タイトル未定 このお話を始めるには、まずある国の成り立ちから話さなければなりません。お付き合いくださいますように。
遠い遠い昔のある国に、竜になれる一族がいました。その一族は傭兵として自分の国と他の国との戦争に参戦し、竜になれる身体能力と体の耐久性の高さを活かして自分の生まれ育った国を勝利へと導きました。その功績として、雇い主である王から自分が戦争で滅ぼした小さな国を領土として与えられ、自分の国として治めることにしました。
ある代の竜の皇子、ドレークの一番古い記憶は、お城のある長い廊下を歩くところから始まります。廊下には片方の壁に歴代の皇帝の肖像画がずらりと並び、もう片方の壁には皇帝が竜になった姿の肖像画が皇帝の肖像画と対になるようずらりと並んでいます。皇帝はいずれも赤味の強い橙色の髪に水色の瞳をしていましたが、竜になった皇帝の姿は赤い肌に立派な黒い羽が生えた竜だったり、頭から角が生えた蛇のような姿の竜だったり、ある女性の皇帝は星のように輝く金色の肌を持つ竜だったり、と様々でした。
世話係の初老の男性はドレーク皇子に優しく語りかけます。
「あなたもいずれお父様であるバレルズ皇帝やご先祖様達のような立派な竜になってこの国を治めるのですよ」
竜の一族は大人になるまで完全に竜になることは出来ません。どんな竜になるかは大人になるまでお楽しみです。なのでまだ幼いドレーク皇子は自分もいつか竜になれるなんてとても信じられませんでした。
なので、ドレーク皇子は特に気にすることなく、城で暮らす使用人の子どもたちと毎日一緒に遊んでいました。皇子と使用人の子どもが一緒に遊ぶことを良く思わない人もいましたが、苦言を呈する程度でした。
皇子が竜になる日は突然やって来ました。5歳になって数ヶ月、新しい年を迎えて頃、使用人の子どもたちと一緒に遊んでいた時、ドレーク皇子のお尻に竜の尻尾が生えたのです。
竜族は体の一部が竜になると、すぐに人間の大人と同じくらい力が強くなるため、普通の人間では面倒を見ることが出来ません。
そこで、ある人物の力を借ります。
城から遠く離れた土地で暮らす魔術師です。魔術師は城の役職の中でも高位な地位についているためここから先は魔術師様と呼びましょう。魔術師様は長命な種族だったため、人間からは年を取らないように見えたのです。不思議な術を使う魔術師は皇帝である竜の一族に気に入られ国の発展のためにお城に仕えていましたが、現在は国の端っこで生活を営んでいます。その理由についてや魔術師の仕事については、また後でお話しましょう。
皇子の世話係はすぐに魔術師様の元へ受け入れのお願いの手紙を書き、手紙を鳥の脚に括り付けて飛ばしました。
それから数回魔術師様と手紙のやり取りをして、皇子が魔術師様の元へ行く準備が整えられました。
皇子は魔術師様の元へ行くために使用人の子どもが着るような地味な服を着せられて、世話係と召使いと数人の召使いに扮した護衛と共に馬車に乗せられました。
皇子は城の外に出るのは初めてのことだったので馬車の旅というのをとても楽しみにしていました。
そんな楽しみにしていた馬車の旅を一言で表現するとしたら、まぁ、最悪の一言でしょう。都市部の舗装されている道を走っている間はまだ良かったのですが、都市部を離れるとほとんど道無き道を走ることになります。
ガタガタと揺れる馬車の中でドレークは母親に扮した世話係の若い女から何度も「これからあなたは魔術師様に面倒を見てもらうのですよ」と言われたことを覚えていますが、当時のドレーク皇子は魔術師様というのがよくわかっていませんでした。
馬車に揺られている間、世話係や召使い達はその魔術師様のことについて代るがわる話してくれましたたが、皆魔術師様に会ったことは無いらしく、長く勤めている使用人達の噂話でしか知らないようでした。
千年以上生きているが歳を取らないだとか、かなり気難しいらしいとか、現在の皇帝に嫌われてるとか、山を丸ごと一つ放り投げて村を壊滅させたとか、戦争で100人以上の敵国の戦士に囲まれながらもそれを5分で片付けたとか、そんな話を聞いて、ドレーク皇子も世話係や召使い達も不安になりました。
馬車に揺られ約1ヶ月が経過した頃、灰色の空と緑の2色しかない景色に嫌気が差していた御者が「見えましたよ!」と喜びを滲ませた声を挙げました。馬車から顔を出すと原っぱの真ん中に家がポツンと建っているのが見えます。家の両側には大きな針葉樹が植えてあり、家はいくつかの同じ家が十字に組み合わされているような外見で、屋根は藁葺き屋根が特徴でした。
家の前に馬車を止め、馬車を降りて家のドアを叩くと頭が黒猫で体は人間の姿をした者が出てきました。世話係と召使い達も頭部が猫になった人間(おそらく)を初めて見るのか、ギョッとした顔を隠しませんでした。
黒猫はそんな召使い達の反応を気にすることなく「王家の使いの方ですか?」と猫の言葉ではなく人間の言葉で口を開きます。
「え?···えぇ、そうです。魔術師様は···いらっしゃいますか?」
「いらっしゃいますよ。どうぞ中へ」
黒猫はドレークと召使い達を家の中に招き入れると魔術師様がいるらしい部屋の前までドレーク皇子と召使い達を案内し、黒い毛で覆われた猫の手で扉をノックしました。
「ホーキンス様、お客様です」
「通してくれ」
部屋から聞こえてきた声は低い男性のものでした。
黒猫がドアを開けると、部屋の中には四角にカットされた襟の周りと袖口に色とりどりの糸で刺繍がされた白い服を着た若い男性が椅子に座っていました。男性は金色の髪を顎のあたりで切り揃えていて、両の目の上に長い三角の模様が3つずつあり、座った状態でも長身であることがわかるほど大柄でした。
「長旅ご苦労だったな。はじめまして、魔術師のバジル・ホーキンスだ」
魔術師様のことをてっきり長いヒゲを生やし厳しい表情を浮かべたおじいさんの姿で想像していた召使い達は若い男性が出てきたことを驚きながらも目配せをし合うばかりで何も言いませんでした。道中にした噂話が本当だった場合が恐ろしかったのです。
「はじめまして、魔術師様。こちらがこれからお世話になるX・ドレーク皇子です。魔術師様、こちらの引き渡しの書類と同意書にサインをお願いします」
魔術師の男性は一番の年長者の召使いの1人から数枚の紙を渡され、それに目を通すと紙の記名欄にサラサラとペンを走らせて紙を返しました。
「5月13日、確かに引き渡しの書類と同意書にサインして、皇子を引き受けた」
「ありがとうございます」
「長旅で疲れただろう。しばらくゆっくり休むといい。部屋は用意してある」
それから一行は魔術師様の家で何日か体を休めて城へ戻りました。
ドレーク皇子は馬車が見えなくなると、魔術師に話し掛けました。
「まじゅつしさま···」
「おれの名前はバジル・ホーキンスだ。ホーキンスでいい」
「じゃあホーキンス、何でこの家には喋るネコさんがいるの?」
「あの黒猫はミンク族という種族で、おれが気に入ったからこの家に置いてる」
さて、[[rb:私>わたくし]]は少々話し疲れてしまいました。ここからはドレーク皇子とホーキンス様に話してもらいましょう。
預けられたばかりの頃だった。
「ネコさん、ホーキンスは?」
「散歩に行かれましたよ」
外に出て辺りを見回すと家から離れたところにホーキンスがいた。何も無い原っぱに背の高いホーキンスが立つと遠くからでもよく目立つ。おれはホーキンスの後を追いかけ散歩に付いて行くことに決めた。原っぱはよく見るとゴツゴツとした岩の隙間から草が生えている状態で歩き難い。気をつけなければすぐに転んでしまいそうだ。
「ホーキンス!」
大きな声でホーキンスの名前を呼んでもホーキンスはこちらを振り返らなかった。
これは今まで周りにいた人間に話し掛ければ何でも言うことを聞いてくれる生活していたおれにとってかなり衝撃的なことだった。
ホーキンスは足場の悪い原っぱをものともせずおれの方を気にすることも、振り向くことも、足を止めることもせず、先へ先へと地面を滑るように歩いていく。ホーキンスは女性が着るワンピースのように体から足元まですっぽりと包むような服を着ていて脚が見えないため、地面を滑っているように見えるのだ。
おれの方も負けじと追いかけやっとホーキンスの手を握った。ホーキンスの歩くスピードが少しだけ落ちてなんとか並んで歩くことが出来るようになるが、それでも小走りでついていくのがやっとだ。
「ねぇ、ホーキンスはいくつなの?おれは5歳だよ!ホーキンスは?」
「さぁな。1500を超えてから後はもう数えていない」
「そんなに長く生きてるの?」
ホーキンスはおれをチラリと一瞥しただけで何も答えなかった。
「ちょっと聞いていい?ホーキンスはおれのご先祖様を育てたことあるんでしょ?おれのご先祖様の中で一番好きだった人は?」
「忘れたな」
「じゃあ、嫌いだった人は?」
「忘れたな」
「長く生きてて良かったことは?」
「どんなに嫌いな奴でも全員おれより先に死ぬこと」
死ぬ───。
おれの母親はおれを産んでから1週間で死んだ。そのためおれは母親の顔を肖像画でしか知らない。
城で暮らしていた時、よく一緒に遊んでいた使用人の子どももある日熱病で死んだ。
おれは死ぬということを、少なくとも自分が知らないどこか遠くへ行ってしまってもう会えなくなることだと認識していた。
寂しくないのか?もっと他に良いこと無いのか?
「ホーキンスには友達がいるの?」
「この前来たがすぐ帰った」
「友達はどんな人?」
「男か女」
「ホーキンスは友達とどんな遊びをするの?」
ホーキンスは、ふぅ、と一つため息を付いた。
「······そんなに色々聞くな」
そう言ってホーキンスは何度かおれと繋いだ手を振っておれの手を剥がした。
よくわからないがホーキンスを怒らせたことだけはわかる。