『レヴィオン王国に非常事態発生。政治は混乱し多数の国内難民が発生している』
そんな一報を大慌てのシェロカルテから受け取ったとき、グランは自分の行いを大いに後悔した。
やはり、アルベールを一人にするんじゃなかった、と。
"かつて"グランがジータだった頃、レヴィオンには二人の英雄が、いや、親友達がいた。
苦悩し傷つき悲しみ血反吐を吐くような苦難を乗り越えてレヴィオン王国を愛し守り盛り立てた彼らは、生涯固く互いの手を握り決して離さず生きた。
ジータは、そんな二人を間近で見守った一人であり、その関係を素敵なものだとずっと続けばいいと願っていた。
そう、生まれ変わった後、ジータがグランになってもその願いはかわらなかったし…無条件にそうなると愚かにも信じこんでいた。
だって、グランはまたビィとルリアと出会えたのだ。カタリナとイオとラカムとオイゲンとロゼッタと共に再び旅に出たのだ。
だから、レヴィオン王国に初めて立ち寄った時、空に星の眼がなく歪な雷雲は空を覆わず国が荒廃していないことに歓喜したのだ。
きっとアルベールとユリウスの二人が、うまくやってくれたからだと、無邪気に信じたから。
だから、偶然を装ってアルベールに会いに行き(幸運にもレヴィオン騎士団から荷物輸送の依頼がシェロカルテを通して騎空団に依頼されていた)、そのやつれた顔にぎょっとして遠慮もなにもなく掴みかかってしまった。
『アルベール?!その顔どうしたの?!なにがあったの?!』
『え?ええっと君は、積み荷を頼んだ騎空団の子かな…?入港予定表は……え、グランサイファー?!いや、そんな馬鹿な、あれはジータの船で』
『!!そうだよ!俺、中身は元ジータ!なんでか性別がひっくり返ってるけどほかはかわらないよ!!アルベール、一緒に星の眼をよじ登ったのおぼえてるだろ!』
『星の眼っ!じゃあ本当に…いや性別、えぇ?!?!』
『俺の事はいいから!アルベール酷い顔してるよ!ご飯ちゃんとたべてないよね?!ローアイン達にお弁当作ってもらってくるから待ってて!あと、ユリウスは?アルベールがそんな顔になってるのにユリウスがなにも言わないわけが……アルベール?』
『ユリウスは居ないんだ。もう、どこにも…』
『居ない?!どういうこと?!』
『殺された…いや、消されたんだ。政治と言う名前の汚いエゴで…墓どころか、彼が生きた記録すらない。抹消されたんだ…ユリウスが何をしたというんだ?!まだたったの5歳だった!王の庶子という生まれはユリウスの罪じゃない!子供は生まれる親を選べない!それなのに、正嫡の王子が生まれたからもういらないと、邪魔だと、空の底に投げ落として始末したと王(実父)と公爵(養父)が酒を片手に笑い話にしていたんだ!!』
泣き崩れるアルベールの言葉の数々にグランは言葉もなかった。
そんな酷いことが起こるなんて、想像すらしたことがなかった。
確かに"かつて"の世界でもユリウスは王の庶子と蔑まれ嫌われずっと酷い扱いを受けていたときいていた。でも、それでもアルベールと出会い危機を乗り越えやがて弟王と和解しレヴィオン王国を支えて生きた。
今度は生きることすら許されず、よりによって実父と養父に殺されたなど、これほど酷いことがあるだろうか。
大急ぎでグランサイファーをレヴィオンに向かわせるようラカムに頼み、他の依頼を断ってまでレヴィオンに駆けつけたグラン達は、その有り様に絶句することになった。
真っ黒でどろりとした暗雲、そのなかで光るのは黒々とした雷光、その一部が建物や道に落ちてそこここを破壊する。
『ここにフェードラッヘとの開戦を宣言する!勇敢なるレヴィオンの騎士達よ!レヴィオンの栄光をあまねく空の下に示せ!』
おおおお!!!と歓声が沸き起こる。ただ力をしめすためだけに何の関係もない他国に侵略戦争をしかけようとしているのに、それを疑問に思う者すらいなかった。
『さあ、雷迅卿よ!天雷剣を抜き我が騎士団を率いよ!必ずや勝利を!』
『断る』
『……は?』
『今この時をもって俺は騎士位も雷迅卿の名も全てを捨てる!もはや王に、この国に、捧げる忠義などどこにもない!!』
『そんなに戦争がしたければ、俺を倒し天雷剣を手にする新たな雷迅卿を探してくるがいい……見つけられるものならな』
謁見の間を黒い雷で埋め尽くさんと力を振るうアルベールに勝てる者がレヴィオンにいるはずもなく…それどころかそも立ち向かおうとする勇敢な者すらなくその場にいた者達は我先にと逃げ出した。王を守るべき騎士も、王を支える諸侯も、その他取り巻きや使用人に至るまで我が身かわいさに逃げ出して…国王すらも王冠が頭から転げ落ちたことにすら気づかぬまま逃げ出したのだった。
「ジェノさん?!」
「ぐぅ…誰だ?なぜ俺の名を…」
「いいから!イオ!回復頼む!」
「もー!しょうがないわね!!」
アルベールが展開する黒雷の嵐を前に膝をつくジェノにグランがかけより、時折飛んで来る黒雷をファランクスで防ぐ。そのそばにイオがかけよりジェノに回復魔法をかける。
「アルベール!!」
その声を耳にした瞬間、グランは弾かれたように後ろを振り返った。
そこには、余程急いで来たらしく肩で息を継いでいる若い男がいた。
茶色の長い髪、ここにくるまでの回廊で似たような肖像画をみたような端正な顔、しかと二本足で立つ彼は幽霊でも幻でもなかった。
「ユリ、ウス?」
もはや何もかも尽き果て黒雷を呼ぶだけの屍のようだったアルベールが、ゆらりと顔をあげ、小さくそう呟いた。
その一瞬の隙をグランは見逃さなかった。
「ディストリーム!!」
グランが振るった剣から折り重なった衝撃派が生まれ、アルベールへと向かう。そのほとんどは黒雷に阻まれ散ったが、わずかに残った一撃がアルベールが床に突き立て基点としていた天雷剣を弾き飛ばした。
「っぁ…!」
天雷剣は甲高い音とともに床を転がり…それにすがってなんとか立っていたアルベールは小さな悲鳴と共にぐらりと姿勢を崩した。
そんな彼に駆け寄った男は、ユリウスはアルベールをしっかりと抱き止めた。
「アルベール!しっかりしたまえ!目を開けろ、私がわかるか?!」
「あ…ユリウス…本当に…?」
「ああ、私だよ"親友殿"。この通り五体満足な本物さ」
「でも…陛下がお前を…」
「ん?正嫡を得た陛下が用済みの私を空の底に投げ落とす許可を公爵に与えて、嬉々として使用人に命じた話しかな?確かに空の底に5歳の子供を投げ落とすのは簡単だが、ただの使用人には罪悪感やらなにやらで荷が重かったようでねぇ。彼らは幼い私を木箱に詰めて、たまたま通りかかったとある騎空団の騎空艇の荷に紛れ込ませたのさ。それで"捨てた"と報告したのだろうよ」
「騎空団からすれば迷惑な話さ、レヴィオンを出発してから船の倉庫付近で子供のすすり泣きが聞こえる怪現象に悩まされて、念のためと荷を全部チェックしたら見知らぬ子供が木箱に詰められていたんだからね。おまけに丸3日木箱に詰められていたことで脱水やらなにやらで瀕死状態で、大慌てで病院のある島に寄港して…おかげでこうして生きている。彼らは私の命の恩人だよ。なにせ記憶を取り戻したのは15を過ぎてからで、その頃は本当にただの幼児で無力だった。そんな私を彼らは迎え入れて養ってくれた。私ははじめて『親』を持ったよ」
父親と母親が五人ずつほど、とユリウスは笑って言った。
「ジェノさん?!」
「国賊を逃がすわけにはいかん…!」
「これは本来は玉座の国王を守るためのもの。王族以外は触れたが最後手が吹き飛ぶ魔法障壁だ。」
「……ふむ。逆に言えば、王族ならば通り抜けられるわけか。は、はははは!!」
けらけらと笑い始めたユリウスを、ジェノを始め周囲のもの達が絶句して見つめた。
「かつても今もこの血に嫌悪しか感じなかったが、まさかこんなところで役立つとは!まったく事実は小説よりも奇なりとはよくいったものだ。サントレザン物語でもここまで馬鹿馬鹿しい伏線はなかったというのに」
ユリウスはアルベールを腕に抱き上げたまま歩を進める。
「よせ!身体ごと吹き飛ぶぞ!」
「ご忠告をどうも」
「ーーーーは?」
するりと、ユリウスは何の障害を感じることもなく障壁を通りすぎた。
その様子を眺めるしかないジェノが唖然として立ち竦む。
「ジェノ殿、貴方の王室への忠誠心は立派だ。皮肉でもなんでもなく」
「ユリウス!」
「団長、厄介を承知で頼む。アルベールともどもグランサイファーに乗せて貰えないか?ともかく安全なところで親友殿を休ませてやりたい」
「なに当たり前のこと聞いてるんだよ!いいにきまってるだろ!」