アメリカの地で沢北と暮らすようになってひと月が経った。いつものように沢北と食事をし、いつものように手を合わせ食後のあいさつを口にする。昔から変わらない習慣。アメリカ暮らしが長くなった沢北も、家の中では日本語であいさつをするのは変わらない、のだが。
「ごちそうさまピョン」
「ごちそうさま、ワン!」
いつもと少し違うそれに、思わず正面に座る男を見遣る。ニコニコとご機嫌に笑う男を。
「……何だそれ」
「え、一成さんがピョンなら、オレはワンかなって」
「変なことするなピョン」
「ええ!? 自分はピョンピョン言ってるくせに!」
「ピョンが変って言いたいピョン?」
「ちがっ、違いますけどぉ……」
背中を丸めて口を尖らせる姿に思わず笑いそうになる。こういうところが憎めなくて可愛らしいなと思う。
「ほら、一成さん昔オレのこと実家のポチに似てるって言ったじゃないすか。だから……」
「ポチはワンなんて鳴かないピョン」
「え、犬なのに? あ、アメリカ式でバウワウとか?」
「そもそも犬じゃないピョン」
「ポチ犬じゃないの!? オレ今の今までずっと犬だと思ってたんですけど!?」
「写真あるピョン、ほら」
手帳に挟んである愛しい家族の写真を取り出す。沢北がぐいっと身を乗り出してそれを覗き込んだ。
「か、亀だ……どっからどう見ても、亀……。亀にポチってつけます、普通?」
「ポチポチ歩くからポチだピョン」
「ど、独特〜……誰が名付け親なんですかそれ」
「オレだピョン」
「やっぱり〜」
「何がやっぱりピョン」
何だか馬鹿にされている気がする。ポチが犬の名前だなんて誰が決めたというのか。我が家のポチは亀だ。可愛くて愛しい、亀。
「一成さんてやっぱりちょっと変わってますよね」
「そんなこと無いピョン。男の趣味は王道ストレートピョン」
「えっそれってもしかしてオレのこと言ってくれてます?」
キラキラとした視線がオレに注がれる。お前以外に誰がいるんだ。百人の人間に沢北の写真を見せてカッコいいと思うか問うたらその内九割の人間は首を縦に振るだろう。でもそれを真正直に伝えるのは何だか癪だった。だから手元の写真に目線を落とした。
「はぁ、ポチが恋しくなってきたピョン……会いたいピョン……」
「話逸らすし……ってかオレとポチどの辺が似てるんですか?」
「食べ物を顔から食うところピョン」
「え、オレそんな食べ方してます?」
「こう……手で持ってるものを顔で食いにいってるピョン」
「ウソ、恥ずかしい! ちょ、もっと早く教えてくださいよ! 直すし!」
「そこが可愛いのにピョン?」
「えっ」
あれだけ騒いでいたのにたった一言で急に大人しくなる。やっぱりどうしようもないくらい、可愛い。
「栄治は可愛いピョン」
「……後で覚悟してくださいよ」
「可愛い栄治はそんな怖いこと言わないピョン」
「もー! 絶対泣かす! ベッドで!!」
それもまた良いかもしれない、と思ってしまう。きっとこいつには何をされても許してしまうのだから。