一方その頃…一方その頃…
落ち着きなくウロウロと歩き回る姿はまるで檻に囚われた猛獣の様だった。
彼は身長も高く体格も良いから騎士団の狭い執務室内を彷徨かれると非常に鬱陶しい。殺気立った様子に新人の騎士は顔色を悪くしているし、室内の雰囲気も悪い。おまけに仕事も進まない。
やれやれ、やはり自分が動くしかないか。深い溜め息を一つ。全く、上司の世話を焼くのも楽ではない。
「閣下、いい加減になさいませ。落ち着きのない。犬でも待てくらい出来ますよ」
「しかし……」
「しかしもへったくれもありますか。レヴォネ卿に言いつけますよ」
すっぱり切り捨てると不承不承といった様子でガーランド団長がやっと自らの椅子に座った。それでも落ち着かずにちらちらと目をやるのは窓の外。
彼の視線の先にある王宮では今頃主要な貴族を集めて会議が行われている最中だ。そこでは、彼の想い人が自らの矜持を賭けて戦いに挑んでいる。
とは言え、だ。
「レヴォネ卿から直々に「自分の仕事をしろ」と追い払われたのでしょう」
「ぐっ……」
痛いところを突かれた、と言わんばかりにガーランド団長が黙る。
王都に戻ってからの習慣で昼食を共に摂っている彼等だが、今日は追い返されたと閣下が酷く落胆しながら帰って来て挙句がこの有様である。
セイアッド様が絡まなければ真面目で実直で仕事の出来る方なんだが…。
騎士の手本とも呼べる方で、国でも一番の剣の使い手だ。責任感も強く、部下を大切にしてくれるから人望も厚い。しかし、それはセイアッド様が絡まなければの話だ。
彼がセイアッド様に懸想しているのは知っていた。直接聞いた事はなかったが、それなりに長い付き合いだ。時折遠目に見掛ける姿を愛おしそうな、寂しそうな何とも言えない表情で見つめているのを知っている。
お互いの立場を気にしてなのかどうかは分からないが、少なくとも数ヶ月前まで彼等はお互いの想いを曝け出すつもりはなかったように思う。しかし、それもセイアッド様が追放された事で何もかも変わった。
戻ってきた彼等の距離感が一気におかしくなっていたのである。特に閣下だ。
送り迎えは勿論、昼食を共に摂り、暇さえあればというよりも無理矢理暇を捻出してまでセイアッド様のところに行こうとする。挙句、他の者が近付こうとすれば威嚇する始末だ。
真面目に職務をこなしているのにガーランド団長に睨まれる、とセイアッド様の警護を担当している近衛騎士に何度泣きつかれた事か。
ここ数日のやり取りを思い出して溜め息を一つ。セイアッド様から苦言を呈して頂いたお陰で多少マシにはなったものの落ち着きがない事に変わりはない。全く、どうやったら落ち着いて書類仕事をこなしてくれるのやら。
以前だったら微笑ましく思えたかもしれないが、今の私にそんな手心を加える気は一切無い。
セイアッド様が追放されたのとほぼ同時に無理矢理休暇を取って遠征の後始末を全部押し付けて北に奔った事を、私はまだ許していないのだから。
「今日はお二人で観劇にも行かれるのでしょう? 尚更仕事を終わらせないと。御不在の間に仕事が溜まってますよ」
「う……、分かった」
渋々といった様子でペンを手に取ったのと同時に王城に向いた窓のカーテンを閉める。
何か言いたそうにガーランド団長が口を開き掛けるが、にっこりと微笑み掛ければ彼は大人しく机に向かった。
全く、世話の焼けるお方だ。