」
    「あー……まぁな。でもまだ混乱は続いてる。誰が奴の居場所を知ってるかさえも分からないんだぞ」

    まさにカウントの言う通りだった。タブロイドの居場所の前にそれを知る人物がいるのかさえもわからない。それを指摘されるとトリガーは押し黙った。もどかしさに掌をぎゅっと握ると内側に爪が食い込む。唇を噛んでキュッと引き締まらせてしまったトリガーを見てカウントは溜息をついた。

    「まぁ、頼まれてやるよ。見つからなくても文句は言うなよ?」
    「わかってる」
    「さーて、どこをあたるかな」

    一縷の望みをカウントに託す。少しでも何か、分かることがあれば。藁にもすがるという気持ちはこういう気持ちのことなのだな、とトリガーは今まではそんな様子の他人を冷めた目で見ていたことを恥じた。
    カウントのことだから伝が広そうだと高を括っていたが三日たってもこれといった情報は入ってこないようだった。一週間経ってもなんの音沙汰もない。このままなんの情報を得る間もなく話は自然消滅してしまうのか、とトリガーは焦りだしたがやはりそれでも未だもたらされるものは何も無かった。
    そして十日が経ち、やっとカウントが声をかけてきた。見つかったのか、とその顔を見るととても深刻そうな顔をしていた。その時点でトリガーは結果を悟ることが出来たが、とてもでは無いが信じることは出来ない。言葉で聞いたとしても信じたくない。だが無情にもカウントは口を開いた。

    「……こんなことは言いたかねぇんだがよ」
    「見つからなかった?」
    「……いや」
    「じゃあ見つかったの?早く教えて」
    「じゃあ言う。奴は死んだ。墜ちてきたUAVの下敷きになって」

    トリガーにはその言葉は聞き取れなかった。否、聞き取れなかったのではなくわざと聞こえないふりをした。カウントが何を言った?そんなことあるはずもない、だって全てが終わったら。

    「十日かけた末の冗談がそれ?笑っちゃう」
    「冗談なら良かったな。……でも事実だ」
    「嫌がらせでもしたいの?」
    「気持ちはわかるがそれ以上の情報はねぇよ。信じたくなければ信じなくてもいい。どうせ」

    もう会うことが出来ねぇんだからよ

    その言葉は鋭い刃となってトリガーの胸を刺す。信じない、信じたくない自分の影に、やはりそうなのか、と思う自分もいて、ついにひょっこりと顔を出してきた。タブロイドは────

    「わかった。でも信じない。この目で確かめに行く」
    「そりゃ無理だろ」
    「無理でも何でもやってやる。かわりをお願い、カウント」
    「おい!」

    そう言ったその足で上層部に直談判────と言うより脅迫────をし、不在の間のかわりにとカウントを差し出し、トリガーは自由をその手でもぎとった。期限はタブロイドを見つけるまで。見つからないなら帰らない。そう言い残してトリガーは基地を発った。
    とはいえトリガーはあの後のタブロイドの最初の一歩さえ分からなかった。どこをどう行ったのかわかる術もなかった。仕方なくいないとは分かっていてもザップランドに足を運んだ。あの頃は嫌な雰囲気しか漂っていなかったが、全てが済めばいい所だと思えるようになっていた。
    濡れ衣を着せられここへ来た。最初こそ腐っていたものの、タブロイドに出会えたことで救われた、とトリガーはある意味運命というものに感謝していた。そしてその運命が、この先の未来をいいものへと変えてくれることを願った。



    それからは近いところ、片っ端から訪ね歩いたが情報のひとつも得ることはなく、トリガーは途方に暮れた。だがいいこともあった。タブロイドが死んだ、という情報もまた入ってこない。それなら生きている可能性がある。そうに決まってる、と、その思いだけを胸に諦めることなく歩き続けた。
    そこにひとつ、情報がもたらされた。残念ながらタブロイドのことではなかったが、軌道エレベーターの根元から伸びた橋の袂に難民キャンプが出来ている、という。尋ねてみる価値はある。本人がいなくとも情報は得られるかもしれない。その期待に胸は高鳴り、向かう足は軽くなった。
    戦闘機ならすぐに向かえるのに、と思いながらそこまで向かう、物資を運ぶための貨物車をつかまえ、乗り込ませてもらった。長くつづく一本道の先で、何かを得られると良い。それだけが唯一の願いだった。



    降り立ったその地はトリガーが思うよりも賑わっていた。たしかにまだ悲壮感は漂うが、皆前を向いているように思えた。さぁどこからいこうか、ととりあえず人が一番集まるだろう救難所へと足を向ける。人が多ければ何かしらの情報が得られるかもしれない。何か少しでも、欠片でもいいからあればいいと、手で庇を作りながら雲ひとつない空を見上げた。
    しばらく歩いて救難所を見つけた。そこには集まった物資が積み上がり、そして人々に配られる光景があった。大きな混乱はなく、皆お互いを気遣い、譲り合い、揉め事などもない優しい優しい光景。その光景はトリガーに安心をもたらしたが、そもそもの原因は少なくとも自分にもあって、複雑な胸中も感じられた。
    申し訳なさそうにその輪の中に入る。もしかしたらタブロイドはここにいて手伝っているかもしれない、とそういう気持ちも芽生えた。
    そんな折自分の目の前に物資であろうパンの袋が差し出された。難民と勘違いされたのだろうと、それを断るべく相手を見ると。

    「エイブリル!」
    「……ん?あ、トリガーか!久しぶりだな、なんでここに?」
    「タブロイドを探してて……そうだ!エイブリルは一緒だったんだよね?今タブロイドはどこにいるの?」
    「あぁ、タブロイドは」

    エイブリルは中途半端に口を閉じた。知らないのだろうか。そんなはずは無い。共に陸を行ったはずだ。途中で別れたりはぐれたりしていなければ、が前提だが。
    しかしエイブリルの反応を見る限り、どう見ても知っている素振りである。話せないわけがあるのか、話さないわけがあるのか。それともその両方か。そのような素振りであるならこの機を逃さずトリガーは強気で詰め寄る。

    「知ってるんだね?」
    「……あぁ、知ってるさ」
    「じゃあ教えて」
    「本当に会いに行く気か?」
    「ダメなの?」
    「ダメじゃないが……」

    エイブリルにしてはらしくなく、はっきりしない物言いをトリガーは怪しむ。本当は誤魔化したいのだろう、だがトリガーが引く気は全くないと意思表示しているので言葉に詰まった。トリガーはもう一度教えろ、と強く言い放った。

    「ダメじゃないなら教えて。嘘ついても無駄」
    「そんな気は無いが……」
    「なら早く」
    「はぁ、わかったよ。教えてやる」

    溜息をひとつ吐いて、天を仰いだエイブリルは閉ざしかけていた口を開いて、居場所を告げる。トリガーは聞き逃すまいと真剣に耳を傾けた。今までの会話の限りではタブロイドは、生きている。また、会うことが出来るのだ。それはトリガーに至上の喜びをもたらした。
    やっとタブロイドに会える。やっと、やっとだ。忙しなく働いて三ヶ月、情報収集に十日。探し回って半月。この時を待っていたのだ。

    「いいか、元来た道を戻れ。それからその辺の一番大きな病院を探せ。そこに奴はいる」
    「病院……?怪我をしたの?」
    「……それは自分の目で確かめな」
    「……わかった」

    タブロイドが生きていることはわかった。けれど無事では無いらしいと知り、心臓が早鐘を打つかのようにバクバクと煩い。エイブリルに礼をいい、トリガーは元きた道を戻るため、再び貨物車をつかまえようとフラフラと歩き出した。



    再び元来た道をゆっくりと戻る。土地勘などないため、一番に目に入った人間にこの辺りでいちばん大きい病院はどこか、と聞くとすぐに教えてくれた。
    その病院は街の外れにあるという。早く行きたい。でも、少し怖い。病院にいるということは少なからず怪我をしているということだ。病気かもしれないがどちらにせよ無事ではなかったということになる。そう思うとつい下を見てしまう。これじゃいけない。心を切り替えるためにもトリガーはわざわざ徒歩で病院に向かうことにした。



    病院にたどり着き、けれどすぐには入れなかった。わざわざ心を整えるために徒歩で来たのに一向に心が落ち着かなかったのだ。
    けれどそこにはタブロイドがいる。中に入れば会えるのだ。トリガーは少しの間、逡巡していたが、意を決して受付へと足を向けた。
    受付でタブロイドの部屋を聞いた時、ご関係は?と問われ、トリガーは少し間を開けて友人です、と答えた。

    本当は、それ以上になりたかった。いつからかなんて分からないが、一緒にいたいというその気持ちは、今も変わらずトリガーの中にあった。そしてそれは恐らく「恋」というものなのではないだろうか、と結論づけた。そうすれば何となく、しっくりくる。自分はタブロイドに恋をしている。トリガーの中ですとんと腑に落ちた。恋とは何か、と思っていた前とは違い今ではわかる。よくぞここまで成長したものだ、と自分でも驚き、そして笑った。案外わかりやすいものだったんだな、と今となってはそう、思っていた。



    タブロイドが好き。そう、頭の中でぐるぐるさせつつ教わった病室へと向かう。タブロイドは大部屋ではなく個室にいるという。そこに一抹の不安を抱えながら足を運ぶ。たどり着いた部屋の、ドアの前で深呼吸をしてノックをする。返事はない。寝ているのだろうか?入るかどうか躊躇していると看護師が向かってくるのがわかった。看護師なら一緒に入れてもらえるだろう、トリガーは安心した。しかし看護師は言った。「本当にお会いになりますか?」と。どういうことだろう。意味は分からないが入ってみなけらばわからない。お願いします、と頼み共に入る。
    そこにいたタブロイドは色んなチューブに繋がれ、人工呼吸器をつけられ、眠っていた。体の見える範囲のあちこちには包帯が巻かれ、これでは着させらている病衣の下も同じようなことになっているだろうことは想像に容易い。一体何がタブロイドに起こったのか、どうしてこうなったのか、トリガーには検討もつかなかった。

    「タブロイドさんはまだ目を覚まさないんですよ」
    「え……」

    タブロイドはここに来てまだ一度も目を覚ましたことがないらしい。それは無事と思っていいものなのか。このまま目を覚まさなければ、それは死んだと同じことなのでは、とトリガーは恐怖に駆られた。

    「これだけの怪我ですから、仕方の無いことです。幸いにもバイタルは安定しています。じきに目を覚ましますよ」

    看護師はそう言ってなにかの記録をとって部屋を後にした。そうは言うが本当に目を覚ますまでは何も変わらない。じきに、とはどれくらいか。今か。夜か。明日か。明後日か。断定的な答えが欲しかった。
    そんなことを鬱々と考えているともう日暮れになっていた。コンコン、とノック音が聞こえ、戸が開けられる。先程と同じ看護師だった。

    「まだいらっしゃいましたか。もう夜になりますよ」
    「あの、このままそばにいさせてくれませんか?せめて目を覚ますまでは一緒にいたいんです」
    「ですが」
    「彼の世話は私がやります。だからお願いです……」

    トリガーは最後には泣きそうになりながら訴えた。看護師は少し困ったように笑いながら、それではそうできるよう頼んでみます、と答え、部屋を出ていった。
    これからどうなるだろうか。そばにいられるだろうか。タブロイドは目を、覚ますだろうか。せっかく会えたのにこんな状況は、嫌だった。

    「タブロイドが会いに来てくれないから私が会いに来たよ。……早く目を覚まして」

    そう呟きながら握った手はやはり傷だらけで、少し、冷たかった。強く握りしめて温めようとするもなかなか暖かくならない。なんで、とトリガーは涙を零した。

    そのまま泣き疲れて寝てしまっていたらしく、背には毛布がかけられていた。あの看護師がそうしてくれたのだろう。そしてここにいてもいいということなのだろう。トリガーはその心遣いに感謝した。
    夜が明けまた日が昇る。タブロイドはまだ目を覚まさない。規則正しい呼吸音が部屋に響く。それはまさに生きている証で、それだけでも僥倖なのに、一向に目を覚まさないことを恐れて早く早くと急かす事は我儘だろうか。トリガーは己の生命力を分け与えてでも無事に目を覚ますようにその手を握りしめ、祈った。



    二度目の日が登った。タブロイドは変わらずだ。トリガーも変わらずタブロイドの手を握りしめて、握り返してくれるのを待つ。握り返されれば、それは。体温は相変わらずだ。平常時より低めなその手に頬を擦り寄せる。タブロイドにここまで触れるのは初めてだ。触れられることは無かったし、触れることも叶わなかった。それが今、皮肉にも触れることができるようになるとは。いいことなのか、悪いことなのか、トリガーには分からなかったが。



    今日もまた陽が登る。五回目だ。トリガーは多少疲れが溜まっていたが、それでも変わらずタブロイドの手を取る。命の半分を、差し出してもいいから目を覚まして欲しい、もうそれしか無かった。自分は貰うばかりであげられるものは何一つなかった。ならば今回くらいはこの願いを叶えてくれないか、と信じたこともない神に祈った。
    多少の疲れではあったが、蓄積された疲労が睡眠を欲してきたのを、トリガーは無視するため、椅子から立ち上がり伸びをする。新鮮な空気を取り入れるため開けた窓から外を眺める。ちょうど海底トンネルの入口が見える。その先の軌道エレベーターは天へ伸び、今日もその先はダークブルーの世界なのだろう。
    その時、衣擦れの音が聞こえ、なにかがもぞり、と動くのを感じとったトリガーは反射的にタブロイドを見た。

    「トリ、ガー?」
    「タブロイド!」

    まだ開き切ってない緑の目が、トリガーをしっかりと捉えていた。そして、その名を呼んだ。慌ててタブロイドの元に駆け寄るとやぁ、と声をかけてきた。かすれてはいるがその声はまさしくタブロイドのもので、トリガーの胸に、何か熱いものがこみあげてきているような気がした。

    「やっとおきた……!」
    「……ここは?どういうことだ?」
    「ここは軌道エレベーターから一番近い病院。タブロイドは墜ちてきたUAVの下敷きになったの」
    「へぇ……よく生きてたもんだ。俺のことだから」

    死ぬもんだと思ってた

    タブロイドは悪びれもなくそう呟いた。それにトリガーはすぐに反論した。せっかく生きていたのにそれを喜ぶどころか死ぬとしか思っていなかったなんて、生還していたことを心から喜んだ自分に対しての裏切りにも思えた。

    「そんなこといわないで!」
    「トリガー?」
    「私は一生懸命タブロイドを探してた。死んだことにされてたのを信じたくなくて必死で探してた。ようやく見つけて喜んだのにどうしてそういうことを言うの?」

    じわりと滲む涙。今更泣くまいと思いつつ、トリガーはいっそ大泣きしてやろうか、と思ったがタブロイドが心底困るのが目に見えていたので、唇をきゅっと噛み締めて、それ以上涙が出ないように耐える他なかった。

    「……悪かったよ。でも、まぁ、俺にも運があったんだな。あんな中生き残れたなんて」
    「運じゃないよ。そうなるように決まってたんだよ」

    私がそう決めたんだもの。トリガーは最後につけ加えた。こうなることは事実であり現実でもある、予定調和だったのだ。だから諦めなかった。死んだ、と聞かされた時はさすがに心が折れそうになったがそんなはずは無いと自分を奮い立たせた。

    「誰が俺を殺したんだか。まぁこの状態を見ると死んでもおかしくないと思うよな」
    「私はそうは思わなかった」
    「これでも?」

    初めて見る病衣の下、そこはまるで継ぎ接ぎだらけの布のようで、タブロイドは笑ったが、トリガーは眉をひそめた。確かに、これでは死んだと思われても仕方のなかったことかもしれない。でもタブロイドは生きているし、たとえ先にその姿を見ていたとしても死ぬとは微塵も思わなかっただろう。

    「それでも私はそうは思わなかったと思う」

    射抜くような視線にタブロイドは少し気圧される。どうしてそこまで、という気持ちが自然に湧く。よくもまぁ自分を探し、生きてると確信し、そばに居続けるなんて、そんな無駄な────なんて言うとまた怒られるであろう────ことをするのだろう。タブロイドにはそれが不思議でならなかった。

    「そうなのか。それで?今どう思う?」
    「うれしい。また会いたかった。約束したでしょ?」

    あの時のことをトリガーは頑なに信じていたのか、とタブロイドには合点がいった。あれは半ば口約束で、そうすることでトリガーを奮い立たせることができるなら、それでいいと思っていた。今はそれを多少申し訳なく思う。まさか本当にやりきるなんて。

    「約束が守れてよかったよ」
    「タブロイドは約束を破らないって思ってたから。だから、生きてるって信じてた」
    「そっか。そこまで言われると嬉しいもんだな」

    申し訳なく思いながらも、そこまで言われればなんだかこそばゆい。生きててよかった、と今、心から思った。そこまで親交のあった人間なんてろくにいなかったからまさか、こうして心の底から喜んでくれる人間がいるなんて、全く思っていなかった。それは正直ありがたいことだと、思った。

    「よかった。じゃあ、早く退院しよ!」
    「まだ無理だよ」

    トリガーが無邪気に笑う。タブロイドが見つかった以上もうこんな、辛気臭いところに用はない。早く、元いた場所へと連れて帰る。その思いだけがトリガーをつき動かしていた。

    「大丈夫、退院まで待ってる」
    「いや、お前は戻らないと」
    「いいの。そういう約束してきたから」

    だから大丈夫だとトリガーは胸を張る。今のトリガーをここまで自由にさせる理由とはなんだろうか。事後処理で忙しいだろうに。よくもまぁ連絡もよこさない死に損ないを探す気になったもんだ、とトリガーが聞いたら激しく怒り狂うであろうことを、タブロイドは思っていた。
    体は傷の縫合のため継ぎ接ぎだらけ。顔にもいくつかの擦過傷、中には消えることの無いだろう傷も。頭は包帯が幾重にも巻かれている。足の方など、余程酷かったのだろう、両足ともにギプスで頑丈に固められている。これでは歩けない。この様子では帰るに帰れない。内蔵の方へのダメージも分からないし、退院するのは、まだ大分先だろう。それでも、トリガーは信じていた。タブロイドの生存を。

    「約束?」
    「タブロイドを見つけるまで帰らない」
    「……見つけたじゃないか」
    「何言ってるの?見つけたなら連れて帰らないと」

    今更自分に帰るとこなどあるのか、とタブロイドは考える。おそらく戦争は終わったのだろう、トリガーの活躍で。そしたらもう空を飛ぶ必要は無い。まして自分は退院出来たとしても空に戻ることは出来ないだろう。そうしたら、自分の存在意義があやふやになる気がして少し、心配になった。

    「なんで?」
    「カウントに嘘つき!って言うために」
    「ははっそれは楽しみだな。きっと目を丸くして化け物を見るような目で見るぞ」

    どうやら帰る場所を、トリガーは作ってくれているようだ。そうだと言うのなら、甘えてもいいのだろう。まだまだ退院は出来ないが、その日を楽しみに入院生活を送るのも、また一興。トリガーがそばにいるのなら、自分は間違いを起こさないだろう。それなら安心か、とタブロイドは思う。

    「そのためにも帰らなきゃ」
    「……帰ったら俺はどうすればいいのかね。不便になったこの体で何ができるやら」

    それが心を苦しませる一因であった。無事に退院出来ても前と同じようには行かないだろう。歩けるようになるかも分からない。全ては自分次第なのだ。後々医師が診察に来るだろう。その時よくよく話を聞かなければ。

    「大丈夫。私がいる。帰ったらずっと一緒にいよう?」
    「え?」

    帰ってまで一緒にいる気なのか、とタブロイドは呆気に取られる。帰る場所は一緒かもしれない。けれどその後は別々の道を行くものだと思っていた。ずっと一緒、の意味を理解できなかった。

    「私タブロイドのことが好き。だから」
    「そんなお前……簡単に」

    タブロイドは急な告白に驚く。なんでそんなことを、と思ったが、前から兆候があったなとふと思い出す。度々一緒にいたい、と言い出したり、初めて顔を合わせた時など仲良くなりたいと言っていた。それは、こういうことだったのか。

    「……タブロイドは嫌?」
    「嫌じゃないが……」
    「ならいいでしょ?」

    嫌かと言われれば嫌では無い。がそれでいいのかはわからない。けれどそれはトリガーな任せよう、とタブロイドは思った。今まではこちらに合わせていたように見えた。なら、今度はこちらがトリガーに合わせよう。その結果がどうなっても文句は言うまい。

    「トリガー、お前は、それでいいのか?」
    「もちろん!じゃなきゃ探したりしないよ」
    「……そうだな。わかった。これから頼む」
    「任せて!」

    それから、タブロイドが目を覚ました旨をトリガーが医師に知らせた。二人きりでずっと話し込んでいたが、まだ起きたばかり。多少苦しそうなことにやっと気づいたトリガーは慌ててナースコールを押したのだ。



    「容態は安定してますね。ですがまだ要観察です。安定するまでもう暫くはこのまま入院してもらいます」
    「分かりました。……足はもうダメですか」
    「……リハビリすれば少しはマシになるでしょうが、車椅子を使うのをおすすめします」
    「そうですか……ありがとうございます。退院は大体どのくらいに?」
    「早くて3ヶ月、けれど今の状況ですと半年くらいでしょう」

    半年。それが長いのか短いのかはわからなかったが、心做しかトリガーがしゅんとしているのを見ると、どうやら長めだという事らしい。
    医師が挨拶をして出て言った瞬間、トリガーはまだまだなのか、とぽつりと零した。タブロイドとしては妥当だと思っていたが、それほどまでに早く帰りたかったらしい。それならば一度帰らせた方がいいだろうと、タブロイドは未だしょんぼりしているトリガーに一言告げる。

    「トリガー、一度帰った方が」
    「嫌。帰らない」
    「……連絡はしろよ。俺の事もな」

    半ば強引に出てきたのだろうトリガーが、今何をしているかぐらいは伝えるべきだろう。きっと今までろくな連絡もしてやいないだろう。カウントも、他のメンバーもきっとやきもきしているはずだ。連絡のひとつくらいはよこさないと。

    「連絡はする。けどタブロイドのことは言わない」
    「なんでだ」
    「言ったらみんなタブロイドに会いに来る。二人きりになれない」
    「あのなぁ」

    なんとも言えない、ある意味わがままな理由でそのようなことを言うとは。タブロイドは呆れて溜息をついた。その目をのぞき込むと真剣な色を宿している。トリガーは本気だ。これ以上言っても聞きやしないだろう。一人の時に退院などしたら怒りながらなんで、なんでと質問攻めにあうのだろう。そして無理やりに連れていかれる。正直1人の方がか楽なのでは、と思うが、トリガーはそんなタブロイドから目を離さないだろう。それはもう絶対に。ならば、結局受け入れなければならないのだ。トリガーの意見を。タブロイドはまた、溜息をついた。

    「それにカウントに嘘つきって言うって言ったでしょ?一緒に帰らないと言えないもん」
    「あぁ、はいはい。そこはもう任せる」

    結局一緒に連れ帰るのだからもう何も言うまい、とタブロイドは投げやりに答えた。それでもトリガーはそれに気づかずはしゃいでいる。退院はいつになるかな?早く治るといいね!頑張らなきゃいけないのは俺だぞ、とタブロイドがボヤくとトリガーはやっとおとなしくなった。

    「ごめん。でも早く帰りたい。タブロイドと一緒に」
    「現実は厳しいもんだ。どうなるかは俺と神のみぞ知るというもんさ」
    「わかってる」
    「じゃあ待ってくれるな?」
    「うん」

    それからトリガーは早く帰りたい、とは言わなくなった。ただ必死に、献身的にタブロイドの世話をするようになった。両足の複雑骨折という大怪我をしたタブロイドは松葉杖も使えない。車椅子での生活を強いられたがその時は必ずと言っていいほどトリガーが車椅子を押していた。

    「一人で大丈夫だぞ」
    「一人じゃ難しいこともあるでしょ?」
    「でもなぁ」
    「タブロイドとずっと一緒だから」

    だからこれも約束のうちだ、とトリガーは言った。タブロイドとしてはやや不服ではあるが、その旨を了承してしまったからには何も言えなかった。



    やっと退院の日だと言ったのはどちらだったであろうか。足の怪我が思いのほか酷かったこと、内臓の様子も気にせねばならなかったこと、なによりそれらによりとにかく安静にしていなければならなかったことがあってタブロイドが退院するには半年と三ヶ月ほどかかった。
    トリガーはその間、本人の言う通り一度も帰ることは無かった。連絡はしていたようだがのらりくらりとかわしているようだった。これで帰ったら自分まで怒られるのではないだろうか、とタブロイドは身震いした。例えそうでなくてもお前のせいで云々は言われるだろう。まぁ、予測しておけばどうにかなるか、とそれらについて考えるのをやめた。
    トリガーはタブロイドの荷物整理をしている。それくらい自分でやる、と言ったがトリガーはききもしなかった。見られたくないものもいくつかあるのに、なんてこった。テキパキと鞄に荷物を詰めていくトリガーを見てタブロイドは天を仰いだ。終わったよ、と言われてもタブロイドのもやもやは収まらなかった。
    そしてそのまま車椅子で受付へ。タブロイドはある意味裸一貫できたものだから金も身分証も持っていなかった。受付へ向かう道すがら、後で支払いに来るしかないな、と思っていたが、トリガーがまるで我がことのように支払いを済ませた。

    「さ、帰ろう」
    「帰ろうってお前、代金」
    「いいんだよ。どうせタブロイド、お金もってないでしょ?」
    「……まぁ、そうだけど」

    トリガーが金を支払ったことに意を唱えたタブロイドであったが、図星を指されて押し黙るほかなかった。帰ったら上乗せして無理矢理押し付けよう。受け取らなかったら約束は無しだ、とでも言えば受け取るだろう。今になってトリガーを説き伏せる方法を思いつくなんて、とタブロイドは苦笑いをした。

    「どうしたの?」
    「なんでもない」
    「ならいいけど。じゃあ帰ろうか」

    とはいえ今のタブロイドがかのりこめる移動手段はとても少なかった。しかたなく救護所からから貨物を下ろして荷台が空になったトラックに乗せてもらい、送っていってもらった。運転手は優しく、目的地まで連れていくよ、と言ってくれたのでそれに甘えて無事に帰りついた。



    タブロイドを車椅子ごと荷台から下ろすと地面を見ることなんて久しぶりだと呟いた。確かにほぼ寝たきりであったタブロイドがこうして地面に降りたのは本当に久しぶりだった。それがたとえ自らの足でなくとも。

    「タブロイド、大丈夫?」
    「大丈夫だ。……風が気持ちいいな」
    「……そうだね」
    「この後は?」
    「まずカウントのところ行こ!」
    「……本当に嘘つき呼ばわりするのか」
    「だってほんとに嘘だったでしょ?」

    タブロイドが死んだ、なんて

    「まぁ、な」

    トリガーはカウントが自分たちを見た時のリアクションを思い描いていた。絶対に驚く。さてどのように驚くか、見ものだと思った。
    カウントを探しがてら基地内を行く。トリガーにとってはもう庭のようなものだったがタブロイドには初めての場所だ。ここの食事は美味しいんだよ、部屋も綺麗だし住みやすいよ、タブロイド用の部屋も用意してもらったよ、ここは隠れるのにいい場所だよ、一人になりたい時にはうってつけ、でもタブロイドは隠れちゃダメだよ?トリガーは行くところ向かうところタブロイドに説明しながらゆっくりと車椅子を押す。タブロイドもトリガーの話を聞きながら時折会話をする。

    「トリガー、重くないか?」
    「全然!タブロイドは何も気にしなくていいの!」
    「ならいいんだが」

    今日は天気がいい。雲ひとつなく柔らかい日差しが一帯を照らしている。時折そよ風が吹き、その度タブロイドは気持ちよさそうにしていた。それを見てトリガーも嬉しそうだった。病院は辛気臭くていけない。だから一刻も早く連れ出したかったのだ。予想よりも大分かかってしまったが。
    これからはここでしばらく暮らすだろう。そしていずれは二人で、とトリガーは思っていた。タブロイドはそれをどう思うだろうか。今考えても詮無いことだ。それはその時まで考えずにいることに決めた。

    会う人会う人タブロイドを見て驚く。体が傷だらけなら顔も傷だらけだ。そして車椅子。こんな場所で車椅子を使うほどの人間は居ない。一目ではなにがおこったのかわからないだろう。けれど特に何も言われることはなかった。トリガーと話している時のタブロイドは、とても穏やかな顔をしたからだ。
    色々あったタブロイドはそれでもトリガーに語った話はほんの少しだった。無駄な心配をさせるのも嫌だったし、自分も話したくはなかったからだ。それに気づいているのか居ないのか、トリガーの方もそう深くまで聞いてくることは無かった。もっとも、タブロイドが生きているだけでよかったのだからわざわざ余計な詮索をしなかったのかもしれない。今となってはどうでもいいことであった。

    「ねぇ、カウント知らない?」

    会う人会う人にカウントの居場所を聞くトリガーは余程カウントを嘘つき呼ばわりしたいのだろう。そんな人々はタブロイドの知っている人ではなくて、きっとトリガーに関わった仲間なのだろうと思うとタブロイドは急に大勢の中なのにひとりぼっちでいるような気分になった。

    「……俺はここに来てよかったのかな」
    「何言ってるの?当たり前でしょう!」
    「でも俺はここのことをしらない。ここにいる人間もしらない。相手も俺をしらない。場違いだ」
    「そんなの、これから知ればいいんだよ。そういうもんでしょ?私たちもそうだった」
    「……そういうもんか?」
    「そうだよ。徐々にでいいんだよこういうことは」
    「それならいいんだが。でも俺に近づく人間なんているものかね」

    タブロイドは退院してからどこか自虐的になった。顔を見せたくない、と外に出るのをいやがった。どうしても外に出なければならない時にはマスクをして顔を隠した。足も見せたくなく、いつも毛布をかけていた。ある日トリガーは何故そこまでするのかと苦言を呈した。すると「今の俺は醜いからな」という言葉が返ってきて思わず張り手をしてしまった。顔が傷だらけだというのに。そんなことを言うタブロイドが許せなかった。

    「タブロイド、そういうことは言わない約束でしょ」

    トリガーがタブロイドの顔をのぞきこんで言い放つ。タブロイドはタブロイドで苦笑していたがそれはどこか自嘲めいたものであった。何度言っても、言い聞かせてもやめない。だからトリガーも窘めるのを辞めない。タブロイドは体の傷だけではなく、心にも傷を負っているのだ、とトリガーは正確に理解していた。でもそれは、トリガーにはどうにもできない。タブロイド本人が変えようと思わなければ変わらない。だからこそ、しつこく、時には嫌がられても窘めるのを辞めない。それで機嫌を悪くさせることもあったが、本当に周りがそこまで気にする事はないと気づくようになるまで、それは根気よく続くのだ。

    「……すまん。でもあまり他人とは会いたくない」
    「みんな気にしないし何も言わないよ」
    「俺が気にするんだ」
    「気にしすぎだよ。みんなはタブロイドを普通の人間のひとりとして見てるんだから」
    「……こんなでもか?」
    「タブロイド」
    「……わかったよ」

    最近ではトリガーの剣幕に押されて、多少はマシになったようで、その後は何も言わなくなった。少しずつではあるが新しい世界に慣れていってくれるといい。トリガーはそれを陰ながら応援し、いつまでも見つめるのだ。その時が来るまで、いつまでもいつまでも。まだまだ先は長い。タブロイドも悲観し続けるのが嫌な時が来るだろう。その時には過去の話を笑い話にして穏やかに過ごしたいと思った。



    「カウントいないねぇ」
    「どこかでサボってるんじゃないか」
    「……そうかもね」

    基地内を大まかだが一通り探し回ったがカウントはどこにもいない。人に聞いてもわからない、という答えしか返ってこない。仕方なく見つけたら自分が探していると伝えてくれ、と頼み込んだ。皆は快く了承してくれたが報告は無の礫。とにかく自分が探しているということをふれまわって歩いた。



    何やら周りが騒々しい。そんな皆の会話からトリガーが自分を探しているということを知る。トリガーが戻った、そして自分をを探していると聞いてカウントは諦めたのか?と思ったが少し首を傾げる。トリガーが飛び出してからかなりの日数がたった。諦めて仕方なく死人のように歩き続けているのだろう、と思っていたがそうではなかったらしい。帰ったということは見つけたのか、或いはやはり見つけられなかったか。
    自分を探し回っているというトリガーを迎えに行く。泣いてでもいたらどうしたらいいだろうか。かける言葉は持ちえていない。自分で言ったことではあるが、酷いことを言ったとは思う。後悔はしてないがあの頃はそれが事実であったからだ。
    教えられた場所に足を向ければ、そこでまるで待っていたぞとばかりに胸を張って立っていた。遠目に見えるトリガーは何故かにこにこしていた。と、いうことは。もしかして、と思いながら視線を動かすとその横には、車椅子に乗る、誰か。もしかしたら、それは、タブロイドか。車椅子に乗り、トリガーに押されてはいるが、浮かべる笑みは本物でどう見ても別人だとは思えなかった。死んだと聞いていたタブロイドが生きていたのかとひどく驚く。そしてとても機嫌が良さそうなトリガーがカウントに向かい、叫ぶ。

    「カウントの嘘つき!」
    「……あぁ、そうだな。でも俺は詐欺師だからな。間違っちゃいねぇよ」
    「たしかに」

    タブロイドが笑った。トリガーもつられて笑う。カウントは素直に笑えず苦笑いだった。
    見つからないだろうと思っていたことが杞憂でよかった。これで正反対の結果だったなら、トリガーは一生引きずることになっていただろう。そして自分のせいだと、なんの根拠もなく思い込んでは悲観しただろう。本当に杞憂でよかった、とカウントは安堵した。

    「ま、無事でよかったな」
    「言ったでしょう、タブロイドは生きてるって」
    「こんな状態だがな」
    「タブロイド!」
    「はいはい。まぁ、またよろしく頼むよカウント」
    「はいよ」

    カウントはタブロイドが見つかったことを良しとしてそれ以外に何も言わなかった。タブロイドはそれを驚いた。車椅子、顔の傷、歪んだ足。普通なら何があったか聞くだろう。でも何も聞かない。聞かれたら全てを話す気でいたのに、だ。

    「ほら、カウントは何も言わないでしょう?」
    「あ?」
    「……カウントは、何も聞かないのか?」
    「まぁ、大体は察する。あとは生きてればそれでいい。だろう、トリガー?」
    「もちろん!」

    タブロイドはその会話に呆けてしまった。こちらはこんなに身構えてここに来たと言うのに。
    確かに詳しく聞き出そうとした人間などいなかった。トリガーが声をかけて回った人間も特に気にしている様子はなかった。トリガーの言う通り気にしすぎなんだな、とようやく思い知らされた。気づかせてくれたのはカウントだったが。

    「で、俺を見つけてこれからどうするんだ?」
    「うーんどうする?」
    「俺に言われても」
    「あー、じゃあ飯行くか?祝いに奢ってやるよ」
    「ほんと?やったねタブロイド!」
    「……なんか貸しを作らされる気がする」
    「お前も大概失礼だな!さすがにそんな気にゃなんねぇよ。素直に受け取れ」

    三人はわいわいと賑やかにその場を去る。それをなんだなんだと見やる人間。けれどタブロイドについて触れる人間はいなかった。ただ微笑ましく見る視線だけがあった。

    また、こうして三人で騒ぐ。それはタブロイドが生きていたからこそ。
    この未来を探していた。いや、元からこうなる予定だったのだ。タブロイドは一生背負う怪我をしたがトリガーがそれを補うと約束している。それはもうずっと、死ぬまで一緒にいるということ。二人の約束は、きっと守られるだろう。時には喧嘩もするだろうがそれでも離れることは無いのだろう。次の別れはきっと、もう何十年も先のことだと、二人は思っている。それでいい。それがいい。
    未だにはしゃぐトリガーたちを見送るようにその背を陽の光が後押しするように照らしていた。
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