見舞 目を覚ますと病室のベッドの上だった。病院特有の匂いと白いシーツに包まれながら、記憶の糸を辿る。相棒のヴィエラとリスキーモブを狩っている内に負った傷からの出血が思っていたよりも多かったようで、倒れてしまったのを思い出した。傷口に目をやると、既に適切な処置が施され清潔なガーゼ類で保護されていた。
「おはよ?」
声の方に目をやると、手の中の林檎から目を離さず皮剥きに耽るヴィエラが備え付けの椅子に座っていた。時計に目をやり、おはようと返すには些か遅い気がして頷いて応える。
「痛くない?」
続け様の問い掛けに大丈夫だと返すと、よかったと頬を緩めた彼女が切り分けた林檎を差し出してきた。手を伸ばすとやんわりと引き離されたため、仕方なく口を近付ける。瑞々しい甘さが口の中に広がり、思わず頬が緩む。
「もいっこ、いる?」
「勿論」
自分の分も頬張りながら、彼女がまた切り分けた林檎を差し出して来る。最早諦めに近い境地で彼女に甘んじた。見舞いの品かと思い確認すると、彼女からだと言われた。
「……だって、あのリスキーモブ誘ったの、私じゃん」
回復役を依頼する旨のリンクシェルがヴィエラから届いたのも思い出した。そこまで気にしなくても、と思いルガディンが口を開いた瞬間更に林檎が突っ込まれる。
「早く治してよね!!」
返事をするため林檎を咀嚼していると、調子出ないじゃん、と申し訳なさそうに耳を垂らされた。
「身体だけは昔から丈夫だからな、すぐに治す」
だからそんなに心配しなくてもいいと伝えると、別に心配はしてないけど、と彼女が唇を尖らせる。
「2人の方が倒すのとか早いし、てかそもそもそっちが居なかったら誰が回復してくれんの?」
そっちの心配か、と苦笑しながら彼女の連れているチョコボがいるだろうと答える。
「早く治るよう、努めさせてはもらう」
そう続けると鈍感、と彼女は小さく呟いた。
「何か言ったか?」
首を傾げた彼にべっつにぃ、と頬を膨らませる。別にという態度ではないだろうと苦笑する彼に、じとりとした視線を向けた彼女が近付いてきた。その圧に押され身を引いた彼の横に彼女は更に近付いていく。
よっこいしょ、と外見に似つかわしくない言葉を呟きながらヴィエラはルガディンに跨った。おい、とやや慌てたように声をかけてきた彼にちらりと視線を向けただけで、彼女の動きは止まらない。
「ここを何処だと……」
痛くないように注意しながらやんわりと彼女の肩を掴んで離した。不満そうに唇を尖らせていた彼女が病院でしょ、と目を細める。
「知ってるも〜ん。だから動かないでね」
間延びした声で笑みを浮かべながら彼の服に手をかけた。病院の寝衣は処置のしやすさのためか、容易に脱がせられるように出来ていた。知ってるなら、と顔をしかめた彼が彼女の手を制する。
「病室でしょぉ。分かってるよ」
彼の膝の上に座り込む彼女が見上げてきた。彼女の手元にある真新しいガーゼが覆う傷から、視線を彼女に向ける。その表情はどこか拗ねた子供のようにも見えた。目が合うと彼女は両腕を伸ばし、逞しいルガディンの首へと絡めてくる。もう少しで唇が触れるかと思った瞬間、なんてね、と彼女が身を引いた。彼が小さく溜息を吐いた瞬間、彼女が彼を引き寄せ唇を重ねる。彼が目を見開くと、満足気に目を細めて離れた唇が綺麗な弧を描いた。
「……奪っちゃった」
にんまりと口角を上げた彼女に彼が再度深く溜息を吐いた。にまにまと笑みを浮かべたまま彼の反応を伺うように覗き込んできた彼女の後頭部を彼の掌が覆う。小さく困惑したような声を漏らした彼女をそのまま抱き寄せ、唇を重ねた。軽く触れるだけに留めて離そうと手の力を彼は緩めたが、彼女との距離は変わらないままだった。離したはずの彼女の唇は微かな音を立てて彼の首元に落ちていく。首筋から鎖骨を辿るように触れてくる彼女を、そこまでだ、とそっと掌で制したルガディンが諭す。不満気に唇を尖らせたヴィエラに小さく溜息を吐いた彼が困ったように笑って、微かに口角を上げた。
「続きは、退院してからで頼む」
なるべく早くする、と頭を撫でてきた彼に彼女も微笑んで頷いた。