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    iria

    @antares_1031_

    小説と後書き置き場です

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    iria

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    週ライお題 「乱反射」「制汗剤」をお借りした小説

     早朝の人気のない電車内。簓はイヤホンから流れる音楽をぼうっと聞き流しながら、肩にもたれかかっている盧笙の重みを感じていた。昨夜は緊張と興奮とでなかなか寝付けなかったと言っていたが、簓も同じようなものだった。なんせ初めてのテレビロケだ。無理もない。
     他県の海水浴場に設置された海上アスレチックに向かうため、二人して始発の電車に乗り込んだ。最寄駅からロケ地までは片道四、五時間かかる。海上アスレチックを体当たりでレポートするロケは、関西でのみ放送されるローカル局の深夜番組内で放送される予定だ。駆け出しの若手芸人に送迎などは勿論なく、今回はマネージャーも別件のため同行しない。交通費だって自腹だ。出演料と比べると決してプラスにはならない。むしろマイナスだ。それでもテレビ出演に変わりはない。小さな深夜帯のローカル番組でも、たった数分のワンコーナーでも、電波に乗って放送される。今回の仕事が次の何かに繋がるかどうか、自分たちにかかっている。そう考えるほど、また緊張感がぶり返してきた。気持ちを落ち着かせるために深く息を吸うと、盧笙の匂いがふわりと混ざった、電車の心地よい揺れに、いつの間にか眠ってしまった相方をじっと見つめる。眼鏡のレンズの奥に、長いまつ毛が朝日でキラキラと光る。先程の緊張とは違う意味合いの鼓動がドキリと混ざった。すぐに気づかないフリをし、手元の進行台本に目を落とす。
     
     ◆
     
     日差しは真上から少しだけ傾き、時刻は一四時半を少し過ぎた頃。二人して海水浴場を後に、最寄りのバス停までぞろぞろと歩いている。堤防の向こう側には、水面が日の光を眩しいくらいに乱反射させていた。シャワーを浴びたとはいえ、肌は海水でベトベトするし、足元には細かな砂が纏わりついている。二人して何も考えずにいつものスニーカーを履いてきてしまったから、靴の中にも砂が入って歩くたびに僅かな不快感が積もっていく。ロケの結果は散々なものだった。
    「…全っ然あかんかったなぁ~」
     ぽつりと簓が漏らす。二人して緊張して、ノリと勢いだけで押し切ってしまった。そういうのが若手芸人らしいと言えなくもないが、果たして放送できるような内容になっていたかどうか…。簓にしては珍しく全く自信がない。
    「オンエア怖すぎるわ…見たないな」
     盧笙も意気消沈した様子で言葉を返す。
    「ってかホンマにオンエアされるんかな…ほとんど使われへんかったりして」
    「…それ笑えんな…」
     そんなことを話しているうちにバス停へと辿り着いた。次のバスまでどれくらいの時間があるかと確認してみると三〇分はかかりそうだ。海水浴場があるとはいえ、片田舎のバスだ。本数は決して多くはない。もちろん、周囲には時間を潰せそうな場所もなく、仕方がないのでバス停で待つことにした。錆びついたトタン板がくっついた屋根のおかげで日陰にはなっている。木製ベンチに腰掛け、ガサガサとビニール袋を揺らしながら海の家で買ったたこ焼きを取り出す。六個入りを分け合って食べ始めると同時に、今日の反省会が始まった。劇場で漫才をするのとはまた違ったロケの難しさというのを身を持って痛感した。まず何をどうすればいいのか、目の前に客がいる状態の劇場とは勝手が違って正解が見えづらい。ああすればよかった、これはやりすぎだったかもしれない、など二人で話しているうちに映像を見て研究する他にこればかりは場数を踏むしかないか、と結論に至った。じわじわと汗が滲んで、ぽたりと顎先を落ちていった。
    「あーっあかん! 盧笙あれ貸して、あれ」
    「おっまえ自分で持ってこいや」
     雑なジェスチャーと「あれ」という単語だけで伝わったようで、自分のリュックから汗拭きシートと制汗剤を取り出して簓に手渡してくれた。Tシャツの中に手を突っ込みシートで体を拭くと、一瞬で日焼けした肌がひやりと冷めていく。隣で盧笙も同じように体を拭いている。Tシャツの裾からチラリと肌が見えた。思わずパッと目を逸らす。
    (あぁ違う違う、いまの間違った)
     いたたまれない感情を誤魔化したくて盧笙に向かってシューっと制汗スプレーを噴射した。ビクッと大袈裟に体を震わせて、うわっと大声をあげて驚く姿がおかしくて笑ってしまう。
    「あっはっはっ!!」
    「…! 簓っ! 何すんねん!!」
     すまんすまん、と軽くあしらう。
    「ほんまにええリアクションするなぁ! 今日のロケもリアクションだけは最高やったもんな」
    「だけって! そこだけ褒められてもあんま嬉しないわ」
    「そぉか? 俺は羨ましいけどな、そういうとこ。だって障害物あるところはめっちゃ綺麗に飛んだのに、そのあと何にもない直線であんな風に足滑らすか?! 空中で空回ってたで! あかん…思い出して笑えてきた…っふ…はははははっ!」
    「ほっとけ! それをいうなら簓、お前巨大滑り台でビビり過ぎや! 珍しく顔にめっちゃ出とったで!」
    「いやあれは誰でも怖いやろ!」
    「いやその後俺がやった飛び込みのが怖いて!」
     …やっぱり楽しいわ。どんだけロケがうまくいかんくっても、劇場で全然ウケんくても、確かに悔しいし不甲斐ないけど、でも盧笙とやったら何とかなる。そう思える。簓は胸の中でひとり噛み締めた。
     二人でひとしきり笑い合った後、盧笙が簓を真っ直ぐ見据えてこう言った。
    「お前と組めてよかったわ」
     眼鏡のレンズとその奥の瞳が、まるで乱反射した光のように眩しくて、グッと胸の深くを刺されるような衝動があった。その目に何度射抜かれただろう。
    「せやろ! 大正解やで!」
    (ほんまに盧笙はいつでも真っ直ぐやね、俺の気ぃも知らんと)
     養成所時代からずっと、何度も勘違いだと言い聞かせてきた。何度も捨てようと、消そうと言い聞かせてきたそれは、どんどん膨らんでいくばかりだった。まるで絵の具が一滴垂らされたコップの水のようだ。一見すると無色透明の水だが、一滴だけ確実に絵の具が混ざっている。混ざる前の水にはもう戻れない。せめて色濃くなる前にどうにかしたい。手の中のペットボトルをあけてサイダーをぐいっと飲み込むと、一口分しか残っていなかった。それを見ていた盧笙は無言で自分のサイダーを差し出す。特別な意味はないその行動にまた一滴雫が落ちていくのを感じる。
    「ええの? おおきにー!」
     誤魔化すように盧笙のサイダーを一気に飲み干す。
    「おい! 全部飲むなや!」
     だははは、と笑うとついにバスが到着した。二人して乗り込むと車内のひんやりした空気が出迎えてくれた。一番後ろの席に並んで腰掛ける。他の乗客は高校生らしき学生が一人と、おばあさんが一人。数少ない乗客を乗せたバスはゆるやかに発車した。海沿いのゆるいカーブを進んでいく。窓の外を見やると、海水浴場にはまだ沢山の人が楽しむ姿があった。
    「平日やのに人多かったなぁ」
    「夏休みはじまったしな」
    「カップルもようけおって、ほんま腹立つわぁー」
     内心あまり本気で思ってはいないが、こういう場面の常套句として、するりとそんな台詞が口から滑り落ちた。
    「…簓、ほんまに彼女とかおらんのか?」
    「今はお笑い一筋や! よう知っとるやろ!」
     嘘だった。昔から嘘をつくのは得意な方だ。
    「盧笙は? まさかおるんか~?」
     ポケットからスマホを取り出して、電車の時間を調べ始める。いまからだと家に着く頃にはすっかり日が暮れている。バイトの深夜シフトに間に合わすには…
    「いやー…気になっとる人は、おるで」
     ピタリと画面をなぞる指が止まる。氷水が肺の中に流し込まれたように息が詰まった。
    「え! 初耳やん! 誰々!? 俺の知っとる人?!」
     心臓がバクバクしてうるさい。悟られないようにオーバー気味のリアクションで返答する。
    「よう言わんわ!!」
    「なんやそれ! 言わんかい!」
    「嫌や! 絶対馬鹿にするやろお前!」
     ハッと周囲をみると、しんと静まり返った車内。思わず騒がしくし過ぎてしまった。この一瞬、会話が途切れたのをきっかけに、この話に再び触れるのはなんだか憚られる雰囲気になった。盧笙は簓からすっかり顔を背けて、スマホを取り出し始めた。日焼けのせいか、耳がほんのり赤く染まっているように見える。簓は車窓の外に目をやり、相変わらず眩しいくらいの水面を眺める。その乱反射が、目を、胸をさす。
     あの視線のような真っ直ぐさで。
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    iria

    DONEお題「願いごと」「銀河」をお借りした小説です。
    しくじった。深夜の横浜、中華街。昼間の観光地らしい賑わいとは様変わりして、深夜はほぼ全ての店のシャッターが閉まり、しかし対照的にギラギラと大きな看板の灯りが照っている。
     簓は息も絶え絶え、追っ手から逃げている最中だった。片足を引きずりながら薄汚い路地裏へと転がり込むように身を隠した。暴れる心臓を押さえ込むようにぐっと息を潜め、周囲を伺う。どうやら人の気配はないようだ。その瞬間、急激にどっと疲労と痛みが体を襲った。
     張り詰めたものがプツンと切れたのと同時に、簓はズルズルとその場に座り込んだ。するとすぐにスラックスがじわじわと湿っていく。どうやら排水が地面に溜まっていたようだ。
     そんなことは気にする間もない。息をするたびに刺すように痛む肋骨はどうやら数本折れていそうだ。引きずっていた右足を見ると、足首がありえない太さに腫れ上がり、どす黒い紫色に鬱血している。かなり熱をもっているようだが、痛みに反するように感覚は鈍い。先ほどから何故かズキズキと痛む左手を見てみると、薬指の爪から血が出ていた。爪が半分剥がれかけている。額や瞼の切り傷からも出血し、他にも数える気にもなれないほどの擦り傷や、打撲の跡が全身にあった。青色のスーツに吸い込まれた血液は、濃紺のシミをつくっている。
    2207

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