ホテルのエレベーターを出て、取っていた部屋に向かう。ダブルベッドが二つある部屋を選んだのは、一つは今からドロドロに汚れるのを見越して、もう一つは二人でゆっくり眠りにつく為。部屋までのほんの少しの道のりを、手を握って離れないように扉の前まで歩調を合わせる。カードキーをかざし、ガチャッと扉が開き、カードを差し込んで部屋の明かりが灯る。中に入って扉を閉めたと同時にその手を引いて、待ってましたとばかりに自分の中に包み込む。その瞬間、ビクッと揺れる体。全身に力が入ったのが分かって、思わず苦笑いがでた。さっきまでの酷い行為のせいで、今度は何をされるのかと身構えられる。確実に恐怖心を与えてしまった事に、酷く自分の悪行を呪う。
「ごめん、もうさっきみたいな事しないから、…怖がんないで」
「…怖がってなんか、ないピョン」
本当に怖がってはいないのかもしれない。でも、この言い方は確実に嫌な思いを含んでいる。乱暴な行為を強制した相手に、早々心を許せるわけがない。でも、だからって、逃がしてはあげられない。
「じゃあ、今から抱いていい?スーツ姿の深津さん、すごくかっこよくて。今日、ずっと、ドキドキしてた」
あんな事をしなければ、こんな事を聞かなくても、部屋に入った瞬間にキスをして、そのままベッドに直行していた。自分の感情をコントロールできないのは昔からで、結果、一番大事な人を傷つけてしまう。
「そんなの聞かなくても、どうせ、抱くつもりだったピョン」
トーンの低い声でちょっとうんざりした言い方は、俺に対しての抵抗だろうけど。俺からしたらそれも全部魅力的で、可愛いとしか思わない事を、この人は露ほども知らない。
「まぁ、そうなんだけど…さっきの事があるから。深津さん、嫌かなって…」
「嫌って言っても、やめないピョン」
「それは仕方ないっすよ。深津さんが魅力的だから。このスーツ、ほんと良く似合ってる。…腰が締まってて脚長いし、シャツから胸元の形わかるし、…なんか、全部、…いやらしいよ。誘ってるとしか思えない」
「…性欲魔人」
「なんとでも。こんなの深津さんにだけだから」
「…ふーん」
本当に、深津さんにしか興味がないのに、たまに俺は誰でもいいみたいな言い方をされる。それだけは、なんだかやるせなくて、顎を掴んで瞳を見つめる。俺が唇を尖らせてるのは怒ってる証。そんなふうに思われるのは癪で、怒ってるように見せる。けど、本気で怒ってたさっきとは違い、わざとそう見せてる時は、どうにもこの人には効かないみたいで、ただ呆れたように眉を下げるだけだった。でもその顔も、すごく可愛い。だから、顎を掴んだまま、綺麗な唇にキスをする。やっと触れた唇はいつものように柔らかくて、この感触が俺を虜にする。近ければ近いほど深津さんの匂いが俺を包んで、早く直で触れたいと、深津さんをカッコよく見せていたジャケットに手をかける。しっかりとした肩からジャケットをずらして脱がせ、すぐそばのソファの背もたれに皺を気にしながらそっと置く。まぁ、替えの着替えはあるし、それでも皺になって怒られたら、明日俺が代わりに服を買いに行けばいい。どうせ深津さんは動けないんだから。だから、今からは集中して綺麗な深津さんを堪能する。先程の行為で体をビクつかせてるのに、抵抗せず受け入れてくれる。俺に弱い深津さんは、俺が酷いことをしても、なんだかんだと許してしまって、俺の汚い部分を全部受け止めてくれる。だから俺と同じように、欲も弱さも何もかも見せてほしい。この人の何もかもを全部暴いて、俺色に染めてしまいたい。いつもいつもそう思いながら、そう願いながら、そのガラスのように透き通る肌に触れる。期待してるのか、きゅっとしまった唇が緩んで、目元が下に少し垂れる。艶やかな唇と潤む瞳に目が離せない。こんな仕草だけで、ため息が出そうなほどの色気が漂う。どうにかしてしまいたくて、俺の脳は焼き切れそうなほど沸騰する。それでも、そんな醜い想いは顔には見せず、心の燻りを隠したまま、クールな自分を演じる。演じながらも、昂りを抑える事はできなくて、体が自然と動いていく。今からこの綺麗な体を、何も考えられないくらいドロドロに感じさせて、俺の欲と痕を深く深く刻み込む。下半身に熱が溜まり、興奮が駆け上がってくるのが嫌でも分かり、クールを演じるのは早々に放棄した。夢中になって傷つけないように一呼吸して、指の先に意識を集中させる。掴んだ腕は優しく、でも逃がさないように。今から味わう極上の愛しい人を、ゆっくりとベッドに誘った。