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    紫@🐏

    @purplesheep0125

    腐女子↑20。
    ここはナタ→→→ハン♂(ワイルズ)専用

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    紫@🐏

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    先生と弟子が再会する話。

    #ナタハン
    #ワイルズ

    熾火①「下がれ!」
     竦んだまま動けぬ少女の肩を掴み、背後へと押し遣る。
     その場でへたり込もうとする子供を編纂者である女が抱き上げ、走り出した。
    「周辺地域及び住民の安全確保のため、ギルドはテオ・テスカトルの狩猟を要請します!」
    「……拝命した」
     大剣を背から引き抜き、紅蓮に燃える魔獣を睨み付ければ、灼熱が頬を炙る。初めて対峙する相手を目の前にした時の緊迫だけは、何年が経とうと変わらなかった。
     卑小な人間を睥睨する王の双眼には、黄金色の炎が揺らめいている。
    「来るよ!」
     オトモのニクスの甲高い警戒声を、耳を劈く咆哮が掻き消した。大気をびりびりと震わせる大音声に、僅か足元が崩れる。額を流れ落ちる汗に視界を遮られ、瞬いた――その時。
    「――目を離すな!」
     飛鳥に似た影が、傍らを駆け抜けた。
     鈍色の刃が魔獣の牙をがつりと受け止め、弾き返す。
     長い亜麻色の髪が、鳥の翼めいてはさりと翻る。

     ――まさか。
     
     嘘だ。
     だって、あなたは。
     あなたは。
     あれから。
     なぜ。

     思考は停止した場所でぐるぐると巡り続けるばかりで、言葉どころか、声すら発することができない。たたらを踏むように一度後退した炎王龍が、があ、と大きく口を開いた。 
    「何をしている! 集中しろ!」
     炎を防いだ大剣で魔獣の胴を斬り上げ、返す刃を頭へと叩きつける。洗練されていながら力強く無駄のない動きに、隙のないしなやかな身ごなしに、微塵も衰えは見られなかった。
     剣の柄を握り直し、脚に力を込めて、その隣へと並ぶ。
     乱れる心を、喉を駆け上がりそうになる叫びを押し込めて、深く息を吸い、吐く。
    「……ギルド所属、『鳥の隊』隊長、ナタ」
     鎖に似た意匠を持つ白い大剣を構えながら、ナタは言った。
    「テオ・テスカトルの狩猟及び討伐において、貴殿に助力を依頼したい」
     真っ直ぐ前を見つめたままの青灰色の双眸が、その瞬間――微かな笑みを浮かべたようだった。
    「――了解した」





    「お帰りなさい! よかった、無事で」
     駆け寄ってきたノノに手を挙げて応えながら、あの子は、とナタは訊ねた。
    「怪我はなかった?」
    「少し足を捻ったようだけど、大事はないみたい。周辺の安全が確認でき次第、家に送って行くことになっているわ。ここから北に少し丘を上がったところで、お祖父さんとお兄さんと暮らしているんですって」
     何だか他人の気がしないのよねと笑い――そうして、不意にぱちりと大きな目を見開く。
    「ねえ……ナタ」
    「……うん」
    「あちらの――方、って」
     ベースキャンプを行き交う人々を茫洋と眺める男を差して、ノノは首を傾げる。
    「わたしの勘違い? 他人のそら似……だったり、する?」
     答えぬまま唇を結んだナタの視線の先で、やがて、男は振り返った。年齢を重ねても変わらぬ類稀な美貌に、やわらかな笑みが浮かぶ。
    「――大きくなったな。ノノ」
    「あ……え……じゃあ、」
     やっぱり、とノノは叫んだ。
    「エルヴェさん……!」
     他の隊から一目置かれる程の優秀な編纂者となった今も、出会った頃の小さな子供の面影が時折顔を出すことがある。背の高い男の周囲をぴょんぴょんと飛び跳ねるように巡った後、嘘でしょう! と大仰な声を上げる。
    「こんなところで会うなんて、どうして――今まで一体、どこに」
    「……ノノ。この方がテオの狩猟に協力してくださったんだ。事後報告になるけど、要請の承認を頼む。それと、報告書はきみに任せていいかな」
    「え? あ、それは――もちろん、いいけど、」
     訝しげに細められた焦げ茶色の瞳が、問いたがっていることが何であるのかは知っていた。
     どうしたの。
     嬉しくないの。喜ばないの。
     ずっと、探していた人なのに。
    「それにしても――」
     ノノの戸惑いを知ってか知らずか、男は穏やかに微笑んだ。
    「あの小さかった子供が、編纂者になったとはな」
    「あ――うん。それはもう、大変だったわよ」
     こちらを気にしながらも、ノノは苦笑してみせる。
    「特にお兄ちゃんがね。絶対赦さないー! って、大騒ぎ。ザトーさんが説得してくれて、渋々納得したのよ」
    「イサイは、息災にしているか」
    「ええ。四人子供がいるわ。全員女の子。一番上の子には、確か会ったことあるわよね。あの子、今『鳥の隊』の見習いなの」
    「……まさか」
     さすがに驚いた様子で、男は長い睫毛を瞬いた。
    「ハンターを、志していると云うことか」
    「そうなのよ。びっくりするでしょう。わたしも一応反対したのよ。生半可な覚悟でなれるものじゃないんだし。でも、絶対に諦めないって言い張るから、結局根負けしちゃった。今回は同行しなかったけど、頑張ってるわよ。ナタくんの弟子としてね」
    「それは――」
     灰色を帯びた青い双眸と、視線が出会う。
    「おまえにとっては、昔の自分を見るようなものだろうな」
     懐かしげに唇を綻ばせた男の美貌から緩々と目を逸らせて、そうですね、とナタは呟いた。
     ――先生の先生って、どんな人だったの。
     無邪気な少女の問いに、何と答えるべきなのか判らなかった。
     強く、優しい人だった。そして、遠い人だった。
     美しく、不器用で、そして――。
     そして。
     前触れも、言葉もなかった。
     突然の別離を呑み込める程大人ではなく、泣き喚くことができる程子供ではなかった。
     残されたひと振りの大剣だけが、共に過ごした日々の、ただひとつの形見だった。
    「……あの」
     手袋の革が鳴る程握り締めていたこぶしを解いて、ナタは顔を上げた。
     全てを沈めた深い深い淵の底で、音を立てるものがある。
     忘れることはできず、なかったことにもできなかった。
     消すことの叶わぬままただ押し込め押し遣った感情が、じりじりと熱を帯び始める。
    「少し――お時間をいただいても、よろしいでしょうか」
    「……構わないが」
     僅かに小首を傾げて、男は言った。
     強張った表情に、硬い声色に、気づいているのかどうかさえ判らない。
     十二年と云う――短からぬ歳月がそこにあったことすら、忘れているかのように。
    「よろしければ、あちらで」
     気遣わしげに眉を寄せるノノにどうにか笑顔を向けておいてから、テントのある方角を指し示す。
    「お茶でも、淹れさせてください。先程の――お礼に」
     先に立って歩き出せば、拒むことも意を唱えることもなく付いてくる足音に、心を掻き毟られるようだった。それは未だに少しゆっくりとした歩調の、革のブーツの踵が刻む、聞き慣れた足音だった。ベースキャンプの片隅に設えた天幕の下で、その足音が聞こえる瞬間をいつも待っていた。真っ先に出迎えられることが、それだけで嬉しかった。
     それが敬慕でも、親愛でもなかったことに気づいたのは、男が去った後だった。
    「……おまえの茶は、美味かった」
     ぽつりと呟いた男の声が、背中を叩く。
    「ナタ。俺は――」
     テントの前で足を止め、そうして、ナタは振り返った。
    「――僕からも、あなたにお話したいことがあります」
     天幕を開けて促すと、何も言わぬまま、男は従った。
     忘れることなどできなかった。
     なかったことにもできなかった。
     そして――これ以上、押し込めておくことなど、きっとできはしない。
     微かに、けれど確かに燃え続ける炎の名を、今は知っている。





     促されるまま、小さな椅子に腰を降ろす。
     天幕を潜って以来、青年は何も言わなかった。棚から取り上げた缶を開け、きっちり二匙分の茶葉を掬い上げ、清水を注ぐ。
     ――先生のお茶は、僕が淹れますから。
     豪雨に閉ざされたテントで二人きり過ごした時に、かつての少年は――そう言ったのだったと思う。その言葉が滲ませた、微かな熱。
     ――ずっと、あなたの隣にいたい。
     涙のきらめきを纏うはしばみ色の瞳が、真っ直ぐに射貫くようだった。
     そこにあるものの名を知った時には既に、逃げることも、気づかぬふりを押し通すこともできなかった。だから、去った。
     自分の選択が正しかったと、それ以外にはなかったのだと、思ったことはない。
     ただ――あの時はまだ、他に道を知らなかった。
     頃合いを見計らって薬缶を火から下ろし、中身を均等に注ぎ分けながら、青年はやはり無言だった。やがて簡易テーブルの上に一方を押し遣られたカップの中には、美しい琥珀色の茶がゆらゆらと揺れている。
     いただこう、と頭を下げれば、あるかなきかの黙礼が返された。
     ひと口嚥下すれば花に似た香りがふわりと解け、温かな湯気が頬を包む。
    「やはり――おまえの茶は、美味いな」
     こちらには横顔を向けたまま、そうですか、と青年は呟いた。
     短からぬ歳月はほんの子供だった少年を大人にし、懸命に後ろを着いてきた歩幅は広く、背丈も今ではほぼ変わらない。無垢なきらめきを、はにかむような微笑みを失った面差しは硬質の美さえ湛えて、酷く遠い。
    「……ナタ」
    「――先生」
     口を開いたのは、同時だった。
     向けられる呼称は変わらないのに、そこに含まれるものの形は違う。一度強く結んだ唇をふと解いて、もう一度、先生――とナタは言った。
    「助けていただいて、ありがとうございました」
     淡々と吐き出されるありふれた言葉の裏に、感じ取れるだけの感情はない。
    「テオの生息区域から外れた場所でしたし、不意を突かれました」
    「――先月の豪雨で、地形が大幅に変動した地域がある。それだけが原因かどうか、断じてしまうことはできないが」
    「私もノノも、その調査のために呼ばれたんです」
     ことりとカップを置き、やがて、ナタは顔を上げた。
    「……先生」
     はしばみ色の目が、真っ直ぐに射貫くようだった。
    「あの剣に、見覚えは――おありですか」
     壁際に立てかけられた大剣を、今更確かめるまでもない。応えぬまま受け止めた視線の先で、覚えていてくださったんですね、と青年は言った。
    「もう……とっくに、忘れられてしまったのかと」
    「ナタ――」
    「忘れられていたなら、それはそれで構いません。何せ、もう十二年も経ちますし」
     唇の端が、僅かに歪んだようだった。笑ったのかもしれない。
    「柄は何度巻き直したか判りませんし、刃が脆くなる度に打ち直してもらっています。そろそろ持ち替える頃合いだと、この間とうとうジェマにも言われました」
     強く組み合わされた指先は、微かに震えていた。
    「俺が、いつか――」
    「……ナタ」
    「これを、捨てられると……思って、いましたか」
     先生、とナタは言った。
    「あなたを――忘れられると、」
     軋るような言葉の裏、厚い氷壁を溶かし始める――燃えるようなその色彩。遠い昔、ひたむきに向けられる感情の眩しさと鮮やかさを知り、それを記すための地図すら持たぬ自らの空虚を知った。空を惑うだけの鳥の影に、囚われてほしくはなかった。選んだ道が正しかったと思ったことはない。けれど――それでも。
     あのまま進み続けることが正しかったとも、決して思ってはいなかった。
    「一度だって、忘れたことは――ありませんでした」
     溶けた氷が、水となって揺らぎ始める。
     雲母に似た輝きを湛えた目を上げて、先生、とナタは囁いた。
    「――俺は、あなたが好きです」
     かつてきらきらと輝くような無垢を纏っていた筈のそれは、今や鈍く光る鋭い刃だった。
    逃げることも、目を逸らすことも赦されない。
     今度こそ、決して。
     深く息を吸い、吐き出して、そうして――ナタ、とエルヴェは言った。
    「おまえに、話しておかなければならないことが――ある」
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