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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    クズリ辺境伯は狼公爵の尻を蹴る

    クズリ辺境伯は狼公爵の尻を蹴る「エヴァリスト・ウルヴァン殿。この様な事態に巻き込んでしまって本当に申し訳ない」
     そういって深々と頭を下げる男の、銀色の髪の中にあるつむじを見ながら、俺はそっと溜息を零した。
     今俺の目の前にいるのはレイ・ハーノヴァー公爵令息。
    「事情はハーノヴァー公爵閣下からお聞きしたので頭を上げてください」
     俺の言葉にそろそろと顔を上げたレイは深い海の様な青色の瞳をした美形だ。黙ってふんぞり返って座っていればきっと威圧感満載なんだろうが、申し訳無さそうにこちらを窺う様子はまるで叱られた犬。
     豪奢な部屋の中、しょぼくれた大型犬のような男を前にして俺は今度は隠しもせずに深い溜息を零した。
     
     事の始まりは昨夜開かれた夜会での出来事だ。
     いい加減自分の国でも社交デビューをしろと周りの人間にせっつかれて嫌々参加した王都での夜会は絢爛豪華かつ魑魅魍魎が跋扈するようなおどろおどろしい場所だった。
     少し話すだけでも此方のことを値踏みしてくる視線と態度にいい加減うんざりして王太子の目を潜り抜けてどうにか中座出来ないかと悩んでいた矢先の事だ。
     突然横から腕を掴まれ引っ張られたかと思ったら「彼が私の想い人です!!」と頭上から声が降ってきた。
    「は?」と思った時には時既に遅し。隣を見上げれば見知らぬ銀髪碧眼の美形。彼が見ている方を見遣れば、一人の女とそれを取り巻く形で数人の男ども。
    「誰ですか、そのちんちくりんな男は!! そんな奴より私の方がレイ様に相応しいわ!」
     何が起きているのか分からない俺が混乱していれば、淑女のカケラもなく少女が大声を上げる。それだけでもドン引きだというのに、そんな少女を応援する様に周りの男どもがやんやんやと囃し立てた。
     いきなり巻き込まれた上にちんちくりん呼ばわりをされて俺はイラッとした。こちらからしてみれば、お前らの方がどこのどいつだというのに。
     いや、よく見たら得意げに女の肩を抱いているのはこの国の第二王子だった。周りの連中も着ている服の豪華さ的に高位貴族子息ばかりな気がする。ああ、嫌だ。面倒事の気配しかしない。
     とりあえず状況を把握しようと視線だけ巡らせれば王太子殿下が楽しそうに此方を見て指さして笑ってやがる。やらかしてるのはアンタの弟だろうが。どうにかしろ。
     どうやら、隣にいる男と目の前の集団は対峙しているらしい。そして、俺は隣にいる男に巻き込まれている、と。
     先程の言葉の内容といい、色恋沙汰だろうか。ああ嫌だ面倒臭い。ゲラゲラ笑ってる王太子には後で肘鉄を食らわせてやろう。
     さて、どうしたもんか。そう思いながらチラリと隣にいる男を見上げる。深い青色の瞳は切羽詰まったように相手を見ていた。
     海というものを見た事がないけれど、きっと彼の瞳のような色をしているんだろう。そう思うとなんだか放っておけなくなった。
     俺の腕を掴んでいる手にそっと自分の手を重ねれば、驚いた様にびくりと相手の体が跳ねる。同時にちらりと此方に向けられた困惑した様な、それでいて縋る様な瞳に笑って応えてやった。
     さっと王太子の方に視線を向ければ、俺の行動を察したのかにんまりと唇を吊り上げ、二つの音を唇が動いて伝えてくれる。
     口の動き的にレイ、だろうか。
    「……レイ様」
     相手の名と思しきものを呟けば、驚いたように青い瞳が丸くなる。俺にだけ分かる様にそれとなく小さく頷いてくれたから多分合ってるんだろう。
    「人前でそのような事を仰られてはエヴァは恥ずかしゅう御座います」
     さりげなく俺の名前を教えながらレイの腕に抱き付く。殊勝な演技をしつつ自分で可愛こぶったセリフを言っておきながらなんだが嫌悪感がヤバい。鳥肌が!
     突如修羅場と化した会場が静まり返っているというのに王太子は爆笑しているのかここまで微かな笑い声が聞こえてくる。マジでアイツ後で覚えてろよ。
     それでも必死に笑顔を作っていれば、レイも察してくれた様で俺の肩を抱いて来た。距離が近付いた瞬間に仄かに香る優しい匂いは彼の纏う香水だろうか。ついドキリとしてしまう。
     対する女は悔しそうに睨み付けてくるがその仕草に上品さの欠片もない。着ている物や身に付けている物は高価そうだが、行動が伴ってこないからとてもチグハグした印象を受ける。あんな様子ではお里が知れるな。
     あーあ、まともに相手をしてやるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。肩に添えられたレイの手に自分の手を重ねながら鼻で笑ってやる。
     辺境出身の俺はこの国で社交デビューするのは今夜が初めてだ。されど、遅れた社交デビューする者が何者であるのかくらいは噂になっていた筈だろう。
     ちらりと視線を巡らせれば、爆笑している王太子以外に俺の立場を分かっているであろう者は大半が顔色を悪くしてあれこれ囁き合っている。
     無知は時として罪となるという。しかし、立場に必要な知恵が伴わないのであれば、それはただの無能でしかない。
    「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ウルヴァン辺境伯が次男、エヴァリストと申します」
     俺の名前に微かに会場が騒めき、隣にいたレイが息を呑む気配がした。どうやらレイは俺が何者なのかを正しく知っているようで一安心だ。
     しかし、対峙している連中は本当に頭が空っぽらしい。
     辺境の田舎者が生意気な、身の程を弁えろと仔狗共はギャンギャン吠える。ここまで何も物を知らないと逆に楽しくなってくるな。
     ウルヴァン辺境伯は隣国と接しているが故に常に争いが絶えない場所だった。そんな状況が変わったのは俺の父の代からだ。
     戦場で出逢った俺の両親は周辺を巻き込んだ壮絶な恋愛劇の末に両国を和平へと漕ぎ着けた。それぞれの立場があったからこそ懇々と諭し、時には脅しながら漸く掴み取った和平の証。それこそが辺境伯である父と隣国の末王女であった母の婚姻だ。
     そして、そんな両親の子供にして両国の架け橋なのが俺達辺境伯兄弟。もちろん、俺自身が立場に胡座をかくような事にならないように日々研鑽して魔獣退治にも勉学にも力を入れている。
     国の要を護る一族、それも隣国王家の血を引く者を理由も無く侮蔑すればどうなるかなんて貴族社会を知らない庶民だってわかるだろう。
     会場全体が醸し出す白け切った、そして自分達を責める様な視線に気が付いたのか、第二王子が「行くぞ、エリーヌ」と女の肩を抱いて歩き出す。それでも女の方は悔しそうな、憎悪に満ちた視線をこちらに向けている。
     そんな女に対してレイの腕に抱き着くのを見せ付けながら笑みを浮かべてやった。
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