店員Aから贈る言葉 私はいつものように店の看板を引っ張り出して、開店の準備に勤しんでいた。
可愛く書いたメニューがよく見えるように、いろいろ角度を調整する。よし、これなら通りがかりでもきっと目に留まるはず。そう思って満足気に眺めると、店から店長が声をかけてきた。
「おーい、そっち終わったかい?」
「あ、はい! すぐ戻ります!」
いけない、休んでいる暇はないのだ。私は慌てて店内に戻って、カウンターを綺麗に磨く。後ろではパティシエである店長が、さまざまなお菓子を焼き上げている。いつ見ても惚れ惚れする出来栄えで、私は思わずゴクリと喉を鳴らす。
私がアルバイトしているこの店は、色とりどりのケーキを扱っている。中でも苺のショートケーキは絶品で、すぐに売り切れてしまうほどだ。他にも見た目が楽しいフルーツタルトや格別に甘いチョコレートケーキ、甘酸っぱさが最高なレアチーズケーキなどさまざまなスイーツが並ぶ。
しかし、実は隠れた名物と常連さんから密かに呼ばれる商品が他にあるのだ。
それは……。
「シュークリーム、焼き上がったぞ」
タイミングよく、店長が大きなお盆を持って現れる。それに乗っているのは、甘い匂いを纏った狐色のお菓子——シュークリームだ。
「今日も美味しそうですね〜」
うっとりした声が出る。それに店長はそうだろうと胸を張った。
「なんと言ってもうちの自慢だからな! いくつか買って行ってくれてもいいよ」
「えー、バイトなんだから賄いでくださいよ!」
軽口を叩きながらもそれらを丁寧に並べていく。そう、うちの隠れた名物とはこのカスタードシュークリームのことだ。外はカリカリに固く、しかし中はふんわりしてトロトロのカスタードクリームがずっしりと入っている。店長こだわりの一品だ。
そうこうしているうちに今日も時間どおりに準備が完了し、開店時間になった。いつもなら少し経ってから常連のおばさま方が買いに来てくれる。
しかし、今日は違った。
「あの、シュークリーム十個ください」
時間になった瞬間に、見慣れない男の子が店に入ってきたのだ。入店した瞬間まっしぐらにレジに来た彼は、そう言ってお金をすぐに取り出した。何だか不自然にコインが曲がっている気がするが、多分気のせいだろう。
「はい! ありがとうございます」
私はちょっとびっくりしながらも、テキパキとシュークリームを詰める。こんなに早い時間に新規のお客さん、しかも大量に買っていくとは珍しい。チラリと確認すると、見覚えのあるローブを羽織っている。
イーストンの学生さんだ!
私はそれにまたびっくりして、一瞬手を止めてしまった。慌てて作業を再開し、お金を受け取って何食わぬ顔で彼に品物を差し出す。
「お待たせしました!」
「ありがとうございます」
律儀にお礼を言うと、彼は颯爽と荷物を抱えて店を出て行った。表情は変わらなかったけど、来た時よりも嬉しそうな背中に笑みが溢れる。
それにしても、と私は次のお客さんの対応をしながら考える。イーストンはここからかなり離れた場所にある名門校だ。そこの学生さんがこの店に来るのは珍しかった。しかも朝であるこの時間に来て、授業は平気なのだろうか。
考えている間に、外から何やら「今ものすごいスピードで疾走する謎の少年がいたぞ!」「あいつ今箒も無しに空飛んだぞ⁉︎」などと大騒ぎする声が聞こえてきてたけど、それもきっと気のせいだろう。
そしてその日以来、イーストン生の彼はこの店を気に入ってくれたらしく、頻繁に買いに来てくれるようになった。黒髪を揺らし、彼はいつも同じシュークリームを買っていく。
今日も相変わらず、開店と同時に彼が現れた。ちょうどいいところに、と私はほくそ笑む。
レジにやってきた彼に、私はしれっと先に声をかけた。
「いらっしゃいませ。今日から新作が出たので、そちらもおすすめです」
「新作?」
彼がはて、と首を傾げる。私は軽く胸を張って、その商品を指し示した。
「生クリームとフルーツをたくさん使ったフルーツシューです! 甘酸っぱさとクリームの甘さがマッチしていて美味しいですよ」
「ほー」
彼がシュークリームの列を見つめる。
「じゃあ、その新作を五つと普通のシュークリームを五つ」
「ありがとうございます!」
やった、早速新作が売れた。これは私も味見係として活躍した結果生まれたものだ。頑張った甲斐があったというものである。
今日もたくさん買ってくれた彼に、頭を下げる。それを食べて、どうか勉強頑張ってください。そう心の中で思いながら顔を上げると、いつもはすぐ帰る彼がまだ目の前にいて、私はびっくりした。
「あの、店員さん。聞きたいことがあるんですけど」
「あ、はい! なんでしょう⁉︎」
声が裏返りかけて、慌てて直す。
「ここって、ケーキの予約ってできますか」
「はい。承っておりますが」
意外だ。普段シュークリームしか買わない彼が、ケーキを予約したいだなんて。
そう思ったのが伝わったのか、彼がこう言う。
「もうすぐ友達が誕生日で。たまにはシュークリーム以外のものを用意しといた方がいいんでね、って言われて」
「そうなんですね」
聞けば、彼のシュークリーム好きは相当なものであるらしく、さまざまな店で買うだけでなく自分でもよく作るらしい。なんて製菓スキルだ。
件の友達は、彼の用意するシュークリームをいつも美味しそうに食べてくれるから、誕生日には大きなクロカンブッシュを用意しようとしていたらしい。しかし他の友人達から「せっかくの誕生日なんだからたまには珍しいケーキを用意するべきだ」と苦言を呈された、という。
私はうーん、と悩みながらも口を開く。
「お誕生日の方はどういったケーキがお好みですか?」
「えーと」
そこで、彼の目が泳いだ。あれ、と思って見つめていると、彼は不自然にきょときょとしながらなぜかカタコトで答える。
「なんか、甘いやつ……」
「……なるほど?」
知らないのか、好み。困ったな。
そう思ったのが伝わってしまったらしく、見るからに彼は落ち込み始めた。
「すみません……何も聞いてなくて……」
「い、いえ! 大丈夫ですよ、私も甘いの全般好きなので!」
よくわからないフォローが飛び出す。しかし彼はまだ落ち込んだ顔をしていて、私は慌てる。お客さんにこんな顔をさせるなんて店員失格だ!
混乱する私に気づかず、彼は項垂れたままポツリとこう言った。
「普段、フィンくんは僕の好きなものを好きでいてくれるから、僕もフィンくんに合わせたかったんだけど」
なるほど。良くしてくれる友達にお返しがしたいということか。
私はそれを受けて、少し考え込んだ。ちょっとして、いいことを思い出す。
「あの、無理して合わせることないと思いますよ」
そう言うと、彼は顔を上げた。
「その気持ちは嬉しいと思いますけど、あなたがシュークリームが大好きなことをよく知ってくれている訳ですから。それを我慢して別のものを用意したって、きっと相手は心苦しくなってしまいます」
「おう……」
再びガーン、という顔で固まる彼に、私は先ほど思い出したことをコソコソ告げた。
「あのですね、先ほど仰ってたクロカンブッシュ、ある地方ではウェディングケーキとして作られるんです」
「……なんと」
少し間を置いてから、彼は目をパチクリさせる。
「つまりすご〜くおめでたいケーキということです。結婚式に使われるくらいなんだから、誕生日にもピッタリです。きっと、すごく喜ばれますよ」
そう太鼓判を押すと、彼は目を見開いた。ややあって、深く頷いてくれる。
「ありがとう、店員さん。僕、クロカンブッシュ作ります」
「はい! 応援してます!」
私は張り切って去っていく彼の背中を、手を振って見送る。
「……あっ、予約取り逃した……」
気がついてヤベ、となったものの、まあ店長には内緒にしておけば良いだろう。いつもたくさん買ってくれる彼に、少しのサービスだ。
お誕生日会、上手くいきますように。そう願いつつ、私は業務に戻った。
数日後、彼が店にわざわざ「お友達」を連れて来てくれた。仲睦まじく寄り添って入ってきた二人に、私はなるほど、と深く頷く。色んな意味で、クロカンブッシュは彼らにピッタリだったらしい。
我ながらグッジョブと思いながら、シュークリームを買って手を繋いで去っていく二人に、再度手を振った。
どうか、末長くお幸せに。