色香「妊娠、しています」
「に、ん、しん…」
俺の後ろで、驚きで詰まらせながら同じ単語を返す声が聞こえて、一気にその場の空気が張り詰める。その後の言葉を誰も発することはなく、暫くの沈黙がその事の重大さを表していた。
調子が悪くなったのは沢北がアメリカに行って、一ヶ月以上経ってから。朝起きて、朝食を取るために食堂の扉を開けてすぐ、吐き気を催した。うっ、と上がってくる胃液を吐かないように手で押さえ、そのままトイレに直行する。ほんの少し胃液を吐いて少しは楽になったが、気持ち悪さは消えなかった。結局、朝食を摂る気力はなく、そのまま学校に行ったが、常にムカムカが残っていた。昼間も学校の食堂に行ったら、また同じように吐き気が襲ってきた。さすがにやばいなと思いながらも、朝食を食べてないのに昼食まで摂らないのは、その後を考えたら危険だと感じ、仕方なく胃に優しそうなうどんを選択した。それでも出汁の匂いが気持ち悪さを倍増させ、無理矢理にでも胃に流し込んだが、結局全部を食べきる事はできなかった。明らかに調子が悪いから、そのまま保健室に行ったが、胃腸薬を渡され、寝ときなさいとしか言われなくて、仕方なくベッドに横になる。それでも気持ち悪さは消えなくて、眠りに入る程の意識は働かなく、楽な姿勢を保つのが精一杯だった。保健室にいてもあまり意味がなく、五限目が終わった後、教室に戻る。珍しく授業に姿がない事で、河田がどうしたんだと話しかけてきた。
「今日は朝から気分が悪いピョン」
「確かに顔色が悪いべ。今日は部活できそうか?」
声に張りが無いことで、冗談じゃないと察してくれた河田は、今はキャプテンである俺の一番の支えだ。
「…多分、いける、…ピョン」
「しんどかったら言えよ。俺も監督に話せるし」
「ありがと、ピョン」
授業はまだしも、部活はしたい。今は沢北がいなくなって、寂しさを埋めるには何かに夢中になってる方が楽だ。だから、無理をして部活に参加した。結果、それが駄目だった。激しい運動でも最初は我慢していたが、襲ってくる吐き気には耐えれなかった。今にも吐き出してしまいそうなのをぐっと堪え、体育館の外に急いで出る。目の前の草むらで吐けたことが、俺の最後の精一杯だった。立ちくらみすらなく、そのまま倒れて、俺は病院に運ばれ