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    iria

    @antares_1031_

    小説と後書き置き場です

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    iria

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    ろささ週ライお題「はにかみ」「雲間」をお借りして書きました。
    少女漫画展開です。

    風呂上がり、リビングに戻ってみると机に突っ伏して寝落ちている簓の姿があった。先に風呂に入れておいてよかった、と思いながら冷えたビールを片手に隣に座る。机の上には空の缶が多数、中身が残っている缶がちらほら。テレビは付けっぱなしで、けたたましい笑い声を響かせている。酔っ払って寝てしまうなんて、簓にしては珍しい。だいたい先に潰れて寝てしまうのは盧笙の方だ。よほどの量を飲んだのか、それとも疲れていたのか。おそらくその両方だ。
     プシュっと小気味いい音をたてて缶を開け、しばらくぼんやりとテレビ画面を眺めていたら、新しい恋愛ドラマのCMが流れた。幼馴染同士のもどかしい恋愛模様を描いたドラマだそうで、人気の若手女優を主演に、いま話題の男性アイドルが相手役をするらしい。【いつの間に、こんなに好きになったんだろう】というキャッチコピーと共に、初夏のような爽やかさを感じさせる主題歌が流れてきた。盧笙は横目で簓の寝顔を見た。普段の騒がしさとは打って変わって、あどけない顔で静かに寝息を立てている。そっと前髪に触れる。さらりとした感触が、ざわりと感情を加速させる。
     手に触れたい、頬をそっと撫でたい、強く抱きしめてみたい、もっと近くにいたい、自分にだけ甘えて欲しい、そしてなんでもしてやりたい。全部を打ち明けてしまいたい、ずっと隠していたい。まさか、自分がこんな感情を簓に抱くようになるなんて。
     白膠木簓とブラウザの検索窓に打ち込むと、「番組」「ラジオ」などと一緒に「彼女」「結婚」とサジェストに出てくる。興味本位で目を通してしまい、自己嫌悪に陥るなんてことはこの感情を自覚した時にとっくに経験済みだ。
     どれも共演時のリアクションやアップされたSNS、雑誌やラジオでの発言などを切り取って、都合の良いように湾曲した解釈がなされている。この中に真実などないと思う。
     …いや、思いたいだけなのかもしれない。簓のことだ、きっと恋人がいても決して周囲に悟らせはしないだろう。鈍感な自分なら尚更。多分ある日突然「あっそうそう、今度結婚することになったわー!」と、新しい番組が決まったかのように報告してくると思う。そもそも恋愛トークなんて滅多に話題に上がることすらないのだから、急に結果報告がなされても不思議ではない。
     その時、「結婚おめでとう」という友人としての祝いの言葉が、きっと薄っぺらい台詞になる。こうしたもどかしく焦る気持ちと表裏一体のように、このままの関係を壊したくないという願いもくっついて回る。テレビの中の恋愛模様よりもずっと複雑で、幼稚な衝動を秘めたまま、ただ隣にいる。
     最後のビールをぐいっと飲み干す。口の中に苦味が広がって、炭酸が喉を駆け降りていく。相変わらず簓は起きる気配がなく、無防備な姿で眠り続けている。
     こんなに拗らせるなんて。
     恋愛経験が全くないわけではない。しかし相手が簓だ。元相方で、チームメンバーで、大切な友人で、同性。これまでとは勝手が違いすぎる。じぃっと、耳珠に鎮座するピアスに視線を向けた。いつ、どうやって開けたのだろう。再会した時から気になってはいるのだが、話題にできるようなきっかけもなく、なんだかんだ聞くに聞けないでいる。解散してからの空白の数年、何を思い、考え、生きていたのだろう。なんでも知っているようで、肝心な部分は何も知らない。それも、もどかしさを助長させる要因の一つだ。
     そろそろ夜も深くなってきた。お互い明日は早くから仕事だ。どうせいつものように泊まっていくつもりだったのだろう、せめて寝室に移動してもらいたい。
    「簓、ちゃんと布団で寝な」
     盧笙の部屋着から伸びる腕を軽く小突くが、ぐっすり眠り込んでいる。軽く掴んで揺さぶっても、眉をわずかに顰めただけだ。
    「なぁ、ささら、」
     目が回るくらい忙しいはずなのに、なんで時間をつくってまでわざわざ頻繁にこの部屋に上がり込むんや? ごっついタワマンなんかに住んどんのに、別に主要駅にアクセスがいい訳でもないここに、なんで当たり前のように泊まりにくるんや? なんで他愛のない、心底くだらん二人だけの会話の中で、テレビでは見せやんような顔で笑うん? どうしてあんな風にお前から逃げた自分なんかと、もっかい組みたいなんて言うたんや。
     肝心なことはいつだって聞けずじまいで。しかし聞けないからこそ、妙に自分にとって都合のいい方向へ受け取ってしまいそうになる。これではネットの憶測記事を馬鹿になどできない。
     
     よく回り、巧みな言葉でいつだって万人を笑わせる魔法のような口の端に、自らの唇でそっと触れた。端にしか口付けれない意気地無さに、力なく自嘲するしかない。
     顔を離し瞼をひらくと、簓の金色の瞳に見つめられていた。全身から一瞬で血の気が引いていく。最悪の展開ばかりが頭を駆け巡り始める。酔っ払ってつい魔がさした、なんて最低の言い訳しか思い浮かばない。とにかく離れようと身じろぐと、簓の手が自分の手に重ねられた。
    「もっかいして」
     予想外の言葉に動揺を隠せずにいる盧笙を無視して、簓が顔を寄せる。今度は端ではなく、確かに唇を合わせる。ちゅっ、ちゅっと啄むように軽いキスを繰り返し、ぺろりと唇を舐め上げると、わずかにぴくっと肩を震わせ、招くように唇をひらいた。そのまま舌を差し入れると、アルコールの匂いが鼻に抜けていき頭がクラクラしてくる。だんだんと深く重ね合わせ、互いを味わう。
     これはきっと、酔った勢いだ。
     
     ◆
     
     翌朝、盧笙が目を覚ますと、簓が先に起きて昨夜の後片付けをしていた。
    「おっ、自力で起きたか! おはよーさん」
     いつも通りの振る舞いをみせる簓に拍子抜けし、そして同時にひどく安堵した。どうやら、昨夜のことを覚えていないらしい。もしくはそういう事にしておきたいらしかった。
     片付け、ありがとうなと声をかけ洗面所へ向かう。歯ブラシにミントの香りがついたペーストを出して、無心で口の中に突っ込んだ。昨夜の高揚と、後悔と、気まずさと、いま生まれた寂しさをまとめて泡と共に吐き出す。今日も仕事だ。
    「ろしょーすまん~、時間やばいから、ちょお先に洗面貸してくれん?」
     ひょこひょこ寝癖を跳ねさせながら鏡越しに簓がやってきた。あまりにもいつも通りの、そしていつもより変な寝癖をつけた簓に思わずふっと笑ってしまう。
    「ええで、はよ支度し」
     洗面台を明け渡し、リビングへと戻った。冷蔵庫からお茶を出してコップに注ぎ、ごくりと飲み干す。そのまま流れるようにテレビをつけて天気予報を流す。今日の天気はあまり良くないらしい。窓の外を一瞥すると、曇り空が広がっていた。気象予報士が「今日は時々にわか雨が降りそうです、お出かけの際は折りたたみ傘を持っていってください」とアドバイスを視聴者に向けて言っている。折りたたみ傘、簓の分もあったかなと考えるが、手持ちは一本しかない。自分が普通の傘を持っていけばいいか。いや、そもそも移動は殆ど車のはずだから折りたたみ傘はいらないのかもしれない…と考えつつ、必要かを聞きに洗面所に戻る。
     ちょうど顔を洗い終わった簓がタオルに顔を埋めて、はああぁぁぁーっと、うめき声と盛大なため息のちょうど中間のような声を吐き出しているところに出くわしてしまった。その声色には確かに後悔の色が滲んでいる。
    「…簓、」
     盧笙の呼びかけにビクッと大きく肩を震わせて、振り返る。
    「なっ…なんや! おったんか…!」
    「あー…、すまん。やっぱり嫌やったよな…」
     その…昨日の夜の、と盧笙は俯きがちにはにかみ、ポツリと言葉を零す。改めて昨夜自らがしでかした事、簓の唇の感触や吐息の熱さをありありと思い出してしまい、さらに照れ臭くなってくる。返事を促すようにチラと目線を簓の方へ移すと、簓は決して合わせまいと明後日の方向へ目を泳がせている。
    「えっ…あー…、うん、いや…、嫌って訳と…ちゃうけど…」
     普段の饒舌さは微塵も感じられないくらい、もごもごと、盧笙と同じようにはにかみながら小声で口籠っている。
    「えっ…嫌やないんか…?」
     聞き間違いではないだろうか、と改めて確認しようと距離を詰めた瞬間、簓が大きな声でそれを静止した。
    「…っ! もー! あかん! 時間あれへん!」
     その一言で反射的にパッと時計を見ると、盧笙が家を出る時間も差し迫っていた。
    「うわっほんまや! ヤバい!」
     このままでは遅刻してしまう。教師として、売れっ子人気芸人として、それは決して許されない。二人は一気に現実に引き戻され、大慌てで支度にとりかかった。
     先ほどまで空を覆っていた雲間からほんのわずか、透き通った青空が垣間見えたが、あまりに短い時間だったのでどちらも気がつく事はなかった。社会人の朝は往々にして慌ただしい。
     そんな二人がお互いの気持ちに気がつくまで、あと少し。
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    iria

    DONEお題「願いごと」「銀河」をお借りした小説です。
    しくじった。深夜の横浜、中華街。昼間の観光地らしい賑わいとは様変わりして、深夜はほぼ全ての店のシャッターが閉まり、しかし対照的にギラギラと大きな看板の灯りが照っている。
     簓は息も絶え絶え、追っ手から逃げている最中だった。片足を引きずりながら薄汚い路地裏へと転がり込むように身を隠した。暴れる心臓を押さえ込むようにぐっと息を潜め、周囲を伺う。どうやら人の気配はないようだ。その瞬間、急激にどっと疲労と痛みが体を襲った。
     張り詰めたものがプツンと切れたのと同時に、簓はズルズルとその場に座り込んだ。するとすぐにスラックスがじわじわと湿っていく。どうやら排水が地面に溜まっていたようだ。
     そんなことは気にする間もない。息をするたびに刺すように痛む肋骨はどうやら数本折れていそうだ。引きずっていた右足を見ると、足首がありえない太さに腫れ上がり、どす黒い紫色に鬱血している。かなり熱をもっているようだが、痛みに反するように感覚は鈍い。先ほどから何故かズキズキと痛む左手を見てみると、薬指の爪から血が出ていた。爪が半分剥がれかけている。額や瞼の切り傷からも出血し、他にも数える気にもなれないほどの擦り傷や、打撲の跡が全身にあった。青色のスーツに吸い込まれた血液は、濃紺のシミをつくっている。
    2207

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