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    えだつみ

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    えだつみ

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    無双の強化紋様と絆システムの設定だけを借りた無双設定本(※無双本丸の話ではありません)
    昔はやることやってたつるみかが隠居してご無沙汰だったけどまたやるようになる話です
    伯仲が出張りますが伯仲にはCPはない(ただし書き手はくにちょぎの人間)
    5/4に発行したいので頑張っています 予定は未定
    発行の際は全面改稿の可能性すらあります 作業進捗です

    【つるみか】無双設定本 衣装箪笥の上から二番目、一番左の引き出しには、鶴丸国永の片手袋が入っている。

     三日月は、ずいぶん久し振りにその引き出しを開けた。まだおろしていない予備の手拭いが、たしかそこに入っていたはずだという記憶を辿った末だった。思いがけず、あの、特徴的な手袋を見かけて、三日月は一瞬目を瞠った。何か懐かしい匂いのする風が、不意に一筋部屋を駆け抜けたような錯覚がした。
     そして、静かに引き出しを閉めた。
     あれは以前、鶴丸が部屋を訪れた際、忘れて行ったものだ。次の機会に返そうと思って以来、その機会は訪れていない。
     手拭いは隣の引き出しで見つけた。三日月はそれを手に部屋を出た。
     早朝、起き抜けである。朝起きてまだ一度も鏡を見ていないのでわからないが、大抵寝起きの自分の頭には大層な寝癖が出来ていることを三日月は知っている。顔を洗うついでに、それを直してやらなければならない。あくびを噛み殺しながら洗面所へ向かう。
    「二度目はないと言ったはずだよ、偽物くん」
     洗面所には、先客があった。この本丸も、発足して数年になり、今ではそこそこの大所帯である。顔を洗うにも譲り合いだ。しかし、どうにも妙なことに、先客のふたりは真っ白なタオルを掴み合って諍いの真っ最中にあるようだった。山姥切長義と、山姥切国広である。
    「俺は、偽物じゃない」
    「またそれか。いいかげん聞き飽きたよ」
    「お前が、偽物偽物と何度も呼ぶからじゃないのか?」
    「偽物を偽物と呼んで何が悪いのかな」
     三日月は、しばらくの間少し離れたところでふたりの諍いを眺めていたが、長義の方がこちらに気づいて視線を寄越したので、いよいよ知らない振りは出来なくなった。なるべく朗らかに、朝に相応しい温度感で声をかける。
    「山姥切に、長義か。おはよう」
     しかしどうやら、これが失敗であった。長義は途端に苦虫を噛み潰したような顔をして、三日月ではなく、自らの写したる国広を睨んだ。彼はふたりの間にあったタオルを国広に強く押し付け、国広はその勢いに少しよろめいたようだった。
    「まったく、どうしてお前が山姥切と呼ばれるのだろうね。俺を差し置いて上手く顔を売ったものだ」
     彼はそれきり踵を返し、最後に「洗って返せよ」と吐き捨てるように国広に告げて去っていくかと思われたが、三日月とすれ違う際には愛想よく「失礼」と一礼した。そうして肩をいからせることもなく優雅に歩き去っていく後ろ姿は、たった今まで声を荒らげていた男と同一人物とは思えない。三日月は、いっそ感心してしまった。後に残された国広の方は、タオルを握りしめて俯いていた。
    「俺が、また、あいつのタオルを間違って使ってしまったんだ。山姥切と書いてあったから、てっきり俺のだと思って……」
     事情を尋ねると、国広はかなり長い間黙っていたが、ようやくそう口を開いた。彼は、三日月を巻き込んでしまったことに気が咎めている様子だった。
     なるほど、と三日月は納得した。
     私物の取り違えというのは、集団生活の中ではよくあることだ。三日月も、誰ぞの手拭いを間違って使ってしまったことが何度かある。些細なことではあるが、しかし、本科とその写しという立場にある二振りの間で、山姥切という名の扱いが諍いの火種になっているのは三日月も知るところである。三日月は、自らの発言の軽率さを悔いた。
    「すまん。あまりにも間が悪かったな」
    「いや、あんたは悪くない。俺が、もっと上手く振る舞えればいいんだが……」
     国広は、寝起きであっても外すことのない白い布のかげに、自らの表情を隠した。
     山姥切長義は、つい最近本丸へやってきた刀である。
     彼はとある任務において、政府からの監査官という立場で現れた。この本丸は、その任務で一定の成果をあげた。結果として、山姥切長義は、監査官から一刀剣男士の立場に戻り、この本丸へ所属することになったのである。
     国広の方は、件の任務に参加していたはずだった。任務の最中、二振りの山姥切の間でどのようなやりとりがあったのかを、三日月は知らない。しかし、長義が来て以来、二振りはずっとこの調子である。難儀なことだ、と三日月は密かに嘆息した。
    「なんだいきみ達、まだ寝ぼけてるのか? 突っ立ってるなら場所を開けてくれ」
     どことなく重苦しい空気が漂う中、その場に立ち尽くしていた三日月と国広に、声をかけてきた姿があった。鶴丸国永である。鶴丸は、咄嗟に道を開けた三日月と国広の間を抜けざま、国広の顔をからかうように覗いて大いに嫌がられていた。彼は笑って、いくつかある洗面台のうちのひとつを選んで顔を洗い始めた。三日月は、その背をしばらく黙って見つめていたが、少しして自分も支度をすることにした。
     国広は、タオルの扱いをはかりかねるようにしてそこに佇んでいたようだったが、やがてタオルを握りしめて去っていこうとした。その時、顔を濡らしたまま顔を上げた鶴丸が、その背を呼び止めた。
    「山姥切。朝食を済ませたら、着替えて主の所へ来てくれ。きみと、きみの本科に呼び出しだ。それから三日月も」
     思いがけないことに三日月はひどく驚いた。だが鶴丸は、用は済ませたとばかりに顔を拭き、歯を磨き始めたので、彼にそれ以上の詳細を聞くのは憚られた。国広は、わかった、と一言告げて去っていった。三日月もまた、鏡に向き直って、寝癖を直すことにした。
     鶴丸国永の水に濡れた手には、今は手袋ははめられていない。
     三日月は、彼にあの手袋の話をする気がなかった。彼はもう、忘れているに違いなかった。



     政府依頼の極秘訓練に参加してほしい。
     主に集められた四振りは、人払いのされた部屋でそう告げられた。鶴丸国永、山姥切国広、山姥切長義、三日月宗近という面子である。皆それぞれに支度を済ませ、戦装束で主の前に並んでいた。誰も寝癖のひとつも残していない。
     詳細は政府から伝えられるとのことで、聞かされなかった。もとより断る理由はなかった。ただ驚いたのは、承諾した途端、主の部屋から直接訓練の場へと送られたことだった。今回の任務は、本丸の他の刀にも極秘のこと。なるべく人目につかずに遂行してほしい、というのが見送ってくれた主の説明だった。
     送られた先は、見渡す限り何もない、ひらけた空間であった。足元には硬質なタイルが敷き詰められており、天井は高くぼやけて見えないが、どうやら室内である。前後左右の果ても肉眼では確認できず、まるでどこまでも続く空間のように思える。おそらくそれは、そう見えるだけで、実際には果ては存在しているのだろう。三日月には、そこが、電子的に制御された空間であるということがわかった。演練場に似た空間である。
     移転先で政府からの使者を待て、というのが主からの言伝であった。四振りは、その何もない空間で使者を待った。
    「これは、俺もまったく知らされていない任務だな。よほどの極秘事項なんだろう」
     つい先日まで政府に所属していた長義が、難しい顔をしてそう言った。彼は政府に居ただけあって、その内情について本丸所属の刀よりはよほど詳しい。その長義ですら想像のつかない任務である、ということに、国広は少し表情を硬くしたようだった。一方、鶴丸国永は、呑気にその場に座り込んでからからと笑った。
    「いいじゃあないか。誰も知らない任務ってのは、驚きがある」
    「そう呑気に考えないでもらいたいな。極秘の任務に参加させられたということは、それなりの期待をかけられているということだ。俺たちは、政府に試されている。厳しく評価されるだろうね」
     いかにも元監査官らしい言いようであった。山姥切国広が、布のかげで何か思いつめたような顔をしているのを、三日月は目の端にちらりと捉えた。
     だがその時、不意の違和感に気づいて三日月は咄嗟に刀に手をかけた。座り込んでいた鶴丸が跳ね起きたのも、同時であった。一筋の光が目の前に差し込み、そこへ一匹の管狐が現れた。彼は中空でくるりと一回転して軽やかに地面へ降り立ち、一行を見据えた。
    「皆さま、お待たせいたしました。それでは訓練の説明を始めます」
     こんのすけという名で呼ばれることの多い、見慣れた管狐である。彼は挨拶もせず、前置きもなく、政府からの使者としての役割を突然に淡々とこなし始めた。話が速い、と鶴丸が笑ったのが聞こえた。
     管狐は、自らの前面に浮かび上がらせたパネルを小さな肉球のついた手で器用に操作した。何かしらの命令を走らせたようである。途端に場の空気が変わった。天から幾筋もの稲妻が走り、それは地に落ちると同時に禍々しい異形のものへと変化した。それは、普段、時間遡行軍と呼ばれるものたちとまったく同じ姿をしていた。三日月をはじめとした四振りは、あまりのことに身構えた。
    「今から、あなた方には敵と戦っていただきます。彼らは電子的に造られたものですが、実体があり、通常通りの攻撃力があります。万が一の際にはシステムごと停止しますが、どうぞ油断なされないよう。侮れば、軽傷では済みません」
    「待て。あれだけの数の敵と、四振りで戦えと言うのか?」
     管狐の言葉を遮ったのは、国広であった。彼の言うとおり、時間遡行軍はおびただしい数であった。数十、否、百を超えているかもしれない。四振りで戦うのは、無謀である。
     管狐は、静かに首を横に振った。
    「いいえ。あの程度の数であれば、一振りで十分です。今から皆さまを強化します。その力を、試してみていただきたいのです」
    「強化……?」
     訝しむ刀たちに、管狐は右手を差し出すよう告げた。小さな彼に合わせて三日月が屈み、腕を伸ばすと、彼が指先に触れた途端、手の甲に僅かな痛みと熱さが走った。手の甲が、奇妙な紋の形に光るのを、三日月は見た。ただ、変化は、それだけであった。
    「あなた方の体に、強化紋様を刻みました。これで、あの敵にも立ち向かえるはずです」
    「おいおい、本当か? 何も変わったように思えないが」
     訝しみながら己の体のあちこちを動かす鶴丸と同じく、国広も、長義も、疑わしい目を管狐に向けていた。三日月自身も、特に普段の体との違いは感じられなかった。だが管狐は、少しも惑わなかった。
    「確かな実績のある措置です。さあ、どなたか、交戦を」
     一瞬、四振りの間に互いを探り合う沈黙が流れた。皆管狐の突然の言に、半信半疑なのである。まずは信ずるに足る証拠を見せてもらうというのが、まともなやり方だろう。
     だが誰よりも早く、山姥切国広がこう口を開いた。
    「俺が行く。すべて倒せばいいんだろう」
     国広のその言葉を、三日月は意外に思った。彼は普段どちらかと言えば慎重で、自ら前に出る性質ではないように見えていたためである。
     国広は、どこか焦っているように見えた。三日月は彼を止めようと口を開きかけた。だがそれよりも早く、山姥切長義が、刺すように鋭く言葉を挟んだ。
    「偽物くんには荷が重い。鶴丸国永、あなたにお願いできないかな? 適任だと思う」
     三日月は、またも意外に思った。長義が国広を止めたことはまだしも、的確に鶴丸を推薦したことに驚いたのである。鶴丸本人は、場の流れを読もうとしているのか、至って静かにしていた。先に国広が、声をあげた。
    「なぜだ、俺はやれる」
    「言っただろう。俺たちは試されている。無様を晒すわけにはいかないんだよ」
     長義は、隠すこともなく堂々とした瑠璃色の瞳で、厳しく国広を射抜いた。長義と、国広は、やはりその出自ゆえに、よく似た風貌をしている。だがその長義の表情は、今の国広が決して持ちえぬものだった。国広は、ぐっと何かを呑み込んだように俯いて、そのまま引いた。
    「それじゃあ、遠慮なく行かせてもらうかねえ」
    「任せて申し訳ない。危険だと思ったら、無理せず引いてほしい」
    「はいよ」
     鶴丸は、一連のやりとりが済んだ後で、前に出た。長義の判断は、正しいと言えた。鶴丸国永は、この本丸でも早くから前線に立っていた刀で、既に練度も頭打ちである。近頃は第一線から退き、ほとんど隠居生活を送っていたが、経験も、戦闘能力も、飛びぬけて高い刀だ。おまけに新しいものへ挑戦していく好奇心も持ち合わせている。おそらく国広が声を上げなければ、彼自身が立候補していただろう。
     一方の国広は、顕現した時期の問題もあり、今まさに成長途中の刀である。練度も、経験も、鶴丸には及ばない。――長義の判断は、正しいと言えた。だが国広が何か納得のいかないものを抱えていると、俯いた彼の横顔から三日月は察した。
    「注意してください! 一定以上まで距離を縮めると、敵はこちらを認識して襲い掛かってきます」
     時間遡行軍の大軍と四振りが居た場所には、もともとは距離があった。鶴丸はひとり、その距離を詰めはじめていた。彼はまるで散策をするかのような軽やかな足取りで敵へ近づき、そうしてあるところで遡行軍たちの禍々しい赤い色の瞳を一身に受けた。遡行軍たちは、黒い塊のようになって鶴丸を襲った。彼の白い衣装が隠れて見えなくなったとき、国広が、隣で息を呑んだのを三日月は聞いた。
     一閃、と表現するにふさわしい光景が、次の瞬間訪れた。
     遡行軍の黒い塊が突如上下に分断されたかと思うと、その合間に鶴丸国永の刀身のひらめきがあった。遡行軍の体がばらばらと地に落ちて霧散すると、鶴丸の姿はよく見えるようになった。彼がもう一度刀を振るうと、その軌道にあった遡行軍は、皆面白いように美しく切れた。三日月は、思わずその光景に見惚れた。
    「へえ!」
     鶴丸が、愉快気に声をあげたのが届く。彼は幾らかの反撃を受け、しかしそれを軽々と刃で受けた。鶴丸国永は、もともと戦場で稀有な動きを見せる刀である。しかし、その彼が普段以上に鮮やかに敵を捌いていくのを、三日月を含む三振りはただただ見つめていた。
     ことは、ものの数十秒で片付いてしまった。時間遡行軍の姿がその残骸も含めてすべてなくなった後、管狐が真っ先に鶴丸に駆け寄った。三日月は、国広と長義と共に管狐を追った。国広は、彼にしては珍しく駆け足で先頭に立った。
    「お見事です、鶴丸国永」
    「いやあ、こりゃいいな!」
     鶴丸は、笑顔だった。彼が愉しんでいるのは、遠目にも明らかだった。鶴丸は傷ひとつなかったが、僅かに息を弾ませているようだった。それは疲れのためというよりは、どうやら興奮のために思えた。
     彼は、自らの右手の甲をまじまじと見つめた。
    「強化紋様って言ったか? 効果のほどは絶大みたいだな」
    「無事に使いこなせたようで、安心しました」
    「そう見えたんなら上々だ。しばらく隠居してたんで、刀も錆びついちまったんじゃあないかと心配してたが」
    「さすがだね、鶴丸国永」
     山姥切長義は、一番最後に輪に追いついて拍手をした。彼は本当に機嫌がよさそうに見えた。どうやら彼が管狐からの、ひいては政府からの評価を真剣に案じていたのだと、三日月はその様子から感じ取った。
    「あなたほどの刀を隠居させておくなんて、勿体ない話だ」
    「主は今は、新人の育成に忙しいからな。爺は茶でも飲んでろってことさ」
    「戦力の底上げは勿論必要だ。だがここぞという時には、最高の戦力を送り込むべきだ。本丸の威信を保ちたいならね」
     長義の声がやけに低く、重たくなったのを感じたとき、国広が不自然に俯いた。彼はじっと押し黙り、ほんの僅かに拳を震えさせていた。三日月は、言外に長義が何を言わんとしていたのかを察した。
     彼は先の特命調査――聚楽第でのこの本丸の失態を、暗に責めているのである。
    「それでは、他の皆さまも順に戦ってみてください。一振りずつ、データを取ります」
    「では、次は俺が行こうか」
     管狐の促しに、揚々と応えたのは長義だった。国広は何も言わず、鶴丸もまた、何も言わなかった。



     先の特命調査で、この本丸は、かなりの苦戦を強いられた。
     本丸にとって、はじめての特命調査であった。主は、未知の戦場に苦慮しながらも、育成中の第二部隊を送り込んだ。結論から言えば、これが、失敗であった。
     監査官から届いた中間査定の結果は、こうである。「部隊の熟練度に難有り。任務を遂行するに足り得るとはおよそ期待できず」
     第二部隊は、一度撤退を余儀なくされた。主は編成し直した新部隊を送り出し、結果、からくも任務を遂行した。
     国広は、はじめの部隊の隊長であった。彼は自らの力が及ばなかったことを悔いていたが、任務の監査をしていたのが己の本科たる山姥切長義であったと後に知り、愕然としていた。
     以来のふたりである。長義の国広への評価が厳しいのも、やむなしという状況ではある。
    (これは、よくない任務を与えられたかもしれぬな)
     管狐の促しに応え、長義、三日月、国広の三振りは鶴丸と同じく敵と対峙し、強化された肉体の試験とやらを行った。扱ってみた感じ、確かにこの力は驚くべきものであった。これまで少しずつ慣れてきた人間の肉体というものが、あきらかな別物へと変化したようであった。
     上手く扱えば、絶大な力を発揮するのは間違いない。だがその分、制御が難しくはあった。鶴丸は、いとも容易く使いこなしていたように見えたが、あれは彼の天才的な感性あってのものだろう。長義も、三日月も、幾分慎重に戦い、役をこなした。一番苦労をしていたのは、山姥切国広であった。
     彼は、三日月の目には、やはり功を焦って見えた。踏み込み過ぎた彼が傷を負うのを見た長義が、傍らで、溜息を吐くのを三日月は聞いた。敵を殲滅した後で、国広は、薄汚れた布のかげに切り傷のある右腕を隠した。
    「皆様、お疲れさまです。本日の訓練は、ここまでにしましょう」
    「これだけでいいのかい?」
    「はい。本丸へ戻って、手入れをしてください」
     管狐がそう言った時点で、手入れが必要なのは山姥切国広ただ一振りであった。管狐は続けて、今日の訓練は腕試しに過ぎなかったこと、次回から少しずつ訓練の難度を上げていきたいという旨の説明をした。
    「なるほどね。ついてこれないやつが出てこないと良いんだが」
     長義の嫌味を、国広は黙って受けた。二振りを、鶴丸が可笑しそうに目を細めて盗み見ている。
     管狐は、粛々と続けた。
    「皆様には、もうひとつ、試していただきたいシステムがあります。二振りによる、連携技の発動です。皆様の間には現時点で、一から五までの親愛度が設定されています。我々の間では、それを絆と呼んでいますが……絆が結ばれると、それだけ強力な連携技を繰り出すことが可能になります。敵に対するには、必ず必要な機能です」
    「絆? 親愛度?」
    「現状、絆は全員一の段階です。訓練の間に、相互に親しんで、互いに絆を結んでください。特に――山姥切国広と、山姥切長義。三日月宗近と、鶴丸国永。あなた方の間に強い絆が結ばれることを、我々は期待しています」
    「ひとつ、聞いてもよいか」
     未知の情報を次々与えられることに場が困惑している中、三日月は管狐を見下ろした。管狐は、感情の読めない、黒目がちの瞳をこちらへ向けて、態度だけは至極素直に「はい」と応えた。
    「なぜ、我らが今回の訓練に選ばれた? その組み合わせに期待したいというのは、理由があるのか?」
    「詳しくは、話せません。ですが、既に高い実績のある組み合わせであると思ってください。他個体ではどうなるのか、そのサンプルを集めるのが今回の目的です。どうぞ、ご協力を」
     管狐からは、有無を言わさぬ空気があった。
    「いいじゃあないか。俺はこの訓練、割と楽しませてもらってるからな」
    「俺も、特に異論はないよ。政府のやることだ、従おう」
     鶴丸と長義が、口々に言う。三日月としても、不満や不服がある訳ではなかった。国広もまた、押し黙って何も言わなかった。
    「もっとも、期待に応えられるかどうかはわからないけれどね。足を引っ張る相手とは、上手く連携出来るはずもない」
     長義のひと言を最後に、その場はおひらきとなった。管狐は短い挨拶を残して、来た時と同じように一筋の光となって消えた。



     本丸に戻ると主が出迎えてくれた。主は怪我をした国広を手入れ部屋に連れて行き、残された三振りは各々解散することになった。
    「まったく、とんだ任務だ」
     長義は嘆息し、いち早くその場を去っていった。三日月もまた、私室へ戻ろうと足を踏み出した瞬間、ふと袖を引く力に驚いて振り返った。
     鶴丸が、知らぬ間にすぐそばにいたのであった。
    「きみは今回の任務をどう思う? 三日月」
     話しかけてきた鶴丸を、三日月はしばらくの間まじまじと見つめてしまった。鶴丸は、それに訝しげな様子を見せた。もう一度彼の唇が、三日月、と自分の名を呼んだとき、三日月ははっとしてまたたいた。
    「いや、すまぬ。お前が話しかけてくるのが珍しかったので、ついな」
    「ははっ、そうかい? まあ――ふたりで話すのも、久し振りかもな」
     鶴丸が素知らぬ風に言ってふと遠くに視線を馳せたその横顔を、三日月はひどく懐かしいと思った。この距離で、彼の横顔を眺める瞬間が、昔は幾らでもあった。ただ最近は、失われた時間であった。
     鶴丸がこちらへ視線を戻す前に、目を伏せる。
    「妙な任務だ。だが、愉しくはある」
    「同感だ。ただまあ、あちらさんにはちょっと厄介な任務かもな」
     国広と長義が去っていった方を指して言う鶴丸を見て、彼もまた二振りの山姥切の間の確執を彼なりに気にしていたのだと、三日月は知った。任務の間、鶴丸とは、それを話すきっかけがなかった。目が合うことすら稀だったからである。
     鶴丸とは、もう数年、そういう距離感であった。
     それがこうして、突然に言葉を交わすことになって、するすると言葉が出てくるのは不思議だった。懐かしい感覚に、三日月は己の胸が僅かに躍るのを感じた。
    「絆を結ぶ、と言ったか。確かにあやつらには厳しい任務かもしれぬ」
    「俺たちには、難しくないのかい?」
    「さあ、どうだろうな」
     こうして腹の内を探り合うようなかすかな緊張感のある会話も、実に久し振りだった。三日月は、知らず口元に笑みを浮かべた。ふと目の前が、僅かに暗くなったと思うと、鶴丸が立ち位置を変えて顔を寄せてきていた。彼は囁くように、こちらの名を呼んだ。
    「なあ三日月。きみは、俺たちが随分と親しかった頃のことを、覚えてるか?」
     それは、唐突に確信に触れるひと言だった。三日月は、動揺を押し隠して、目を伏せた。
    「ああ」
    「久々の戦の後だ。今夜、きみの部屋に行きたいんだが――どうだい?」
     鶴丸がそう告げた瞬間、三日月は、二振りの間に何か強い風が吹き抜けたような錯覚を覚えた。それは、朝に衣装箪笥の引き出しを開けて鶴丸の片手袋を見つけた瞬間に感じたのと同じ、強く、胸を締めつけるような懐かしさの嵐であった。
     鶴丸を見つめる。彼はその金色の瞳に、じんわりと燻る熱を押し隠していた。その瞳が自分に向けられるということが、三日月にとっては数年ぶりの出来事であった。
    「わかった」
     短く返すと、鶴丸は、ひとつ頷きを残して三日月とすれ違うようにして去っていった。
     ふと流れた空気の中に鶴丸の匂いを感じて、三日月は、ほんのわずかに身震いした。



     鶴丸と三日月の間には、かつて体の関係があった。
     どちらが言い出したことかは、既に記憶が曖昧である。ふたりは本丸設立の初期、おおよそ同じぐらいの時期に顕現し、扱いやすい太刀という刀種であったこともあって、早くから戦力として投入された。数多の戦場を、共に駆けた。あの頃は親しい、友であった。
    「戦に出ると、たまらなく高揚する。ままならないもんだな、この肉体ってのは」
     そうはじめに言い出したのは、鶴丸の方だったかもしれない。抑えがたい昂ぶりを収めるための手段として、二振りはいつしか体を繋げることを覚えた。それが、公には後ろめたいことであるという自覚はあった。その顕れか、ふたりは昼は、少しずつ疎遠になった。そうして表面上はただの本丸の仲間であるという風を装いながら、夜は度々、枕を交わすようになった。
     それがなくなったのは、二振りの練度が共に頭打ちになり、出陣の機会がめっきり減ってからだった。そもそもが、熱を冷ますための関係だったのだ。その必要がなくなれば、部屋に通い合う必要もなかった。
     以来、もう、数年が経つ。
     二振りは、本丸で出会えば挨拶をした。皆で会話をすることもあった。
     だがどちらともなく、ふたりきりになることは避けて、今に至る。今回同じ任務が与えられたことも、本当に久し振りであった。
     三日月は、その日一日を普段通りに過ごした。夕食の席では鶴丸と同席したが、特に話すこともなかった。湯浴みを済ませるまでの間に、思いがけず廊下ですれ違うこともあった。だが特別なことは、何も起こらなかった。
     寝支度を済ませて、部屋でひとり、ふと考える。昼の約束を果たしに、本当に鶴丸は現れるのだろうか。
     かつては鶴丸を待ちながら、本を読むのが三日月の習慣であった。鶴丸は、部屋を訪れると言いながら、いつも決まった時間には現れなかった。気まぐれな彼を待つのに、読書は手慰みとして丁度良かった。ただ、今夜は、とても活字を追う気にならなかった。
     部屋を見渡す。すこし灯りを落とした部屋の雰囲気は、あからさま過ぎるかもしれなかった。もはやどんな態度で鶴丸を待ったらいいのか、三日月は忘れてしまっていた。
     だが少しして、ふと廊下が軋む音が耳に届いた時、三日月はそれが鶴丸の足音であるということがすぐに分かった。
     懐かしい歩幅と重みの、聞き慣れた足音であった。三日月は、途端に自らの心臓が早鐘を打つのを感じた。懐かしさとも、恐れとも、焦りともつかない、訳の分からぬ感情ゆえであった。やがて鶴丸の歩みは三日月の部屋の前で止まり、襖のすぐ向こうに気配が濃く感じられた。鶴丸は、いつも約束した夜は声をかけずに襖を開けるのだと、唐突に三日月は思い出した。
     襖が開く。暗い廊下を背に、白っぽい単衣姿の鶴丸が居た。彼は三日月と目が合うなり、笑った。
    「きみの部屋は、変わらないな」
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    Replies from the creator

    えだつみ

    PROGRESS書き下ろしと言いつつ11月23日のWEBオンリーで全文公開する予定
    ちょっと不穏な状況で三日月と鶴丸が邂逅して何やかやする話
    【つるみか】11月の再録本に載せようと思っている書き下ろし冒頭 IDと許可証の提示を、と求められて、鶴丸国永は万屋街の入口で立ち尽くすより他なかった。
     本丸から、そう少なくもない頻度で通っている、いつもの政府管轄の万屋街である。日用品を売る店があり、酒を売る店があり、飲み食いの出来る店があって、奥へ進めば大きな声では言いづらい用を足せる店までもが並ぶ、本丸所属の刀剣男士であれば訪れたことのない者はほとんど居ないと言ってもよい、馴染みの場だ。鶴丸は今日ここへ、本丸の用足しにやってきた。厨に常備する調味料の類を、買いに訪れたのだった。
     いつもと様子が違うことは、近づいた時点で察していた。万屋街は政府が構築した一種の仮想空間であるという性質上、本丸と同じく四方が塀で囲まれており、出入口は一箇所に定められていたのだったが、その一箇所しかない出入口にやたらと人だかりが出来ていたのである。見ると、そこは関所のごとく通り道が狭められ、入る者と出る者がそれぞれ制限されている様子であった。鶴丸は、入ろうとする者たちが作る列の最後尾に並び、呑気に順番待ちをした上で、いよいよ、というところで思いがけない要求にあった。それが、IDと許可証の提示であった。
    5457

    えだつみ

    PROGRESSただの同僚同士のつるみかの本丸に二振り目が顕現してなんやかんやする話(予定)
    発行の際に大幅改稿の可能性があります
    ただの作業進捗です
    【つるみか】7月新刊の作業進捗「今期の第一部隊長は三日月宗近とする。明日の昼までに、編成の希望を出してくれ」

     近侍の山姥切国広が主からの任命書を読み上げ、その指示の声が広間に響く。
     畳張りの大広間に居たすべての刀たちの視線は、自然部屋の前方にいた刀へと集まった。青い衣装を身に纏った姿勢のよい座り姿。三日月宗近である。
    「あいわかった」
     三日月が涼やかに応答する。既にそれは、本丸の刀たちにとっては聞き慣れたものであった。三日月もまた、得意げな顔をすることもなく、粛々と拝命する。
     それで、短い集まりは終わった。
     おおよそ十日に一度、定期的に開催される、第一部隊長の任命式である。
     主からの命が周知される、という性質上、全員参加が推奨の、形式的には重要とされている集まりである。だが、近頃は本丸の刀の数に対し開催場所の大広間が手狭になってきたという事情もあって、不参加の刀も少なくはない。実際、共有が必要な情報はすぐに掲示されるので、参加せずにいたところでそう不都合はないのであった。
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