『Q.酢豚にパイナップル。アリ?ナシ?』「……なにコレ」
明日にオフを控えた夜、仕事終わりにアカネとクロノから揃って「この後うちに来てほしい」と声をかけられた。時間があるときに自ら赴くことはあっても家主である二人から直接来てほしいと頼まれるのはかなり稀なケースだ。現在取り掛かっている新曲のことか、はたまたバンドの方向性に関わることか……ともかく何か大事なことに違いない。ただならぬ気配を感じつつ、マシロとハイジは二つ返事で了承した……のが、今からおよそ三十分前の出来事である。
「なんなのコレ」
「パイナップル」
「それは見りゃわかるっつーの!」
家に上がってすぐに一階の最奥にある部屋に通された。確か普段はゲストルームとして使用されている場所だ。てっきり話し合いのためにリビングルームに直行するものと思っていたマシロとハイジは首を傾げたが、室内の異様な光景を目にしてすぐに納得した。
部屋を埋めつくす無数のダンボール。そこかしこから覗く緑色のトサカ。部屋に漂うフルーティーな香り……誰がどう考えても、箱の中身はパイナップルに違いなかった。
「こんなに沢山……どうしたんですか?」
「帝さんが送ってくださったんだ」
その名前にあぁ……と揃って頷く。
こんなとんでもない状況でも彼がやったと言えば説明がつく。日暮帝とはそういう人だ。
マシロが隣に立つアカネを見遣ると明らかにゲンナリしていた。今日一日どこか元気がないように見えたのもそのせいかとこれまた変に納得してしまう。
「お前の兄貴、ほんと限度ってもんを知らねーな」
「言ってやってくれよ……」
「俺が?冗談でしょ」
正直言葉を交わすだけでも……いや、顔を合わせるだけでも勇気がいる。その点元気よく挨拶ができるハイジは凄いなとマシロは常々感心していた。実はうちで一番肝が据わっているのはこの末っ子かもしれないなんて思いながら。それに、誰に対しても毅然とした態度を崩さない巌原が意見するのを躊躇うくらいだ。自分には到底無理と首を横に振る。
さてこの大量のパイナップル一体どうしようかと四人が唸っていると、静寂を切り裂くようにスマホの着信音がピリリと音をたてた。持ち主であるアカネは画面に表示された相手を見て「げ」と苦虫を噛み潰したような顔をする。
「帝さんですか?」
「あぁ。一応礼は言わねーとな……」
深いため息をつきつつ送話口を十センチほど離して通話ボタンを押すと、「茜ー!!」と耳を劈くような大声が聞こえてきた。予め端末から距離をとっていたおかげで鼓膜への直撃は免れたものの、それでも大きすぎるボリュームにアカネは顔を顰める。
「うるさ」
「俺が送ったパイナップルは届いたか!?」
「楓に代われ」
「む。なぜだ」
「どうしてこんなことになったのかちゃんとした説明が聞きたい」
この場にいるメンバーにも内容を共有できるようスピーカーに切り替えながら、相変わらず人の話を聞かずに会話を押し進めようとする帝に負けじとアカネも切り返す……が、そうしたところであの長兄が素直に従うはずもなく。説明なら俺がするとばかりにマシンガントークを再開しだしたので粘るだけ無駄だとアカネは早々に説得を諦めた。
「送るにしても限度ってもんがあるだろ。おかげで部屋一室パイナップルで埋まっちまっただろーが」
「それは何よりだ!」
「褒めてねーよ。明らかに人数と釣り合ってねーっつってんだ」
「ルビレとマネージャーくん合わせて五人分だろう?」
「それがどうしてこんな量に、」
「一人につき十個計算だ!!」
「バカなのか」
なんだそのガバガバ計算と突っ込まざるを得ない。
そもそも一般的なパイナップルが七百グラム弱なのに対し帝が送ってきたパイナップルはどれも立派で大きい。恐らく千五百グラムはある大玉だ。スーパーで売られている一般的なカットパイン約二百グラムが一人分とすれば、余裕で七人分は賄える計算になる。それが一人につき十個と考えると……到底消費できる量ではない。だからと言って厚意で送ってくれたものをこんなに食べられるかと送り返すわけにもいかない。たとえどれだけ今の状況に頭を悩ませていたとしても、だ。
「今回なぜ俺がパイナップルを送ったかわかるか?」
「知らねー」
「理由は二つある。一つはバカンスを満喫できなかったお前達に少しでも南国気分を味わってほしいと思ったからだ。もう一つはパイナップルの花が、」
「花?」
「すまない、少し呼ばれた。後は自分で調べてくれ」
「は?おいちょっと待、」
「ではまたな」
ブチッ。
そして唐突に電話は切られた。また言いたいことだけ言いやがってと不満を零したいところだが、帝との会話にエネルギーを消費しすぎて青筋を浮かべる元気もない。アカネは再び深いため息をついた。
「一人十個……」
「……頑張れば」
「いや無理でしょ絶対!」
「なに頑張ろうとしてんの!?」と横で雰囲気に流されそうになっているクロノとハイジにマシロが突っ込む。
ひとまずなぜ帝が突然大量のパイナップルを送りつけてきたかはわかった。"バカンスを満喫できなかったお前達に"とは、恐らく先日の無人島置き去り事件のことだろう。あれはあれで楽しかったからいーけど、と夕日で染まるビーチや洞窟探検を思い出しながら独り言ちる。……あぁ、それから確か。
「花がどうとか言ってたな」
「あれじゃない?最近流行りの花言葉」
「えーっと、パイナップルの花言葉……あ」
スマホで検索をかけたらしいハイジと、それを横から覗き込んだクロノとマシロがアカネを見て微笑む。
「なんだよ」
「だってこれ絶対アカネさんのことですよ」
「帝さんそこまで考えられていたんですね」
「アカネちゃんてば愛されてるぅ」
「は?」
訝しげに眉を寄せて花言葉を確認したアカネは少し困ったような顔をした。そしてガシガシと頭を掻きながら、階段のある方に向かって踵を返す。
「アカネさん?」
「かけ直してくる。クロノ、悪いけどそのパイナップル頼むわ」
「はい。承知しました」
当面の間、食卓にはパイナップルが並ぶことになりそうだ。
「さっそく使うんですか?」
「そのつもりだ」
「手伝います!」
「助かる。マシロ、どうせ食ってくんだろう。巌原さんに連絡してくれ」
「はーい」
「これ……食べきれますかね」
「流石に厳しいな。インクロのみんなにもお裾分けしよう」
「パイナップルってデザート以外にも使えんの?」
「酢豚とか……あとロコモコ丼にものってますよね!」
「好き嫌いが分かれるところだが、二人とも平気か?」
「俺は好きー」
「僕もです!」
「にしても意外だったなぁ」
「何がだ」
「花言葉。どーいう由来?」
「パイナップルは複数の実が集まってひとつの果実になってるんですよ。そこからじゃないですか?」
「なるほど。それで"完全無欠"か」
「ま、アイツのことだからどうせ認めないだろーけど」
「そうだな。俺っていうよりルビレだろと言いそうだ」
「でも、どっちも当てはまってますよね」
「お。ハイジがそんなこと言うなんて珍しー」
「そういうマシロさんはどうなんですか?」
「……まぁ、間違ってはないかな」
「ふ、」
「……なに笑ってんの」
「いや、なんでもない」
「はぁ?」
「まぁまぁマシロさん。そんなに照れなくてもいいじゃないですか」
「照れてないから!」