『カズがノアとアシスタント契約を結んだらしい』
それはチーム内でもすぐに噂になった。でも、誰もあまり驚かない。それは深津さんがそういう人材に適してる事を意味していた。まだ早いんじゃないかという意見も聞こえたが、概ね、みんな納得してこの事実を受け入れた。ただ、深津さんはみんなから好かれてる。
「カズがいないと寂しい」
「エージ、カズはいつ帰ってくるんだ」
みんな口々に俺にそう言ってきて、深津さんの情報を聞き出そうとする。でも、そんなのは俺が知りたい。誰よりも深津さんは俺を避けている。これから深津さんの話を聞くことができるのは、俺以外の誰かから。
なんで?
どうして?
俺が嫌だった?
好きじゃなかった?
でもよくよく考えたら、深津さんから好きって言われた事がない。高校の時に、俺から告白して、無理矢理体を繋げて、それで今までずっと上手くやってきたから忘れていた。行動で示してたつもりだったけど、馬鹿だな、俺は。深津さんの気持ちをちゃんと聞いたことがない。自分が頑張れば、深津さんは自分のものにできると、ずっと思って行動してきた。それはそれで間違ってはいないけど、それに言葉が伴ってない。深津さんの気持ちも聞いてないし、俺だって、最初の一度きりでそれ以来、ちゃんと気持ちを伝えてない。全部、何もかも、俺の勢いと想いだけで成り立っていた関係だった。だから、今になって、なんで?どうして?と、根本的な疑問しか考えられない。普通なら“好き”が大前提にあって、それとは別にここが嫌だとか、こうしてほしいとか、そういう具体的な問題が出てくるもんだ。でも最初から言葉が足りてないから、何が嫌なのかも分からない。頑張ることだけをやり続けていた俺には、追いかける術を持っていない。正直、これからどう対処すればいいのか、どう動けば正解なのか、全く分からない。動いたら動いたで、何もかも裏目に出そうで、それが原因で本当に深津さんを失いそうで、その恐怖が付き纏って何もできなくなってしまっている。深津さんがいなくなって、十日経ったあたりから、俺のファンも異変に気づき始めた。情報収集は俺より優れているから、もう、どういう状況かも把握している。心配そうに聞いてくるのを、困った顔で返す事しかできなかった。
「あのね、エージ。…もしかしたら、私達が悪いのかもしれない。最初、カズがこっちに来た頃に、エージが遠征に行っていない時、カズのこと狙ってる奴らがいっぱいいたから、みんなでカズに近づくなって牽制してたの。その時カズってまだ言葉分かんないから、結構酷い言葉を浴びせてたんだけど、でも、少しでも分かってたなら…エージがいない時に、散々酷い事言われたら、エージに近づくなって言われてるって勘違いしてたかも」
ああ、それはあり得るなと、心当たりを思い出す。深津さんと少しでも一緒にいたくて、車での送り迎えは俺がしてたけど、途中からあまり人がいないところで降ろしてくれと言われるようになった。最初はチームに馴染む事に必死だったから、俺といることはなかったけど、二年経っても基本的に俺の側にはいなかった。立場や目的が違うから疑問に思わなかったけど、今考えたら、もう少し俺との絡みがあってもいい。寧ろ、俺の普段の行動で考えると、ないとおかしい。この時やっと、俺も上手く突き放されてたんだなと、深津さんの巧みな戦略にはまっていた事に気付かされた。山王の一年からスタメンでPGでキャプテンで、そんな人が、周りのいろんな目に気づかないなんてあり得ない。いろんな事を察して、周りに気づかれないように行動するのは、やっぱり天才的だと思う。ノアが初めて深津さんに会った時に欲しかったと言っていたのは、あながち間違ってはいない。だから俺の提案にも乗った。ただ、今回の契約はノアが絡んでる。ノアも深津さんも考えてる事なんて分からない。ノアの提案なのか、深津さんが希望した事なのか分からないけど、俺の気づかないところで上手く突き放された。
「エージ心配しないで。私達がカズを探すから!」
「エージとカズが離れてるなんて絶対、嫌。耐えられない」
「カズはエージの側にいないとダメ」
「エージとカズがイチャついてるのを見れないなんて、もう、絶望しかないわ」
「ああ、カズ。お願いだから戻ってきて」
口々に皆んなが、深津さんへの思いを吐露する。俺も一緒に弱音を吐けたらどんなに楽だろう。
「ありがとう。でも、深津さんに迷惑かけたくないし。…深津さんがいなくなったのは、…多分、俺のせいだから。俺自身がどうにかしないと。だから、俺、まずはバスケ頑張るから。バスケ頑張って、俺がもっといい男になって深津さんを取り戻すから。だからみんなが応援してくれたら、それが全部、俺の支えになるよ」
「「「「エージィィィーーーー」」」」
みんなが泣き出して、一斉に抱きしめられる。
「エージ、大好き」
「ずっと、エージだけだから」
「私だけはエージの味方」
「何があっても逃さないで」
「他の人に取られるなんて嫌」
「絶対、結婚して」
そんなファンに一人一人ハグをして、誠意に応える。後ろで「ヒュー、ヒュー」と仲間の揶揄う声が聞こえたが、今はそんな事どうでもよくて、みんなが深津さんとのことを心配して、親身になってくれる事が、俺にとっては一番の救いだった。