その姿を見つけたのは、たまたまだった。
シーズンオフに入り、一時帰国してしばらく日本に滞在していた。家族や友人とはそれなりに時間を過ごして、ある程度時間に余裕ができたから、日本でしか買えないものを求めて街に出る。久々の日本の空気にやっぱ落ち着くなと思いつつ、せっかくの日本だからやっぱり一人じゃつまらなくて、誰かを誘えばよかったと、ちょっと寂しく思ったところに、一際目を惹く姿が視界に入った。まさかこんなところで会えるとは。嬉しくなって、思わずダッシュして、その相手の、思いの外細い腕をぎゅっと掴む。
「深津さんっ」
掴まれた事に驚いたのか、普段そこまで大きくない瞳が見開かれた。その顔があの試合のインテンションを取られた時の顔と同じで、こういう顔は滅多に見れないから、そんな表情をまた引き出す事ができて、勝手に嬉しくなる。あの時と違って、既にこの人の魅力を知っている俺は、今のこの驚き様は、凄く可愛いなとしか思えなかった。可愛いのに、見つけた時は、遠くでも惹かれるほどのオーラが出ていた。ジャケット姿の深津さんは身長も相まって、凄くかっこよくて、綺麗で、色気があって、モデルみたいに目立っていて、少し離れて周りに人だかりができるほど、神秘的な雰囲気だった。そんな人を捉まえて、親しく話しかけれる俺は、その辺の奴らより特別な気がして、なんか得した気分になる。ただ、俺の感情とは別に、深津さんは驚きはしたものの、久しぶりに会ったのにいつも以上に反応がなく、どこかおかしかった。
「日本にいたんすね」
俺の声が届いてるのに、無反応な表情でこっちを見ている。何も答えない深津さんに、ちょっと怪訝な顔になる。もしかしたら、エイジがいない状態で話をするのは初めてだから、戸惑っているのかもしれない。そもそも俺と深津さんが、インターハイの試合以外でちゃんと会って話したのは、アメリカでエイジに紹介された時だけだ。たまたまエイジの住んでる地域に行く事があって、久しぶりにご飯でもと誘ったら、会わせたいとエイジが連れてきた。お互いアメリカに拠点を置いてから仲良くなり、プライベートの話をするようになって、その時に深津さんとの関係は聞いていた。でも、試合の時のイメージしかない俺は、バスケにしても人としても最初のインパクトが強烈過ぎて、エイジが心底惚れてるのが、俄かには信じられなかった。凄く仲間思いで、誰にでも思いやりがあって、誠実な人。そう話には聞いていたけど、そんなできた人間だとは到底思えなかった。でも会ってみたら、エイジの言ってる事は本当に正しくて、俺に気を遣い、引くところは引いて、入ってくるところは入ってくる。空気を読むのが上手くて、会話も上手。ずっと話してると語尾のピョンは可愛くなってきて、可愛い人だなと思ったけど、ふとした瞬間に色気がでて、ドキドキもさせられた。なのに、どこかほっとけない雰囲気が漂っていて、目が離せなくて、エイジがゾッコンじゃなかったら奪ってしまいたいと、内心思ってしまった。そんな存在の深津さんとまさか日本で偶然会えるなんて、それもエイジを介さず会えるなんて、運命なのかと錯覚してしまう。エイジなんかよりよっぽど俺の方がお似合いだと思うけど、今はそのエイジの名前を借りて、深津さんとの会話を弾ませる。
「エイジ、元気っすか?」
途端、深津さんの眉間に力が入った。一瞬だったが、初めて敵意を向けられた気がして、ゾワッと背筋が冷える。でもそれはほんの一瞬で、それからはぶわっと瞳に水の幕が溢れた。エイジの名前を出せば、会話が弾むと思っていた俺は、深津さんのあまりの変化に対応しきれなくて、取り繕うように何か言おうとしたら、その前に深津さんが俺を遮った。
「そんなの…宮城の方が、詳しいピョン」
信じられない震えた声に驚いて、俺の心臓がぐわっと膨らむ。そんな俺の焦りを他所に、深津さんは俺が掴んでいた手をバシッと勢いよく振り払い、今にも溢れ落ちそうな瞳でキッと睨んで、それと同時に俺に背を向け、こちらを振り向くこともなく、スタスタと立ち去っていった。
「…え?…なに?」
一体何が起こったのか。
深津さんの行動全てがちぐはぐで、全く頭が追いつかない。ただただ唖然として、去っていく深津さんを追いかけたいのに、時が止まったみたいに、足がぴくりとも動かない。いや、違う。明らかに拒絶されてショックで動けなかったという方が正しい。深津さんに好意を持っていた分、この数秒の出来事で、ずきんと音がしそうなほど、痛みが心に突き刺さった。何で?どうして?深津さんは、こんな事する人じゃない。一度しかちゃんと喋ってないけど、もっと穏やかで、落ち着いていて、聡明で、憂いがあって綺麗な人だった。なのに、なんでこんな態度を。あまりにも以前の深津さんとは似ても似つかない、不釣り合いな行動で、俺の頭はパニックに陥った。その場にどのくらい立ち尽くしただろう。少し冷静になって深津さんの言動を思い返す。
『そんなの…宮城の方が、詳しいピョン』
この言動はどう考えてもおかしい。この言い方だと、まるで俺が深津さんよりエイジの事を分かってるような言い方だ。それに、あの顔。あの顔は見覚えがある。三人で会った時の帰り道と一緒だ。あの時の深津さんもあんなふうに今にも泣きそうで、それで俺は思わず深津さんを抱きしめたんだった。でも今日は最初からおかしかった。明らかにエイジと何かがあった。あの態度から推測して、おそらくはエイジと上手くいってない。何より、深津さんが俺から目を逸らして立ち去る数然、溢れそうな瞳からポロッと涙がこぼれ落ちるのを、俺は見逃さなかった。
「あいつ、なにやったの…」
いや、でも、…と、確信的な何かが浮かぶ。食事をした時の深津さんと今日の深津さん。否定したいけど、考えれば考える程、一つの答えが導き出され、心の中で怒号する。
まさか、…俺が原因?
冷や汗が背中を伝って、頭の中がやばいやばいと警告を鳴らす。でも、自分一人の考えじゃ、結局は推測でしかない。だから、これはもう、当の本人に聞くしかない。俺の頭は瞬時に日本との時差を計算して、あのバカに真意を問いただす事を決めた。