南北の出会いの話ぼんやりと空を見上げる。
視界いっぱいに広がる青空が目に痛くて、少年は眉を顰めた。
ここだけ見ればノスタルジックでセンチメンタルだなぁ…等と思いながら少年は自らが腰掛けている下に積み重なった敗者共をちらりと一瞥した。
学校をサボり彷徨いていた所に突っかかってきた馬鹿共だ。
別に喧嘩が好きな訳では無い。
よくある話だ。厳格な両親に対する反抗がエスカレートしみるみるうちにこんな所まで来てしまった。まぁ、戻る気もないのだが。
は、と溜息をつくと視界の端に小さな靴が映る。ゆっくりと顔を上げると小学生くらいの少女がじっとこちらを見つめていた。
「……なに?」
子供は嫌いではないが好きでもない。
泣いたり騒がれたら厄介だな、とぼんやり思った。
「…おにーさん、痛い…?」
「は?」
なんの事か理解出来ずパチパチと瞬きを繰り返してしまった。
痛い…?別に怪我なんかしてないし痛いところなど見当たらない筈だ。
「…すだこはね、ここ、たまにギュウって痛くなるの。おにーさん、同じ顔してた」
そう言って自身の胸を押さえる少女。
一瞬、心臓等の病かと思ったが違う。
彼女が言いたいのは胸の痛み、心の痛みについてだ。
ぽかん、と口をあけ間抜けな顔をしてしまう。
こんな年端もいかぬ少女に同情されたのか、とかそもそもその歳でそんなに辛いことでもあるのか、とか色々な感情が綯い交ぜになり言葉にならない。
「……おにーさん?」
「…み…。」
「え?」
「南森。俺の名前。お前は?」
「北海…北海すだこ…です。」
「北海…あぁ、あの豪邸の」
北海と言えば近所の金持ちの家だ。
なるほど、言われてみれば確かにいいものを身に付けている。
それが少年と少女の出会いだった。
フラフラと夜の道を散歩していると街頭に照らされたコンビニの袋を一生懸命に持ち運ぶ見慣れた後ろ姿を見つけた。
「すだこ?」
「…ぁ、南森さん。こんばんは…。」
「だから呼び捨てで良いって。何してんの?持つよ。」
「あっ、ありがとうございます…。夕飯を…買ってて…」
「ふーん。大変だな。」
こんな幼い少女が1人で夕飯の買い出しなんて少しおかしいなとは思ったが、両親忙しいって言ってたもんなぁ、と深く考えずに返した。
今考えたらあの時に気付くべきだった。
だけど、馬鹿な俺は5回目にしてようやく気付いた。
北海すだこは両親から虐待を受けている。
正確に言えばネグレクトだ。
とはいえ、その事実に気づいたからと言ってガキの俺に出来ることなど無いに等しい。
それでも俺は彼女を放って置けなくて北海家に入り浸る様になった。
入り浸ると言っても、簡単な飯を作ったり一緒にゲームをしたりするくらいで悪いことなど何もしていないし健全そのものだった。
が、世間はそうは思わない。当たり前だ。
不良の中学生が毎日毎日金持ちの小学生の家に押しかけている。
その噂は俺の両親にも、すだこの両親にも伝わった。
当然といえば当然だが、弁解する暇もなく俺は自宅謹慎とすだこへの接触禁止が言い渡された。
それから暫くした寒い日の夜。
俺のスマホに1件の着信が入った。発信者は北海家だった。
俺との接触禁止はすだこも知ってる筈だ。
嫌な予感がして通話ボタンをフリックする。
「…もしもし?すだこか?」
電話口からは何も聞こえない。
いや、微かにノイズみたいなものが聞こえる。
音量を上げていくとそれは苦しそうな息遣いだと言う事が分かった。
「…た…けて…おに…ぃさ…」
ぜぇはぁと、息も絶え絶えなすだこの声がした。
気が付いた時には上着を掴んで部屋を飛び出していた。
「すだこ!!!おい!!開けろ!!!」
ドンドンと深夜にも関わらずドアを叩く。
「頼む!!!なぁ!!!!」
騒ぎに目が覚めた近所の人の通報で俺は警察に保護され、安否確認の為に突入した北海家では高熱で倒れたすだこが発見された。
後から両親に聞いた話だと、すだこが握り締めていた電話には両親への着信が数件と、最後に俺への着信が履歴に残っていた。
危ない状態だった彼女は何とか回復したそうだが、後遺症が残ったと聞いた。
で、見舞いに行ったら「おにーさん誰ですか?」って目が死んでる北海に言われて数日後引っ越した北海家。そっからバリバリ勉強して精神、脳関係の医療知識ゴリゴリ詰め込んだ南森。何の手がかりもないとこから妹に接触して現在という執着心のエグい男。
もっと早く見つけてやればとか俺が真面目にしてればとか色々負い目があるせいで歪んでんだよなぁ、こいつ。
業が深い。