幼児の話 慌てた様子で呼び出されたヴィエラがフォルタン邸に戻ると、困惑した様子の一同が彼女を待ち構えていた。その輪の中心で一際困惑した表情を浮かべた子供を眺め数回瞬きした後、視線を周囲に向ける。彼女の視線に応えるように無言で頷く一同に嘘でしょ?とヴィエラは情けなく笑いかけてみた。
「……困ったことに、現実なのだ」
子供らしからぬ様子で溜息を吐いた子供が水色の髪を揺らして苦笑して答えた。
曰く、一風変わったモンスターが見かけられたため冒険者の手を煩わせる訳にはと名乗り出たオルシュファンがそのモンスターを討伐したらしい。そこまでは良かったのだが、その際に浴びたモンスターの体液か何かの影響で身体が子供に戻ったとのことだった。
「あまりこういった事は専門ではないから、恐らくはそういう経緯、原因だとは思うのだけれど……」
魔力かその辺りに害を成すモンスターだったのか、など深刻な表情で呟くアルフィノを横目に幼くなったオルシュファンにヴィエラは歩み寄る。
「情けないところを見せてしまったな」
ふにふにと確かめるように自身の頬に触れてくる彼女にオルシュファンは眉根を寄せた。これからどうするの、と深刻な表情で尋ねてきたヴィエラの勢いに圧されながら、少し考え込んだ彼は答える。
「……このままでは何の役にも立てそうにないから、治るまでは屋敷に篭るしかないだろうな」
顎に手を添えたまま溜息を吐き、深刻な表情のまま黙り込んだヴィエラの整った顔を見つめた。イシュガルドにまで来て多くの厄介事に巻き込まれている彼女にとうとう呆れられてしまっただろうな、と珍しく気落ちしていると激しく肩を掴まれた。
「じゃあ、マーケットに行こっか」
彼女の表情は輝いており、どこか楽しそうであった。
早く早く、と急かすように自身の手を引くヴィエラに連れられ、少しサイズの合わないコートに包まれたオルシュファンは足早にマーケットを進む。いつもより低い視点でマーケットを眺めるのはどこか不思議な感覚だった。普段通りの賑わいを子供の目を通して見るとこうまで印象が変わるのかと少し感動する。ここ、と彼女が立ち止まり示したのは服屋だった。店に並ぶ商品とこちらを交互に見比べる彼女に少し嫌な予感がした。
彼女が選んだ服に袖を通し、目を輝かせているヴィエラに披露する。やっぱり似合う、いやでもこっちも捨てがたいと他の服を手に表情を次々変えていく彼女に普段と違った一面を見た気がしてつい笑ってしまった。真剣に考え込む横顔もイイなと思いつつ、ふと幼少期を思い出す。
「どっちの色が好きかな!?」
気に掛けてくれたり面倒を見て助けてくれた存在はあれど、ここまで真剣に自身と向き合ってくれた人は多くはなかったななどと物思いに耽りかけていたところを彼女の弾む声が遮ってきた。楽しそうに嬉しそうに胸元にかざされた服と彼女の顔を見比べて、両方着てみようかな、と返すと更に嬉しそうに彼女の頬が緩んだ。
「世話をかけてすまない」
必要な物品を一通り買い揃え、フォルタン邸に戻り一息吐いたところでオルシュファンが言った。不意を突かれたように目を丸くしていたヴィエラに続ける。
「ただでさえ大変な状況の君を、こちらの都合に巻き込んでいるのにこんな情けない姿を見せてしまっているのが不甲斐無くて仕方がない」
子供の外観と声色だが口調はいつも通りの彼に思わずヴィエラは佇まいを直した。手を伸ばし俯いているオルシュファンの頬を包み込んで優しく上に向かせる。
優しい手つきとは裏腹に真剣な表情のヴィエラに反射的に下唇を噛み締めてしまう。また俯いてしまいそうになるが、首を振った彼女の表情が和らいだ。彼女の真意を図り兼ねて困惑していると、頬から離された手がオルシュファンの頭に移る。
慈しむような手つきと表情のヴィエラは自身の頭を撫でてきた。そんなことないよ、と小さく呟いて彼女は続ける。
「むしろ、小さい時の姿が見れて内心はしゃいでるかも」
酷いよねぇ、と苦笑している彼女の先程の様子を思い出し、静かに納得してしまう。ねぇ、とどこか甘えるような普段と異なる声で呼びかけられ、首を傾げながらどうしたのか尋ねた。
「……酷いことついでに、もう一個したいこと、させてもらってもいい?」
俯いてこちらの反応を伺うように上目遣いで言う彼女に、その尋ね方は狡いだろうと思う。こんな子供に拒否権などあるものか、と返すと嬉しそうに表情を輝かせた彼女が腕を広げて抱き締めてきた。
いつもより低い視界一面が彼女の胸で覆われ、息苦しいくらいの強さで抱き締められた。ようやく呼吸が出来るぐらいの位置に顔を調整すると、背中を優しく撫でられた。慈しむような、大事なものに触れるような手つきだった。幼少期にこんな触れられ方などしなかったな、とまた思い出してしまう。自身の生い立ちに対する負い目などが頭を過ぎりそうになり眉間に皺が寄った。それでも側で見守ってくれたり肯定してくれる存在があったから、今の自分が居る訳で、そんな自分に真っ直ぐ向き合ってくれる彼女にも出会えたのだからそれに対する負の感情はなかった。こちらの背中に十分に腕を回してくる彼女の腰に手を回し返した。その背中に届かない自身の腕の長さや背にもどかしさすら覚えつつ、口を開く。
「……これは、」
とてもイイな。それだけ伝えると腕に更に力が込められ、嬉しそうにでしょう、と返された。
「こういうのは慣れていないから、少し気恥ずかしいというか、くすぐったいな」
くぐもった声でオルシュファンが呟くと、首を傾げたヴィエラが腕の力を緩めた。心地良さと共にどことなく照れ臭さを感じ、緩められた腕からそっと離れようとする。と、逃がさないとでも言いたげに更に抱き締められる。
「これから慣れていけばいいよ」
いっぱい甘やかしてあげるから。歌うように楽しそうに弾んだ声で彼女は言った。この盟友はどれだけ自分を助けてくれるつもりなのだろうかと思いつつ、首を振る。
「……あまり迷惑をかけるのは良くないだろう」
自身の発言に背中から肩に腕を回し、彼女は引き離してきた。珍しく狼狽たような表情を浮かべる彼女の顔を見て、やはり迷惑をかけたくないと再認識させられる。
「そんなことないよぉ!!」
力強く反論してきた彼女は普段の気丈さなどどこへやったのか、泣きそうな顔をしていた。迷惑だなんて思ってないのに、と俯いて呟いた彼女に今度はこちらが狼狽る。
「……好きでやってるし、もっと甘やかさせてほしいぐらいだもん」
俯いて耳を垂らしながら小さく続けた彼女の頭を思わず撫てしまった。こちらの様子を伺うような彼女と目が合った。嗚呼こういう気持ちから来たのかと思いながら、そんな顔をしないでほしい、と声をかける。
「そちらの気持ちがわかるなどおこがましい事を言うつもりはないが、君の気持ちが少しわかった気がする」
顔を上げた彼女の表情が綻んだのを見て、やっぱり笑顔がイイな、とつられて頬が緩んだ。