俺とえいじ君が出会ったのは、小学二年生の時。俺は病気を抱えていて、空気のいい田舎の病院に入院していた。調子のいい時は少しだけ病院の敷地内を散歩することができた。その時、怪我をして病院に来ていたえいじ君と出会った。同年代の子と田舎の病院で出会う事は殆どなかった。だから、えいじ君が話しかけてきてくれた時は嬉しかったし、持ち前の明るさでぐいぐいきてくれて、人見知りな俺もすぐに話せることができて、すごく仲良くなった。えいじ君は怪我が治ってからも、ずっと病院に来てくれて、俺と遊んでくれた。えいじ君はバスケが好きで家にリングもあるらしい。楽しそうに話してくれるその顔が好きで、俺もやりたいと言ったら、えいじ君に手を引かれ近くのバスケットコートに連れていかれ、初めてバスケをした。えいじ君が後ろから俺の手を持って、シュートのやり方を教えてくれた。それからは俺の調子のいい時はいつもコートに連れて行ってくれて、いっぱい教えてくれた。その時も、ずっと俺の体を支えてくれて、いつもどこか触れている状態で俺達は一緒に過ごした。えいじくんは俺の匂いが好きと言って、首やほっぺにキスをするようになった。俺もそれをされるのが嬉しくて、されるがままでいつしか、それに言葉が加わった。
「かず君大好き」
「ずっと一緒にいて」
「大きくなったら俺のお嫁さんになって」
いろんな言葉を言われて、俺もそれに答えて、俺達は本当に幸せだった。でも、それは長くは続かなかった。俺の病気は手術をしないと長くは生きられない体だった。このままずっとこの病院で過ごすものと思っていたが、急遽、俺の手術ができることになった。それからは慌ただしく病院を転院して、すぐに手術が行われて、そしてそれは成功した。これでまたえいじ君に会える。そう思って俺はリハビリに専念して体力もつけて、普通の人と同じように生活できるようにまで成長した。元気になった俺は、えいじ君に会う為に前にいた病院に行った。そこでえいじ君の話をしたけど、誰も分かる人がいなかった。仕方なくその周辺のコートがある場所を探し回った。記憶を辿って、病院からそんなに遠くないコートを探す。やっと見つけたコートには数人プレーしてる子がいて、その中にいるかなと思ったけど、見た目の年齢的には中学生で、同い年くらいの子はいなかった。すぐに会えるなんて思ってなかったけど、転院してから既に二年は経過していて、もうこの場所でえいじ君の姿を見つけることはできなかった。近くの学校を探してみようかと思ったけど、地図も持ってないのに迷うことは確実で、さすがに諦めた。少しの間、コートを見つめて柵の横でしゃがんでいたら、髭の生えたおじさんに声をかけられた。「一人かい?」と声をかけてきたおじさんは、バスケットボールを持っていた。この人もバスケをしにきたんだと思って、もしかしたらとえいじ君の事を聞いてみた。
「うーん…見たことないなぁ。でも、その子、バスケが好きならこれから先もずっとやってると思うよ。もしかしたら、バスケの有名な高校を目指すんじゃないかな?君も頑張ってそういう高校に入ったら、全国の大会で会えるかもしれないよ。だから、諦めないで、頑張ってバスケ続けてね」
なるほど、その手があったか!
自分がバスケをすれば、いつかえいじ君に会えるかもしれない。そう思って俺もバスケを始めた。バスケをやってたら、本当にいつかどこかで会えるんじゃないかと思った。中学では予選で敗退して全国に行けなかった。だから高校は名門校に行く事を選んだ。バスケをやりだして分かった事はえいじ君がめちゃくちゃ上手かったという事。だから、ずっとバスケを続けてる可能性が高いし、強い学校にいるかもしれない。勿論、自分もバスケが好きだから名門校に行くわけだけど、どこかでえいじ君に会えるのを期待してる。もしかしたら強豪校の山王に既にいるかもしれない。そんな期待を込めて入った山王に、えいじ君の姿はなかった。全国大会に出場が決まって、試合以外はえいじ君を探す事に注力して、他の学校を隈なく探したけど、見つける事はできなかった。ニ年になって会える期待が少しずつ薄れかけた頃、奇跡が起きた。新入生の中にその姿があった。背が高くて、大人の顔になりかけの成長期の姿で、坊主のせいで小さい時の面影はなかったけど、それでもすぐにえいじ君と分かって、心臓が飛び出そうだった。会えたという喜びと、多分気づいてないなという落ち込みと、一つ上で先輩という立場でどう接しようかという戸惑い。いろんな想いが一気に流れ込んで、その日は目を合わせることができなかった。でも、夜になってそれは起こった。消灯前に寮の部屋のドアが叩かれて、開けると、そこにえいじ君が立っていた。びっくりして動けない体を押されて、部屋の中に入って鍵を閉められる。一連の動きが素早くて可憐で、昔のえいじ君そのままで、俺はどっぷりと昔にトリップした。そんな俺をでかい体が包み込んで、爽やかなテノールが耳元に響いた。
「かず君」
俺はそれだけでイッた。
名前を呼ばれて、脳が溶けそうだった。
えいじ君は、俺がイッてることには気づいてなくて、ぎゅうっと抱きしめて、あの時と変わらない優しい口調で「俺の事、分かる?」と聞いてきた。
「え、いじ、君?」
詰まりながらも名前を呼べば、体を離して少し高い位置から見つめられる。目鼻立ちのくっきりとした顔は、昔より断然いい男になっていてドキドキした。
「嬉しいっ!覚えててくれたんだっ!」
満面の笑みで返されて、またぎゅうぅぅっと、抱きしめられた。体がすっぽりとおさまって自分より大きい事を実感させられる。
「かず君、会いたかった」
本当に、体の奥底から出てきたような声でそう言われて、こっちが堪らなくなった。
「…おれ、も」
「ほんとっ?嬉しい!…かず君、大好き」
「大好き」なんて言われたら、もうダメだ。俺も背中に手を回して、ぎゅうっと抱きついた。
「可愛い。かず君、好き。元気になったんだね」
「手術して、今は問題なく運動できるベシ」
「ベシ⁈その言い方、可愛いね。でも、そっかぁ。元気になったんだ!じゃあ、これからはいっぱい遊べるし、いろんなとこ行けるし、ずっと一緒にいれるね。…あっ、今は、先輩なんだった。先輩ってわかってるけど、二人の時は、昔と同じように話したい。敬語も使いたくないし、かず君って呼びたい。ダメ?」
可愛い声で「ダメ?」なんて言われて、ダメって言う奴なんているんだろうか。寧ろ、俺から頼みたいくらいだ。
「いいベシ。俺もそうしたいベシ」
「やった!かず君、大好き」
耳元にチュッとキスをされて思わず、んっと、肩をすくめる。
「あっ、ごめんね。昔の癖で、つい。…嫌だった?」
「…嫌じゃ、ないベシ」
嫌どころか、嬉しさでまたイきそうになった。
「ほんとっ!良かったぁ…。嫌われたらどうしようかと思った。じゃあ、二人きりの時は、これからもやっていい?」
「…いい、ベシ」
また、してくれると思うと、想像してゾクゾクした。
「かず君は相変わらず可愛いな。今度、いっぱい舐めさせて」
続けざまにそんな事を言われて、更に昇天しそうになった。もう、返す言葉もなくて、ふるふると震えていたら、パッと体を離される。
「ごめんね。嬉しくて調子に乗っちゃった。怖がんないで」
体を離されて、一気に寂しくなって、背中に回していた手で服を掴む。
「ちがっ、」
「ほんと?嫌じゃない?」
「…嬉しい、ベシ」
「良かった。俺もかず君に触れられて超嬉しい。だから、これからも触ったりキスしたりするけど、大丈夫?」
「うん…昔みたいに、してほしい…ベシ」
腕を取られて引き寄せられて、ぽすんと体がおさまる。ぎゅっと抱きしめられて、また耳元にチュッとキスをされる。
「じゃあ、今日はもう遅いから、部屋戻るね。また、こうやって来てもいい?」
「いい、ベシ」
「やった!じゃあ、おやすみのキスしていい?」
キスと言われ、さっきの耳元のキスとは違うのかと考えながら、うんと頷くと、顎をクイっと持ち上げられ、綺麗な顔がアップになる。同時に柔らかい感覚が唇に触れて。ほんの一瞬。触れていた感触がなくって、そこでやっとキスされてると気づいた。ほんとに少しだけ。それでも確実にやわらない何かが触れていて、全身が一気に沸騰した。
「初めてしちゃったね。かず君の唇、思ってたよりも、もっと柔らかい。マショマロみたい。ずっとしたかったから、めちゃくちゃ嬉しい。また、いっぱいさせてくれる?」
きゅるんとした目で見つめられて、頭がぼぅっとしたまま、うんうんと頷く。言葉なんてもう出なくて、ただただキスの感覚が体中を襲っていた。またぎゅっと抱きしめられて、名残惜しそうに頬を撫でられ、最後にもう一度、瞼にキスをされ、おやすみと言い残して部屋を出ていった。一連の動きが完璧で、あっという間に時が経つ。スマートな彼とは違い、俺は暫く動けなくて、ただただ閉じられた扉を見つめる。何が何だか分からなくて、殆どどう返事をしたのか覚えていない。言われたことに対して同意の言葉だけ言った気がする。少しづつ頭がはっきりしてきて、次に頭を襲ったのは、ぐちょぐちょの下半身の不愉快感。興奮の余り、何もせずにイクという、前代未聞な失態をやらかしてしまって、死にたくなった。ただ救いなのは、抱きしめられた時にかろうじて下半身は密着しなかったので、気付かれることはなかったという事。本当にそれだけが救いだった。いつから自分の存在に気づいていたのかとか、この学校に来たのは偶然なのかとか、今になって、いろいろ聞きたいことが溢れてきた。でも、そんな事より、昔と変わらない、いや、昔以上にかっこよくて、紳士で、それでいて積極的な態度にキュンキュンさせられて、されるがままの言われるがままで、ただただ翻弄されて、幸せで、やっぱりえいじ君が好きだと思い知らされた。今でこんなんじゃ、これから先、二人きりになったら、体が大丈夫なのかと不安になる。また抱きしめられたりしたら、自分から求めてしまうかもしれない。もしくはすぐにイく自信がある。
「はぁ、…好き」
いろいろ考え過ぎて、頭の中はパニックになってるのに、結局、出た言葉は、堪らなく愛おしいという想いだけだった。