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    ここの

    @coro_ze31989

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    (女性モブ視点の蜘蛛ケー)

    鬼の居ぬ間に 滔々と語る恋人の愚痴、もとい惚気に「わかるなあ」と同意が返ってきたのは、思いもよらない相手からだった。

    「彼氏のそういうところ、すっごくムカッと来ることもあるんだけど、やっぱり好きだから許せちゃうんだよね」

     思わずそちらを見やる。妖怪女子の中にひとり、場違い感の否めない人間の少年が混ざっている。訳知り顔でうなずく彼に「ケータくんもわかってくれる?」と水を向けた。

    「わかるよ! でもさあ、そうやって振り回されるのが嬉しい時もあったりしない?」

     彼の笑顔を見てすぐにわかった。話を合わせているのではない、心からの同意によるものだ。自然と言葉が弾んだ。

    「そうなのよ! 何だかんだで楽しんじゃう自分に気付いたりするのよね」
    「逆に気を遣われると寂しかったりするよね」
    「あるある! それでますます離れられなくなっちゃうのよねえ」

     テーブルに集う女子たちがけらけらと笑った。「ケータもあの彼氏とは長いものねえ」と言うのは女郎蜘蛛様である。今日この場にケータくんをゲストとして連れて来た張本人だ。彼の言葉に私は目を見張った。

    「ケータくん、彼氏いるの? その歳で⁉︎」
    「今の子は早いのよ〜、保育園ぐらいの年でもう彼氏ができちゃう子もいるんだからあ」

     えんらえんらの言葉に私は感嘆の声を洩らした。ませてるのねえ、と呟いたのが妙にしみじみとした響きを伴った。

    「あら、あなたもしかしてケータの彼氏のこと知らない?」

     紅茶のカップを手にした女郎蜘蛛様が意外そうに言う。私は大いに戸惑った。

    「知らないです。有名な方なんですか?」
    「そりゃあね。人間界の妖怪ならほとんど知ってるわ」

     なるほどと相槌を打つ。妖魔界で生活を営む私には、人間界の情報はろくに入って来ない。死んだ時点でお別れしたと思った場所に未練がない分尚更であった。
     私は考えた。有名と言うぐらいだから、子役など人前に出るような立場の人間なのかもしれない。とりあえず頭の中にケータくんと同じくらいの年代の美少年を仮の姿として思い浮かべた。

    「ケータくんの彼氏ってどんな感じなの? 妖怪でいうなら誰に似てる?」

     私の抑えきれない興味はテーブルへ身を乗り出す形で現れた。ケータくんが困惑を顔へ浮かべる。その視線が彼の隣へ向けられた。

    「……女郎蜘蛛かな」
    「そうね。よく言われるわ、瓜二つだって」

     今度は私が戸惑う番だった。妖魔界で最も女子力の高い男性の女郎蜘蛛様に瓜二つとは、いったいどういう子供なのだろう。まさか彼のように隈取と車鬢を備えているわけもない。人間界では時代が古くて浮くことぐらいはわかっていた。
     悩んだ末、私は頭の中のケータくん彼氏像を、やや女性寄りの中性的な雰囲気をもつ少年へと更新した。気を取り直して「どんなところが好きなの?」と問いかける。ケータくんはむずがゆそうに表情を緩めた。

    「えっとね、頼り甲斐があるところとか……」
    「しっかりしたタイプなんだ」
    「うん、オレよりも年上だし」

     たちまち頭の中の少年はケータくんよりもいくらかお兄さんの姿となった。視界の端でふぶき姫が何とも言えない顔をする。「たしかに年上と言えば年上だけど……」と何か引っかかる様子である。疑問に思ったものの、ケータくんが「それでね」と言葉を継ぐのを聞いて意識をそちらへ向けた。

    「ちょっとやきもち妬きなところも結構好きだったりするんだよねえ」
    「ちょっ、ちょっと…… あれでちょっとの認識なの……」

     静かに頷きながらケーキをつついていた雨女が、ぎょっとした様子で口を挟んだ。周りの女子たちが騒然とする。「それは彼氏だからって甘く見過ぎでしょ」と言い出す者までいた。ケータくんは周囲の反応に少し気後れした様子で肩を竦めた。

    「——好きな人のやることだから、なんでも許せちゃうんだよね。わかるわ〜」

     場違いなほどに能天気な声で騒ぎに水を差した。ケータくんがこちらを見る。ほっとした様子で「そ、そうそう。好きな人だからね」と頷いた。そういうものかしらねと女子たちが顔を見合わせた。先程までの不穏な空気はどうやら上手く払拭できたらしい。ややもせず元の和やかな歓談の雰囲気が戻った。ケータくんの彼氏のことを知らない私だからこそ入れられた茶々、もとい出せた助け舟であった。
     中性的な美形で、年上で、すぐにやきもちを妬く少年——私の頭の中のケータくんの彼氏像はほぼ固まった。「素敵な彼氏で羨ましいなあ」と笑いかける。ケータくんも嬉しそうに「そうでしょ」と破顔した。他の女子たちも揃って幸せそうな少年を微笑ましく眺めた。

     その時である。和やかな雰囲気に水を差すように携帯電話の着信音が響いた。私は慌てて自分の電話を取り出したけれど、画面は暗転したままだった。皆も同じように電話を確認しては首を捻っている。

    「あらごめんなさい、わたしだわ」

     女郎蜘蛛様が袂から取り出した電話を見るなり言った。「ごめんなさいね、ちょっと……」と席を立とうとする。そこへケータくんが声をかけた。

    「ここで出ていいんじゃない? 土蜘蛛からでしょ」

     他の女子たちもうんうんと頷いた。女郎蜘蛛様は迷う素振りを見せたものの「すぐ終わるから」と画面をタップして耳に当てた。

    「もしもし、土蜘蛛ちゃん? ……ケータならわたしと一緒にいるわよ。ほら、貴方もデートに使ったことのあるニュー妖魔シティの裏通りのカフェで……何よ、お仕事にかかりっきりで放っておく貴方が悪いんでしょう」

     ここにいても薄らと聞こえる電話越しの声はかなりの剣幕だった。にも関わらず、女郎蜘蛛様は私たちを相手にするよりも気安い口調で応対している。私は密かにひええと肩を竦めた。
     妖魔界で暮らす私のような妖怪にとって、人間界の妖怪たちをまとめる大将である土蜘蛛様との接点はほとんどない。それでも、彼がどういう妖怪であるかはよく知っている。千年余を生きる伝説の大妖怪。頼り甲斐のある大将で周りからの信頼は厚い。しかしかなりの短気で一度目を付けられたら大変なことになるとか。いい噂も悪い噂も同じくらいに聞く男なのだった。
     しばらく会話したのちに女郎蜘蛛様は電話を切った。「土蜘蛛ちゃん、これから来るって。会議終わったみたいよ」と事も無げに言う。周りの反応もああそうなのと軽い。まるで初めから来るのがわかっていたようだった。
     ただ一人、ケータくんだけは違った反応を見せた。ぱっと表情を明るくして「ほんとに?」と嬉しそうに笑う。私は目を丸くした。人間界での土蜘蛛様は恐ろしい妖怪と語り継がれていると知っているからだ。怖がるならまだしも、こんなに嬉しそうな顔をするとは思わなかった。

    「ケータくん、土蜘蛛大将とも知り合いなの……?」
    「え? ……う、うん。そうだよ」

     正直なところ驚いた。ケータくんの数々の功績は薄らと聞いたことがあるけれど、まさか妖怪の大将とも友情を育んでいたとは。なぜだか周りの女子たちが含み笑いを浮かべているのには深く突っ込まなかった。
     お喋りに花を咲かせているうち、ふいに店の出入り口のあたりでどよめきが起こった。それと同時に妙な圧迫感が押し寄せてくる。「あら土蜘蛛ちゃん、早かったわね」と言う女郎蜘蛛様の声が場違いなほどに明るい。おそるおそるそちらへ視線を移した。
     女郎蜘蛛様とそっくりだが、より勇ましい意匠の隈取を施した男前。立派な出立と凄まじい迫力に、一目見ただけで並の妖怪ではないと思い知らされる——まさしく土蜘蛛大将そのひとが立っていた。私のような下っ端の妖怪にはきついほどの威圧感を放っている。
     大将はこちらへ無言でずんずんと歩み寄ってくる。一歩近付くごとに思わず身を引いた。

    「土蜘蛛、お疲れ様!」

    ——ケータくん空気読んで! そんな軽いノリで声をかけていい場面じゃないでしょ今! 口に出すことのできない悲鳴が胸の中に渦巻いた。
     大将が足を止めた。「ケータ」と呼ぶ声は静かだが、たしかな力強さが滲んでいる。

    「……何故屋敷で吾輩の帰りを待っておらぬのだ」

     あれ、とかすかな違和感を抱いたのはその時である。土蜘蛛大将の口ぶりは怒っている風ではなく、どちらかと言えば拗ねるような響きを伴っていた。
     どういうことかとケータくんを見る。彼は唇を尖らせた。

    「だって、一人でつまんなかったんだ。女郎蜘蛛が一緒に出かけようって言ってくれたから……」
    「どうであろうな。このように女子に囲まれて、鼻の下を伸ばしていたのではないのか」

     土蜘蛛大将がこちらを見渡して言う。「そんなわけないじゃんっ」とケータくんが身を乗り出して反論した。

    「皆にいろいろ話を聞いてもらってたんだよ。ねえ?」

     待ってやめてこっちに振らないで! 心中の叫びは虚しく、ケータくんははっきりと私を見て同意を求めた。大将の鋭い視線がちくちく突き刺さるのを感じながら、おそるおそる重い口を開いた。

    「そ、そうです……頼り甲斐があって、素敵な彼氏がいるんだよって……聞かせてもらっていました」

     大将はしばらく沈黙した。「そうか」と言う声音にもう険しい色は伺えなかった。

    「すまなかった。吾妹が世話になったな」

     他の女子たちが和やかにいえいえと返す。大将は袂から財布を出すと、紙幣を何枚がテーブルに置いた。「皆で洋菓子をもう一品楽しむと良い」と微笑が降ってくる。一品どころではない額だったけれど、誰も口を出すことはしなかった。

    「ケータよ、行くぞ」

     大将のシンプルな呼びかけにケータくんはぱあっと頬を喜色に染めた。「みんなありがとう、またね!」と去っていく。その姿が大将に追いついた時、大きな手のひらがケータくんに向かって伸ばされた。何の躊躇いもない様子で小さな手が寄り添う。二人は並んで店を出て行った。最後に残されたドアベルの音が私の正気を呼び戻した。
     まさかとは思う。有名で、見た目は女郎蜘蛛様にそっくり。かつ年上で、やきもちをよく妬くひと——否定できる材料は一つも見当たらなかった。

    「……も、もしかしてケータくんの彼氏って……」

     女子たちが黙って一斉に頷いた。
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