月の猫には敵わないガーランド家は猫好きとして有名だ。
飼い始めたのはオルテガやセイアッドがまだ幼い頃。庭で親に見捨てられた真っ黒な黒猫をオルテガとセイアッドが見つけて拾った事がきっかけである。
あれ以来、ガーランド家にはいつも猫がいる。
初めに拾われた黒い猫は雌で後に「ノーチェ」という名を貰って大きくなってからは番犬ならぬ番猫としてガーランド家の庭を守ってきた。
時には侵入してきた者をズタズタに引っ掻いたいう彼女もすっかり年老いて艶やかだった黒い毛並みは荒れ気味で白い物が混じっている。日当たりの良い窓辺で微睡む事が増えたノーチェの代わりに庭や屋敷を守っているのは彼女が産んだ三匹の子供達と更にその子供だ。
彼等は時にパトロールしながらもそれぞれ思い思いのところで気ままにすごしているらしい。
にゃおん、と甘えた声に視線を下げれば真っ白な猫が青い瞳をキラキラさせながら俺を見上げていた。
「ブランコ」
名前を呼べば、真っ白な猫は立っていても聞こえるような音で喉を鳴らしながら俺の足に頭や体を擦り付け、長い尻尾を巻き付けてくる。動物好きな俺にとってガーランド邸は天国のような場所だ。どこを歩いても大体誰かしら猫がいるから。
ブランコはノーチェが産んだ猫だ。親であるノーチェとは真逆に真っ白な毛並みが美しい雄で、特に良く懐いてくれている。一頻り擦り寄って満足したのか、今度は抱っこしろと言わんばかりに彼が後ろ脚で立ちながら前脚を引っ掛けてきた。
強請られるままに抱き上げれば、ずしりとした重みとふかふかな毛並みが腕の中に収まる。ゴロゴロという音は近くなると更に音量が増した。
「またブランコを構っているのか」
不機嫌そうな声に振り返れば、オルテガが眉間に皺を寄せて腕の中で寛いでいる白猫を恨めしそうに見ている。
「猫にまで妬くな」
「いいや、コイツはお前だから甘えるんだ」
近付いてきたオルテガの気配にご機嫌で目を細めていたブランコが青い目をカッと見開き、耳を伏せながらシャーっと唸り声をあげる。
「ほら見ろ、俺にはこの態度だぞ」
「それはフィンが妬くからだろう。なあ、ブランコ」
俺の声に「にゃーん」と甘えた鳴き声を返す猫はオルテガに見せ付けるように俺の体に頭を擦り寄せ、しがみついてきた。
「他の家族にも必要最低限しか懐いてないくせに、なんでリアにだけはべったりなんだ……」
心底面白くなさそうに呟くオルテガの言葉にも白猫はどこ吹く風だ。白い猫は目立つから野生では狙われやすく、神経質で警戒心が強い個体が多いと聞いた事があったような気がする。そして、その分懐いた人に対する独占欲が強いとか。ブランコはどうやらそのタイプらしい。
猫とオルテガの睨み合いが勃発する中、一際高く頼りない鳴き声が聞こえてきた。縋るような鳴き声に視線をそちらに向ければ、絨毯が敷かれた廊下を小さな子猫がよちよち歩きでこちらに向かって歩いてくる。
「また出てきたのか?」
つい漏れた甘い声に睨み合っていたオルテガとブランコが同時に子猫を見た。
「フィン、ブランコを頼む」
オルテガにブランコを預ければ、ブランコは信じられないと言わんばかりに目を見開いて俺を見て、預けられたオルテガはなんとも苦い顔をしている。
足がもつれて転んだ子猫に近付いて抱き上げてやれば、小さな爪を立ててしがみついてきた。この子猫は最近生まれた子猫のうちの一匹でやたらと俺に懐いている子だ。
大声で甘えるように鳴く子猫を撫でてあやしてやりつつ歩きながら一人と一匹を振り返る。
「母猫のところに返してくる」
……自分達を置いてあっさり子猫に行ってしまった最愛の人の背を見送りながら奇妙な組み合わせの一人と一匹だけが廊下にぽつりと残された。
そして、彼等は示し合わせたように同時に口を開く。
「……面白くない」
「にゃぉー」
一人と一匹の恨めし気な声が廊下に落ちた。
…すっかり夜も更け、そろそろ寝るかといった時間帯。
俺は臍を曲げてしまったオルテガの御機嫌を取るのに必死になっていた。どうやら昼間ブランコを押し付けて子猫を構った事が気に入らなかったらしく、碌に口も聞かないまま今まで過ごし、今は俺に背を向けたままベッドに座っている。
「フィン」
甘い声で啼いて誘って、体を擦り寄せてみても何も言ってくれない。
猫にまでこうも妬くなんて心が狭いとは思うが、俺に対する愛情ゆえにと思えば可愛いものだ。
広い背中に後ろから抱き付いて体を密着させる。微かに揺れた逞しい体を愛おしく思いながら彼の首筋に鼻先を擦り寄せて甘えてやった。
「いつまでも臍を曲げてないでそろそろ機嫌を直して欲しい」
耳元で囁きながら、いつもオルテガがするように耳介を唇ではむ。意外と耳が弱いオルテガが微かに息を吐くのを聞きながら拙い愛撫を続けた。
指先で逞しい体をなぞり、舌で唇でオルテガの肌に触れる。いつもは彼が自分で脱いでいるシャツも、俺がボタンを外してやる。
「フィン」
甘い声音で名を囁けば、腕の中のオルテガが急に動いて俺の視界が反転した。背に当たる柔らかな感触に押し倒されたと理解した時には視界一杯に切羽詰まったようなオルテガの顔。
「……性悪」
「嫌いじゃないくせに」
足の甲でオルテガの股間を撫でてやれば、夜着の下で熱く主張している雄がある。
「フィン、早く」
筋肉に覆われた首に腕を回しながら先を強請る。
他のどんなものに心を向けたって、こうして本能を剥き出しにして求めるのはお前ただ一人。
「私を暴けるのは世界でお前だけだ」
黄昏色の瞳を見つめながら囁けば、大きな溜め息の後に共に噛み付くような口付けを与えられた。