ポメガバース、秘境それは本当になんでもない平和な日の、麗らかな午後のことだった。
「先生!!鍾離先生!!ショウを助けて!!」
突如泣き叫びながら旅人の空が鍾離の洞天に駆け込んできて、鍾離とたまたま遊びに来ていたタルタリヤは心の底から仰天した。
風魔龍に吹き飛ばされようがオセルが復活しようが一切怯むことなく真正面からぶつかっていくような剛毅にも程がある空がギャン泣きで駆け込んで来るのも天変地異もかくやだが、その理由がショウすなわち降魔大聖の救助となれば驚天動地もいいとろである。
「ちょ、相棒?どうしたの?!」
「落ち着け空。ショウに何があった」
「ひっく…!ショウが、ショウ…うぅ、俺どうしたら、うぇぇぇ…!!」
ボロボロ泣く空の様子に内心は凄まじく動揺しながらも、御年6千年の年の功か、鍾離は
「大丈夫だ、ショウは必ず助ける。だから、状況を教えてくれ」
「先生ぇ…!」
「ショウ、ショウが…………ポメラニアンになっちゃったぁぁぁぁっ!!!」
「キャン!!」
「「…………………………は????」」
荒事闇討ち暗殺お手の物のファトゥスも、テイワット七神武神岩王帝君も、完全に二の句が告げずに間抜けな声をあげたのだった。
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「えーっと、相棒の話をまとめると。旅館の側にアビスの手が入ったらしき大規模なヒルチャールの巣が出来て、その駆除にショウと相棒が駆り出された。なんやかんやで全滅させたけど、旅館に帰還したと同時にショウが、えー、っと、ポメラニアン?になった、と」
「ぐすっ…うん…」
ガブッ!!!
「いっっっ!!!!!」
甘噛ではなく、本気で牙を立てた噛みつきにタルタリヤが悲鳴を上げてショウから手を離した。
「あっ!ショウ駄目だよ!!!」
「がるるるる!」
「あー…うん…ほんっとうにこれ降魔大聖だね…」
緑のポメラニアンからの凄まじい嫌われっぷりに、タルタリヤは軽く出血した指をひらひらさせつつ肩を落とした。
奥の書庫でドサリバサリと書物がひっくり返されたり落とされたりする音がするのは、鍾離が必死に過去の記録から似たような症例がないか探しているからだ。普段であれば貴重な本の数々を乱雑に扱うなど許さない鍾離だが、事が事だけに流石に形振りかまって居られないらしい。
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「ポメガバース?」
「ポメガ、バース??」
「ポメガバースだ…いや、自分で言うのもなんだがポメガバースとは…?」
「わふっ?」
ファトゥス、栄誉騎士 岩王帝君、そして緑のポメラニアンという謎な組み合わせの面々が雁首揃えて首を傾げた。
鍾離がやっとのことで書庫の奥から発掘したおおよそ2千年前の古文書に、今のショウの状態に極めて似た症例が記載されていたのだが、その症例名が『ポメガバース』なる謎がさらに謎を呼んだようなものだった。
「簡単に纏めると、過度の疲労やストレスによって肉体と精神の両方に負担がかかった際、その負担を軽減するための防御策として自身をポメラニアンの姿に変えてしまう、という症例らしい。…………いや、そんなことあるか?」
「先生、お願いだから先生がセルフツッコミしないで…」
知識経験その他諸々、頼り先というか最後の防波堤的な鍾離に首を傾げながらセルフツッコミなどされたら、もう他の凡人は絶望するしかないではないか。
タルタリヤは鍾離にツッコミを入れつつ頭を抱えた。
「うむ…ともかく、幸いなことに対処療法の記載がある。信憑性は謎だが、やって見る価値はあるだろう」
「本当?!教えて先生!俺ができることならなんでもするよ!!」
「うむ…この文献によると…うんんん??」
「ちょ、先生?!どうしたの?そんなに実行難しいの?」
「いや、なんというか…ちやほや、するらしい」
「「ちやほや??(くぅーん?)」」
「つまり、撫でて褒めて喜ばせることで自己肯定を取り戻させるってことかな?過度なストレスや疲労の防御策がこのポメガバースって症例なら、まあ、わからなくはないけど…けどそれって」
ちら、とタルタリヤが緑のポメラニアンを見ると、やんのかコラといわんばかりの金色の視線が返ってきた。勿論ポメラニアンの今そんなもの怖くもなんともないが、問題なのはそういう"ちやほや"はショウが酷く苦手とするものだということを嫌われまくっているタルタリヤですら知っていることだ。
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「そもそも、この秘境を俺と留雲借風真君が作ったのは、その、とある夫婦の夫婦喧嘩?を何とかする??ためだった」
「………あー、えーっと、のっけからツッコミどころ満載だけど、とりあえず続けて?」
「ディルックの旦那の嫌いなもの?えーっと、ファデュイ?」
ーーーーーピンポーン!
軽快な音を立てて○が浮かび上がったので、なるほどそういう仕組みかと納得したガイアはとりあえず思いつくだけ口にした。
「とりあえず、酒」
ーーーーーピンポーン!
再び丸が浮かんだ。
「騎士団はどうだ?」
ーーーーービッ!!
今度は少し耳障りな音を立てて短い音が鳴った。浮かび上がったのは△だ。
「おしいって感じか?……騎士団上層部。ジンを除く」
ーーーーーピンポーン!
「細かいな…」
「なら邪眼」
ーーーーーブー!
今度ははっきりと耳障りなものだった。浮かび上がったのは"既出"の文字。
「いや、文字が出るのかよ!なんで記号が優先なんだ…既出ってことはファデュイと一括か」
「…………見合いを持ってくる親戚?」
ーーーーーピンポーン!
「まじか」
「よし、ならラストは俺!これでクリアだ」
ーーーーーブー!
浮かび上がったのは☓だった。
「は?なら、ガイア・アルベリヒ!これでいいだろ」
ーーーーーブー!
またしても耳障りな音ともに☓が現れた。
「だから俺だって!」
ーーーーーブー!
「なんっっでたよ!あー、ガイア・ラグヴィンドならいいか?!」
ーーーーーブブー!
「だから!!!俺だって言ってるだろぉ?!!!」
ーーーーーブビィィ!!!
ガイアの意地とヤケがはいった叫びと、耳障りなブザー音が響く。タルタリヤの耳には、そのブザー音は「だから不正解だっつってるだろーが!!!」という叫びに聞こえた。
「ガイアが嫌いなもの?……ぶどうジュース」
ーーーーーピンポーン!
「そういう仕組みか。なら書類仕事」
ーーーーーピンポーン!
「…わりと一般的なことでも大丈夫か?ブドウスカシバ(ブドウにつく害虫)」
ーーーーーピンポーン!
「ふん、ならゴキブリ、蜘蛛、ナメクジ、モグラ、蛇、トカゲ」
ーーーーーピン、ポ、ン???
とりあえず一般的に人が嫌いそうなものを列挙しはじめたディルックの言葉に、判定はとても微妙な音を立てつつも○を連続で出し、そしてガチャ!と扉が開いた。
「あ、なるほど。そうすればいいんだ」
空は感心してぽん、と手を打った。
部屋の扉を開けるルールの仕様上、特別ガイアが嫌いなもので悩むより、一般的に人が嫌いそうなものを列挙してそれがガイアに当てはまったほうが効率がいい。