かつて世界がテイワットと呼ばれ、七神が治める七国が隆盛を誇った頃、七国の一つ璃月には仙と呼ばれる人ならざる存在が実在していた。特に名高いのは岩王帝君モラクスとともに璃月の建国に深く関わった三眼五顕仙人、他にも魔神戦争の最中モラクスの号令により集った仙衆夜叉などがいる。
多くの伝説伝承に語られる彼らは人に姿が似ている者もいたが根本的に異なる存在であり、長い寿命と強大な力を持っていたとされる。彼らはその力を用いて時に人を助け国を導き、しかし殆んどの時を遠くから人々を見守り過ごしていた。
そんな仙が実存した時代は遠く過ぎ去り、七国はおろかテイワットという世界の名前すら変わった現代日本において、その"仙"の知識を経験を知る者がどれ程特異であるかは言うまでもなく…実力が伴えば大の大人が束になったとて敵わない可能性もある。
それが、大人になりきれないコドモであれば、話にすらならないことだろう。
そんな状況が空の目の前で繰り広げられようとは、手を後ろに縛られ床に転がされている空には夢にも思わないことだった。
「どれ程長く時が過ぎようと、人体の"作り"というものは変わらないものだ」
「な、なに…?」
「人が打たれたとき痛みを強く感じる箇所、気を失う箇所、そして死ぬ箇所はすべて異なるという話だ」
中華の血筋を思わせる美しい出で立ちの少年が、ゆらりと歩を進めながらそう言うのを、その場の8人ほどの青年達は意味がわからないまま半ば呆然と眺めているしか出来なかった。
なぜなら少年が数十秒前に一発だけ殴った彼らの仲間である青年二人、成人には遠いが明らかに少年よりも身長体重筋量において勝る年上の彼らは地面に無様に倒れもんどりうって苦しんでいたからだ。痛い!痛い!と泣き叫ぶ様は交通事故にでもあったかのような苦しみようで、しかし実際は年下の少年に一発だけ殴られたはずなのだ。
どうなっているのかと他の青年達、未成年であることを笠に着て非行と不品行の限りを尽くし、今日に至っては『孤児の癖に裕福な子供を脅迫誘拐して金を強奪しようとした』彼らは動揺する。
見知らぬ少年が自分達のアジト(といっても使われていない廃ビルの二階だが)にいきなり表れたことやその言動が謎なこともそうだが、一番の理由は自分達が殴られる側になるとは夢にも思っていなかったのだろう。少し前まで空を縛って地面に転がし好きなように殴る蹴るを楽しんでいた彼らは、そんな想像力も足りないコドモだったのだ。
だが、コドモだからといって怒れる少年は許すつもりも手加減するつもりも微塵もなかった。
「貴様らのようにむやみやたらに手足を振り回すなど無駄と無様を晒しているも同然。もっとも…手足を縛った子供を痛め付ける等、それ以前の愚劣の極み。力の使い方というものを"我が"教えてやろう」
「ショウ!!もうやめて!!」
ピタリ。
「ひっく…!だって、だってショウはずっと業障に苦しんでた。千年以上も…!だから、そんな苦しみは忘れた方が幸せだと思って…!一緒に俺のこと忘れちゃったのは寂しいけど…!」
「本当は、寂しかったぁ…!ふぇぇ…!」
「空!!」
「っ!…あ、ぁ…!鍾離、さま…!」
「!、ショウか」
「さて、観察するに君がリーダーといったところだな、坊や」
「ば、馬鹿にしやがって!覚えてろよ!!俺の親父は弁護士なんだ!訴えてやるからな!!」
「ふむ?勇ましいことだが、どのような罪状で訴えるきだ?」
「傷害罪だ!!いいか、コドモだからって謝ったら許されると思うなよ!やまほど慰謝料払わせた上で少年院にぶちこんで経歴にキズつけてやるからな!それからSNSに顔つきで犯罪者だって拡散してやる!!そうすりゃ将来は無くなったもどうぜ…」
同然だと、よくまわる口で言いつのろうとした青年の動きが止まった。
見知らぬ男の金色の目が青年を見下ろしていた。それだけなら単に色の違う目が珍しいというだけで青年が止まる理由にはならなかった。
だが、青年は徐々に息がきれ、体がぶるぶると震え出すのを感じた。
そこには妙な感心をしたらしき大人の男が品よく立って青年を見下ろしているだけの、特別なんでもない風景だったはずだ。
だが。
(こ、怖い…!なんだよこれ、なんら、何なんだよ、ひいっ…!)
ガタガタ震える青年は意味もわからずパニックになる。
それは人間が認識できないモノへの、本能的な畏怖であり恐怖だったが、それを理解できるほど青年は信心深くなかった。
そしてそんな軽薄な人間を許すほど、青年の目の前に居る"魔神"は優しくはなかった。
「なる程。よくよく口の回る坊やだ。それだけ似たようなことで周囲を脅迫してきたと見える。だがな、世界にはそんな道理が通用しない輩が幾らでも居る。俺を含めてな」
「俺(神)を舐めるなよ、クソガキ」
「やれやれ…ああ、もう出て来て大丈夫だコナン君」
「あー、えっと…そこのお兄さん、大丈夫なの…?」
「なに、ちょっとばかり脅しただけだが、失神するとはききすぎたな。こんな風に大人に凄まれたことがなかったんだろう。良い薬だ」
「……う、うん。でも、」
まさに死屍累々、といった様子の周囲にコナンが困った顔をする。
実際、鍾離が脅して失神した青年以外は、今なおショウに殴られた衝撃と痛みがひかないらしく全員が床に転がっている状態なのだ。痛い、痛いとすすり泣きをしている者はまだ幸運で、痛みのあまり失神したらしい者も居る。
怒り狂う降魔大聖に殴られて生きている方が奇跡だなどと訳知りの鍾離は思ってしまうが、ここは現代日本、先程愚かにも鍾離を脅そうとしていた青年の言ではないが表沙汰になれば確実に警察騒ぎだ。
「あの人を怒らせて命があっただけ幸運だ。これから先も良い思いをしようとは思わない方がいい。君達は"そういう"存在の逆鱗に触れてしまったんだからね」
煙緋と名乗った弁護士、青年の父親よりもずっと弁護士としてのランクが高くそれこそ国と国との調停等にまで引っ張りだこだという彼女にそう言われ、父親が土下座で謝り母親が泣き崩れるのを見ながら青年は全てが崩れ去ったのを感じた。