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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    タイトルが思い付かない【そのうち変えます】 面倒臭い。
     この一言に尽きる。
     煌びやかな空間に満ちる人の熱気や騒めきも自分に向けられる憐れみや侮蔑の視線や声も。
     全部が全部面倒臭い。
     ここは王家主催の夜会会場。騒めきの中心には一人の少年とそれに寄り添う美丈夫。それを俺は会場の中でも人が少ない壁際で壁に寄り掛かりながら眺めている。
     豪奢なシャンデリアから降り注ぐ光の中、少年と美丈夫が踊り出す。周りからは感嘆の声が洩れ、同時に俺に向けられるのは何とも言えない視線達。
    「見て、あのお二人。やっぱりお似合いね」
    「レフティ卿がお気の毒だ。殿下もアンデル卿も何をお考えなんだか」
    「アイツが婚約者を降りないからアンデル卿と殿下が結ばれないんだろう。身を引けば良いのに愚か者め」
    「真実の愛を邪魔するなんて最低ですわね」
    「例え愛があったとしても婚約者を蔑ろにするのは不誠実だ。このような場で公然と蔑めるなんてお二人の人格を疑う」
     シャンパンをちびちび傾けながら聴いていれば、俺の事を悪くいう方が若干多いだろうか。まあ、愛の物語は障害が多い方が観衆は盛り上がるだろう。
     しかし、当事者としてはたまったもんじゃない。
     音楽が終わりお互いに礼をした途端、挨拶もそこそこに美丈夫の方が俺の方へと向かってくる。少年の方が此方を睨み付けているのがまた煩わしい。
     先程までの優雅さも何処へやら。大股でズンズンこちらへと近付いて来る男の表情はどこか必死で面白い。面白いけれど、意趣返しの意味も含めて無表情を保ちつつ男を見遣る。
     カッ、と靴を鳴らしながら俺の前まで来た美丈夫は真剣な表情で俺を見つめてきた。
    「オリヴェル」
     名前を呼ばれるが、答えもせずにふいと顔を背ける。俺は今夜は誰とも話す気はない。相手は傷付いたような顔をするが、お前にそんな顔をする資格があるとでも思っているのか。
    「オーリ、エスコート出来ずにすまなかった。許して欲しい」
     しょんぼりしながら俺の愛称を呼び、跪いて許しを乞う男。そう、先程までこの国の王子と踊っていた美丈夫は俺の婚約者である公爵家のヴィゴ・アンデルという男だ。
     対する俺は中堅の伯爵家で、父兄共に宮仕えしており、俺自身もまた王女殿下の近衛騎士として王家に仕えている。
    「はて、どちら様でしょうか? 今日は誰ともお約束していないので……。どなたかとお間違えでは?」
     にっこり笑って切り捨てれば、相手が悲痛な顔をする。
     大体、俺は怒っているんだ。
     今日は俺の誕生日で、今夜の夜会をそれなりに楽しみにしていたというのに。この男は王家に言われたからと王子のエスコートに行った上に強請られたからとファーストダンスまで踊ったのだ。
     王子のエスコートに指名されたからエスコートに行けないと言われた段階ならまだ許せた。国の命令に反する訳にはいかないからな。ただ、あんまり腹が立ったので贈られていた服もアクセサリーも全部家に置いてきて自前の服できてやったけど。
     エスコートさえ終われば来ると思って待っていたのに、蓋を開けたらこの有様だ。
    「陛下の御挨拶もファーストダンスも終わったので私は帰らせて頂きます」
    「待ってくれ、オーリ!」
     にっこり笑いながらコツコツと歩き出せば周りが騒めく。嗚呼、面倒臭い。これだったら家で家族や友人と茶会していた方が楽しかっただろうな。こんな不誠実な奴とは知らなかった。
    「オリヴェル・レフティ!」
     中央の方から名を呼ばれて流石に振り返る。視線の先にはこの国の第一王子、イクセル殿下がいる。ちなみに先程クソ婚約者と踊っていたのは第二王子であるナータン殿下だ。
    「貴殿にはすまない事をした。弟の我儘で振り回して申し訳ない」
     真摯に謝ってくる事に少々驚きながら笑みを作る。
    「お気になさいませんよう。弟君にはこの男ならいくらでもくれてやるのでお好きにどうぞとお伝えください」
    「オーリ!?」
    「そこの見知らぬ方、勝手に私の名を呼ぶのはやめて頂けますか? 非常に不愉快です」
     悲痛な声でクソ婚約者が俺の名を呼ぶ。本当に不愉快だから気安く呼ぶんじゃねぇよ。
     そもそも相手は落ち目の公爵家だ。伯爵家であるうちとの婚姻で持ち直そうとしている魂胆が見え見えだった。それに、権力に弱いアンデル家は元から俺の事を蔑ろにしがちで、ナータン第二王子にヴィゴが気に入られた辺りからそちらにべったりだったからこれを機会に家ごと切り捨ててやろう。父や兄も怒らないだろう。
     何より、こんな優柔不断な奴のせいで俺が哀れみの目で見られたり馬鹿にされるのがいい加減我慢ならない。
     あんな男一人の為に憐れまれるのも、馬鹿にされるのもごめんだ。名ばかりの連中に、実力で代々王家の側近として喰らい付いているうちの家名も近衛として勤める俺自身も馬鹿にされたくない。
     俺は俺だ。俺自身の価値に、あの男は微塵も関係ない。
    「婚約解消についてはまた改めてご連絡差し上げますので」
     ほんの少し痛む胸を見ないふりしてズバッと斬り捨てれば、婚約者がこの世の終わりのような顔をして、イクセル殿下は目を丸くしている。
    「ふ、ははっ。成程、そういう事か」
     何を笑っているんだと怪訝に思いながらイクセル殿下を見遣れば、彼は爽やかな笑みを浮かべた。
    「少し私の話し相手になってくれ。いい加減退屈だったんだ。ああ、君の事はオリヴェルと呼んでも?」
     軽い口調でそう言われて返事に困る。何が気に入られたか分からないが、イクセル殿下は俺との距離を詰めてきた。
     俺の兄はイクセル殿下の側近だ。父も国王陛下の側近として長年勤めているし、ここは断らずに乗っておくべきだろう。
    「……オリヴェルでもオーリでも殿下のお好きなようにお呼びくださいませ」
     俺の返事にイクセル殿下は満足そうに満面の笑みを浮かべた。うーん、面倒事の気配。
    「オーリ、俺との約束はどうするんだ!?」
    「先に約束を破った方に履行を主張する権利があるとでも?」
     にこやかに答えた俺の一言にクソ婚約者がぐっと唇を噛む。そんな顔をするくらいなら最初からちゃんとすれば良いのに。
     どっちつかずの態度を取るから俺が迷惑を被るのだ。俺との婚約をなしにしてナータン王子に乗り換えるならそれで良いし、続けるなら続けるでそれなりに誠意を見せるべきだろう。
     クソ婚約者の様子に苛々していれば、いつの間にか隣に来ていたイクセル殿下にそっと肩を抱かれる。さりげなくヴィゴの視線を遮ってくれたのは殿下の優しさだろうか。
    「このままでは人目を集めてしまう。サロンを用意しているからそこで話さないか?」
     用意している、という言い方に若干の引っ掛かりを覚えつつ、瞬時に頭を回転させる。とりあえずこの場から脱したい。しかし、曲がりなりにも婚約者持ちで王子と二人きりになるのは如何なものか。
    「ああ、心配なら君の兄君と父君を呼ぼうか」
     それはそれでどうなんだ?
     少しずつ逃げ道を塞がれているような感覚に陥りながらイクセル殿下の提案に乗った事を若干後悔する。
     俺が答えに窮している間に、殿下は軽く手を挙げる。それに応えるように人波から出てくるのは俺の兄カーディルだ。
    「殿下、お戯れが過ぎます」
     近寄ってきて早々に苦言を呈する兄に対してイクセル殿下は楽しそうに笑みを浮かべた。ついでに俺の事を抱き寄せてくるので非常に困る。
    「うちの姉上もお前もレフティ卿も何度頼んだっていつまで経ってもヴェルを紹介してくれなかったからつい、な」
     個性を出しつつ俺を愛称で呼びながらとんでもない発言が飛び出してきた。驚いて兄を見れば、苦い顔をしている。
    「オーリ、お前には後でまた説明する。とりあえず移動しましょう。このままでは夜会を台無しにしてしまう」
     兄の言葉に周囲を見れば当たり前の話だが音楽はやみ、俺達は注目の的だった。
     王家の方々がいらっしゃる席の方をちらりと見遣れば、俺の主人であるアポロニア王女が笑顔でこちらを見ている。しかし、その手元の扇が撓んでいるように見えるので笑って見せているだけで相当お怒りらしい。
     ヤバい、詰んだ。
     さあっと血の気が引くのを感じながらどうしたものかと考える。
     アポロニア殿下は俺にとって護るべき存在であるが、幼い頃から親しく接してきた姉のような存在でもある。そんな彼女は話が決まった当初からずっとヴィゴとの婚約に反対していた。
    『あんな奴に私の可愛いオーリは勿体無い!』と散々仰っていたが、遂に恐れていた事態に最悪のタイミングでなってしまったらしい。
    「で、殿下! 一刻も早く移動しましょう! ね!?」
     彼女の逆鱗に触れたらどうなるか。
     幼い頃から彼女に仕えてきた俺には身に染みている。
    「そうなさい、イクセル。私も一緒に行くわ」
    「姉上」
     アポロニア殿下はカツカツとヒールを響かせながら寄ってくると驚いた様子のイクセル殿下に笑みを向ける。このお二人は王妃殿下の御子であり、正当な王位継承権をお持ちのお二人だ。ちなみに第二王子であるナータン殿下は平民の愛妾から側妃になった女性からお生まれになっている。
     陛下は王妃殿下よりもその側妃様を寵愛されているので、家臣は王妃派と側妃派に分かれている最中だ。要するにイクセル殿下アポロニア殿下とナータン殿下は幼い頃から権力争いでバッチバチな関係なのである。
     予期せぬところで権力闘争に巻き込まれた俺は心底思った。嗚呼、面倒臭い! と。
    「おいで、ヴェル」
     甘い声音と共にそっと差し出されるのは白い手袋に包まれたイクセル殿下の手だ。とっとと帰ろうとしていただけなのに何で王族にエスコートされそうになっているのか。
     ちらりと兄に視線をやって助けを求めるが、そっと首を横に振られた。諦めろと?
     仕方無しに手を取れば流れるようにエスコートされて余計に微妙な気分になる。…婚約者にもこんな丁寧にエスコートされた事ないのにな。
     嫌いじゃなかった。むしろ、好意を抱いていたと思う。将来、ヴィゴと一緒になって家庭を築いていく事に対して夢を見ていた時期もあった。
     だが、それもアンデル家が俺に向ける視線や幾度となく約束を反故されてナータン殿下を優先される度に萎んでいった。
     初めは憤ってヴィゴを責めたりもした。けれど、アイツは曖昧に笑って次は俺を優先するからと口約束するばかりで一度も約束を守ってくれた事はない。
     だから、いつしか諦めていた。結局、彼にとって俺はその程度の存在なのだ、と。
    「ヴェル」
     そっと名前を呼ばれていつの間にか落ちていた視線を上げて隣にいるイクセル殿下を見上げる。新緑色の瞳は優しく俺を見つめていた。
    「私は君の気持ちを裏切る事はないよ」
     まるで俺の心の中を読んだ様な一言にギクリとする。
     約束を破られる度に悲しくなったり落ち込んだりしているうちに、俺の心は頑なになった。軽んじられる事に対して毅然と立ち向かえるようにと痛む胸に気が付かないフリをし続けて。態度にも言葉にもそれを出して、ずっと強がっていた。
     誰にも弱い所を見せたくない。親兄弟ですら、俺の傷心には気が付かせたくなかったというのに殿下はそれに気が付いているらしい。
     それにしても、だ。
    「……どうにも逃げ道のない方へと流されている気がするんですが、私の気の所為でしょうか」
     歩きながら訊ねれば、イクセル殿下はそれはそれはイイ笑顔で気の所為だよと言い返すのだった。
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