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    kyosukekisaragi

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    kyosukekisaragi

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    今をときめくアイドル虎杖はデビュー三年目。しかし、今年に入って三度目のスキャンダルをスクープされてしまった。マネージャーの伏黒は、事務所の社長五条に責任をとって虎杖の担当を降りるように告げられて……。

    ワンライのお題から伏黒くん視点を『アイドル』、虎杖くん視点を『勘違い』でお借りしました! ワンライの開催いつもありがとうございます。

    #虎伏
    ItaFushi

    Last scoop【SIDE: F】

    「悠仁ー、やってくれたね。決まってた朝ドラ、降板の連絡早速来たよ」
     五条芸能事務所の社長室にて。
     この部屋の主である五条が開口一番放った一言は、執務机を挟んで向かいに佇む伏黒の顔を青褪めさせるのには、十分過ぎるほどだった。
     五条が執務机の上にスポーツ新聞やら芸能新聞やらを並べて行く。どの新聞にも一面に『虎杖悠仁、グラビアアイドルとホテルで過ごす熱い夜』『虎杖悠仁、今年三人目の彼女は駆け出しのグラビアアイドル』『あの虎杖悠仁もゾッコンにさせたナイスバディのグラビアアイドルとは』等という似たような見出しが踊っている。伏黒が今朝から何度も目にした文言の数々だった。
     伏黒はこの事務所に勤めるマネージャーである。担当は、今隣に立っている虎杖。同い年のアイドルだ。甘いハニーフェイスに、体脂肪率一桁台の肉体美とオリンピック選手にも劣らぬ運動神経、人懐こさとバラエティ番組でも際立つトーク力を持つ、事務所の期待の新星。但し、渦中の人となっている訳だが。しかも、上半期だけで三回目。
    「伏黒、ごめん! バラエティの打ち上げの後、この子が具合悪くて帰れないって言うから、ビジネスホテルに連れてってあげたんだよ」
     固まっている伏黒より先に口を利いたのは、虎杖当人だった。大きく頭を下げた後、縋るように伏黒に訴えて来る。
    「すぐ置いて出て来たから、俺ホテルに滞在したのなんて五分かそこらなのに」
    「でも、ホテル入るとこだけ抜かれて記事にされちゃってんだよねー」
     へらへらと笑いながらも、虎杖の言葉を五条が遮る。矛先は今度こそ管理不届きである伏黒に向いた。
    「こういうパターン、何回目? 恵、悠仁には気をつけさせるようにって何回も言ったでしょ」
    「――すみません」
    「五条先生、悪いのは俺で!」
    「悠仁、今までは気をつけてねで流してたけど、流石にホテルは心象悪いよ。ライターは売れる記事を書ければ何でも良いんだからね。記事は悪意を持って書かれてるから、ビジホかラブホかだなんて明記してくれない」
     しかも今回は朝ドラ降板のおまけ付き! 今までとはちょーっとワケが違うんだよねえ。
     歌うように言う五条。一拍置いて、ぱん、と両手を叩いた。
    「よし、決めた! 恵、悠仁のマネージャー降りな!」
    「えっ」
     これまた先に反応したのは虎杖だった。伏黒は、恐れていた展開に、最早声も出せなかった為である。
    「ゴールデンウィーク辺りで丁度他の子のマネージャーが欠員になることが決まっててね。恵には、その子の担当について貰うから。悠仁が芸能界残れる為にはね、もうちょっと指導出来る人をつけないと」
    「――分かりました」
    「伏黒?!」
     震える伏黒の承諾に、虎杖が目を剥き、勢いよく此方を向いて来る。最早伏黒は虎杖に目を合わせることも出来ず、ただ二人に謝罪を繰り返した。
    「すみません、俺がもっとちゃんとしてれば朝ドラは……虎杖の活躍の場を一気に広げられる、折角のチャンスだったのに」
    「とりあえず、恵は下がりな。あとは悠仁と今後のことについて話すね」
     五条に退室を命じられ、とぼとぼと伏黒は社長室を後にしたのだった。



     事務所の廊下を俯き歩きながら、伏黒は目頭を押さえる。本当は虎杖の担当を外れるなんて嫌だった。虎杖はまだデビューして三年目だが、デビュー前から伏黒が面倒を見て来たのだ。この事務所に就職して、最初に受け持ったのが、虎杖。思い入れも一入だった。
     「二人三脚で頑張りたい」。そう言ってくれたのは出会ってそう間もない頃の虎杖だった。下積み時代から、伏黒によく懐いてくれた虎杖。二人で仕事を増やす為の戦略を、何度も話し合った。虎杖の狭いアパートに招かれては虎杖の手料理を食べて、売れているアイドルが出ている番組の録画を片っ端から見て勉強した日々。
     伏黒は本当は人付き合いが得意ではない。だからこの仕事をするのも当初は不安が大きかったが――伏黒は幼い頃に親が失踪しており、将来事務所に就くことを条件に、血の繋がらない姉と一緒に五条の世話になっていた――、虎杖と歩む道は思いの外心地好くて。絶対に虎杖を売れるアイドルにしてやりたいと思うようになっていたし、彼の仕事をとって来る度にやりがいを得ていた。
     デビューしてから虎杖の人気が出るのは早かった。元々素質があったのだろう。歌番組でのトークがお茶の間にウケて――それもマネージャー好きすぎ問題という内容で、収録中端で控えていた伏黒は顔から火が出そうになった――、運動神経を買われて警察官Aという名もないちょい役で出た特撮でも人気が出た。そういった幸運がいくつも重なり、今では虎杖のライブもチケット争奪戦、バラエティ番組でも引っ張りだこ、パーソナリティを務めるラジオ番組は放送局内でも三位には食い込む人気番組へ。
     次は連続ドラマとか出てみたいね、なんて言っていたところに舞い込んで来た朝ドラの大舞台の話。演技経験は浅い為に出番こそ少ないものの、得られたのは主人公の昔からの親友というそれなりの役。二人で抱き合って喜んだ矢先のことだった。
     芸能人というものは、人気が出ると、今度はやっかみやら悪意やらに巻き込まれる訳で。分かってはいたが、今年になって虎杖はつまらない三流ライターに目を付けられるようになり。二度本人の記憶にない熱愛報道が書かれ、その度に五条が火消しに努めた。売れない女子アイドルが、売名行為に虎杖を利用しようとするの半分、虎杖が優しく人当たりが良い為に割と本気で好きになってしまうの半分という材料が続出したのも悪かったのだろう。そう、虎杖は天性の人誑し気質だったのだ。芸能人には必要な能力なのだろうが。
     虎杖は兎に角、甘えるのが上手で、相手が欲しい言葉を汲み取ってかけてやる能力にも長けている。伏黒に二人三脚でという話をしたのが筆頭で、とかく虎杖は伏黒をよく立ててくれた。バラエティ番組やラジオ番組内で伏黒の話はしょっちゅう出された。今一番恩返ししたい人、だの、尊敬する人、だの、一生ものの仲間、だの、言ってくれて。人気が出ても驕ることをしない虎杖は、共に歩んで来た伏黒への感謝を忘れず、寧ろ、日に日に距離も縮まっている気がした。それこそ、変な錯覚をしてしまいそうになる程に。
    「伏黒、今日の俺どうだった?!」「伏黒のアドバイス、本当ためになる!」「伏黒がいなかったら俺、ここまで来れなかったよ」「ありがとね、伏黒」。
     あんなに蕩ける笑顔で真っ直ぐに好意を伝えられて、嫌いになる人間なんて存在するだろうか。男のしがないマネージャーでしかない自分に対してですら、こうなのだ。芸能人仲間や女性スタッフなんて、虎杖と会話して好感を抱かない方がおかしいかもしれない。
     具合が悪いという女性アイドルには気を付けろ、何かあったら自分が代わりに送ることも出来るから。過去二度の騒動から、伏黒は虎杖にそう言い聞かせてはいた。けれども、気遣いの塊で人の好い虎杖のことだ。伏黒の手間を取らせることに、遠慮したに違いない。ここ最近、自分の活躍ぶりに東奔西走する伏黒の体調を、虎杖はとても心配していた。頼りがいがなく、担当に気を遣わせるようなマネージャーの方に問題がある。
     今回の事件はなるべくして、起きたのだ。伏黒はそう認めざるを得なかった。だからこそ。「悠仁が芸能界で残れる為には」――五条の言葉は、伏黒にとても重くのしかかった。
     常に人気とブームがひっくり返る、光と闇の両面を持つ芸能界。折角大海原に出ることが出来た虎杖の船を、つまらないことで停める訳には行かなかった。虎杖の夢を叶え、応援するには何が最善か。少なくとも、自分では力不足だということを今回いたく痛感した。マネージャー交代の話に、伏黒も頷くしかなかったのだった。
     ――ゴールデンウィークまでか……。
     五条の発言を思い返し、伏黒は袖で涙を拭った。
     ――四月は武道館ライブがあるから、多分最終日までだな。
     だとしたらもう一ヶ月もない。
     元より、マネージャーの交代なんてよくある話だ。一般企業の人事異動のようなものである。思っていたより早かったというだけ、と伏黒は自分を無理矢理納得させた。
     未来ある虎杖。次こそはもっと、優秀で経験豊富なマネージャーをつけて貰えるだろう。それはきっと、虎杖にとってプラスになる。気持ちを切り替えて、自分が虎杖にしてやれることを短い期間でもこなして行かなくては。そう決意した。



     一万人近い観客がサイリウムを振って熱狂している。伏黒は武道館ライブの最終日の今日、関係者席として与えられた一階の一列目の端の特等席にいた。最初こそこんなに良い席を与えられて良いのかと躊躇したものの、すぐ吹っ切れた。虎杖のマネージャーをやれる最後の日だ。それに、大切な虎杖の初の武道館ライブの最終日という大舞台でもある。気付けば虎杖のイメージカラーであるオレンジ色のサイリウムリストバンドを付けた手首を突き上げ、伏黒も一ファンとしてライブを楽しんでいた。
     いつも控室で映像で見るだけだったが、ステージ上の生の虎杖はそれはもう格好良かった。笑顔は少し幼くて可愛く、飛び散る汗さえ爽やか、時折見せる真剣な顔は男らしさもあり。ダンスが得意な彼は歌いながらキレのある動きでステージ上を縦横無尽に動き回る。ファンサービスも熱心で、手を振ったり指差ししたり。虎杖が何かアクションする度に会場は大いに沸いた。
     ――もう雲の上の存在なってたんだな、虎杖。
     分かっていた筈なのに、テレビの収録現場でマネージャーとして見守るのと、白熱するライブ空間に観客として立つのとでは体感が全く違っていた。伏黒が面倒を見て来た虎杖には今や、全国のファンがいる。遠い存在になっていたのだと、本当の意味で理解した。言葉では言い表せられない嬉しさと、ほんの少しの寂しさで伏黒はまた数日ぶりに涙を零した。



    「ツアー最終日だから、ちょっと皆に大事な報告したいことがあって」
     全てのセトリをこなし、最後の挨拶の冒頭。落ち着いた風の虎杖の何だか意味深な科白に、会場はどよめく。マネージャーの伏黒もこのような挨拶をするとは聞いていなかった為、ヒヤリとさせられた。けれども、もう五条と新しいマネージャー――そう言えば、五条は気にしなくて良いからの一点張りで、誰が虎杖の新しいマネージャーになるのかをまだ教えて貰えていなかった――との間では、話し合い済みだったのだろうとすぐに考えを改める。もう自分がいちいち虎杖の言動を気にしなくても良いのだと自嘲し、伏黒は虎杖の続く言葉を待った。
    「一ヶ月前のスクープ、心配かけて本当にごめんね」
     随分センシティブな話をするつもりらしい。けれどもファンを大切に想っている虎杖のことだから、自分の口でも説明したいのだろう。
    「あれは五条先生が言った通りで、もうネットでもホテル突き止められてるから皆も知ってるかもだけど……体調悪かったあの子をビジネスホテルに送り届けただけで、熱愛とかそういうのはない! でも、あのことで色々周りの人にも皆にも迷惑かけちゃったし、自分の行動にも気をつけなきゃ、って思ったんだ」
     がんばれー、と二階席の何処からか声がした。それを皮切りに、気にしなくて良いんだよ、悠仁を信じてるよ、とファンたちが口々に声援を送る。
    「ありがとう。でも皆を不安にさせちゃうことを今から言うね。俺、応援してくれる人にも自分の気持ちにも、嘘はつきたくないから……俺、五年前からずっと好きな人がいます」
     しん、と会場が静まり返った。続いて、息を呑み、ぐすぐすと鼻を啜る音が何処からともなく聞こえて来る。
     伏黒はと言うと、とんでもない虎杖の激白に、頭が真っ白になっていた。マネージャーとしての危機感からではない。もっと個人的な部分からである。かなり仲睦まじく仕事をして来たつもりだったが、伏黒は虎杖から恋愛相談など一度もされたことがなかった。虎杖と信頼し合えていると思っていたのは、自分の思い込みだったろうか。伏黒には何でも話せる、なんて笑う彼の甘言を信じてしまっていたのが不甲斐なかった。虎杖を一人で苦しませてしまっていたということに衝撃を受けたのだ。
    「その人のことが好きで好きで、絶対離れたくなくて。そんな感じだから、他の人と恋愛するとか本当考えられないんだ」
     真摯な言葉だった。ずっと一緒にいたからこそ分かる、虎杖の真剣具合。それと同時に、魂が抜けてしまいそうになる脱力感。ここに来て伏黒は、一つの事実を認めざるを得なかった。
     ――俺、此奴のこと、好きだったんだ。
     ビジネス関係を超えていた自覚はあった。同い年で、話も合って、一緒にいるのが心地好くて、此奴を笑顔に出来るなら何だってしてやりたいと思って。初めて本当に心を許せる親友だとは思っていたけれど。気づいた時にはもう何もかもが遅い。
    「俺こういう仕事してるから、本人に伝えても駄目だと思ってたけど、今回のことがあって、もう隠すの無理だなって思って……」
     虎杖の独白は続く。
    「五条先生には許可貰ったから、こうして皆に伝えます。俺が尊敬してて、ずっと傍にいて欲しくて、会った時から一緒にいて安心出来て、性別とかそんなの関係ないくらい大好きなのは……」
     耳を塞ぎたいのに、出来なかった。批判覚悟で大きな決意をした虎杖を応援してやらねば、という気持ちが勝ったのだ。初恋の自覚と共に失恋は苦しかったが、尊い気持ちで虎杖を支えてやりたかった。
     虎杖が急にマイクを下ろした。言葉が詰まってしまったのか、と心配して見つめていると、正面を見据えていた虎杖がくるりと九十度身体の向きを変える。歩き出した彼に、伏黒は慌てた。舞台袖に逃げてしまうのだろうか、と反射的に身体が動きかけるが、直ぐに縫い止められたように固まる。虎杖と目が合ったのだ。
     ずんずんと虎杖が此方に真っ直ぐ歩いて来る。視線はやはり自分に固定されているように思えたが、勘違いではなかったらしい。ステージの端に来た虎杖は伏黒の前で足を止め、片膝をついた。
    「伏黒、好きだよ。ずっと俺の傍にいて欲しい」
     大きな手が目の前に伸ばされる。この手を取ってしまったら、茨の道を虎杖に歩ませてしまうことになる。そう思ったのに、伏黒は本能的にその手を取っていた。



     ライブが終わるや否や、虎杖に手を引かれた。もつれるようにして、二人で虎杖の楽屋に転がり込む。扉の鍵を後ろ手で閉めた虎杖は、伏黒、と掠れた声で呼んで来た。
    「ちゃんと返事聞けてない。俺の手を取ってくれたのは、俺の都合が良い風に解釈して良いの」
    「あんな場所で公開告白とか、お前何考えてんだよ……」
    「伏黒、お説教なら後でじっくり聞くし殴っても良いよ。でも今は! お前の返事が聞きたい。――伏黒、俺の人生のパートナーになってくれますか」
    「虎杖」
     鼻がつんとする。好いた相手に二度も告白紛いなことを言われたら、男として伏黒も応えない訳には行かなかった。
    「お前が、それで良いなら……」
     覚悟を決めて、自ら虎杖の胸に飛び込めば。勢い良く抱きすくめられた。
    「伏黒! どうしよ、俺今、すっごく幸せ」
    「お前、折角軌道乗って来たばかりなのに、何で自分でハードル上げてくんだよ……」
    「伏黒と一緒じゃなきゃ、楽しめないからだよ」
     恥ずかしさで口から出て来るのは可愛気に欠けた台詞。けれども、虎杖はきっぱりした態度で受け止めてくれた。
    「それに大丈夫だよ、ファンも祝福してくれてた」
     確かに虎杖の言う通りだった。会場は好意的で、知ってただのおめでとうだのの歓声の嵐だったから意外と何とかなるかもしれない。五条も今回の告白云々には一役買っていたそうだから、考えなしだった訳ではないのだ。
    「二人でなら何だって乗り越えられるよ」
     虎杖の言葉はいつだって魔法みたいに伏黒を安心させてくれる。
    「俺の手を取ってくれた伏黒のこと、絶対幸せにするから」
     優しくキスをされ、不安は消し飛んだ。伏黒もそうだな、と微笑んだのだった。

    【SIDE: I】

    「よし、決めた! 恵、悠仁のマネージャー降りな!」
    「えっ」
     予想外の五条の言葉に、声をあげたのは虎杖だけだった。
    「ゴールデンウィーク辺りで丁度他の子のマネージャーが欠員になることが決まっててね。恵には、その子の担当について貰うから。悠仁が芸能界残れる為にはね、もうちょっと指導出来る人をつけないと」
    「――分かりました」
    「伏黒?!」
     虎杖を置いて、どんどんと五条と伏黒の間で話は悪い方に固まって行く。
    「すみません、俺がもっとちゃんとしてれば朝ドラは……虎杖の活躍の場を一気に広げられる、折角のチャンスだったのに」
    「とりあえず、恵は下がりな。あとは悠仁と今後のことについて話すね」
     傷付いた顔をして出て行く伏黒。その後ろ姿をドアが閉まり切るまで見つめた後、虎杖は五条に向き直った。
    「先生、伏黒が俺のマネ外れるとして、誰のマネになるの」
    「憂太かな」
    「は?」
     虎杖は挙げられた名前に気を取られ、漏れ出た自分の声の低さにも気付かない。五条は五条でそんな剣呑な視線に臆することもなく、肩を竦めた。
    「里香が今度おめでたいことに産休に入るからね……代打が女の子だとまた里香が怒るだろうから。ね、恵が適任でしょ」
    「乙骨先輩は……」
     虎杖は一度そこで息を吸った。乙骨憂太。社長である五条が気まぐれでCM等に出演したりしなければ、この事務所で一番の稼ぎ頭である。優男で実際物腰も柔らかいのだが、演技をさせると所謂憑依型というタイプなのか、超一流。日本アカデミー賞助演男優賞受賞、ハリウッドにも進出と今をときめく俳優だ。そして、普段この仕事をしている癖に他人にも芸能界にも興味がない伏黒が、唯一「手放しに尊敬している」等と口にした男である。
    「別に、伏黒じゃなくたって良いじゃん」
    「そうかなあ。憂太につけば、恵も良い勉強になると思わない? だってもう憂太、ハリウッド俳優だよ?」
    「それはそうだけど……乙骨先輩についたら、伏黒、海外出張も多くなるよね」
     虎杖の問いに、んー? と五条がわざとらしく首を四十五度傾けた。
    「悠仁、不満そうだねえ。何か言いたいことがあるなら聞くけど」
    「伏黒が俺のマネ外れるの、嫌だ。乙骨先輩のマネになんかなったら、伏黒は……」
    「恵が、憧れの憂太のこと好きになっちゃう、って? アハハ!」
    「先生……!」
     縁起でもないことを口にしないで欲しい。虎杖は堪らなくなって声を上げた。
    「俺の気持ち気付いてるんでしょ……」
    「そりゃ悠仁の恵見る目見てればね」
     五条が認める。そして口角を上げた。
    「それにしても、何で今回ホテルに送るなんて誤解されるような真似したのか教えてくれる? てか前回もわざとじゃない? なーんか悠仁から女の子に声かけた、って情報が入ってるんだよねえ」
     核心をついて来る五条。観念して、虎杖は事の顛末を話し始めたのだった。



     弁明するならば、最初のスクープ記事は本当に思いがけないものだった。きっかけはバラエティ番組の共演者だった女性アイドルからの声がけ。番組メンバー数人で行った飲み会の帰りがけ、二次会は二人でカラオケにでも行かないかと誘われたことだった。
     虎杖はその時、出来ることなら飲み会も早く抜けたかったくらいだった。伏黒が自分の家に来てくれていて、自分が出る深夜番組をリアタイしようという約束をしていた為である。二次会なんてとんでもないことで、ましてや連絡先すら交換していないような人間と二人で何処かに行くなんて発想もなかった。丁重に断っても、「堅いこと言わないで」「虎杖くんの腕逞しいね」「虎杖くんって彼女いる?」とベタベタと腕同士を絡めて来る始末。女の子相手にあまり無碍にも出来ず、困り果てて飲み会メンバーの一人だった芸人に電話しようとすると、やっと引き下がってくれた。その夜はそれでおしまい。何とか伏黒の待つ自宅に戻れて、二人で菓子をつまみながら楽しく番組を観ることが出来た。
     女の子との云々等忘れていた三日後。『歌舞伎町でお忍びデート』と銘打った記事が腕を組む虎杖と彼女の写真と共に週刊誌やらネットニュースとして出回った。「悠仁、見事に引っかかったねえ」と肩を揺らす五条は記憶に新しい。売名行為というものを、虎杖は初めて学んだのだった。
     虎杖とて何も反省しなかった訳ではない。火消しに努めてくれた五条にも伏黒にも、迷惑はもうかけられまいと随分慎重になった。異性との連絡先の交換は控えたし、打ち上げも絶対帰りは自分一人か同性の誰かと一緒にいるようにした。それ程には気を遣っていた虎杖だったのに、二度目の事案が起きたのは何故か。二度目の女性タレントの目的は、虎杖や売名行為ではなく、マネージャーの伏黒だった為である。
    「虎杖くんのマネージャーさんってイケメンじゃない? 最初どこかの事務所の新人モデルさんかと思った」
    「伏黒さんですか? 分かります、陰のある美人って感じですよね」
    「そう! あの人、伏黒さんって言うんだあ……」
    「あの五条悟が面倒見て来た人らしいですよ。五条悟は本当は俳優としてデビューさせたかったけど、本人にその気がないから諦めて事務所のマネージャーやらせてるとか」
    「絶対良い人だよ、彼。この前私が番組の収録の時に雛壇の段差で挫いちゃったんだけど、収録終わりに湿布渡してくれたの! MCのXXさんとか芸人さんたちは笑うだけだったのに、あの人は心配してくれてたんだなと思って……」
    「連絡先聞いてみるとか! いますよ、ディレクターさんとかとお付き合いされてる方」
    「そういうの、良いよね。結婚は芸能界の人と、ってよりは、一般寄りの誠実な人としたいもん……」
     ヘアセットのスタッフと会話する女性タレントの声音は、春に浮かれた恋する乙女そのもので。偶々収録前にそういう会話を盗み聞きしてしまった虎杖は、その日の番組トークは珍しく奮わなかった。雛壇の斜め前に座る女性タレントの後頭部を見つめながら、どうにか彼女から伏黒への興味を削がなくてはとそればかりを考えてしまう。虎杖は、伏黒のことが恋愛的な意味で好きだった。それも、事務所に属するようになった五年も前から。
     ――伏黒の名前も知らなかった癖に。
     たった一回のやりとりで伏黒の良さを分かった気になっている彼女には、譲れなかった。
    「ね、XXXさん! 今日の収録、トーク繋いでくれてありがとうございました! もし良かったらこの後打ち上げとか行きません?」
     誘いは上手く行った。私も虎杖さんに聞きたいことがあって、と彼女が頷いてくれて、一緒に向かうのは流石にまずいと局から数駅先の居酒屋の中で集合。案の定伏黒の話を聞きたがる彼女に、虎杖は言ってやったのだ。
    「伏黒、付き合ってる人いるよ。伏黒ってさ、イケメンだし、真面目だし、優しいし。女の子が放っておくわけないもん」
    「そっかあ、そりゃそうだよね……」
     女性タレントは賢いのだろう。引き際を知っていたし、虎杖に伏黒の連絡先の斡旋を頼んでも来なかった。伏黒の話を聞きたがったものの、好きということも口にしなかった。虎杖のでっちあげた嘘に少し残念そうな色を目に浮かべた後、微笑んだ。
    「じゃあ、これ! お礼として、渡しておいて。お世話になったから」
     渡されたのは手作りクッキー。渡す機会があればと虎杖と共演の収録が来る度に、作り直して持って来たらしい。
    「おっけ、渡しておくね! あ、でも伏黒甘いの苦手かも……」
    「そしたら虎杖くん食べちゃって良いよ!」
     そんな会話をして、別れて。二時間前に顔を合わせていたと言うのに、無性に伏黒に会いたくなった。連絡を取ったら近くを車で走っていることが判明し、合流した。
    「お前こんな時間まで何してたんだよ」
    「んー、飲み会!」
    「相変わらずだな……程々にしろよ」
     ハンドルを握る伏黒の姿は、窓ガラスから入り込む街明かりに照らされていて益々美しい。そんな彼を見られる助手席は、虎杖専用の特等席である。優越感を覚えながら、虎杖はそうそう、と惚けたことを抜かした。
    「XXXさんが伏黒にも、って番組終わりに渡してくれたんだけど、クッキーいる?」
     例の可愛らしくラッピングされたクッキーを伏黒に見せてみる。
    「はあ? お前に渡したんだろ。それに俺よりお前のが甘いの好きなんだし、食って良いぞ」
    「うん、貰う!」
     持ち上がる口角を最早隠しもしなかったが、伏黒の目にはクッキーに喜ぶ無邪気な男にしか見えなかっただろう。美味そう、と口だけの期待を吐きながら、虎杖はラッピングの中でクッキーを割ってみる。髪の毛だか何か入ってたらそれこそ事案だが、至って普通の誠実に作られたクッキーだった。一口口の中に放る。シンプルに美味い。それがまた却って、虎杖の体温を下げた。
    「――ね、伏黒って好きな人とかいたことある?」
     クッキーを全て腹に収めつつ、虎杖は何気なさを装って問う。
    「飲み会で初恋の人の話が出てさ。そういえば伏黒はどうかなあって」
    「はあ?」
     ちらりと伏黒が一瞥を寄越し、再び前方を向く。綺麗な造りの横顔から感情は読み取れず、ここに来て、虎杖は聞いたことを後悔した。これで甘酸っぱい思い出話が出て来てしまったら。そんな不安が過るも、
    「――ねえよ。誰かさんのお世話で精一杯」
     呆れ混じりに優しく笑われて、ほっとした。高卒ですぐ虎杖のマネージャーに就いた伏黒は、二十歳を超えてもまだ恋を知らないらしい。そっかあ、と虎杖は緩む頬を隠せなかった。
    「伏黒、俺の世話で忙しくてごめんね」
    「別に。お前といるの、楽しいから良い」
    「へ」
     もの凄い好意を伝えられた気がする。思考停止に陥っていた虎杖だったが。
    「――変だろ。この年齢で好きな奴もいなかったこと」
     あんま学校生活良いもんでもなかったんだ、と肩を竦める伏黒に、我に帰り、慌てて首を横に振った。
    「ううん。全然変じゃないよ」
    「そうか?」
    「伏黒が誰のものにもならなくて良かったと思う」
    「変なの」
    「だって伏黒が誰かと付き合って結婚してたら……もしかしたらこの仕事就かなかったかもしれないじゃん! 結構激務だし。そしたら俺のマネ、伏黒じゃなかったかも」
    「そうかもしれないな」
    「俺、伏黒が支えてくれてるからこの仕事続けられてると思ってるよ……。だから、伏黒が誰かのものにならないで俺のとこ来てくれて、良かった」
     虎杖は手の中でよれよれになったクッキーの包みに視線を落とした。
     毎回作り直されたクッキーに、丁寧に施されたラッピング。なんていじましい努力。彼女の本気具合が垣間見える出来だった。ギャル系今時タレントという芸風で売り出していた女の子だったが、バラエティ番組でのトークの繋ぎ方はさり気なくて、上手い。頭がよく回って、機転が利くという印象。それでいて素直で一途で純情な面を持ち合わせている辺り、釘を刺せたことに安堵しかなかった。
     だから次の日、居酒屋から二人で出るところをスクープ記事にされようが。飲み会って二人きりかよ、と伏黒が仏頂面になろうが。虎杖からしてみれば些細なことだった。



     虎杖のお騒がせ事件三回目にあたる今回の件は、二回目より随分たちが悪かった。
     記事の相手役のグラビアアイドルは、品のない人間だった。収録の打ち上げ中、酔いに任せては「私、虎杖さんめちゃタイプなんですよお」と虎杖にベタベタとボディタッチを繰り返した。それだけでも十分不快だったが、段々とエスカレートして来る発言。彼女の関心は伏黒にも及んだ。「虎杖くんのマネ、伏黒さんって言うんでしょ。彼、呼んでさあ、3Pとかしてみない?」「ああいう真面目ですました感じな人の方が、ムッツリだったりするんですよお」なんて他の面子もいる前で言い、虎杖の地雷を踏んだ。清廉潔白な伏黒を、勝手な妄想で慰みものにされることは到底許せなかった。
     飲み会終わり、泥酔した女の子の介抱役について若干審議になったが――それ程、彼女の酒乱ぶりには周りも警戒した――、店の閉店もあり、手を挙げたのは結局虎杖だった。
     二回も面倒を見ている虎杖が騒動に巻き込まれ。伏黒は虎杖の交友関係に危機感を募らせたようだ。散々マニュアルじみたことを虎杖に指示していた。飲み会帰りには異性と二人きりにならないように気をつけろ、だの、酔った女の子を介抱するなら俺が代わりにやるから呼べ、だの。
     ――って言われてもさ、伏黒とのセックスする妄想してる女の子を引き合わせられる訳ないじゃん……。
     グラビアアイドルを自分が送れば、伏黒との約束を破ることになる。それでも、もっと守れるものはあると虎杖は頭の中で弁明した。
    「この人ビジホに預けるんで何かあったらフォローして下さいね」
     周りへの念押しは抜かりなく。グラビアアイドルを雑にタクシーに押し込む。安いビジネスホテルで降りてチェックインし、部屋まで送ると、彼女は益々調子づいたらしかった。
    「虎杖くんも一緒に寝ようよお。こういうとこまで来るなんて、そういうことでしょ」
     酔っているとは言え。何処までも図々しいし、ずれている。ただでさえぴりついている虎杖は、
    「此処ビジホだよ。俺そういうつもりないし。帰るね」 
     冷たくあしらうと、部屋から出ようとして、足を止めた。背中に不快な熱が張り付いたのだ。
    「じゃあ伏黒さん! 彼呼んでよお。伏黒さんと気持ち良いことしたーい」
     ぶちり。虎杖の中で、堪忍袋の尾が切れた音がした。
     張り付いていたグラビアアイドルを引き剥がし、手首を掴む。怪我をしない程度に力を込めると、痛い、と彼女が呻いた。
    「ねえさ、俺怒ってんの」
     は、と息を呑む彼女を冷ややかに見下ろす。虎杖は静かに宣告した。
    「次。俺のマネのことで変なこと言ったら、もっと加減出来なくなるかもだから気を付けて」
     


     話の概要を聞いた五条の反応は、あっさりしたものだった。
    「成る程ね。悠仁が恵が好きってのはよく分かったよ。でもさあ、アプローチの仕方、間違ってない? 悠仁がいくら恵の騎士やっても、恵は悠仁の恋人じゃないんだからね」
    「じゃあ俺がアイドル辞めたら、伏黒と付き合える?」
    「悠仁がアイドル辞めたら恵は悲しむだろうね」
    「――うん」
     虎杖は同意した。伏黒が自分のアイドル活動を応援してくれているのはよく分かっている。虎杖はそれに、と乾いた笑みを溢した。
    「辞めて告白しても、伏黒は困るだけでしょ。だから、今のままで……」
    「でも、もう恵は憂太のマネージャーになっちゃうからなあ!」
     あからさまに表情が歪んだ虎杖に、五条は指を突き付けた。
    「悠仁、芸能界は貪欲にならないと。悠仁はその点上手いと思ってたんだけどね」
    「……」
    「恵も仕事もどっちもモノにしちゃえば良いのさ」
     五条は言う。
    「悠仁と恵が両思いだったら、僕が仕事の方はフォローしてあげる。マネージャーも据え置きにしよう。その代わり悠仁にはきっちり仕事頑張って貰うけどね」
    「それ、本当?」
     虎杖はぱっと表情を明るくさせた。
    「先生に凄い迷惑かけちゃうけど」
    「任せなさい!」
     力強く頷く五条。虎杖は伏黒に想いを伝えることを誓った。



    「悠仁ー、やってくれたね」
     約一ヶ月ぶりに同じ台詞を五条が吐く。ライブで公開告白を虎杖が決めた翌朝のことだった。社長室には虎杖と五条の二人のみが立っている。伏黒は別のフロアで、事務所の色んなメンバーに祝福を受けてもみくちゃにされている最中だった。
    「まさかライブで公開告白するまでは、僕も予想してなかったよ。随分大胆なことするじゃん」
    「でも、あれで大体のファンは味方になってくれたのは分かったでしょ」
    「昨今は理解が進んでるからねえ。大手メディアも悪い報道はしないと思うよ。――恵に関係者席をとって欲しいなんて言うから何かと思ったら、これだよ。お陰でライブ生配信見てて慌てて色んなところにメールする羽目になったけど!」
     笑う五条に、ごめん、と虎杖は眉を下げた。
    「先生が、伏黒も仕事も両方とりに行って良い、って言うから」
    「実現しちゃうところが、やっぱり悠仁の良いところだよね」
    「うん……あそこで宣言すれば、誰も伏黒に迂闊に手出さないでしょ」
    「わお」
     不意打ち過ぎる独占欲。思わずサングラスを持ち上げた五条だったが。タイミング良く響いた電子音に、あ、と虎杖が嬉しそうな声を上げて、スマートフォンを取り出した。
    「もしもし、伏黒? うん、まだ五条先生のところ。え、大丈夫だよ。五条先生には元々許可貰ってたし。怒られてるんじゃないって……心配しないで」
     晴れて恋人になった伏黒との会話に、虎杖の話し方にも自然と甘さが混ざる。
    「うん、ライブ明けだからオフだもんね。終わったら一緒に帰ろう。スーパーも寄る? うん、俺、伏黒の好きなご飯、何でも作るから……え、五条先生に代わって欲しい?」
     電話は向こうの伏黒は、五条に話したいことがあるらしい。少しもやっとしたものの、虎杖は大人しく恩人にスマートフォンを渡した。
    「恵ー、やっほー……って反応薄! うん……うん。それって、私情? そっかあ……可愛い育て子の頼みだ。任せなさい! うん、良いよ……じゃあねー」
    「伏黒、何て?」
     電話を終わらせてしまった五条に、虎杖は身を乗り出した。
    「悠仁を怒らないでやってくれってさ! あと、僕との話終わったらまた電話くれって」
    「へへ、伏黒優しいね」
     スマートフォンを返して貰い、虎杖が微笑む。五条は口をへの字に曲げた。
    「てか、恵の中でなんかライブでの公開告白、僕がゴーサイン出したことになってるみたいだけど?」
    「ああ、それね……五条先生の名前出さないと、伏黒も安心して頷いてくれなそうだったから。だから先生、伏黒にもう暫く勘違いさせておいてあげてよ」
    「全く君たちはねえ。――OK、恵にもよろしく頼まれたことだし。ほら、帰った帰った! ライブ明けで疲れてるだろうし、恵が待ってるんでしょ」
    「ありがと、先生! じゃあ俺、一旦帰るね。会見とか後でちゃんとするから!」
     再びリダイヤルを押しながら、足取り軽く虎杖は社長室を出る。その後ろで、青春だねえ、と五条の楽しげな呟きが聞こえた。
    『五条先生、連絡遅くなってすみません。ご存知でしょうけど、俺……虎杖と付き合いたいです。虎杖のマネージャーも辞めたくありません。――はい、私情です。アンタにいっぱい迷惑かけますが……。それと、五条先生、ライブのこと許してくれて、ありがとうございます。はい、ではまた……』。
     伏黒は自己犠牲の念が強い。当然に、自分の我儘を口にすることも少ない。そんな彼が珍しく口にした、五条への涙混じりの可愛いお願いを、虎杖はまだ知らないのだった。
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