その姿を見た時、天使がいると思った。
初めて足を負傷して病院に行った時、病院の外のベンチで帽子を被って座っていたその子は、すごく色が白くて、ほっぺがすごく柔らかそうで、唇がぷるんとして、でも全体的にほわんとした雰囲気で、めちゃくちゃ可愛かった。身なりからして多分男の子だろう。男女関係なく、こんなに綺麗で可愛い子を見るのは初めてだった。俺の足は勝手に動いて気付けばその子の前に立っていた。俺の存在に気づいたその子が俺を見た時、俺は天にも昇る心地だった。この子の視界に俺がいる。認識してもらえた。それだけで心は踊り、すぐに声をかけていた。
「君、一人?」
「?…僕?」
初めて聞く天使の声は、めちゃくちゃ可愛かった。
「うん。病院にいるの?体悪いの?」
「ここに入院してる」
「そうなんだ。大丈夫?どこが悪いの?」
「体ん中」
「手術するの?」
「分かんない」
「遊ぶのは?遊んでもいいの?」
「…多分、少しなら大丈夫」
「じゃあ、一緒に遊ばない?」
お願い、誘いに乗って。
見た瞬間から、喋りたい、一緒にいたい、触れたいと、そんな想いが溢れてきて必死だった。咄嗟に出たいろんな言葉はそれなりに自然で、上手く会話できたと思う。
「…う、ん」
「やった!」
躊躇いがちに「うん」と言った時の顔が可愛くて、思わず抱きしめそうになって、慌ててその子の手を握った。手を握ったことにより、今度はびっくりして目を見開いて、それがまためちゃくちゃ可愛かった。
「俺、沢北栄治って言うの。栄治って呼んで」
「えいじ、くん」
「うん!君は?」
「深津、一成」
「ふかつかずなり、くん…いい名前だね!かず君って呼んでいい?」
「うん」
手を繋いだまま、名前を言い合って、お互いの名前を呼んで、バスケ以外でこんなに心がウキウキしたのは初めてだ。
「かず君、どれくらい外でれるの?何時くらいなら会えるの?俺、病室行っていい?」
「わ、かんないから、聞いてみる」
俺の勢いが凄すぎて、ちょっと戸惑って、それでも答えてくれるかず君が可愛い。
「俺ね、バスケしてるんだけど、足怪我しちゃって。病院に来たらかず君見つけて、話したくなって。だから、かず君が話してくれて嬉しい」
へへっと笑うと、ほわんとしたかず君の口元も一緒に綻んだ。天使の微笑みの破壊力は凄い。またしても抱きしめたくなって、ぎゅっと握っていた手に力が入った。
「バスケ?」
そっか、スポーツとか、できないのか。
「うん、知ってる?バスケ」
「分かんない」
「高いところにリングがあって、そこめがけてボール入れるの。試合もするんだよ。五人でチーム作って」
「それ、やってるの?」
「うん、家にリングがあるから、お父さんと一緒にやってる。ボール入れる事をシュートって言うんだけど、シュートが入るとすごく楽しいよ」
「…楽しそう」
「かず君は運動していいの?」
「走ったりはできない」
「ボール投げるくらいならできる?」
「…多分」
「じゃあ、今度シュート教えてあげる」
「…できる、かな?」
「できるよ!俺が教えるから」
そうして俺はかず君に会う為に、ボールを持って毎日病院に通った。かず君は先生から外に出ていい時間を聞いてくれて、その時間ギリギリまでかず君と一緒にいた。近くにコートがあることも分かって、そこに連れ出したりもした。かず君は本当に体が弱くて、いつも帽子をかぶって、歩くのもゆっくりだった。だから、俺はかず君の手を繋ぐ事もできたし、シュートを教える時も、後ろから抱きしめる格好で、かず君がボールを持つ手に自分の手を添えて、一緒にシュートを打つこともできた。後ろから抱きしめてる時、病院の匂いとは別に甘い匂いがして、その匂いが凄くいい匂いで、俺はいつもかず君の首筋を舐めて、キスをして、かず君がもうやめてと言うまでずっと触れていた。けれど、こんなにも楽しく過ごしていた時間は、あっという間に過ぎてしまう。かず君の手術が決まって、ここの病院ではできないから、転院することになったからだ。離れてしまうなんて思ってもみなかったから、最後の日は、ずっとずっと抱きしめて、元気になったら絶対会いに来てと懇願した。でも、小さい俺は連絡先を告げるなんて事は、全く頭になかった。病院に来ればいつかは会えるくらいにしか考えていなかった。だから、かず君が行ってしまってから、かず君に会う方法がないことに気づいて絶望した。でも、かず君に元気になったら会いに来てと言ったから、それを信じて時間がある時は何度も病院に行き、近くのコートでバスケをした。それから二年、俺はまたしても天使を見つけた。コートの外に佇む姿はそこだけキラキラと光って、幻を見てるみたいだった。背が伸びて、体も大きくなって、帽子を被らなくても、元気に立っている。垂れた瞳にふわっとしたほっぺ、そしてぽってりとした唇。一目惚れした相手が、更に可愛く綺麗になって現れた。約束を守って俺に会いに来てくれた。俺の心臓は壊れるんじゃないかと思うくらい、バクバクと振動して、到底、声をかけれる状態ではなかった。一緒にいたテツが俺の尋常じゃない様子に、「ああ、あの子か」と言いながら、天使に近づいていった。俺は一歩を踏み出すことができなくて、ずっと離れたところで様子を見ていた。テツがかず君に声をかけて、会話をしている。羨ましくて、早くその輪に入りたいのに、俺の足は鉛にでも繋がれているかのように、全く動かない。極度の緊張で近づく事ができなかった。暫くして、テツとかず君は歩き始めた。テツは手を後ろで振って、ついてこいとジェスチャーしてきた。多分、かず君を送るためだろう。あんな可愛い子、一人で帰すなんて危険過ぎるから。やはり、向かったのは駅だった。そこまで送って改札で別れる。俺はかず君の後ろ姿をずっと見ていた。緊張で会う事ができなかったなんて、なんて俺は馬鹿なんだろう。かず君の姿が見えなくなるまで、必死でその姿を見ていると、テツに肩を叩かれた。
「追うぞ」
えっ?と思う暇もなく切符を渡され、急ぐぞと早足で改札を抜けるテツの後を、俺も走って着いていき、かず君の行った方向の階段を駆け上がる。ホームにはまだ電車はなく、少し離れたベンチにかず君が座ってる。見失わなようにと急いだけど、気づかれるのもまずい。階段を上がったところで、テツは足を止めた。
「どこに住んでるか、知りたくないか?」
そんなの、知りたいに決まってる。
「知りたい」
テツはへへっと、笑う。
「じゃあ、探偵ごっこだ」
テツは俺が話しかけれない事を分かっていた。
「でも、遠いんじゃないの?」
かず君は、わざわざ転院までして手術を受けた。そんな手術が受けれる病院なんて都会にしかない。
「まぁ、時間もお金もそれなりにかかるかもな。で、栄治はこのチャンスを逃すのか?多分、もう、会えないぞ」
「それはやだっ‼︎」
「じゃあ、行くしかないだろ。せめて家くらいは知っときたいし」
「でも、これ…ストーカーじゃ…」
「お前はかず君の友達だろ。で、お嫁さんにするんだろ?将来のお嫁さんの家を知って何が悪い。まぁ、心配すんな。ちゃんと家まで帰れるか、見守るだけだ。あんな可愛い子、一人で帰らせたら拐われるかもしれないし。でも、栄治は今は喋れないんだろ?喋れるなら声かけるけど」
「うっ、…今は緊張して、無理」
そんなやり取りがあって、結局俺はかず君の家を知るという魅力的な誘いに負け、かず君の後を追い、かず君の家を知った。それからは定期的にかず君の家を見に行った。学校も知ったし、バスケをしてることも知った。毎回毎回、姿を見るたびに綺麗になっていく。かず君の健康的で膨よかな体は、例に漏れず思春期の俺のオカズになった。毎日毎日、俺の中で犯されるかず君。山王に入ったと知って迷わず俺もそこに決めた。元々行きたいと思っていた高校だ。かず君が俺が行きたいと思っている高校に入るなんて、どう考えても運命としか言いようがない。バスケで日本一になるのは勿論、絶対にかず君を手に入れる。俺はあの日の反省を踏まえて、毎日、かず君と会った時のシュミレーションをした。いろんなシチュエーションを完璧にする為に。俺に夢中にさせる為に。絶対に逃さない為に。俺は完璧な男になると決めた。