海の話 書類に目を通したり押印したりしている様子を彼女はただ眺めていた。冒険者とて暇ではないだろうに、と思いながら彼女に尋ねてみる。
「……見ていて楽しいものだとは思わないが……」
書類より少し視線を上げて彼女の反応を伺うと頬杖をついてうん、と頷かれた。冒険者殿は多忙なのでは?と揶揄うように続けると暇じゃないけど、と言い淀まれる。
「たまにゆっくりしたくなる時って、あるでしょ?」
そう言われると確かにと頷き返すしか出来ず、勝ち誇った笑みを浮かべられた。
「……海、行きたいなぁ」
業務がひと段落したタイミングを図ったかのように、彼女がぽつりと呟いた。イシュガルドの灰色の風景やこの地域の白い情景とは縁遠い言葉を心の中で反芻してみる。コスタ・デル・ソルとかまた行きたいなぁと彼女が呟いた地名を繰り返すと、彼女の耳がぴくりと反応した。
「……行ったことある?」
コスタ・デル・ソル。緩やかに首を振るとやっぱり、と言いたげに少し眉を下ろした彼女が無言で頷いて応えてくる。そのまま目を閉じた彼女が口を開く。
「青い海に、白い雲。黄色い砂浜に、色とりどりのサンゴに貝に、……」
指折り挙げられる光景は彼女が見てきたコスタ・デル・ソルのものだろう。イシュガルドとは対極に位置するような場所を思い浮かび、頬が緩んだ。イイな、と所感を伝えるとぱっと目を見開いた彼女がでしょう、と力強く返してくる。
「こことは違ってまた温暖な気候で、食べ物とかも美味しくて、冷たい海で泳ぐのもまた最高なんだよねぇ」
「それは……とても、イイな」
うっとりと呟く彼女の横顔もその発言の内容も魅力的で、思わず頷いてしまう。
行きたいな、とつい口走ってしまった言葉を聞き逃すことなくヴィエラの耳は拾っており、行きたいね、と間延びした声が返ってきた。一緒だと尚良いのだが、と続けたい気持ちを堪えつつ、もしそう伝えたら彼女はどう答えてくれるのだろうかと思いながら、遙か南国に想いを馳せた。