聖夜の話 イシュガルドの街並みはどこか浮ついた雰囲気だった。幸せそうな男女や家族とすれ違いながら、そんな人達から溢れた幸せに触れた気がしたオルシュファンは微かに口角を上げる。木々や街中が星などで彩られ、星芒祭に染まっていた。かつて争いや諍いが絶えなかった時代、戦争孤児達にイシュガルドの近衛兵達が自身の緋色の外套を着せ兵舎に招き入れた事が由来とされているその祭は、今やエオルゼア全土へ広まり祝われている。不思議な感覚だと微笑んだまま、ショーウィンドウに目が留まった。星や雪の結晶があしらわれたケースに収まった化粧品だった。ふむ、と顎に手を添えしばらく化粧品を眺めていると、
「贈り物ですか?」
店員に声をかけられた。いや、と反射的に答えてしまい、少し考え込んでそうだな、と続ける。
「これは……その、もう少し……違う色?とかはあるのだろうか?」
ぱ、と表情を輝かせた店員がはい!と溌剌とした声を上げた。
「こちらは今回の限定色で、冬や雪をイメージしたくすんだ青にラメを混ぜてあるものですが、普段使いしやすいこちらの色合いのものもございます!」
どこか誇らしげに店員が差し出してきた方は同じ容器に茶色系統の色合いの化粧品が収まっていた。彼女の顔を思い出し、こういう色なら使いやすいだろうか、と考える。真剣な横顔の彼に店員があのぅ、と遠慮がちに声をかける。
「もしお悩みでしたら、彼女さんの普段お使いの色とか参考になると思いますよ?」
なるほど、と呟いた彼は件の化粧品を指差し、店員に贈呈用のラッピングを頼んだ。急な判断の速さに一度目を瞬かせた店員はそれでもにこやかに商品のラッピングに向かった。
繊細な品を大切に守るように現物の大きさを超えた華やかな紙袋に包まれたプレゼントを、オルシュファンは大切そうに胸元へ抱える。招かれたエンピレアムにある一角へ向かう足は先程より弾んでいた。彼女がこだわったという外装の家へ近付きながら、襟元に巻かれていたマフラーを畳んでそっと紙袋を包む。マフラーを胸元に携え、扉を叩いた。
「いらっしゃい!」
紅潮した頬のヴィエラが弾んだ声で勢い良く扉を開けて出迎えてきた。温かな室内は凝り性の彼女のこだわりを感じさせる装いになっており、思わず頬が緩んでしまう。外套を脱ぎ、丁寧に畳んでその上にマフラーを添え、彼女が誘導する食卓の空いている椅子の上にさりげなく置いた。
聖夜らしいメニューが食卓に並べられる。寒かっただろうから、と忙しく動く彼女がサラダや温め直されたローストチキンを運んでいた。温かな湯気を上げるスープが入った鍋を運ぼうとする彼女を制してそれを持ち上げた。どこに置けば?と彼が尋ねると私がするのに、と唇を尖らせられる。
「手伝いたくなった。ここまで盛大なご馳走は冷める前に食べないとな」
一緒にした方が早いだろう、と微笑んだ彼にぐぅ、とどこか悔しそうな彼女が食卓の真ん中に鍋敷きを置いた。2人で並べた食事の前に腰を下ろし、手を合わせる。弾んだ声で彼が皿に取り分けるメニューの紹介をする彼女に、一つ一つを丁寧に味わった彼は美味いとその都度頬を緩めた。
「本当に料理が上手いな」
彼の賛辞に満足気に頬を緩めた彼女が嬉しそうにフォークを口に運ぶ。我ながら美味しくできてる、と頷く彼女に深く頷いて同意する彼がいつも通りに賞賛すると、彼女は照れくさそうにはにかんだ。
食器を二人で協力して片付け終え、ソファに並んで温かな紅茶を楽しんでいた時だった。
「はい、これ」
ヴィエラが小さな包みを差し出してきた。丁寧にラッピングされたプレゼントと彼女の顔と交互に視線を向けるオルシュファンに彼女が微笑みかける。壊れ物を扱うような手付きでリボンを解き、袋を覗き込んだ彼が小さく感嘆を漏らした。彼の手に合わせた大きさに丁寧になめされた革製の手袋を袋から取り出し、彼は嬉しそうに目を細めた。着けても?と目を輝かせた彼に、彼女は頬を緩めて頷き答える。滑らかな革の感触が肌に心地よく、数回拳を握っては開くのをしてみても動作の妨げにならない着け心地だった。
「実にイイ……ッ!素晴らしい逸品だなこれは……!!」
嬉しそうな彼の目がふと手首に留まる。繊細に施されている見慣れた一角獣の刺繍をそっと彼の細い指が撫でた。
「……これは、特注品か?」
彼女の方を伺うように視線を向けながら彼が尋ねると、はにかんだ彼女がゆるゆると首を振る。では、と切り出した彼に頷いた彼女が口を開いた。
「作ってみたの。オルシュファンにあったかいものを、って思って……」
一度目を瞬かせた彼が彼女から手の中の贈り物へと視線を戻す。彼女からの、という逸品に更に手作りという付加価値まで付けられたそれは一層輝いて見えて、慎重に指を通した。明かりに翳すように刺繍を眺め、大事にする、と噛み締めるように呟いた。嬉しそうに頷いて応える彼女に、彼はマフラーから包みを取り出し卓上へ置く。きょとんとした彼女へそっと包みを差し出した。
「後出しになってしまったな」
受け取ってくれると嬉しい、と彼女に包みを渡す。丁寧に包装を解いた彼女がわぁ、と歓声をあげた。掌の中の化粧品を眺めながら、弾んだ声で可愛いとはしゃぐ彼女に彼もつられて頬が緩む。
「新作じゃない!?しかもこの色!!」
どうやら判断は間違っていなかったらしいと心の中で店員に礼を述べた。容器を掲げ、目を輝かせた彼女がこちらに幸せそうな顔を向ける。頷いて応えると机の上に丁寧に化粧品を置いた彼女が思い切り抱き付いてくる。
「ありがと」
耳元で囁かれ、こちらこそ、と返した。そのまま頬を擦り寄せられたので、彼女を抱き締め返す腕に苦しくない程度に力を込める。あのね、とそのまま小さく呟かれ、彼女の方に耳を寄せた。
「本当は、オルシュファンとプレゼント交換したいな、って思ってたから、すっごく嬉しい」
反射的に彼女の顔に視線を向けてしまい、嬉しそうに、恥ずかしそうにはにかんだ彼女と目が合う。愛おしさで胸が一杯になり、思わず変な事を口走ってしまいそうになる前にオルシュファンは彼女をまた力強く抱き締めた。窓の外では静かに雪が降り続けていた。