不肖の弟子へ その子供には、保護した時から随分と手を焼かされた。
体を洗ってやり、タオルを取りに行くために目を離した隙に食べ物を盗んで逃げようとした。一人で生きていけるようにと稽古をつけ始めたら、また金品を盗んで逃げようとする。二度と同じ罪を犯さないように少々……いや、だいぶ酷い折檻をしてもそれは変わらなかった。
いくら環境が悪いとはいえ、ここまで性格が捻じ曲がるものか。そう何度呆れ果てたか、もう思い出せない。
それでも見放さなかったのは、彼の奥底にはまだ僅かに善性があったからだ。
ある日、パン屋で盗みを働いた彼を雨の中追いかけた。ボコボコにして店長に差し出すつもりだったが、その考えは追いついた時に萎んだ。出会った時の彼そのままの姿をした犬に、盗んだパンを分け与えていたのを見た時に。
「犬が好きなんですか」
大人しくパンを食べる犬を見つめる背中に、ポツンと投げかける。彼はいつもの騒がしさをどこにやったのか、静かに頷きだけを返した。
彼は自分勝手で、保身のために何でもして……それでいて悪に徹しきれない。何度も人を裏切るくせに、肝心なところで切り捨てることができない。本当にどこまでも臆病だと思う。
しかしその臆病さが、決して嫌いではなかった。
「犬を助けたいなら、力をつけなさい。自分で稼いで、生きていける力を」
そう言うと、彼は振り向く。
「それはどんなふうに?」
「自分で考えなさい。それまでは、仕方がないから私が面倒を見ましょう」
ウエッという顔をした彼に、チェーンソーをちらつかせる。悲鳴を上げて駆け出した彼を、パン屋まで追い立てる。まずは謝罪と反省からだ。
その後、「師匠の弟子という肩書きを引っ提げて情報商材で荒稼ぎする」という目標を立てた彼を、一体どうしてくれようかと思ったりもしたが。
「ししょー、なんですかこれ」
彼は、渡されたそれに不思議そうな顔をする。緑色の、デフォルメされた愛嬌のあるワニの着ぐるみ。犬にするか迷ったが、彼の固有魔法に因んだワニにした。これを着た彼の臆病さを——根本にある小さな善性を守れるように。彼に、少しでも自信を持たせるために。
「アナタはビビリで臆病だから」
そう言って彼に着ぐるみを身につけさせる。それは、まるで最初からそうであったように彼によく似合っていた。
「これを着て、少しは自信を持ちなさい」
アナタには資質も才能も、そして——打算的な目的とはいえ、ここまで振り落とされずについてきた実績があるのだから。
心の中でそう付け足す。
「それを着た状態で、ズルいことをやったら殺します」
「イヤー!」
ギャアギャア泣く彼を追い立てる。今日やるべきことがまだたくさん残っているのだから、グズグズしている暇はない。
まずは洗濯から、と並んでシーツを洗い始める。横でシーツを洗う彼は、ここに来てから随分と魔法の扱いが上手くなった。人間性が良くなくても、彼のセンスが抜群に良いことは確かだ。
ある意味誰よりも人間らしい彼に、どうかこのまま健やかに生きていてほしいと願っていた。