世界で一番憎いあなたと 聖歌もなければ、聖書の朗読もない。
祝福どころか揶揄いや冷やかしの言葉が飛び交うような状況で、ルックは双子の兄であるササライと共に、髪を撫でつけ、白いタキシードを身に纏って〝婚礼の儀式〟を前提とした祭壇の前に立っていた。
ルックは悪友達に、ササライは部下に、それぞれが言葉巧みに騙されて、この場へと連れ出されたのだ。
かつて、ルックはササライに〝あなたがこの世界で、一番憎い〟と告げていた。
それは決して嘘の言葉ではなかったはずで、当時は憎しみに勝る感情などないと信じていた。
憎んでいたはずなのに――。
複雑な心境故に憤ることもできずにただ黙り込むルックとは反対に、ササライは自身の置かれた状況に戸惑うわけでもなく、冷静に襟を正して「どうすればいいんだい?」と、司会を押し付けられたらしい彼の副官に向かって問いかけていた。
まずは、神前で永遠の愛を誓い、指輪を交換し、そして、皆の前で誓いの口付けを交わす。
たったそれだけのこと。なのに、なにをこんな大袈裟な……。大体、二人は男同士で双子の兄弟で……これは単なる真似事で、傍から見れば、ひどく滑稽で馬鹿げた光景だ。
悪ふざけにも程がある。馬鹿馬鹿しいと一蹴して立ち去ればいいだけの話だ。
「――あなた達二人は、これから先、病めるときも健やかなるときも、悲しみのときも喜びのときも、貧しいときも富めるときも――」
ルックの心境をよそに、神父とは程遠い存在であるササライのもう一人の部下がお決まりの定型文を少々変えた誓いを読み上げ始めた。
夫でもなければ、妻でもない。当然、神の許しなど得られるわけもなく、誓いを口に出したところでなんの意味も為さぬというのに。
けれどこうしているだけで、妙に胸が騒めいて、つい頬が弛みそうになった。だから、顔を顰めて不機嫌を装った。
「……緊張するね」
と、ルックにしか聞こえない声量で囁いたのは、紛れもなくササライ本人だった。
驚いて、隣を見やるとササライは同じ高さにある目を伏せて、はにかむ口元を手で覆い隠そうとしていた。
この世界で一番憎かった。
憎しみ以上の感情を抱くことはないと、相応しくないと、信じていた。
「ルック……?」
衝動的に口元に添えられた手を掴む。ササライからは戸惑いの声が上がった。
「これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽く――」
続く誓いの文言を遮るように、掴んだ手を引いて、同時にササライの腰に腕を回す。見開かれた目を見つめたまま、皆が見ている前だというのに、気付けば衝き動かされるままに顔を寄せて無防備な唇を奪っていた。
よろける身体を抱き寄せて、深く唇が合わさって、ほんの一瞬の間を置いて大きな歓声がふたりを包み込む。
「愛してる」
憎しみに勝る感情を、僅かに離した唇から発すれば、愛しい顔が微笑んで、「愛してる」と一言一句変わらぬ想いを告げてきた。
ふたりの頭上に舞い散る花びらが祝福をもたらして、二人は密かに愛を囁いた。