香水の話 ふわりと花のような香りが漂っていた。この館でそのような香りがするのは珍しいなと思いながらオルシュファンが歩みを進めると、その先でメイドに囲まれたヴィエラの姿があった。メイドと何か談笑していた彼女は此方に気付くと、頬を緩め手を挙げてくる。オルシュファンも手を挙げて応えると、慌てたようにメイドが仕事に戻って行った。お帰りなさい、と足早に近付いてきた彼女にただいまと返す。彼女との距離が縮まる程に香りは強くなっているように思えた。
「……飾ってある花の香りだろうか?」
会話の途切れた瞬間のオルシュファンの呟きに、一瞬首を傾げた彼女がもしかして、と返す。
「私の香水かも」
差し出されたヴィエラの手首にオルシュファンが顔を近付ける。一層香りが強くなり、あぁ、と頷いた彼に彼女が首を竦めた。
「こういうの、苦手だった?」
「いや?イイ香りだと思うが……」
微かに首を振ってオルシュファンが返すと、ほっとしたように彼女の表情が緩む。よく嗅いでみると花だけではないような香りに首を傾げたオルシュファンに、彼女が香りについて説明する。耳慣れない樹や花の名前を頭の中で反復しながら、彼女の了承を得て手首に再度鼻を近付けた。館内に飾られた花より複雑な香りはどこか異国の雰囲気を感じさせ、彼女に似合っているように思えた。
「お前によく似合う、イイ香りだな」
素直な感想を述べたオルシュファンに気を良くしたのか、ヴィエラがでしょう、と笑顔で話してくる。
「好きなんだ、この匂い!こうやって手首につけてもいいんだけど、服とかに振っておくと、」
くるりと身を翻した彼女の動きに遅れて、ふわりと先程の香りが周囲に広がった。彼女が得意とする踊り子の舞踊に合わせて広がっていく様子が目に浮かび、とてもイイな、と思わず力強く肯定してしまった。だよね!と嬉しそうにオルシュファンの手を握った彼女があ、と呟く。
「嫌じゃなかったら、お裾分けしようか?」
お裾分け。頷いて応えたオルシュファンに一度部屋の方を向いた彼女が再度向き直り、彼の手首に自身の手首を擦り付けてきた。
「初めてだと思うから、これでちょっと試してみて」
アトマイザー、部屋に忘れてきちゃってた。と、照れたようにはにかんだ彼女が手を離す。自身の手首から彼女と同じ香りが漂ってくるのを興味深そうに眺めていたオルシュファンに、彼女は続ける。
「もし気に入ってくれたなら、また付けてあげるね」
気に入っている香水を褒められて嬉しかったのだろう、弾んだ声の彼女に笑顔で頷いて応えたオルシュファンがこれはイイな、と呟く。
「同じ香りを纏っていると、一緒に居るような気がするな」
嬉しそうに柔らかく微笑んだ彼に、一瞬目を見開いたヴィエラが頷いて返した。
それから数日後。店頭に並べられた香水瓶の中に見覚えのあるものを見つけ、思わずオルシュファンは手を伸ばしてしまう。店員曰く、この辺りでは珍しいものだがエオルゼアより取り寄せたものだとのことだった。思わず購入してしまったが、手に下げられた紙袋に苦笑してしまう。帰る前に一度香りを確認しておくか、と慎重に袋の中身に手を伸ばした。
フォルタン邸に戻った彼をヴィエラが出迎える。嬉しそうに駆け寄ってきた彼女が紙袋を見て、それ、と小さく呟いた。あぁ、と小さく頷いた彼が下げられたそれを差し出す。受け取った彼女が手慣れた様子で香水を振り、胸一杯に深呼吸をする様子をオルシュファンは嬉しそうに眺めていた。
「こっちにも売ってたんだね」
どこの店?と首を傾げた彼女に店名と大まかな場所を告げ、彼は続ける。
「英雄殿の活躍もあって、貿易なども安定してきた様子だからな」
そういう物品も増えてくるだろう。喜ばしいことだと言わんばかりに破顔した彼につられて緩みそうになる顔を引き締め、そんなことないよと彼女は返す。
「イシュガルドの皆のおかげだよ」
思わず抱き締めてしまった彼女から漂う香りにやはり、とオルシュファンは目を閉じた。
香水の付け方をどこか楽しそうにレクチャーしてくれるヴィエラに頷いてから、オルシュファンがそうだ、と切り出してくる。
「同じのだとは思うのだが……やはり何か違う気がする」
首を傾げ香りを再確認する様に宙に振り、掌で扇いだ彼女があぁ、と小さく呟いた。
「なんかね、身に付けた人の体臭とかで香水ってその人の香りになるらしいよ」
彼女の説明を聞いてなるほど、と深刻な顔で彼は頷く。私は彼女から香る匂いが好きなんだな、と納得した瞬間、衝動的に彼女を抱き締めていた。動揺したように自身の名を呼ぶ彼女の顔を覗き込む。衝撃からか硬直したまま瞬きを繰り返す彼女の頭を撫でて、オルシュファンは微笑む。
「好きなあの香りをまたお裾分けしてもらっても?」