きらきらひかる 青く澄んだ空が広がる、気持ちのいい昼下がり。イーストンのとある一室で一人の少年が、顔を空と同じくらい真っ青にして叫んでいた。
「僕が広告に出るって……どういうこと⁉︎」
少年——フィン・エイムズは、目の前にいる兄のレインに詰め寄る。
フィンは今、アドラ寮の兄の部屋を訪れていた。レインから手紙を受け取り、急いで部屋に来るようにと書かれたそれに従って走ってきたのだ。
レインは眉ひとつ動かさず、持ち帰ってきたらしい書類を眺めながら答える。
「さっき言ったとおりだ。オレの代わりにお前をイーストンの広告塔にすると決定した」
「だからなんで⁉︎」
フィンは頭を抱える。聞けば元々は校長直々の指名で、レインが広告塔に選ばれていたのだと言う。
兄は真面目で、誰より優秀な人だ。単なる酔狂で、校長からの依頼を弟に投げるような男ではないはずだった。
すがるような目でレインを見る。すると、彼は書類を一旦置いてフィンを見つめた。
「前に、お前の同級生達と茶を飲んだだろ」
「え? うん……」
その言葉に頷く。
以前、兄と再び仲良くなれたのだと友人達に話した時、みんなが記念にティーパーティーを開こうと言ってくれたのだ。
マッシュがシュークリーム、ランスがその他の料理、ドットがハーブティーを用意し、レモンとフィンが部屋の飾り付けをして行ったそれは、フィンの中で大切な思い出として刻まれていた。
レインもいつもの憂いを帯びた顔を少し緩ませて、楽しんでくれていた……とフィンは記憶している。
レインは「それでだ」と話を続けた。
「その時に、『お土産に妹のグッズをどうぞ』といくつか物を渡されて」
「待って! 分かった! シスターコンプレックスのせいってことが‼︎」
フィンはあまりのことに天を仰いだ。「嘘でしょ兄さま」と呟く彼に、レインは疑問符を飛ばすばかりだ。
フィンは現実逃避しそうになる思考を必死に抑えて首を振った。
真面目すぎる兄は、おそらく「良い兄というものは兄弟を布教して歩くもの」だと誤解したのだろう。今からキチンと訂正すれば、きっと解決するはずだ。
フィンは諭すように、おずおずと口を開いた。
「兄さま、あれはランスくんがすごく特殊なだけで、普通はあんなことしないんだからね」
「そうか」
兄は素直に頷く。それに安心したフィンに、レインは真顔で宣った。
「でもオレはフィンこそ全ての『弟』の頂点に立つ存在だと知らしめたい」
「何言ってるの⁉︎」
フィンは信じられないものを見る目でレインの顔を見つめる。
よく見ると兄の目は据わっていて、何だか濁っている気がする。書類を捌く手も動きが鈍い。
「…………兄さま、最後に寝たの、いつ?」
「……」
レインは何も言わずに目を逸らした。
「兄さま⁉︎」
そう叫ぶフィンに向かって、レインは相変わらず目を逸らしたまま言う。
「既に手配は終わっているから、このまま撮影に入ることになってる。……フィン、頼んだ」
「えっちょっと、無理だよ僕にモデルなんて! 兄さまったら!」
そう喚くフィンはそのまま部屋に迎えにきたスタッフに捕まえられ、引きずられていくことになってしまった。
◯ ◯ ◯
「はーい、笑って〜笑顔固いよ〜」
あれよあれよと言う間に中庭に連れて行かれたフィンは、太陽の下でスタッフに囲まれてポーズや表情をキビキビ指導されていた。
フィンはもう仕方がないと腹を括って撮影に臨んだが、そもそもこういった晴れ舞台とは無縁の身だ。
先ほどからダメ出しばかりされて、フィンはもう心が折れそうになっていた。
「うーん、もっと自然な感じに撮りたいですね〜」
そう言ってカメラを構える写真家に、何度謝り倒したことか。
フィンは遠い目をして、早くこの時間が終わるように願っていた。
その願いが通じたのか、その時よく知る声が聞こえた。
「あれ、フィンくん。何してるの」
「! マッシュくん!」
そこにいたのはシュークリームを咥えたマッシュだった。甘い匂いを振り撒きながら、マッシュがフィンに近寄ろうとする。
すると、スタッフの一人が手を振って彼の前に出た。
「ダメダメ、今撮影中なんだ! 後にしてね」
「あ、そうなんですか。すみません」
マッシュはペコリと頭を下げる。
それを見て、フィンは焦った。
まずい、このままだと置いて行かれてしまう。
このまま一人にしないでほしい、そう願いフィンはそのスタッフに懇願した。
「僕の友達なんです! えっと、緊張をほぐしたいので少し話してもいいですか⁉︎」
フィンの必死さに気押されたのか、スタッフがやや引き気味に頷く。
それに安堵して、フィンはマッシュに駆け寄って泣きついた。
「マッシュくん、助けて! 撮影なんてやっぱり僕には無理だったんだよ……!」
「撮影?」
縋り付くフィンをそのままに、マッシュは鸚鵡返しにそう聞いた。首を傾げる彼に成り行きを大雑把に説明し、フィンはマッシュに言う。
「マッシュくんが代わりに撮るとかどう⁉︎ マッシュくんはカッコいいし、肝が据わってるし……!」
そう言い募るフィンに、マッシュはどことなく嬉しそうにした。
しかし、マッシュはそれに首を縦に振らずフィンにこう言う。
「いや、これはフィンくんがやった方がいいよ」
「どうして⁉︎」
「だって、レインくんから頼まれたんでしょ。僕がやるのはおかしいし」
正論のストレートパンチを喰らい、フィンは倒れそうになる。なんてまともな意見なんだろう。それに比べて僕はわがままを言って……とフィンが自責の念に囚われたその時、マッシュが何気なくこう言った。
「それに、僕もフィンくんが世界で一番だって知らしめたいし」
「……ええ?」
フィンはその発言に、口をあんぐりと開けて彼を見つめる。
爆弾発言を落としたマッシュの方は、相変わらず何だか嬉しそうで、そしてとても優しい目でフィンを見ていた。
「……よくわからないよ」
フィンは思わずそう言って笑う。
本当に、兄もマッシュも、なぜフィンをそこまで押し出したいのかよく分からない。でも、二人からとても大切に思われていることが痛いほど伝わり、面映くなってしまったのだ。
笑うフィンを見て、マッシュも少し表情を緩めた。
するとその時、カシャリと音がした。
「……いい! ものすごくいいものが撮れた……!」
振り返ると、写真家の男性が感極まった様子で拳をワナワナと振るわせていた。
「ありがとう! まさに奇跡の一瞬だった! これで広告はバッチリだ‼︎」
そう言って、彼はマッシュとフィンの手を握りブンブンと振る。
「い、いえ、こちらこそ……⁉︎」
フィンが目を白黒させてそう答えると、写真家は輝く笑顔でこう言った。
「出来栄えを楽しみにしていてくれたまえ! きっと凄く話題になるよ!」
後日刷り上がったイーストンのパンフレットには、マッシュに笑いかけている瞬間のフィンが大きく切り取られていた。
その笑顔は、写真家が豪語したとおり、まさに奇跡と言っていいほど輝いていて。
学校中で話題になったことを恥ずかしがって部屋に引き篭もるフィンとは対照的に、職場にそっと写真を飾るレインが居たのは秘密の話である。