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    いさは

    @isaha_tatumi

    だいたいリンバスのダンテ右を書きたい人です。

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    いさは

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    ダンテとイサンくんが星を見る話です。イサダン🪶⏰です。たぶん。

    炎を見る人〈ねぇ、イサン。よかったら今晩、星を見に来ない?〉

     世間話の延長のような気軽さでカチコチと針を鳴らしたダンテが、そう言って一瞬だけイサンの方を向いた。
     それが周りに聞こえないように──ダンテの声は囚人にしか届かないが、その中でも伝えたい人を選ぶことができる──まるで内緒話みたいに言ったことに気がついたのは、管理人の隣に居たイシュメールが「今何か言いました?」とダンテに聞いたからだ。
     〈なんでもないよ〉と管理人は言って、それからこちらに目配せをする。目がないので、実際はそういう気配がしただけだが。先ほどの問いかけの答えを待っているのだろう──イサンはひとつ頷いた。
     
     管理人はその答えに満足したかのように、別の囚人と話し始めてしまった。今日の鏡ダンジョンで使う人格を決めているのだろう。ダンテの隣を陣取った、イシュメールとウーティスのアドバイスが聞こえて来る。ファウストは……ヴェルギリウスと何か話しているようだった。
     自身の席に座ったイサンは、ふむ。と考え込む。はたしてダンテは一体どういった意図でイサンを誘ったのだろうか。それも、他の囚人たちに内緒にして。
     何かの隠語か。でもそれだったらああにもコソコソと、夜更かしを告白する子供のような言い方はしなくてもいいはずだ。それに、ダンテはあまりわかりにくい方向で言葉を濁すことはしない。文字通り“天体観測”に誘っているのだろう。
     ──しかし、“星”とは。

     考えに沈んでいた頭が、控えめに肩を叩かれる感覚で、急速に浮上した。隣に座ったシンクレアが、あまりにぼぅとしているイサンに気を使ったらしい。
     囚人はもう全員席に座っていて、前に立ったダンテがカチカチと今日の業務内容を話している。あまり変わり映えしない業務内容だった。

     筒がなく業務も終わり、ファウストに視線を向けられたダンテは、いつも通りの文言を口にする。バス内に満ちた空気が明らかに弛緩するこの瞬間が、イサンは嫌いではない。むしろ、好ましいとすら思っている。
     でも今日は、他に拘うことがあったのだ。
     賑やかに話している囚人たちが廊下の向こうに消えていくのを見送り──ドンキホーテからの誘いをやんわりと断り──イサンは目当ての人物がこちらにやって来るまで、じっと席に座ったままだった。
     ダンテは不寝番じゃない日も、囚人たちとよく話しているから、だいたい廊下へ行くのは最後になりがちだ。今日の不寝番のムルソーは、たいして興味もなさそうな顔をして、イサンとダンテを見てすらいない。

    〈待たせた?〉
    「然程にも。して、ダンテ。されば何処に……」

     イサンの言葉にダンテは〈こっちだよ〉と“廊下”を指差した。
     いつぞやのように規制線を超えると言うことはしないと思う──案内人の赤い目で睨まれるのは、このバスに乗っていなくとも常人であれば忌避するだろう──が、では一体ダンテはどこへ行こうと言っているのだろうか。

    〈さ。入って〉

     そうして招かれたのは、彼の自室だ。
     管理人の自室に囚人が訪れるのは、そう珍しいことではない。他愛のない雑談の延長だったり、業務への文句か、もしくはヴェルギリウスへ回すまでもない面談か。とにかく、この部屋へ訪れる話題には事欠かないのがこの旅だから。
     星は。とイサンは試しに部屋の中を見渡してみる。
     アンティーク調の同じ色相で統一された部屋は、おそらく“廊下”から繋がるどの部屋よりも、“廊下”の印象の延長線上にあった。薄暗い、木目の目立つ部屋。一瞬雑多に思えるのは、荷物の多さより業務に必要とするものが多いせいだ。ダンテ本人の私物が少なく感じるのは、大きさの割に隙間が目立つ本棚を見れば、勘違いでないことがわかるだろう。
     少なくとも、星とやらがあるようには見えない。あるとしたら映写機で投影するか、などだろうか。
     イサンを誘った管理人はと言えば、いつも羽織っている赤いコートを脱ぎ、ラフな服装のまま執務机にPDAを置いたところだ。コートで嵩を増していない管理人の姿は随分と貧相に見えた。

    〈イサン? なんで入り口で固まっているんだ?〉

     こてりと頭を横に倒したダンテは、しかしすぐに〈まあいいや。ほら、星を見よう〉とイサンの手を取って、いそいそと部屋の奥へ連れて行く。
     執務机の向こう。部屋の奥に隠れるように、申し訳程度の寝台が置かれていた。本当に狭くささやかなそれは、カプセルホテルもかくやだ。寝返りもろくに打てないだろうそれは、しかし管理人が眠るのにはちょうどいいのだろう。この管理人の睡眠はひどく浅いものだから。
     執務机に備えられた椅子を出して、イサンをそこへ座らせたダンテが〈少し待っていて〉とどこかへ行く。言われた通りなっているが、少し落ち着かない心地でそわそわしていれば、パチンと言う軽い音と共に部屋の明かりが落とされた。

    「……ダンテ?」
    〈明るいと星はよく見えないでしょ?〉

     そう管理人は得意気に言って──寝台の向こうにある窓、それにかけられた分厚いカーテンに手を伸ばした。
     ダンテの部屋の窓には何もない。囚人たちの部屋の外は、少なからず自身の過去と罪を浮かび上がらせる何かがあるのに。過去をどこかへ消した、時計頭の管理人の部屋の窓は、何も映すことはない。
     それが嫌なのだ、とダンテが言っていたことをイサンは覚えている。

    「──」

     すぐに引き止めることはできなかった。いつもイサンは頭の中でものを考えてから話す人だったから。
     でもそれでよかったのかもしれない。息を呑んだ理由は、ダンテの明るい声にかき消された。

    〈ほら、見事だよね〉

     ダンテのうちにある星を、囚人全員が感じたことがある。暗澹たる暗闇の中、煌々と光る星。
     その海。星海が、狭い窓いっぱいに煌めいてはさざめいている。
     ゾッとするほどうつくしい光景だった。

    「確かに見事なり、ダンテ……そなたの窓に、これほどの景色が広がるとは。されど、ダンテ。そはそなたの心に……」
    〈何かおかしなところがあるからだって?〉
    「いや……私はただ、そなたの心が安穏なればと」
    〈君は心配性だね、イサン。でも安心して。あのヨンジンビルの時みたいに、故障したわけじゃないから〉

     あれもたしかにゾッとするような経験だった──イサンはちらりと管理人を見た。炎は音頭を持たず、何も燃やすことなく揺らめいている。
     本当は、ダンテに“故障”などという言葉を使ってほしくはない。しかしそれを指摘するのも……憚られて、イサンは再び窓へ視線を移した。

    〈たまに、この窓もこんな光景を映すようになったんだ。君たちとの旅で、私もいろいろ経験したからかな。それで……前、こうしてこれを見たとき、君と見たいと思ったんだ〉

     だってこんなに綺麗なんだもの、誰かと共有したいでしょう? そう言って、ダンテは首を傾げた。
     イサンはそれに無言で返した。気恥ずかしくなったからだ。その“誰か”に対して、真っ先に自分が上がったのが、どうにも収まりが悪く、落ち着かない気持ちになる。悪い気分ではなかった。

    「ダンテ……その。また星の降るは、私を誘わずや?」
    〈また見たいの? ふふっ、いいよ。星がやってくるのに規則があるわけじゃないけど、来るときはわかるから〉

     ダンテは狭いベッドに腰掛けて、窓を見上げるような仕草をした。
     夢中になっているダンテに、それ以上何か言葉をかけるのも憚られて、イサンは椅子に深く腰掛ける。
     薄暗い部屋の中、恐ろしいほどに光る星々の灯りと、ぼんやりとした炎が揺らめいている。うつくしい光景だった。
     それこそ本当に、ゾッとするほど。
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