そしてこれからも日々は続く ヘカテリス監獄の一室で、彼らは一斉に食事を摂らされていた。
デリザスタはすっかり囚人服が板についた兄たちと、一人制服を着て立っている弟に目を向ける。
「なぁ、ここってもっといいもん出ないワケ? そろそろ血ィ飲まねえとお肌が荒れちゃうんだけど」
そう軽口をたたくと、長男のドゥウムが諫めるようにこう言った。
「そう言うな。我々がしでかしたことを考えると、かなり丁重に扱われている方だ」
「そうかなぁ。低調に、の間違いっしょ」
「肌にはプリンがいいですよ、糖分は全てを解決してくれます」
エピデムがカスタードプリンをどこからか取り出す。
「欲しい」
「どうぞ」
デリザスタが何か言う前に、ファーミンが横からプリンを攫って行った。ガツガツと食べる彼に、デリザスタは半目になって言う。
「あー、やだやだ。もっと上品に食べてくださいよぉオニーサマ」
「というか、ドミナは何をしに来たのです? アナタは確か、保護観察処分になっていたでしょう」
エピデムがプリンをスプーンで掬いながら話を振る。それにドミナは肩をすくめた。
「お父様に会いに来たついでです。お兄様達はどうしているかと聞いたら、ここに通されて」
「そんなに簡単に通して大丈夫なのか……?」
「ここ結構警備ザルじゃねぇ? みんなで脱獄しちゃう?」
「デリザスタだけ今の発言で百年は刑期伸びた」
「そうですね」
「えっやだ~オレっちにだけ辛辣~」
今までからは考えられないほど呑気に言葉を交わす兄たちに、ドミナは少し戸惑ったような顔をした。
「……その、あなた方はこれからどうするつもりですか」
その問いに、兄弟は一斉に目を丸くした。
「オレは外に出る」
一番に答えたファーミンに、兄弟は揃って顔を向ける。
「出た後は?」
「人生を楽しむ」
「ふんわりしてんな~。そもそも出るってどうやって?」
デリザスタが思わずそう言うと、彼は少し押し黙った後にポツリとこう言った。
「ここでのルール、守ってやる。それだけ」
それに驚いて、デリザスタは目を見張った。他の兄弟たちもみな驚いた顔で彼を見ている。
「貴様はそういった規律が誰より嫌いだっただろう。どういう風の吹き回しだ?」
ドゥウムが聞くと、ファーミンは目を逸らす。
「なんとなく、そうしてやってもいいかと思った」
「……そうか」
静かに頷くと、ドゥウムが実は私も、と続ける。
「罪を償い、ここを出られたら開業するつもりだ。パンケーキ屋を」
「パンケーキ⁉ マジで⁉」
「そんなご趣味があったんですか、兄者は」
「作ったことはまだないが、これから挑戦していくつもりだ。甘味づくりをな」
「いや経験ないのに開業するつもりなの、ハードルたけ~」
デリザスタは大口を開けてゲラゲラと笑う。それに続くように、今度はエピデムが口を開いた。
「私も趣味の研究を続けますよ。まぁ、今度はなるべく法に触れないようにしますが」
「なるべくなんですね……」
「あっ、今の発言で刑期伸びたよ絶対。おそろ」
「いやなおそろですねぇ……」
そう答えて、エピデムはドミナの方を振り返る。
「そういうアナタはどうするのです?」
「……僕は」
そう言って、ドミナは一度深く息を吸い込んだ。
「今度は、真っ当に生きます。ヴァルキスの一生徒として」
「ふーん、イーストンじゃなくていいの? キノコ頭と一緒の」
そう聞くと、彼は小さく笑った。
「最初はそれもいいかと思ったのですが。あえて別の道に進むことで、ちゃんとやっていけるってことを見せたいと思ったんです、彼に。……あと、僕にも一応、学友がいますから」
今まで見せたことが無いほど穏やかな目で微笑む彼に、デリザスタは「ふうん」と相槌を打った。
「デリザスタは、どうするつもりだ?」
「え? オレ?」
ドゥウムが、そんなデリザスタにそう言って話を向ける。
向けられた八個の目に軽くのけ反って、それに後押しされるように思考を巡らせた。
「オレはあのムカつく兄弟をぶっ殺しにいくよぉ」
そう言うと、兄弟はみな呆れた顔をした。
「何回刑期を伸ばせば気が済むんだ、貴様は」
「え~実際に伸びてるわけじゃないし。オニーサマ真面目過ぎ」
「他にやりたいことないの」
「やりたいこと、ねぇ……」
呟いて、デリザスタは考え込む。
とりあえず、あのイカレ兄弟をかつての自分と同じくらいグチャグチャにする。あの時の礼をたっぷりしなくては。おかげでこっちは未だに夢に見るのだ、頭を吹き飛ばされた時のことを。
百万回殺して、殺して、殺して、その後は。
ふと、デリザスタはこちらを伺う己の兄弟たちの顔を見回した。
長男がこんなに天然だとは知らなかった。思ったより揶揄い甲斐のあるその真面目さに、心底笑わせてもらった。
二男にそんな心があったとは知らなかった。何があったのかはよく知らないが、きっと自分と似たような経験をしたのだろう。
三男は……こんなに懲りない男だとは思わなかった。あまりのブレなさに、一種の敬意すら覚える。……かもしれない。
そして五男。彼が、こんなに自分の意志がある男だと思わなかった。出会いを経て、彼の中で絶対だったことが崩れたのだろう。今まで見てきた中で間違いなく、彼は一番良い顔をしていた。
そんな兄弟たちを見て、デリザスタはニヤリと笑う。
「そーだなー、オレっちもバーとか経営しちゃおっかな」
こうしたくだらない話をするのも、意外とストレス発散になるものである。
そういった意味合いを込めて発したその言葉に、兄弟はみな目を丸くしていた。