アレは『落ちこぼれのコーディネイター』らしい、と外部の音を拾う為のスピーカーを通して誰かの囁く声が聞こえた。その所以が自らの第二性によるものだということをキラは自覚している。男女という性とは別にアルファ、ベータ、オメガという三種に分かれた第二性がこの世に存在する『コーディネイター』『ナチュラル』という人類区分以上の差別を生んでいるのも事実であり、ただでさえナチュラルしかいない地球軍所属の軍艦の中でただ一人のコーディネイターである自身の第二性が最も蔑まれるオメガであるのだ、それも致し方ないとキラはモビルスーツの狭いコックピットの中で抱えた膝に顔を埋めた。
オメガは孕む性と揶揄される。男性であっても腹の奥に子宮のような器官を持ち、決まった周期で訪れるヒートと呼ばれる発情期で他者を誘うフェロモンを己の意思とは関係なく撒き散らしてしまう。ヒート期間中は熱に浮かされ日常生活すらままならない為社会的地位はかなり低く、性被害も多いという点で、オメガと診断されたら最後、その後の人生に苦心する者が多いというのが世間一般の認識だった。
第二性は例えコーディネイターであっても遺伝子操作で決める事は叶わない。それ故にいくら優れた種と自身らを評するコーディネイターであってもアルファしかいないというわけではなく、勿論一定数のベータやオメガが存在している。むしろ遺伝子操作の影響で出生率が下がる一方のコーディネイターにとっては、男女関係なく、しかもヒート期間であれば高い妊娠率を誇るオメガの存在は貴重ですらあるらしい。しかし長引く戦争がナチュラルに『コーディネイターはほぼアルファしか存在しない』という偏見を根付かせようとしているようだった。そしてその偏見がキラが『落ちこぼれ』と称される原因にもなっていた。
それでもキラがどうにか目立った被害もなく過ごせているのは、今のアークエンジェルにとっては唯一無二の戦力であるモビルスーツのパイロットに下手に手出しできないという現状と、度重なる戦闘のストレスに起因したであろうヒート周期の乱れによるものだった。アークエンジェルに搭乗するようになってから数ヶ月、しかしその間に来るはずだったヒート症状がキラに現れる事はなかった。実際ヒートが来てしまえばモビルスーツを駆る事など不可能に近いので、その乱れはキラにとって不幸中の幸いでしかなかった。
キラがオメガと診断されたのは十三歳の時、まだ月面都市コペルニクスの幼年学校に通っていた時だった。
『キラは優秀だから、きっとアルファだよ』
検査を前に緊張していたキラに幼馴染兼親友はそう微笑んだ。結局その過度な緊張が影響したのかキラは検査当日に熱を出し検査を受けるのが遅れたのだが、通常通り検査を受けたその幼馴染はアルファと診断された。その後すぐに幼馴染は家の都合でコペルニクスを離れることになり、再会を約束して別れた後でキラにはオメガという診断がついた。幼馴染とは連絡が取れなくなってしまった為、彼はキラの第二性を知らないはずだ。しかし彼と離ればなれになってから当時から彼に抱いていた感情が友情のそれではなく最早恋心であると自覚したキラは、彼と番いとなれる可能性が生まれたと密かに歓喜したものだ。
「アスラン……」
しかし再会した幼馴染は敵軍のモビルスーツパイロットだった。番いどころかもう元の関係に戻ることすら不可能だろう。そもそもこの淡い恋心すら受け入れてもらえると限らなかったのだ、余計な期待をしない為にもこれで良かったのだと思うより他に、このやるせなさを飲み込む方法をキラは持ち合わせていなかった。
「アスラン……会いたいよ……」
どうせなら、好きな人の手にかかって死にたい。願いを口に出すことは出来ないけれど、思うくらいは許されるだろう。じわりと浮かんだ涙は、作業着の膝のあたりにすっと吸い込まれた。